1 / 117
〜シンデレラガール〜
異世界転生
しおりを挟む
咲子は試験管を虚な目で見ながら考え事をしていた。
彼女は製薬会社に勤めていた。最近は新薬の開発に携わっており、ここ数日ラボで篭りっきりの状態が続いていた。
生気のない目で薄紫色の薬品をずっと眺めていると後ろから不意に誰かに声をかけられた。
「ボーッとして大丈夫ですか?」
声の主は同僚の神宮勇也だった。咲子より十歳も若い研究者で家が近所で昔からの知り合いだった。昔は私の後をずっと引っ付いてくる弟のような存在だったが、今では立派な社会人に成長していた。顔も幼かった時は女の子に間違えられていたのに今では凛々しいイケメンに成長していた。
「え?……ええ。ここ数日家に帰っていないだけよ」
最近は研究が忙しくて自宅のベットで寝たのはいつだったかも思い出せないくらい働き詰めの毎日を送っていた。
咲子は三十路独身で子供もいなかった、当然生まれてから彼氏というものもできた試しがない。
「今日ぐらいは家に帰って寝たほうがいいんじゃないですか?」
「ありがとう。でも、大丈夫よ。後で仮眠室で休むから」
そう言うと咲子は試験データーをパソコンに入力した。
「それ、会社の備品のパソコンに落書きしたんですか?」
「え? あ……そ……そうだけど……か……かわいいでしょ?」
私は自分の物に埴輪のような自分で独自に考えたイラストを書くのが好きで、パソコンの表面に埴輪のハーちゃんと名付けたイラストを書いていた。
「また部長に怒られますよ。僕は知ーーーらない」
「な……なによ。勇也だって会社から支給されている、IDケースの紐を変なふうに編んでいるじゃない」
「これは一本鎖結びと言ってボーイスカウトで習った由緒ある結び方なんですよ」
「知らないわよそんなこと。はあーー、部長に怒られると思うとやる気が失せたわ、少し休んでくるわ」
私はそう言うと仮眠室のあるC棟へ向かった。仮眠室に入ると誰もいなかった。私はなだれ込むようにベッドに入ると目を閉じた。
いざ目を閉じて寝ようとするといろいろな思いが浮かんできてなかなか眠れなかった。いつの間にか私はこれまでの自分の人生を回想していた。
いつからこうなったんだろう? 幼いころは両親の言うことをよく効く良い子だと自慢の娘だった。
私が中学生の時に母が重い病で死んでしまったからも非行に走ることなく父と一緒に懸命に努力して、小中高と成績も良く難関の理系大学に合格していよいよ就職という時に、就職氷河期という聴き慣れない言葉が耳に入ってきた。
就職先が全然見つからなかった。周りの同学年の友人や自分より成績の低い学生が次々と就職の決まるなか自分はなかなか就職先が決まらなかった。やっとの思いで小さな製薬会社に就職できていざ社会に出てみれば自分がコミュ障だと気付かされるのにそう時間はかからなかった。
小さい頃から人見知りという自覚はあった。友達も少なく偏った友人しかいなかった。
自分の性格はそう簡単には変えられないと思っていたが、社会や会社はそんな咲子を許してはくれなかった。徐々に人と接する部署を離れ一人で黙々と研究を行う部署に必然的に追いやられていった。
一人で黙々とする仕事は好きだったのでなんとも思わないことにした。しかし三十を過ぎて自分の周りの女性が次々と結婚していくごとに徐々に孤独感が強くなってきた。
最近はあまりそのことは考えないようにしていた。自分は自分、他人は他人と割り切ってはいるのだが、世間や父親はそんな自分を腫れ物にでも触るかのように接してくるのが嫌だった。
(人生ってこんなものなのかな?)
ほんの一二年生まれてくるのが早ければもっと良い就職先が見つかって素敵な男性とも巡り会えて素晴らしい人生が歩めていたのではないか? 最近はそんなことを一日中考えている日も少なくなかった。これが鬱というものなのかな? 最近自分が鬱なのではと思っていた。
そんなことを考えていた時、ふと気づくと目の前で女の人が寝ていることに気づいた。咲子は寝ている女性に近寄って顔を見てびっくりした。寝ていたのは自分だった。体を揺すって起こそうと手を伸ばしたが、手が体をすり抜けてしまった。
慌てて自分の手を見ると向こう側が薄ら見えて透けていた。まさか? 自分は死んでしまったのか? なんで? と思ったが、すぐに死んだ理由が分かった。部屋の中に煙が充満していたのだ、仮眠室の窓の外は赤色になっていた。どうやらC棟が火事になっているようだった。
私は火災の煙で有毒ガスを吸い込んで死んでしまったのだろう。この先どうしよう? という気持ちとやっと楽になれるかもしれないという気持ちが合わさってやけに冷静だった。
暫く死んだ自分を見ていた。暫くすると急に眠気が襲ってきた。これでやっと楽になれると思った。この世に未練など微塵もなかった。そうか未練がないから眠いのだろうと思った。寝ればあの世にいけるかもしれない。咲子はそんなことを思いながら深い眠りにつこうとした時、仮眠室の扉が開いて誰かが入ってきた。
仮眠室に入ってきたのは勇也だった。
「咲子!!」
勇也は私を見つけるとすぐに駆け寄って私の体を揺すっていたが、すでに死んでいるので反応がなかった。私は勇也が入ってきた扉の外を見て愕然とした。辺り一面火の海になっていた。
「勇也!! もう助けるのは無理なのよ! 早くあなたもここから出ないと死んでしまうわ!!」
私は必死で勇也に叫んだが、声は届いていないようだった。私の言うことを無視して勇也は私の遺体を担いでいた。
「大丈夫だ! 咲子。俺が助けてやるからな!」
「もう死んでいるのよ!! 早くそんなの置いてここから逃げてよ!!」
私は必死で勇也の体から私の死体を剥がそうと引っ張ろうとしたが、手が体をすり抜けてしまって何もできなかった。やがて徐々に視界がぼんやりしてくるのが分かった。
(いや! 待って! このままここから居なくなることはできないわ)
私の思いとは裏腹に私はゆっくりと深い眠りに付いた。私がこの世で最後に見た光景は真っ赤な火の海に私を抱えて飛び込む勇也のたくましい背中だった。
◇
「テ……ィアラ……」
「ティアラ!」
咲子は目を覚ました。目の前には外国人の女の人が心配そうに自分の顔を覗き込んでいた。
「目を覚ましたのねティアラ」
「?」
ティアラ? って誰? 私は自分を呼んでいるとは思わなかった。
「ティアラどうしたの?」
私より随分若い女の人は仕切りに私の顔を覗き込んではその名前を呼んでいた。
「あなたは、誰ですか?」
私は木製の小さなベッドに横になっていた。部屋の周りを一通り見回すと飛び起きて女の人に訪ねた。
「ゆ……勇也はどこに居ますか? 無事ですか!!」
私がそう言うと女の人はびっくりした表情になり取り乱した。
「……。いやだどうしましょう。あなたー! ティアラが記憶を無くしたみたいよ」
女の人が叫ぶと男と男の子が二人部屋に入ってきた。男の子はこの女性の子供のようだった。
二人とも心配そうに私を見ていた。男の人が心配そうに私に話しかけてきた。
「ティアラ。私だよわかるか?」
「…………。」
「本当に記憶を無くしたのか? ティアラ私は君の父親のドルトだよ」
「え? どういうこと?」
私は自分の手を見て驚いた。小さい子供の手だった。そんなことがあるのか? 私は布団を退けて自分の体を確認した。自分の目に映る足も胴体も全て子供の大きさだった。『ズキン! ズキン!』私は急に頭が割れるように痛くなった。
私が目を閉じて頭を抑えると記憶が蘇ってきた。私が転生する前のこの子の記憶が鮮明に蘇った。父親はドルト、母親はニーナ、弟はニコライ、私はティアラ合わせて四人家族のルーデント家だった。私は全てを思い出した。思い出したというよりはこの子の記憶が私の記憶に入ってきたという方が正しいだろう。
記憶が蘇るとあれほど痛かった頭痛が無くなった。私が顔を上げると三人が心配そうに私の顔を見ていた。私はこれ以上心配かけまいと笑顔を作って話した。
「父さん、母さん、ニコライ、心配しないでちょっと熱でおかしくなっていただけよ」
私がそう言うと家族から笑顔が戻った。
「ティアラ、ゆっくり休んでね。無理しちゃだめよ」
「うん。ありがとう」
私の様子を見て家族は安心して部屋から出ていった。私は家族が出ていったのを確認するとベットから出て机の横にある鏡の前に行った。どうしても鏡で自分の顔を確認したかった。私は鏡に映った自分を見て驚いた。そこにはブロンドヘヤーで目は青色のとても綺麗な十三歳の女の子が映っていた。
(これが異世界転生というやつなの?)
私は若くて美しくなった自分を見て今度こそは幸せになってやると心に誓った。
◇
ルーデント家の朝は早い。母のニーナと私は台所で朝食の準備をしていた。私に母が居たのは中学生の時以来だったのですごく懐かしい想いに耽っていると、いつの間にか目頭が熱くなっいていた。
「どうしたのティアラ? どこか痛むの?」
母は心配して声をかけてくれた、私は自分が泣いていたことに気づくと母親に心配かけまいと返事をした。
「ううん。大丈夫、心配ないわ」
母は、あまり無理しちゃだめよ、と言って再び朝食づくりに取り掛かった。
私と母が朝食の準備をしていると父のドルトが起きてきた。
父のドルトは辻馬車の仕事をしていた。辻馬車とは荷物を馬車で運ぶ現代版トラック運転手といったとこだろうか。父はまだ日が昇る前の早朝に仕事に出ていく。冬は極寒の中、何時間も馬車を操舵して夕方の日が暮れた頃に帰ってきた父は寒そうに凍え切った体を暖炉で温めていた。
私は少しでも父の寒さを和らげてあげようとカイロを作ってあげようと思った。私が異世界転生してまず思ったことは生活が不便なことであった。この世界は十四世紀のヨーロッパ程度の生活水準なのでまず何をするにも不便だった。カイロ作りも何もないところから始めなくてはならなかった。
私は早速カイロの材料を集めることにした。まず必要なのは鉄粉だった。これは近くにドワーフの武器工場があったので昼間にドワーフのところに行って鉄粉を袋一杯貰ってきた。次に活性炭は暖炉にあった炭を粉々にして、そこに食塩水を混ぜた。あとは麻袋を四角く切って針と糸で縫い合わせて小さな袋状にしてそこに鉄粉と炭を混ぜて仕事に出かける直前に父親に渡した。
「お父さん。これあげるから持っていって」
「これは何だ? 俺にくれるのか?」
「うん。お守りよ」
父はよほど私からのプレゼントが嬉しかったのかものすごく喜んでくれた。
(これで少しでも寒さが和らぐといいな)
私はそう思って出て行く父の背中を見ていた。
◇
ドルトは何故か体がポカポカしてくるのを不思議に思った。いつもと変わらず顔に当たる風は冷たかったが、何故か体はポカポカしていた。風邪でも引いたかな? ドルトが不思議に思っていたが何故か胸が異様に温かいことに気づいた。
ドルトは胸に手を当てると胸ポケットが異常に温かかった。ドルトが胸ポケットに手をいれるとものすごく暖かいものが入っていた。ポケットから出してみると朝にティアラがくれたお守りが信じられない程、温かくなっていた。ティアラが渡したカイロは馬車の手綱を握るドルトの凍えた手をゆっくりと温めた。
辻馬車が目的地に到着したのでドルトは仲間と共に休憩していた。冷たい風で凍えた顔にカイロをつけて温まっていると仲間の一人が声をかけてきた。
「ドルトさん、どうしたのそんなもの顔につけて?」
「おお。ロイドさんか。いやね娘が朝渡してくれたお守りがどう言うわけかすごく温かいんだよ」
「ええ? ちょっと触らせてもらえないかい?」
「ああ、いいよ。ほれどうだい?」
「おお!! 本当だ! あったかいね。これはいいね!」
「そうなんだよ。どういう訳かわからないが、これを胸ポケットに入れておくだけでやたら体がポカポカになるんだよ」
「これはいいよ。おーい! みんなちょっと来てくれよ。ドルトさんが面白い物持ってるぞ」
ロイドが周りの仲間を呼んだ。辻馬車の男たちがドルトの周りに集まってきた。
「どうした?」
「ドルトさんが凄いものを持ってるんだよ。ほらこれ触ってみなよ」
男たちはドルトからお守りを受け取るとみんなびっくりした。
「なんだ? これどうしてこんなに温かいんだい?」
「そうなんだよ。俺も不思議なんだよ」
「ドルトさんこれどこで買ったんだい?」
「娘からお守りとしてもらったんだよ」
「ええ! 俺にも作ってくれないかい?」
「俺もいいか?」
「俺も」
「俺も…」
辻馬車の男たちは揃ってドルトに作ってくれないか? と懇願した。ドルトは、仲間の勢いに押されて娘には言ってみるけど期待はしないでくれ、と念を押してその日は帰った。
ドルトは家に帰るなり私を呼んで今日あったことを話してくれた。話終えたところで私に仕事仲間の分のお守りを作ることができないか相談してきた。
私はカイロは一日で寿命を終えることを想定していたので、予めカイロの材料を大量にストックしていた。私は父の申し出を快く引き受けた。その日から私は幾つものカイロを作成して父に渡すのが日課になった。
こんな物でも人にこれほど感謝されることが楽しくなり、私はこの世界での生き甲斐を一つ見つけたような気がした。
彼女は製薬会社に勤めていた。最近は新薬の開発に携わっており、ここ数日ラボで篭りっきりの状態が続いていた。
生気のない目で薄紫色の薬品をずっと眺めていると後ろから不意に誰かに声をかけられた。
「ボーッとして大丈夫ですか?」
声の主は同僚の神宮勇也だった。咲子より十歳も若い研究者で家が近所で昔からの知り合いだった。昔は私の後をずっと引っ付いてくる弟のような存在だったが、今では立派な社会人に成長していた。顔も幼かった時は女の子に間違えられていたのに今では凛々しいイケメンに成長していた。
「え?……ええ。ここ数日家に帰っていないだけよ」
最近は研究が忙しくて自宅のベットで寝たのはいつだったかも思い出せないくらい働き詰めの毎日を送っていた。
咲子は三十路独身で子供もいなかった、当然生まれてから彼氏というものもできた試しがない。
「今日ぐらいは家に帰って寝たほうがいいんじゃないですか?」
「ありがとう。でも、大丈夫よ。後で仮眠室で休むから」
そう言うと咲子は試験データーをパソコンに入力した。
「それ、会社の備品のパソコンに落書きしたんですか?」
「え? あ……そ……そうだけど……か……かわいいでしょ?」
私は自分の物に埴輪のような自分で独自に考えたイラストを書くのが好きで、パソコンの表面に埴輪のハーちゃんと名付けたイラストを書いていた。
「また部長に怒られますよ。僕は知ーーーらない」
「な……なによ。勇也だって会社から支給されている、IDケースの紐を変なふうに編んでいるじゃない」
「これは一本鎖結びと言ってボーイスカウトで習った由緒ある結び方なんですよ」
「知らないわよそんなこと。はあーー、部長に怒られると思うとやる気が失せたわ、少し休んでくるわ」
私はそう言うと仮眠室のあるC棟へ向かった。仮眠室に入ると誰もいなかった。私はなだれ込むようにベッドに入ると目を閉じた。
いざ目を閉じて寝ようとするといろいろな思いが浮かんできてなかなか眠れなかった。いつの間にか私はこれまでの自分の人生を回想していた。
いつからこうなったんだろう? 幼いころは両親の言うことをよく効く良い子だと自慢の娘だった。
私が中学生の時に母が重い病で死んでしまったからも非行に走ることなく父と一緒に懸命に努力して、小中高と成績も良く難関の理系大学に合格していよいよ就職という時に、就職氷河期という聴き慣れない言葉が耳に入ってきた。
就職先が全然見つからなかった。周りの同学年の友人や自分より成績の低い学生が次々と就職の決まるなか自分はなかなか就職先が決まらなかった。やっとの思いで小さな製薬会社に就職できていざ社会に出てみれば自分がコミュ障だと気付かされるのにそう時間はかからなかった。
小さい頃から人見知りという自覚はあった。友達も少なく偏った友人しかいなかった。
自分の性格はそう簡単には変えられないと思っていたが、社会や会社はそんな咲子を許してはくれなかった。徐々に人と接する部署を離れ一人で黙々と研究を行う部署に必然的に追いやられていった。
一人で黙々とする仕事は好きだったのでなんとも思わないことにした。しかし三十を過ぎて自分の周りの女性が次々と結婚していくごとに徐々に孤独感が強くなってきた。
最近はあまりそのことは考えないようにしていた。自分は自分、他人は他人と割り切ってはいるのだが、世間や父親はそんな自分を腫れ物にでも触るかのように接してくるのが嫌だった。
(人生ってこんなものなのかな?)
ほんの一二年生まれてくるのが早ければもっと良い就職先が見つかって素敵な男性とも巡り会えて素晴らしい人生が歩めていたのではないか? 最近はそんなことを一日中考えている日も少なくなかった。これが鬱というものなのかな? 最近自分が鬱なのではと思っていた。
そんなことを考えていた時、ふと気づくと目の前で女の人が寝ていることに気づいた。咲子は寝ている女性に近寄って顔を見てびっくりした。寝ていたのは自分だった。体を揺すって起こそうと手を伸ばしたが、手が体をすり抜けてしまった。
慌てて自分の手を見ると向こう側が薄ら見えて透けていた。まさか? 自分は死んでしまったのか? なんで? と思ったが、すぐに死んだ理由が分かった。部屋の中に煙が充満していたのだ、仮眠室の窓の外は赤色になっていた。どうやらC棟が火事になっているようだった。
私は火災の煙で有毒ガスを吸い込んで死んでしまったのだろう。この先どうしよう? という気持ちとやっと楽になれるかもしれないという気持ちが合わさってやけに冷静だった。
暫く死んだ自分を見ていた。暫くすると急に眠気が襲ってきた。これでやっと楽になれると思った。この世に未練など微塵もなかった。そうか未練がないから眠いのだろうと思った。寝ればあの世にいけるかもしれない。咲子はそんなことを思いながら深い眠りにつこうとした時、仮眠室の扉が開いて誰かが入ってきた。
仮眠室に入ってきたのは勇也だった。
「咲子!!」
勇也は私を見つけるとすぐに駆け寄って私の体を揺すっていたが、すでに死んでいるので反応がなかった。私は勇也が入ってきた扉の外を見て愕然とした。辺り一面火の海になっていた。
「勇也!! もう助けるのは無理なのよ! 早くあなたもここから出ないと死んでしまうわ!!」
私は必死で勇也に叫んだが、声は届いていないようだった。私の言うことを無視して勇也は私の遺体を担いでいた。
「大丈夫だ! 咲子。俺が助けてやるからな!」
「もう死んでいるのよ!! 早くそんなの置いてここから逃げてよ!!」
私は必死で勇也の体から私の死体を剥がそうと引っ張ろうとしたが、手が体をすり抜けてしまって何もできなかった。やがて徐々に視界がぼんやりしてくるのが分かった。
(いや! 待って! このままここから居なくなることはできないわ)
私の思いとは裏腹に私はゆっくりと深い眠りに付いた。私がこの世で最後に見た光景は真っ赤な火の海に私を抱えて飛び込む勇也のたくましい背中だった。
◇
「テ……ィアラ……」
「ティアラ!」
咲子は目を覚ました。目の前には外国人の女の人が心配そうに自分の顔を覗き込んでいた。
「目を覚ましたのねティアラ」
「?」
ティアラ? って誰? 私は自分を呼んでいるとは思わなかった。
「ティアラどうしたの?」
私より随分若い女の人は仕切りに私の顔を覗き込んではその名前を呼んでいた。
「あなたは、誰ですか?」
私は木製の小さなベッドに横になっていた。部屋の周りを一通り見回すと飛び起きて女の人に訪ねた。
「ゆ……勇也はどこに居ますか? 無事ですか!!」
私がそう言うと女の人はびっくりした表情になり取り乱した。
「……。いやだどうしましょう。あなたー! ティアラが記憶を無くしたみたいよ」
女の人が叫ぶと男と男の子が二人部屋に入ってきた。男の子はこの女性の子供のようだった。
二人とも心配そうに私を見ていた。男の人が心配そうに私に話しかけてきた。
「ティアラ。私だよわかるか?」
「…………。」
「本当に記憶を無くしたのか? ティアラ私は君の父親のドルトだよ」
「え? どういうこと?」
私は自分の手を見て驚いた。小さい子供の手だった。そんなことがあるのか? 私は布団を退けて自分の体を確認した。自分の目に映る足も胴体も全て子供の大きさだった。『ズキン! ズキン!』私は急に頭が割れるように痛くなった。
私が目を閉じて頭を抑えると記憶が蘇ってきた。私が転生する前のこの子の記憶が鮮明に蘇った。父親はドルト、母親はニーナ、弟はニコライ、私はティアラ合わせて四人家族のルーデント家だった。私は全てを思い出した。思い出したというよりはこの子の記憶が私の記憶に入ってきたという方が正しいだろう。
記憶が蘇るとあれほど痛かった頭痛が無くなった。私が顔を上げると三人が心配そうに私の顔を見ていた。私はこれ以上心配かけまいと笑顔を作って話した。
「父さん、母さん、ニコライ、心配しないでちょっと熱でおかしくなっていただけよ」
私がそう言うと家族から笑顔が戻った。
「ティアラ、ゆっくり休んでね。無理しちゃだめよ」
「うん。ありがとう」
私の様子を見て家族は安心して部屋から出ていった。私は家族が出ていったのを確認するとベットから出て机の横にある鏡の前に行った。どうしても鏡で自分の顔を確認したかった。私は鏡に映った自分を見て驚いた。そこにはブロンドヘヤーで目は青色のとても綺麗な十三歳の女の子が映っていた。
(これが異世界転生というやつなの?)
私は若くて美しくなった自分を見て今度こそは幸せになってやると心に誓った。
◇
ルーデント家の朝は早い。母のニーナと私は台所で朝食の準備をしていた。私に母が居たのは中学生の時以来だったのですごく懐かしい想いに耽っていると、いつの間にか目頭が熱くなっいていた。
「どうしたのティアラ? どこか痛むの?」
母は心配して声をかけてくれた、私は自分が泣いていたことに気づくと母親に心配かけまいと返事をした。
「ううん。大丈夫、心配ないわ」
母は、あまり無理しちゃだめよ、と言って再び朝食づくりに取り掛かった。
私と母が朝食の準備をしていると父のドルトが起きてきた。
父のドルトは辻馬車の仕事をしていた。辻馬車とは荷物を馬車で運ぶ現代版トラック運転手といったとこだろうか。父はまだ日が昇る前の早朝に仕事に出ていく。冬は極寒の中、何時間も馬車を操舵して夕方の日が暮れた頃に帰ってきた父は寒そうに凍え切った体を暖炉で温めていた。
私は少しでも父の寒さを和らげてあげようとカイロを作ってあげようと思った。私が異世界転生してまず思ったことは生活が不便なことであった。この世界は十四世紀のヨーロッパ程度の生活水準なのでまず何をするにも不便だった。カイロ作りも何もないところから始めなくてはならなかった。
私は早速カイロの材料を集めることにした。まず必要なのは鉄粉だった。これは近くにドワーフの武器工場があったので昼間にドワーフのところに行って鉄粉を袋一杯貰ってきた。次に活性炭は暖炉にあった炭を粉々にして、そこに食塩水を混ぜた。あとは麻袋を四角く切って針と糸で縫い合わせて小さな袋状にしてそこに鉄粉と炭を混ぜて仕事に出かける直前に父親に渡した。
「お父さん。これあげるから持っていって」
「これは何だ? 俺にくれるのか?」
「うん。お守りよ」
父はよほど私からのプレゼントが嬉しかったのかものすごく喜んでくれた。
(これで少しでも寒さが和らぐといいな)
私はそう思って出て行く父の背中を見ていた。
◇
ドルトは何故か体がポカポカしてくるのを不思議に思った。いつもと変わらず顔に当たる風は冷たかったが、何故か体はポカポカしていた。風邪でも引いたかな? ドルトが不思議に思っていたが何故か胸が異様に温かいことに気づいた。
ドルトは胸に手を当てると胸ポケットが異常に温かかった。ドルトが胸ポケットに手をいれるとものすごく暖かいものが入っていた。ポケットから出してみると朝にティアラがくれたお守りが信じられない程、温かくなっていた。ティアラが渡したカイロは馬車の手綱を握るドルトの凍えた手をゆっくりと温めた。
辻馬車が目的地に到着したのでドルトは仲間と共に休憩していた。冷たい風で凍えた顔にカイロをつけて温まっていると仲間の一人が声をかけてきた。
「ドルトさん、どうしたのそんなもの顔につけて?」
「おお。ロイドさんか。いやね娘が朝渡してくれたお守りがどう言うわけかすごく温かいんだよ」
「ええ? ちょっと触らせてもらえないかい?」
「ああ、いいよ。ほれどうだい?」
「おお!! 本当だ! あったかいね。これはいいね!」
「そうなんだよ。どういう訳かわからないが、これを胸ポケットに入れておくだけでやたら体がポカポカになるんだよ」
「これはいいよ。おーい! みんなちょっと来てくれよ。ドルトさんが面白い物持ってるぞ」
ロイドが周りの仲間を呼んだ。辻馬車の男たちがドルトの周りに集まってきた。
「どうした?」
「ドルトさんが凄いものを持ってるんだよ。ほらこれ触ってみなよ」
男たちはドルトからお守りを受け取るとみんなびっくりした。
「なんだ? これどうしてこんなに温かいんだい?」
「そうなんだよ。俺も不思議なんだよ」
「ドルトさんこれどこで買ったんだい?」
「娘からお守りとしてもらったんだよ」
「ええ! 俺にも作ってくれないかい?」
「俺もいいか?」
「俺も」
「俺も…」
辻馬車の男たちは揃ってドルトに作ってくれないか? と懇願した。ドルトは、仲間の勢いに押されて娘には言ってみるけど期待はしないでくれ、と念を押してその日は帰った。
ドルトは家に帰るなり私を呼んで今日あったことを話してくれた。話終えたところで私に仕事仲間の分のお守りを作ることができないか相談してきた。
私はカイロは一日で寿命を終えることを想定していたので、予めカイロの材料を大量にストックしていた。私は父の申し出を快く引き受けた。その日から私は幾つものカイロを作成して父に渡すのが日課になった。
こんな物でも人にこれほど感謝されることが楽しくなり、私はこの世界での生き甲斐を一つ見つけたような気がした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜
具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです
転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!?
肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!?
その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。
そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。
前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、
「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。
「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」
己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、
結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──!
「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」
でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……!
アホの子が無自覚に世界を救う、
価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【完結】異世界リメイク日和〜おじいさん村で第二の人生はじめます〜
天音蝶子(あまねちょうこ)
ファンタジー
壊れた椅子も、傷ついた心も。
手を動かせば、もう一度やり直せる。
——おじいさん村で始まる、“優しさ”を紡ぐ異世界スローライフ。
不器用な鍛冶師と転生ヒロインが、手仕事で未来をリメイクしていく癒しの日々。
今日も風の吹く丘で、桜は“ここで生きていく”。
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる