不滅のティアラ 〜狂おしいほど愛された少女の物語〜

白銀一騎

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〜兄弟の絆〜

市場

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 昨夜遅くに降り出した雨は朝には止んでいたが、空は相変わらず厚い雲に覆われていてどんよりとしていた。

(まるで俺の心のようだな)

 カイトは窓から空を忌々しそうに見つめながら踵を返すとティアラの部屋の前で立ち止まった。ノックをしようと手を上げたがドアに届く寸前で手が止まってしまった。

 ノック後になんと言って声を掛けていいのか分からずしばらく考えた。

 ティアラは、あの日以来部屋閉じこもったまま出てこなくなった。

(無理もないか)

 他人を助けるために自分の命を犠牲にしてまで頑張った結果、それを真っ向から否定されたのだ。ティアラでなくても心に深い傷を追うに違いない。

 カイトはノックする手をゆっくりと下ろしてそのまま家を出た。

『バタン!』

 玄関の扉の閉まる音が虚しく家の中に響いた。


 私はドアの閉まる音が聞こえるとすぐに部屋の窓から外を覗いた。すぐに玄関から出て路地を歩くカイトの背中が見えた。本当は玄関で見送りをしたいが、今はそれをする気力も無かった。

(せめて仕事に行く姿だけは見送るようにしよう)

 これが私の今できる精一杯の感謝の表し方だった。

 ずっとカイトの背中を見ていると急に立ち止まったかと思うと何故か後ろを振り返ってきた。私はびっくりして窓から離れて身を隠してしまった。

(なんで隠れたんだろう? こっちを見てくれたんだから手を振ればよかったのに)

 自分のダメさ加減に嫌気がさした。

 勝手に荷物に紛れ込んで来てしまった私をカイトは外に放り出さずにずっと家に住まわせてくれた。そんなカイトに迷惑を懸けてしまったことを後悔している。おそらくカイトはそんなことは気にしていないことは痛いほど分かっている、分かっているけど、どうしても素直になれなかった。

 しばらく経って再び窓の外を見た。カイトの後ろ姿が少しでも見えることを期待してみたが、すでに姿はそこにはなかった。

『ぐぅ~~~~』

 いきなり盛大にお腹が鳴った。こんな時でも体は正直である。そういえばホームパーティーで食べて以来何も口にしていなかった。

 重くなった体を起こして台所に向かった。そういえばパーティーのときカイトの好きな食べ物が魚だと言っていたことを思い出した。

(魚があるかもしれない)

 少し仲直りのきっかけになるのではないか、と淡い期待を胸に台所に魚や魚の代わりになる食材が無いか探してみることにした。

 しかし、台所の戸棚のどこを探してもやはり魚は無かった。

(やっぱりこの家に魚は無いわ)

 ガッカリして力なく戸棚を締めた。

 幸いこの家には元料理人のカイトのお兄さんが住んでいたこともあり、砂糖や醤油や酒などの調味料はたくさんあるので、魚さえ手に入れることができれば得意な煮魚料理を振る舞うことができた。そうすれば魚好きのカイトも喜んでくれるだろうと思ったが、魚を手に入れるためには町外れにある市場に行かなくてはならない。そこでまたこの前のように自分の正体がバレたときのことを思うと体が震えた。もう二度とあんな経験はしたくないし、それ以上にカイトにもまた迷惑がかかってしまう。しかも今度は公に私が人間ということが判明すると言うことで、それは……、考えるだけで恐ろしくなった。

 私は市場に行くことを諦めて食事の用意をしていた。

『ドン! ドン!』

「キャ!」

 誰かが玄関のドアを叩く音にびっくりして小さく声をだしてしまった。

 恐る恐るドアに近づくと外から大声が聞こえてきた。

「ティアラ! 私よリンよ。話があるからここを開けてーー!」

(リンが来てくれた? なんだろう?)

 恐る恐るドアを開けると少し開いた隙間からリンの細い体が飛び出してくると私に抱きついてきた。

「ティアラーーー! 元気になったーーーー?」

「……リ……リンさん」

「んんもう! リンさんじゃなく! 私のことはリンでいいわ!」

「え……でも……」

「良いから! それからいつまでもメソメソしても仕方がないから! 人生は楽しくなくっちゃ!」

 リンは私の肩を両手で掴むと真っ直ぐに見つめながら言った。

「あ……ありがとう、あの……今日はどういった要件で?」

「え? ああ。ティアラを元気付けようと思ってね」

「あ……そうですか?」

「うふふ……うそよ~~。これから市場に一緒に行きましょう~~!!」

「え? そ……そんな……。無理ですよ」

「大丈夫よ。フードをかぶっていれば誰にも気づかれないわよ」

「で……でも……」

 私が躊躇しているとリンは顔を近づけて耳元でささやくように言った。

「今朝市場に行った友人の話によると、今日は久々に魚が大漁に捕れたらしいわよ」

「え? 魚ですか?」

「そうよ。赤マスも大漁だったようそ」

「赤マス?」

「カイト隊長が一番好きな魚よ」

「そ……そうなんですか?」

「ええ。焼いても煮付けもなんでも美味しくできる万能な魚よ」

 そう言いながらまた顔を近づけて耳元で囁く、この人はこの動作が好きなんだろう。

「赤マスを手に入れて料理してあげればカイト隊長は大喜びして、貴方を離さなくなるわよ」

「うーーーんーーー」

(離さなくなるのは考えものだが、カイトには私の料理で喜んでもらいたいな)

 市場にすごく行きたくなった。その気持を見透かされたようで私の腕を掴むと強引に誘ってきた。

「さあ! 善は急げよ! 一緒に市場に行きましょう!」

 私はリンに背中を押されるようにして一緒に市場に向かった。

 ◇

 市場は町の外れにあった。近くに行くとテントがいくつも建てられていて、そこには様々な食材が所狭しと置かれていた。

「ティアラ、こっちよ着いてきて」

 リンに言われるまま市場の奥の方まで着いていくと魚介類が売られているテントに着いた。言ったとおり多くの魚が売られていた。

「ほらこれよ、これが赤マスよ」

 木箱に入った鮭のような大きさの魚が売られていた。

「これが赤マス?」

「ええそうよ。美味しそうでしょ?」

「ええ。美味しそうね」

(これならいろいろな料理ができそうね)

 そう思っているとリンが赤マスを買って私に渡してきた。

「はいこれ」

「え? 私に? 良いの?」

「当たり前でしょ。こっちは命を救われたのよ、これでも全然安いくらいよ」

「ありがとう」

「これでカイト隊長を喜ばせてあげてね」

 私はリンから赤マスを受け取ると上機嫌で歩いていた。リンも私が喜んでいるのが嬉しいようで二人で笑いながら市場で買い物を楽しんでいた。ふと視線の先に市場には似つかわしくないエルフの男たちが見えた。最初は市場の品物を運ぶ人夫たちだと思っていたが、その男たちの腕にお揃いのタトゥーがあったのが目に入った。

 そのタトゥーには嫌な思い入れがあったので、見てすぐに気がついた。私がアスペルド教団から逆恨みされて最初に私を拉致したクルトガが親玉のならず者集団だった。あの時、ミリアという親切な女性が助けに来てくれていなければ今頃どうなっていたか分からない。

 市場に居た男たちの腕にはクルトガ一味と同様のサソリの入れ墨が入っていた。男たちは路地の一角に固まっていたが、次々に路地裏に消えていった。

 私はそこでカイトのお兄さんのマルクスのことを思い出した。

(確かマルクスさんは急に消息がわからなくなったと言っていたわね……)

 そう思った時、まさか! あの男達に拉致監禁されているのでは?、と思ってしまった。でもどうして良いか分からなかった。ここであのエルフの男たちが誘拐犯である事実を知っているのは自分しか居ないようだし、あとでこっそりカイトに伝えようと思ったが、伝える前に彼らが逃げる可能性もある。どうしたら良いんだろうそう思った時、マルクスさんの話をしているときのカイトの悲しそうな顔が頭に浮かび上がった。

(カイトにマルクスさんを合わせてあげたい!) 

 そう心に誓うと居ても立っても居られなくなり気がつくと行動に移していた。

「リンちょっと買い忘れた物があるから少しここで待っていてくれる」

「え? 私も一緒に行くわよ」

「いいの。すぐに帰ってくるからここで待っててね。お願い」

「え……ええ。じゃ……この辺見てるからすぐに帰ってきてね」

「わ……分かったわ」

 そう言うとリンと別れて一人市場の奥に引き返した。リンにも事情を話して一緒についてきてほしいと思ったが、リンにはまだ小さい子供たちがいるため、彼女を危険に晒したくなかった。

(一人で行くのよ。ティアラ! 大丈夫、男たちのアジトが分かったらすぐに引き返して帰って来れば良いんだから、貴方だったらできるわ)

 自分にそう言い聞かせながら男たちが消えた路地裏を目指して歩いた。
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