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5話 晴天下の裁判

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「やってくれたわね」
 店に一番に来たのは期待していた人ではなくマヌレフルスさん。
「かなりの冒険者が街を出て行った」

 噂でこの街の実情を広げる、私達がおこなった。
 冒険者は腰が軽い、噂だけでもう街を離れるのか。

「マヌレフルスさんは一緒に行かなかったんですね」
 そお聞いた私に何とも言えない顔で
「この街の冒険者ギルドは夫が作ったものだからね、私は誰もいなくなったこの街でカウンター奥にいるよ」
 彼女はそう言いながら、最後の1本のロゼを開けている。

 そこへ兵士が雪崩れ込んできた。
「カナエ。お前を反逆罪で逮捕する。歯向かえば殺していいと命令が出ている、妙な事はするな」

 私は驚かなかった、こうなる事を知っていたから。彼の言葉を黙って聞いていた。
 マヌレフルスさんも動じていない、私がこうなる覚悟があると理解していたのだろう。

 そこへ待ち人ロティナがきた
「99人の署名もらってきたよ。マヌレフルスさんも名前書いてもらえないかな」
「署名?」
「そ。"晴天下の裁判"開催の署名、100人分集まれば身分に関係なく告発できる。そして裁判は外で公衆の前で行われる」

 何の事かわからず戸惑っている兵達の横を通り過ぎて、マヌレフルスさんの前に紙をおく。
「カナエが領主様を告発?」
 そう言いながらマヌレフルスさんは私の方を向いた。面白そうに笑っている。

「そんなものは知らん、お前を連れてこいとのご命令だ。黙ってついてこい」
「天の下裁判はサンバレンド七都市同盟を含む西トヤンガル大陸の全地域で法で認められている。これを無視して私を連れていけばクルディアナは同盟都市から除外どころか都市国家と見なされなくなるけどいいの」
 私の反論に兵が慌てる。
 "晴天下の裁判"など聞いた事もなかったのだろう。
 本来、勇者が魔物と入れ替わったミミグル国王の正体を暴くように伏線として書いた設定だ。
 兵が知らないのは当然で、ほとんどの人は知らないとわざわざ書いていたのだから。

 もう1つ"誰も知らないルール"も有って、それを決め技に使わせてもらうつもり。
 マヌレフルスさんが自分の名前を追加した紙の束を私に渡した

「ここに"晴天下の裁判"の開催条件は揃いました」
 と紙の束を見せる。
「これを教会に。ロティナ、教会の人には署名もらってないよね」
「うん、大丈夫。でも第三者の立場になってもらうって事で話はついてる」
「ちょうど御領主様のお使いのかたがいます。ご連絡いただけませんか」
 私は笑顔で頼むが、誰も反応してくれない。
「それでは中央公園でまっています。昼までにこないと逃げたってみなされますからね」

 "晴天下の裁判"の噂はあっというまに広がった。
 たくさんの傍観者が公園に集まった、ロティナ達と準備を進めていたんだから当然か。
 あっさり協力してくれる人も多かった。御領主様、敵を作りすぎてましたね。

 公園で待っていると、御領主様サイドの人もゾロゾロと集まって来た。
 主人公は最後に登場と思っているのか、当人はまだ現れない。

 椅子に座って待っていると、あれ、なんかおかしい。
 動悸がするし視界が狭く...

 そこに御領主様が登場、私に向かい合う椅子に座る。
「私はこんな茶番はきらいだ、目立ちたかったようだが今頃になって自分のしたことに怖気付いたか。体が震えているな」
 そう私は震えている。なぜだ。
「自らの間違いを認めるなら、重い処罰は行わぬ。跪いて謝罪をしろ」

 その言葉で私はゆっくりと立ち上がり、膝を折ろうとしている。
 体が勝手に動いている。
 そうかそんな魔法が有ってもおかしくない、歯を食いしばり耐えた。

 動かなくなった私に
「どうした、早く詫びよ」と領主が怒鳴る。

 ゴトッ!
 2人の間に人が降って来た。
 いかにも魔法使いの格好をしている。
 そして黒い大きなものが疾る。私の横に並び咥えていたもう一人の男を先の魔法使いの上に放り投げた。
 ロクだ。今は猫ではなく黒豹に見える。

「ば、化け物。そいつを始末しろ」
 領主が叫ぶが、その声よりも大きく通る声で
「手を出すな。お前達の敵う相手じゃない」
 と止めたのはマヌレフルスさん。
「あんなもの、勇者や魔王でもかなわない」
 それに続く一言で誰も動くものはいなくなった。

「カナエお前は何者だ」
「何って、カウンター越しにくだらない笑い話をしてた時と何も変ってない。ちょっと言ってない事があるだけで」
「ちょっとか」と不服そうだった。

「半分エルフの女、歯向かうな。お前には肉をもらった恩がある」
「ロクか」マヌレフルスさん、気づいたようだ。
「私はとんでもないものと酒を飲んでいたのだな」と座る。
 それ以外動く者はいなかった。
 兵達は槍を構えたままだがそれは体が動かせなかったからだ。

 仕切り直しだ。
「私は貴方を領主に相応しくない行為を行なっていると告発します」
 とミステリーの探偵のように領主を思いっきり指差した。

 ご領主様はニヤリと笑うだけだ。

「モンスターにより街と街に往来がなく情報が知られていない事を利用して貴方は利益を貪っている。まずプリファルから仕入れている食糧の値段は紹介ギルドに売っている価格の4分の1だ」
 ハンさんの口がそんなにもと動くのが見えた。
「価格を引き下げれば周辺の村人が困る。彼らの売れる値段に合わせているのだから」
「いいえ、彼らはそこまで高く売る必要はありません。せいぜいプリファルの倍程度。街の人も新鮮さを必要とする物は近隣の村の物を選びます。馬車の入門料が高くなったことで価格を下げれなくなっているのです」
 傍観者にざわざわと声が広がる。

「貴方は魔法道具作りの技術者が他の街に引き抜かれている事を知っていますか」
「何だと」これは知らなかったようだ、ニヤけた顔をやめた。
「エレデ本当か」
 名指しされ工房長が前に出て来た。恨めしそうに私に視線を送る。
「はい、事実でございます。すでに腕のよい者が街を出て行っています」
「そんな事はゆるさん」
「許さないと言われますが、どうなさるので」
「...」領主が黙る。

「許さないといいましたが、貴方にできる事は街に入れないようにする事。出てゆく者には何もできません」
 私の指摘で群衆のざわめきが大きくなった。
「残った者への迫害を恐れ一族で出て行っています。我々には何もできません。いずれ彼らの作った物と競う時がくるでしょう」
 エレデさんの報告は街の将来に影を落とすに十分だ。

「そんな事が許されていいはずがない。サンバレンド七都市同盟の盟約に反している」
「それを最初に行ったのはご自身では」と私が指摘する。
 この場にいる全員が錬金術士の件を思い出した。

「サンバレンド七都市同盟との関係もよろしくない」
 ロティナ達も薄々気付いていたようだが、実際はもっと深刻だった。
「クルディアナを除く6都市の代表者が集まった事をご存じで」
 知らないだろう。

「なんだそれは」
「貴方、いいえ貴方の治めるクルディアナは、他の街に共に歩むにはふさわしくないと思われているのです」

「どおゆう事だ」
 領主は立ち上がり数歩前にでた。
「エルクルーナの奥様がこの街にいた事は皆さんご存じですね」
 私は両手を広げ民衆に問いかけた。
「そして領主が求婚しフラれた事も」失笑が漏れる。
「だまれ、いい加減にしろよ小娘」
 小娘とはパワハラ極まりない言葉だが、何とも思わない。

「無論、人に恋する事も求婚も悪いことではありません。フラれるのは自分だけでどうにかできるものでもありませんし」
 領主の目は血走っている。剣を持っていたら切りかかっていただろう。
「ですが自分をフった女性を襲うとするなど、領主どころか人としても最低な行為です」
 周りで上がる声はもう小声ではない。

「どこに証拠がある」
 証拠と言った時点で犯人確定だと思えてしまうのはドラマの見過ぎだろうか。
「ご本人に聞きました」
「なに」
「先ほど6都市の代表が集まっているといいましたよね。エルクルーナのご婦人に直接お会いする事ができました。その時奥様を救ったご主人の活躍と貴方の無様な姿も聞いております」

 私は領主の前まで進んで
「そんな男が領主をしている街を誰が信じますか」

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「ふふ、あははは」領主が笑い出した。
「それがどうした、私がこの街の領主である事は変わりようがない。みんな私に従うしかないんだよ。女お前はこの街から出ていけ」
 勝ち誇ったように領主が宣言する。

「はい出て行きましょう」と私はあっさりと言う。
 さっきの技術者の話を何も理解できていなかったようだ。
「領主は街に住む者を規制できる。ですが出てゆく者をどうする事もできません。滅ぶこの街を見捨て出て行こうとする者達に貴方は何もできないのです」

まだ、領主は何を言われているのか理解できていない顔をしている。
 さあ、最後の1手だ。
「今の話を聞き、この街を出てゆく覚悟をした人たちへ。ささやかな反撃をおこないませんか、自らの心の平穏のために」
 右手を高く上げる。
「私カナエは現領主はその地位に相応しくないと告発します。それに同意してくださる人は手をあげてください」

 本来なら意味のない行為だ、黙って街を出ていけばいい。
 それでも、最初遠慮がちに上がっていたが、その内に我も我もとほとんどの人が手を挙げた。

 やった。
「住人の過半数の者が否と意志をしめした場合、領主は解任されます」
 最後に勇者が神に助言を受ける誰も知らないルール。
 これで魔王が魔王城の奥底から、勇者の前に引きずり出される。

「何だそれは」
「貴方がいなくなればこの街は救われるんです」
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