不滅のティアラ 〜狂おしいほど愛された少女の物語〜

白銀一騎

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〜兄弟の絆〜

ミラの選択

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 マルクスがボルダーの門に向かうとミラがいた。自分と目が合った瞬間彼女は微笑んだ。

(今日で別れを告げるんだ! それがお互いのためになる!)

 ミラの笑顔を見てその思いがらいでしまう自分を情けないと思った。あの笑顔を見るとずっと見ていたいと強く願ってしまう。心から溢れ出る思いをグッとこらえて、できるだけ冷ややかな態度でミラと接するようにしたが、今日で別れを言わなくてはと心で思ってもミラに会えた嬉しさで思わず顔がゆるんでしまう。

(駄目だ! このままでは別れを言えなくなってしまう)

 マルクスは少し焦りながらミラを自室に呼んだ。

ほほの傷はすっかり良くなったね」

 優しく頬の傷に触れながら言った。

「はい、ありがとうございます」

 ミラがニッコリと微笑んだ。キラキラとまぶしい笑顔を見た瞬間、マルクスの頭から別れるという選択肢が消えた。この笑顔をずっと見ていたい。誰にも渡したくないという思い出で胸がいっぱいになった。

「やっぱり駄目だ」

「え?」

「傷は治ってもまた来てくれないか?」

(駄目だ、何を言ってるんだ俺は……)

 頭では駄目だとわかっているのに言葉にできない。いや言葉にすると彼女を同仕様どうしようもなく愛していると伝えてしまう。彼女を離したくないという抑えきれない思いが溢れ出して声になる。

「俺は同仕様もなくあなたに会いたい」

 マルクスは溢れ出る感情に身を任せてミラに感情をぶつけた。だが、ミラからの返事はそんなマルクスに衝撃を与えた。

「も……もう、ここには来ません」

 その言葉にマルクスは頭が真っ白になった。しばらく彼女の言った言葉の意味が理解できない。何も考えられない、思考が停止したまま口から出たのは、言葉にならないうめきのような声だった。

「ど……どうして?」 

 それだけを必死の思いで振り絞った。

「ご……ごめんなさい。も……もう……ここには……」

 それだけを言うとミラは部屋から逃げるように出て行った。マルクスは呆然あぜんとしたまま、彼女の出て行ったドアをじっと見つめることしかできなかった。

 ◇

 マルクスはボルダーの基地の屋上でミラとダンテが帰っていくのをじっと見ていた。

 二人は空になった台車を押して歩いている。どんどんと小さくなっていく背中がとてもはかなく見えた。

(これでもう二度とミラと会えなくなる)

 そう思うと今にも走って呼び戻したい気持ちになるのをグッとこらえた。

(これで良かったんだ。これで彼女は幸せになる)

 マルクスは自分に言い聞かせるように何度もそう思い込むようにしたが、涙が溢れてミラの姿がにじんで見えた。

(最後のミラの姿を目に焼き付けたい)

 そう思ったが、涙でミラの姿が滲んでしまい苛立った。最後に振り返って顔を見せてほしいという思いが頭に浮かんだ。

(お願いだこっちを見てもう一度、顔を見せてほしい)

 勝手にそう願って、必死で振り返ることを期待したが、最後まで彼女は振り返らずに行ってしまった。

 マルクスは彼女が消えた地平線をいつまでもじっと見ていた。

 ◇

 ミラは台車の前に立って歩いていた。ボルダーの門を出たところから涙が止まらない。ロビナス村の人達のためにも自分の選択は間違っていないと言い聞かせていたが、とてつもない喪失感そうしつかんが彼女を襲っていた。

 まるで自分の体じゃないように自由が効かない。体の半分がなくなったような感覚に戸惑った。もう一度マルクスの顔を見たかったが、後ろを振り返るとダンテに泣き顔を見られてしまう。それに振り返ったとしても彼が見ているはずもない。傷が治れば要はないと思っている薄情はくじょうな女と思われただろう。

(それで良い)

 もう二度とこれほど人を愛することは無いだろう、泣きながらそれだけは自身があった。 

 ◇

 次の日の朝、ミラは台所で片付けをしていた。昨晩のことが頭から離れない、別れを告げた時のマルクスの顔がずっと脳裏に焼き付いていた。

(あんな別れ方で本当に良かったのか?)

 ひどい女と思われただろう、薄情者と軽蔑けいべつされただろう。あまり考えないようにしていても、いつの間にか浮かんできてしまい、気がつけば頬を涙が伝わった。ダンテは仕事にでかけていて家に一人だけなのが唯一の救いだった。忘れようとすればするほど激しい痛みが心に刺さる。

『はあーーー』

 大きなため息を付いた時、家に村長が訪ねてきた。

「ミラさん……」

 村長はミラの泣き顔を見て少し悲しい顔をした。ミラは顔をそむけると涙を拭いた。

「その様子だと、うまく別れたみたいだね」

「…………」

 ミラは何も答えることができなかった。

「実はね。明日ミラさんには隣村にお嫁に行ってもらうことになったよ」

「え? そ……そんな……」

「先方に伝えたらぜひすぐに嫁に来てほしいと返事をもらってね」

 村長は急の縁談にどうして良いか悩んでいるミラの手をとると言い聞かせるように優しく言った。

「大丈夫だよ。これでミラさんだけじゃない弟のダンテくんも絶対に幸せになれるよ」

 この時代のルーン大国では当人の好き嫌いに関係なく周りの世話役が勝手に結婚を決めるのが、慣行かんこうだった。親の決めた許嫁いいなずけというだけで顔も性格もわからずに結婚してしまう事例がいくつもあった。

 半ば強引に結婚が決まってしまったがそれも良いかもしれない。急な結婚話で思考が停止したミラの頭の中にそんな安直あんちょくな思いが支配した。今はマルクスを失った喪失感を埋めたかった。たとえ望まない結婚だとしても大事なダンテのために自分が少しでも貢献こうけんできるならそれも悪くないと思い。勢いに任せてはい、と返事をした。

 ミラの返事にこころよくした村長はよく決心してくれた、と言い。明日迎えに来る約束をすると上機嫌で家から出て行った。

 ミラは早速この家から出ていくための最後の荷造りを行い始めた。

 ◇

 ミラの言葉にダンテは絶句ぜっくした。何を言っているのか姉の意図がわからない。

「本当に行かないのか?」

「ええ。もうボルダーには行かないわ」

「何かマルクスのヤローに言われたのか?」

「そ、そんなんじゃないわ」

 昨日まではあれほどボルダーに行きたくてウズウズしていたのが、嘘のようにキッパリと言い放った。

「あんなにボルダーに行くのを楽しみにしてたじゃないか! 一体何があったんだよ!!」

「べ、別になにもないわよ」

「嘘だ! なぜそんな見え透いた嘘をつくんだよ」

「嘘じゃないわ! 良いから今日からはあなた一人でボルダーに行って」

「本当に行かないのか?」

「ええ。もう良いのよ」

 ミラの決意にダンテは渋々しぶしぶ納得した。

「そ、それと……」

 ダンテは嫌な予感がした。

「私は明日隣村にとつぎに行きます」

「はあ? なんで? 急に……」

「突然で驚かしてなさいごめんなさい。村長さんが紹介してくれてとてもいい人なのよ」

「そんな……、マルクスはそのことを知っているのか?」

「そんなこと別に知らせなくていいわ」

「マルクスよりもその男を取るのかよ」

「いけないことかしら! マルクスはギルディアの人なのよ! これ以上会っては駄目なのよ……」

「本当にそれで良いのか?」

「ええ。良いわ」

「じゃあ、なんでそんな悲しい顔をしてるんだよ」

「そ……そんな……ことはないわ……」

 ミラはそう言うと自室に戻っていった。

(これ以上話しても埒が明かないな)

 煮え切らない姉の態度に苛立いらだちながら、台車に食料を乗せると一人でボルダーに向かった。

 ◇

 ダンテが台車を押しながら村のはじに来たときにちょうどロビナス村の村長と出会った。

「ダンテくん、お姉さんから聞いたかい」

「ええ。良縁りょうえんを紹介していただいたそうで」

「ああ。そうなんだ。お相手の父親は政府の重役を努めている方でね。結婚する方も軍の兵士長を努めているから、お姉さんが結婚すれば君も間違いなく出世できるよ」

「え? そ、村長さんそれは本当ですか?」

「え? あ、ああ」

(だめだ。そんな俺のために姉さんは本当に好きな人を諦めようとしている)

 ダンテがすぐに家に引き返そうとした瞬間。

「だめだ!!」

 村長に呼び止められた。激しい怒りに全身を震わせていた。こんな村長は初めて見た。

「お姉さんのミラさんのことを思うならそれ以上困らせないでやるんだ」

「な、なんでそんなことを……」

 村長はダンテに近づくと両手で肩をつかんできた。

「ダンテ。ギルディアのエルフと一緒になってうまくいくと思うか? 彼女は彼女なりに考えて出した結論なんだ。ミラのことを思うならこれ以上悩まさないであげてくれ」

「そ、そんな……」

「本当に愛した人と一緒になることだけが、幸せになれるとは限らないんだよ。私が紹介した人は誠実な人なんだ。絶対に君のお姉さんを幸せにしてくれる人物だと約束するから、私を信じてほしい」

 それだけ言うと村長は去っていった。ダンテは家に戻ることを諦めた。ミラのことだから一度決めたら俺が何を言っても聞かないだろう。

 姉のことを思うならこの選択が最善の選択かもしれない。でも、俺の幸せのために自分を犠牲にしようとしているのでは無いか? 自分の気持を押し殺して俺の幸せを優先しているのでは無いか? 姉には本当に自分の気持ちを優先してほしかった。自分の幸せだけを考えて選択してほしい。

 本当に愛した人と結ばれることが無条件で幸せになれるとは限らないことはわかっているが、姉には苦労をかけた分、幸せになってほしかった。ここ数日の短い時間ではあったが、姉のあんなに楽しそうに笑っている笑顔を見たのは、初めてだった。あの笑顔は本物に違いない、ダンテは心の底から喜んでいる姉の顔を思い出して、自分の選択を絶対に後悔しないでほしいと強く願った。

(マルクスしかいない。今の姉を止められるのは彼奴あいつしかいない)

 ダンテはマルクスにすべてを打ち明けるべくボルダーに向かった。
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