【短編集】月のふたり

蒼崎 旅雨

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思い出はきっとそこに

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 これは、ある日の夜にゴミを捨てに行った時の話だ。
 
 マンションのゴミ捨て場の扉を開けると、真っ暗な空間が広がった。夜という事も相まって部屋の全貌は掴めず、黒々とした大穴がどこまでも広がっているように錯覚してしまう。ここに住んでもう二年になるが、この感覚には今だに慣れそうにはなかった。
 
 私はすぐさまスイッチを押した。途端、部屋がパッと明るくなり、現れたのは四畳半ほどの物置きのような部屋だった。先ほどまでの暗闇は部屋の隅になりを潜めたようで、知らず知らずのうちに強張っていた肩から力が抜けていった。
 
 すぐに出よう。
 
 そう思い、手に持ったゴミ袋を指定の場所へと収める。
 
 振り返り、扉を開けようとしたその時。
 
 壁沿いに置かれた棚の上に、大量の書籍が積まれているのが目に入ってしまった。
 
 その量の多さとジャンルの多様さに読書愛好家としての興味がそそられ、目が釘付けになってしまう。
 
 ミステリーに大衆文学、漫画に絵本。それらがざっと40冊くらいだろうか。幾つかの塊に分けられ、処分を待っていた。
 
 その中には、自分も読んだことのある作品も入っていた。
 
 誰もいないゴミ捨て場の真ん中で、私はえも言われぬ物悲しさを覚えた。持って帰るという選択肢が一瞬頭によぎったが、流石に自重する事にした。
 
 その代わりと言っては何だが、手放した理由に考えを巡らせる。
 
 荷物整理か、引越しか、はたまた天に召されたのか。
 
 いずれにせよ、手元に置いておきたいと思うほど好きな物だった筈である。それをわざわざ手放したのだ。やむを得ぬ事情である事は容易に想像できる。
 
 とはいえ、私にはどうする事も出来ない。
 
 私は後ろ髪をひかれつつ、扉を開けた。
 
 開いたそばから突風が滑り込んできて、部屋の中を駆け回る。風は本達の隙間も駆け抜けて行き、縛っている荷造り紐をひらひらとたなびかせた。
 
 その様はまるで手を振っているように見えて。
 
 私は目を瞑った。
 
 数秒後、本達を両目で見据えた後、電気を消して外に出る。それから「さようなら」と呟きながらゆっくりと扉を閉めた。
 
 本体が無くなってもその内容や思い出は、どこかで残り続けている事を祈りながら。


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