不滅のティアラ 〜狂おしいほど愛された少女の物語〜

白銀一騎

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〜兄弟の絆〜

マルクスの決意

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『ゴロゴロゴロ……』

 台車の車輪の回る音だけが薄暗い林の中にこだまする。いつもは姉のミラと二人で台車を押していたのに今はダンテ一人で運んでいた。

 台車の上にはボルダーにいるギルディアの兵士に渡すための食料が満載されていた。姉が好意で行っている仕事を自分が引き受けたので、あまり乗り気ではなかった。

(マルクスの返答しだいでは今日で食料を運ぶのをやめよう)

 ダンテはそう心に誓うとボルダーの基地に向かってひらすら台車を押した。

 薄暗い林を抜けると小高い丘の上にボルダー基地が見えてきた。基地といってもそれほど大きくなく、数十人が暮らせるとりでのような建物だった。

(マルクスに会って姉のことを話さないと)

 ダンテはそう心に誓うとゆっくりとボルダー基地に向かった。

 ギルディアの兵士はルーン大国の戦闘服に身を包んだダンテを見るとすぐに警戒けいかいした。

「誰だ! 貴様は? そこで止まれ! それ以上こちらに近づくな!」

 ダンテはすぐにギルディアの兵士に警戒された。それもそのはず、これまではボルダーの基地に近づくと敵国のダンテは近くのやぶの中に隠れて、姉のミラだけが基地の中に入っていたが、今日はミラはいなくダンテ一人で基地に近づくしか無かった。

 ギルディアの兵士は警戒していたが、ダンテが持ってきた台車を見ると毎日ミラが押してくる台車と同じものなので混乱している様子だった。

「お、お前! ミラさんはどこにいる?」

「今日はオレ一人だ! ミラはいない!」

 ダンテが話すとギルディアの兵士は少し戸惑った様子だったが、しばらくすると兵士の一人が門から出てきた。その兵士は袋を手にしている。ミラがいつも食料を渡すと手渡される袋だった。おそらくルーン大国の紙幣しへいが入っているのだろう。

 兵士はそのままダンテの近くまで来た。

「これ以上ルーンの兵士を基地に近づけさせることはできない。悪いがここで荷物を受け取るからこれを持って帰ってくれ」

 兵士は手に持っていた袋をダンテに手渡した。

「マルクスに合わせてくれないか?」

「なに? マルクス隊長に? 無理だ。ルーンの兵士をあの人に近づけさせる訳にはいかない」

「どうしても、ダメか?」

 ダンテはそう言うとゆっくりと刀のつかに手をかけようとした。そのことに兵士が気づくとすぐに身構えた。

「貴様! 正気か? 何をするつもりだ!」

「マルクスに会わせてもらえないならこうするしか無い」

 ダンテが刀の柄に手をかけたところで、基地からルディーが出てきた。

「やめろ! ダンテ! こんなところで騒ぎを起こすな!」

 ダンテはルディーの姿を確認すると、柄から手を離した。

「ルディーか? マルクスに話がある。会わせてくれ」

 ダンテは、話のわかる人物が出てきてくれて少し安心したが、すぐにその思いは踏みにじられた。

「悪いがそれは無理だ。ここからおとなしく帰ってくれ」

 ルディーの言葉に再び緊張きんちょうが走った。

「どうしても、駄目なのか?」

「ああ。そうだ」

「そうか。仕方がないな。じゃ、力づくで基地の中に入ってマルクスに会うしかないな」

「お前一人で本当に基地に入れると思うのか?」

「何事も。やってみなくちゃわからんさ」

「もう少し賢いやつかと思ったが、そんなに命を粗末そまつにするやつだったのか」

「命をかける価値のあることだからな」

「マルクスと会って何を話すつもりだ?」

「ミラが望まない相手と結婚しようとしてるんだ。それをマルクスに止めてほしいだけだ」

「そうか。それはマルクスとミラを再び恋人同士にさせるということか?」

「それはわからんさ。だが、ギルディアだからとか、ルーンだからとかそんなくだらないことで好きな気持をあきらめてほしくないだけだ」

「好きとか嫌いとかに、そんなことに価値があるとは思えんが?」

「俺はミラが幸せになることが全てだよ。後悔をする選択はしてほしくないだけだ」

「そうか。俺もマルクスが隊長としての責務せきむを無事に果たせるようにすることがすべてなんだよ。ギルディアの隊長がルーンの人間と一緒にいるだけで彼の価値が下がるんだよ。だから二人の仲を取り持とうとしている、お前をマルクスに会わす訳にはいかない」

 二人は少し長い沈黙の後、互いに腰の刀から刀身とうしんを引き抜くとゆっくりと構えた。

「ダァーーーーー!!!」

「うぉりゃーーーー!!」

 二人の剣技がこだまする。ものすごいスピードで繰り出される刀の動きが見えない。激しい刀と刀のぶつかり合う音だけが、耳の奥まで響いてくる。門番の兵士は目の前の光景に圧倒されて声がでない。自分では一分も立っていられないだろう、あのルーンの兵士に刀を抜かれた瞬間に瞬殺しゅんさつされていただろうと思うと心の底から震えた。しばらくすると互いに後ろに飛び退いて距離を取った。

「やるな。俺の攻撃をこれほど防いだのはお前が初めてだぞ」

「フン! やさぐれたエルフにほめられても何も嬉しくないね」

「次で終わりにしてやる」

奇遇きぐうだな。俺もそう思っていたんだ」

 二人はそう言うと互いに呼吸を整え再び身構みがまえると、力いっぱい踏み込んで相手に突っ込んだ。

『ガキィーーーン!!』

『ドドーーーーーン!!』

 お互いに間合いに入ると思った瞬間、黒い影が二人の間に入ったかと思うと、ダンテとルディーはふたりとも後ろに吹き飛ばされた。二人は何が起こったのかわからず、急いで大勢を立て直すと黒い影を見た。そこにはマルクスが立っているのが見えた。

「マルクス!」

「何の真似だ。ルディー? 勝手なことはやめろ」

 マルクスはそう言うとルディーをにらみつけた。

「マルクスさん。姉さんが他の男と結婚させられようとしてるんだ」

 マルクスの顔が一瞬、曇ったように見えた。

「そ、そうか。それが俺になんの関係があるんだ」

「あ、あんた。姉さんのことが好きじゃなかったのかよ」

「好きなわけがないだろ! 俺はギルディアのエルフでお前の姉は、ミラは、ルーンの人間だ。好きになるはずが無いだろ!」

「本当なのか? それがあんたの本心なのか?」

「あ、ああ。それがどうした?」

「姉さんは本気であんたを愛していたんだぞ!」

「な、なに? ミ、ミラが? 嘘だ!」

「本当だ。この数日姉さんの笑顔が増えて本当に幸せそうだった」

「ミ、ミラがもうここには来ないと言ったんだぞ」

「そんなの嘘に決まっているだろ。姉さんは心の底からあんたを愛しているんだ。弟の俺には分かるよ」

「た、例えそうだとしてもミラは俺といないほうが幸せになれるだろう」

「なんだよそれ。幸せになれるかどうかなんてやってみなくちゃわからないだろう。そんなにあんたは弱いのか?」

「お、お前はまだ若いからわからないだろう。俺とミラとは会わないほうが良かったんだ。会ったこと自体が罪だったんだ」

 マルクスがそう言った瞬間、ダンテはマルクスにめ寄って、胸ぐらをつかんだ。

「本気で好きになった相手と結ばれようとすることの何が罪になるんだ! 本当に好きじゃ無かったっていうのか? あんたの愛はその程度のものだったのか?」

 マルクスはダンテの気迫きはくに圧倒された。そのままダンテに押されて倒れ込んだ。ダンテは倒れたマルクスの上に馬乗りになると力の限りん叫んだ。

「お、俺は姉さんには本当に幸せになってほしいんだよ! 小さい頃から俺を育てるために苦労を掛けてきたんだ! 俺は姉さんの幸せを心から願っているんだよ! ルーンだろうがギルディアだろうが二人が本当に愛し合っているならそんなことは関係ないだろ! あんたも本気で恋をしたんだろ! その気持は本物だったんじゃないのかよ!! これ以上姉さんの悲しい顔は見たくないんだよ。す……救ってくれよ。お、俺の大事な姉さんなんだ、た……頼むよ……」

 いつの間にかダンテの目から大粒の涙が流れていた。あふれた涙がマルクスの顔に垂れてほほを伝った。

「こ、このままだと本当に二度と会えなくなるんだぞ? ほ、本当に良いのかよ……」

 ダンテのその言葉にマルクスの必死で抑えていた気持ちが崩れ落ちた。ダムが決壊けっかいするようにミラを思う気持ちが心に溢れ出した。ミラの笑顔や頬の傷や柔らかい頬に触れた感覚が、次々と思い出されて胸がいっぱいになった。もう自分を抑えることができない。今すぐにでもミラに会いたい気持ちで心は支配されてしまった。

「ミ、ミラはどこにいる!!」

 マルクスはダンテに掴まれた手を跳ね除けると叫んだ。ダンテはマルクスから離れると涙をきながら答えた。

「ロビナスの家にいる。早くしないともうすぐ夜が明けちまう。早朝に村から嫁ぎ先に出立してしまうから早く行かないと手遅れになってしまう」

「わかった」

 そう言うとマルクスはすぐに走り出した。その背中を見ながらルディーは深い溜め息をついた。ルディーは胸のポケットからアバター宝石のネックレスを首にかけると、みるみるうちに人間に変身した。 

「全く世話の嫌ける隊長だ」

「お前はどうするんだ?」

 ダンテはルディーに声を掛けた。

「俺たちギルディアの兵士はツーマンセールが基本でな」

「?」

「早く! 俺たちもマルクスを追いかけるぞ!」

 そう言うとルデイーはマルクスを追いかけて行った。

「おい! ちょ! 待てよ!!」

 ダンテもマルクスを追いかけるようにロビナス村に向かった。 
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