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結局、王子からの手紙の返事は要約すると「お前が貴族院まで来たら教える」というシンプルなものだった。
直接教えなければならない人間だなんて、もしかして大分地位の高い人間なんじゃないかと冷や汗をかく。
失礼なことしてないよね、と思い返してもいまいち思い当たることはなかった。
それならまあいいか、とありがとうございますのお返事をしてからはなしのつぶて。
お父様はそれを慌てて、舞踏会に何度か私を駆り出そうとしたけれどもう私も動く気もなくぐだぐだとしていた。
そうしていくうちに季節は巡り。
「早かったものね」
しみじみ。
皴ひとつないドレスシャツに、懐かしき紺のプリーツスカート、あわいクリーム色のブレザーにえんじ色のリボン。
まごうことなき学生服は、 中身がアラサーな身としては恥ずかしいがやはり気持ちは上がる。
「よくお似合いでいらっしゃいますよ」
鏡の前でくるりと回ると、アリスがそう声をかけてくる。
「そう?」
「ええ、きっとイアン殿下もそうお思いになるに違いませんわ」
「――そうかしらね」
どうだろう、と考えてみる。
私よりも一年先に貴族院に入ったイアンは、その持ち前の優秀さから暇を持て余している。
しかし、結局学校を牛耳っているのはイアンの兄たちだ。
周りからは畏怖とへつらい、そして時たま訪れる国の使者たちにいらいらしながらイアンは国の外交などを任されている。
そこに吹く一筋の清涼な風こそヒロインの仕事というわけなのだが、私の立場としてはそれをひたすら邪魔しに行かなくてはいけない。
「……さすがにイアンにそれやるとあの人ストレスで爆発しちゃいそうなのよね」
「お嬢様?」
「なんでもありませんよ」
なんでもいいから彼を楽しませることぐらいはしてあげないとなあと思いつつ、トランクを持ち上げる。
今日からは一人で寮に住むことになるのだ。
アリスが心配そうにこっちを見てくるが、ひとり暮らしの苦労は前世で身に染みている。
数日前に炊いていたご飯が色とりどりのカビにまみれていたり、朝起きれなくてごみ捨てができなかったり……。
いやお嬢様にそんなことはさせないだろうが一応である。
むん、と胸を張って宣言する。
「ちゃんと晩御飯も食べるし朝ごはんも食べるし昼ご飯も食べるわ、安心してアリス」
きっと令嬢らしく見えるだろう角度で高らかにそう告げると、
「……お嬢様」
どちらかというと食べ過ぎる方が不安ですわ、とそっと言われて聞こえなかった振りをした。
「と、とにかく!行ってくるわ!」
帰ってくるときにもちゃんと顔が見えるように!と祈りながら私は馬車のタラップを踏んだ。
腕につきっぱなしのブレスレットが揺れる。あと一つの願い事をどうにかうまく使いこなさなくてはいけない。
「―――きっとモブ落ちしないで帰って来るわ、ここに」
決意表明をして私は家を出た。
直接教えなければならない人間だなんて、もしかして大分地位の高い人間なんじゃないかと冷や汗をかく。
失礼なことしてないよね、と思い返してもいまいち思い当たることはなかった。
それならまあいいか、とありがとうございますのお返事をしてからはなしのつぶて。
お父様はそれを慌てて、舞踏会に何度か私を駆り出そうとしたけれどもう私も動く気もなくぐだぐだとしていた。
そうしていくうちに季節は巡り。
「早かったものね」
しみじみ。
皴ひとつないドレスシャツに、懐かしき紺のプリーツスカート、あわいクリーム色のブレザーにえんじ色のリボン。
まごうことなき学生服は、 中身がアラサーな身としては恥ずかしいがやはり気持ちは上がる。
「よくお似合いでいらっしゃいますよ」
鏡の前でくるりと回ると、アリスがそう声をかけてくる。
「そう?」
「ええ、きっとイアン殿下もそうお思いになるに違いませんわ」
「――そうかしらね」
どうだろう、と考えてみる。
私よりも一年先に貴族院に入ったイアンは、その持ち前の優秀さから暇を持て余している。
しかし、結局学校を牛耳っているのはイアンの兄たちだ。
周りからは畏怖とへつらい、そして時たま訪れる国の使者たちにいらいらしながらイアンは国の外交などを任されている。
そこに吹く一筋の清涼な風こそヒロインの仕事というわけなのだが、私の立場としてはそれをひたすら邪魔しに行かなくてはいけない。
「……さすがにイアンにそれやるとあの人ストレスで爆発しちゃいそうなのよね」
「お嬢様?」
「なんでもありませんよ」
なんでもいいから彼を楽しませることぐらいはしてあげないとなあと思いつつ、トランクを持ち上げる。
今日からは一人で寮に住むことになるのだ。
アリスが心配そうにこっちを見てくるが、ひとり暮らしの苦労は前世で身に染みている。
数日前に炊いていたご飯が色とりどりのカビにまみれていたり、朝起きれなくてごみ捨てができなかったり……。
いやお嬢様にそんなことはさせないだろうが一応である。
むん、と胸を張って宣言する。
「ちゃんと晩御飯も食べるし朝ごはんも食べるし昼ご飯も食べるわ、安心してアリス」
きっと令嬢らしく見えるだろう角度で高らかにそう告げると、
「……お嬢様」
どちらかというと食べ過ぎる方が不安ですわ、とそっと言われて聞こえなかった振りをした。
「と、とにかく!行ってくるわ!」
帰ってくるときにもちゃんと顔が見えるように!と祈りながら私は馬車のタラップを踏んだ。
腕につきっぱなしのブレスレットが揺れる。あと一つの願い事をどうにかうまく使いこなさなくてはいけない。
「―――きっとモブ落ちしないで帰って来るわ、ここに」
決意表明をして私は家を出た。
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