その世界は白銀の

ともき

文字の大きさ
1 / 1

記録映像「######」

しおりを挟む
忘れるということがない。
訂正:正しくは忘れるという機能がない。
故に、消去されない限り私の記憶(データベース)には過去の映像が残り続ける。
訂正:余剰のデータを消去するために時折清掃(クリーニング)がかかる。
けれど、一つだけ消えない記憶がある。
それはこの白銀の終わった世界でも、幾度となく私の視界を赤く染めるのだ。
「―――――」
喚ぶ声。
声の揺らぎは男のもので、切実さが滲んでいる。
カメラは縫い留められたように動かないが、男の声が響くとともに何度か揺れた。
おそらくは、腕を引っ張られていたのだろう。
「――!―――!」
同じ音の繰り返しと共に、同じように画面が揺れる。
私にはその音を理解することはできなかったが、どこかおそらくは清掃(クリーニング)されてしまった記憶のどこかにその意味があるのだろう。
そして、最後には男は声を発することをやめるが、その代わりに私のカメラに何かがかぶさる。
恐らくは抱きかかえられ、引きずるように移動させようとされている。
しかし、自律的に動くプログラミングをされていない時の私の重さは金属の塊と同じだ。
僅かに空の景色が変わるが、すぐにカメラの揺れは止まってしまった。
少し離れて、息を切らしてうずくまる姿があった。
男は眼を光から遮蔽するグラスをつけていて、腕も足も擦り傷だらけだった。
当時の私は戦闘支援の能力も持ち合わせていたために、男にすぐにこの場を離れるための指示を出したようだった。
男の目線が揺らぐ。信じられないようなことを言われたような視線で、また声が上がる。
必死さは変わらないが、より何を言っているのかがわからない子供のわめきごえのような叫びがカメラを揺らす。
けれど、もう時間は残されていなかった。
自動的にカメラが上を向く。
無人戦闘機の訪れを感知したのだ。違う色のはずだった空は銀色の翼と地上の炎の照り返しで赤く染まっている。
やがて、鈍色の棒が天から降り注ぎ、また地面が揺れ、カメラが揺れた。
今度こそ揺れに耐えきれなかったのか、カメラは地面だけを映している。
突き刺さった棒状の爆弾が地面に舐めるような炎を放つ中で、男の掛けていたはずのグラスがしゅうしゅうと溶けていく。
そこに男の姿はなく、何故か、私はこの映像の最後までを見ると【安(不適切な表現)堵】する。
この映像は一度再生が始まると終わりまで止まらない。
やることももはやなくなったこの世界ではそんなに気にすることではないのだけど。
「1909133333333時間経過―――」
そして、私はこの世界に立ち止まってからの時間を時たま口にする。
これがちょうどきりよく、2000000000000時間になったときに私は停止する。そのように決められている。
ただ、静けさだけが私をここに取り残している。
あの時、上を向いてしまっているから私はあの男の生死を知らない。
記憶(データ)は定期的に消され続けているから、あの男の叫んだ内容を私は理解しえない。
けれど。
もしも(IF)
あの男が生きていて、
もしも(IF)
私の手をもう一度引くなら、
それは、もう、この白い世界でも、あの赤い空でもない
青い空のような笑顔で、私の名前を呼ぶに違いない。

そうに、違いないのだ。

(199999999999999999……時間の果てに)
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

処理中です...