不滅のティアラ 〜狂おしいほど愛された少女の物語〜

白銀一騎

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〜兄弟の絆〜

命懸けの抵抗

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 薬剤省のお白州しらすから無理やり連れ出された私は、白いボロ布のような着物を着せられたまま、縄で体を締め上げられた。薬剤省の役人たちは逃げる気力も体力もないと分かっているのに必要以上に力いっぱい縄で体を締め上げた。体に食い込んだ縄により体のシルエットが強調されてまるで裸になったように恥ずかしい。そんな私の気持ちを知る由もなく役人たちにより強引に馬に乗せられた。

 こんな格好でこれからこの町を引き回されるのかと思うと、やるせなくて涙がこぼれた。ただ一つ救いだったのは、この町にはだれも知り合いがいないことと、最後にダンゾウさんにマルクスさんのことを託せたことだ。

(最後にサキちゃんにお別れを言いたかったな)

 何故かそんなことが頭をよぎった。

 ルーン大国に来てまだ日が浅い中で私がとった行動でサキちゃんや多くの人の命を救うことができた事を思い出した。

(私がここでやってきたことは間違いじゃない)

 サキちゃんの笑顔を思い出しながら、自分がここで行ってきたことに誇りを持ちたかった、間違いじゃなかったと思いたかった。

(堂々としていよう! 私は多くの人を救った英雄であって、罪人では決してない)

 私はそう決心すると顔を上げて正面を向いた。

 ◇

 堂々と前を向いて行くという私の思いは、薬剤省の門を出てすぐに跡形もなく砕け散った。馬上の私に向けられる好奇の視線に耐えられなかった。前世でコミュ障になった一番の原因は人の視線が異常に気になる体質のためだった。

 今、私に向けられる人々の視線は軽蔑けいべつ侮蔑ぶべつと恨みと好奇な目線にさらされた中で、私に耐えられるはずもなかった。視線よりも決定的に私の意志を無くしたものは、時折投げつけられる石に体を傷つけられた事だった。人々が好奇な目線で私を見ているのはわかる気がする。馬に縛り上げられた人を見るな、と言うのは不可能だろう、私も逆の立場だったら驚きと好奇心の眼差しで見ていただろう。でも、私に石を投げつけている人は私が何をしたのか本当に分かっいているのだろうか? 石を投げつけている人の中には、私が薬剤省に迷惑をかけたことにより不利益を被った人も中にはいるかも知れないが、ほとんどの人は関係ないだろう。ただ罪人というだけで心無い罵声や石を投げつけてきている人々がいることに悔しくて、悲しかった。

『ゴン!』

 拳ほどの大きさの石がまぶたの上をかすめた。鋭い衝撃とともに鈍い音が頭の中に鳴り響いた。ズキズキと時間とともに痛みが増していき、生暖かい液体により視界が赤く染まった。おそらく出血したのだろう、馬上で半裸の状態で、まぶたから血を流している自分の姿を想像すると情けない。

 一行が大通りに差し掛かったとき、急に行進が止まった。赤く染まった視界をなんとか目を凝らして見ると道の真ん中に人が立っていた。その人物は白い着物姿のオキクさんだった。オキクさんは白装束に鉢金を巻いて、手には薙刀なぎなたを持って堂々と道の真ん中で立っていた。

 馬に乗った役人が前方に出るとオキクさんに詰め寄った。

「何だ貴様は! 邪魔だ! 退け!」

 役人はオキクさんに向かって叫んだが、オキクさんも負けじと役人達に向かって叫んだ。

「その御方は私の娘の命の恩人です。どうか離してやって下さい!」

「そんな事はできん! これは薬剤省の決めたことだ! この女には死んでもらう」

「その娘があなた達に何をしたんですか!!」

「うるさい!! そんな事はどうでもいい! 女! そこを退け!」

「いいえ! 絶対に退きません! その娘を開放するまでは命をかけてでもここを通すわけにはいきません!」

 馬に乗った役員は周りの部下の役人に合図を送ると一斉にオキクさんの周りを取り囲んだ。

「ヤアーーーー!!」

 オキクさんは叫びながら役人に向かって薙刀を振りかざした。

『ガキイーーーーン!」

 役人の男はオキクさんの薙刀を弾くとすぐに詰め寄り強引に腕から薙刀を取り上げると、一斉に飛びかかりオキクさんは何人もの役人たちにより取り押さえられた。

「オキクさん!」

 私はオキクさんの名前を叫ぶことしかできなかった。オキクさんは泣きながら私を見ると、ごめんね、助けてあげられなくて、ごめんね、と何度も謝った。それを見た私も申し訳なく涙した。

「全く! 見ちゃいられないね!!」

 突然大声が聞こえて来たので、見ると河川敷にいた老婆がこちらにゆっくりと近づいてきた。

「ん? 何だババア? 邪魔だからそこをどけ!!」

 馬上の役人がおばあさんを睨みつけたが、おばあさんはそんな役人たちを気にする素振りもなく道の真ん中に立ち、オキクさんと私を見ながら叫んだ。

「一体いつからこの国のサムライは、女子供を痛めつけるクズ野郎に成り下がっちまったんだい?」

「お……おばあさん……」

 私はかすれた声でおばあさんを呼んだ。

「安心しな、ティアラちゃん。私が絶対にあんたたちを守ってあげるからね」

 おばあさんはそう言うとニッコリと笑った。

「なんだと! このクソババア! 早くそこをどけーーー!!」

 馬上の役人が刀を抜いておばあさんの目の前に突き出した。

「ギャアギャアわめくんじゃないよ! このクズ役人どもが!! その娘を殺すっていうんなら先にこの首を飛ばしてから行くんだね!!」

 おばあさんはそう言うと後ろに振り返り着物から腕を出し上半身裸になって、その場に座り込んだ。背中には菩薩様の入れ墨があった。

「こ、このクソババアーー! 良いだろうそんなに死にたいなら、貴様からあの世に送ってやる」

 馬上の役人が馬から降りておばあさんに近づいて行くと、大通りの脇から男たちがぞろぞろと大勢出てきた。

「姉さん! 俺たちもお供いたしやす!」

 男たちはそう言うと後ろを振り返り上半身をはだけて、次々とその場に座り込んだ。

「ティアラ様はこの子を救ってくれたのよ」

 沿道から女の人が赤子を抱えて、男たちの脇に座った。その光景を見た町の人も次々と俺も命を救われた、と言いながら次々と道に出てきて、あっという間に大通りは、座る人で埋め尽くされた。

 私は町中の人が命がけで救ってくれようとしていることに感謝した。

(やっぱり、私の行いは無駄じゃなかった。こんなにも感謝されていたなんて)

 いつしか私に向けられていた罵声は歓喜に変わり、罵声は薬剤省の役人に向けられるようになった。

「何だコレは? き、貴様ら~~! よくも儂に恥をかかせてくれたなーーー! 良いだろう、この場にいる全員を殺してくれるわーー!」

 役人はそう言うと刀を抜くとおばあさんの前に立った。

「クソババア! まずはお前から殺してやるから覚悟しろ!」

 役員はそう言うと刀を振り上げた。

「おい! これはどういうことだ?」

 いきなり声を掛けられて役人の男は殺気立った目で声の主を見た。

「誰だ? 貴様?、?……あ、あなたは? まさか?」

 役人は慌てて持っていた刀を地面に落とすとそのまま声を掛けてきた男に跪いた。

「こ、これはダンテ殿、失礼しました」

「良いんだよ。知らなかった事を咎めるつもりはないよ。それよりもこの騒ぎはなんだ?」

「こ、この娘は道三殿の薬が効かないと町中に吹聴した罪で裁かれる死刑囚です」

 ダンテと呼ばれた男は馬の上でボロボロになっている私を見た。

「かわいそうに、そんなことで、処刑とは罪深いな。もう十分罪は償っただろう。この俺とここにいる町人達に免じて許してやってくれんか」

「そ、それは、たとえダンテ様の申し出としても安易に受けられるものではございません」

 ダンテと呼ばれた男は役人の顔に近づくと何やら耳打ちした。

「本気でここにいる町人を全員殺すつもりか? そんな事をやってみろ、薬剤省の名前に傷が付くだけだぞ、しかもその娘は夜叉人将軍の大事な客人と聞いているぞ、勝手に殺害なんかしたらお前らもただじゃ済まんぞ」

 役人たちはダンテの耳打ちを聞いた途端、すぐに態度を変えた。

「し、仕方がない、ここはダンテ殿の顔を立てて引くことにしよう」

 役人たちはそう言うと私の体に縛り付けた縄を解いて馬から下ろすとそそくさと薬剤省に帰った。私は張り詰めた緊張が解けてその場に座り込んだ。

「ティアラさん!」

 オキクさんが泣きながら抱きついてきた。しばらくの間私達は、泣きながら抱き合った。

「ティアラちゃん」

 横におばあさんが居た。おばあさんは私の額の傷を見て悲しい顔をした。

「誰がこんなひどいことを……、もっと早く駆けつければよかったね。申し訳ないことしたね」

 おばあさんは泣きながら私に謝ってきた。

「ううん、そんなこと無いよ。おばあさんが命を掛けてくれたから助かったよ。ありがとう」

「何言ってんだい。あたり前のことだよ。それよりも早く私の家に来な。傷を治すいい薬があるから……? ティアラちゃん! しっかりしな……」

 私は張り詰めた緊張が緩んだためなのか、そのまま気を失った。
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