不滅のティアラ 〜狂おしいほど愛された少女の物語〜

白銀一騎

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〜兄弟の絆〜

最後の願い

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 カイトの最強の雷魔法がアルサンバサラに直撃すると、化け物の体は真っ黒い消し炭のようになり、ボロボロと崩れ落ちた。風が吹くと焼けこげた灰のように空に舞ってアルサンバサラの体はあっけなく消滅した。

「やったー!! アルサンバサラを倒したぞーーー!!」

 夜叉神将軍やしゃじんしょうぐんが勝利の雄叫びを上げるとその場にいた者は一斉に喜んだ。カイトはホッとしたのだろうか、力無くその場に座り込んだ。ティアラはカイトの様子を見るとすぐにカイトの近くに駆けつけた。

「大丈夫? カイト?」

「ああ。ティアラ、俺はやったよ。兄ちゃんのかたきを討てたよ」

「カイト……」

 ティアラはそう言うとカイトの手を握りしめると、カイトはそのまま気を失ってしまった。

「カイト? 大丈夫?」

 ティアラが心配そうに声をかけていると背後からレンの声が聞こえてきた。

「大丈夫だ気を失っているだけだ」

 ティアラが振り返るとレンが立っていた。

「レン。大丈夫? 怪我はしてない?」

「ああ、大丈夫だよ。それよりもクリスとアルフレッドはどこにいる?」

「ええ、あの二人なら大丈夫よ。すぐにお母さんが二人を回復してくれたから、クリスとアルフレッドは元気になったわ」

「そうか。それはよかった」

 レンはその言葉を聞いて安堵した。

「こっちも早く回復させてくれ」

 その言葉に横を見ると片腕をなくしたルディーを支えたメルーサが立っていた。

「ルディーさん。早く母の元に!」

 ティアラとレンとメルーサは負傷したルディーをすぐにロザリアの元に連れて行くとすぐに回復魔法をかけてもらった。

『ギャーーー! グァーーー!』

 悪魔に意識を支配されたナルディアの叫び声が聞こえてきた。ナルディアは手足を縛られ、そこから血が滲んでいて苦しそうだった。その様子を夜叉神は悲しそうに見つめていた。アルサンバサラが消滅したら元に戻るのではと淡い期待を抱いていたがその期待はあっさり裏切られた。

「悪魔に魅入られた者は、もう救えない。あきらめろ」

 ロザリアの魔法で復活したエナジーが夜叉神に言った。夜叉神は変わり果てた妻の姿を見て悲しい表情をした。

「いや……わ、私に……任せろ……」

 今にも消え入りそうな声が微かに聞こえてきた。夜叉神とエナジーは声の方に振り返るとそこには全身が血まみれで今にも死にそうなデミタスの姿があった。

「お、お義父さん! 正気を取り戻したんですか?」

「あ、ああ……長い夢を見ていたようだよ……」

「早く回復してもらいましょう」

 夜叉神はデミタスをロザリアの元に連れて行こうとしたが、デミタスはそれを手で制した。

「わ、私はいいんだ……、それよりも……」

 デミタスは変わり果てた姿をした娘の元にゆっくりと近づいた。ナルディアはデミタスが近づくと歯を剥き出しながら威嚇いかくした。

「ナルディア。すぐに解放してやるからな。夜叉神、こんなことになってしまって本当にすまない。これは私のせめてもの罪滅ぼしだ」

「お、お前、まさか? 自死浄化じしじょうかをしようとしてるのか?」

 デミタスはすぐにエナジーを睨んだ。

「さすがは伝説の英雄だ。よく知ってるな」

「な、なんだそれは? お義父さん? これから一体何をする気ですか?」

 夜叉神はデミタスに問い詰めたが、答えようとはしなかった。見かねたエナジーが口を開いた。

「その男は自分の命と引き換えに悪魔を浄化しようとしているんだ」

「なんだと! そんな……、命と引き換えなんて、そんなことはダメだ!」

 デミタスは夜叉神の腕にしがみついた。

「いいんだ! 夜叉神! おそらくこの魔法をやらなくても私の命はあと少ししかもたない。しかもナルディアが正気を取り戻すことができる時間も長くはないだろう、おそらくすぐに亡くなってしまう。でも良いんだ君を昔のナルディアに少しでも会わすことができるのなら、この命は惜しくない」

 デミタスはそう言うと笑ってナルディアのそばに座り込むと魔法を唱え始めた。彼女の顔の近に手をかざすと手を噛まれた。苦痛に一瞬顔を歪めると変わり果てた姿の娘に言った。

「お前はこの私が地獄に送り返してやる」

 デミタスはそう叫ぶと再び呪文を唱えた。やがてデミタスとナルディアは光に包まれて体が輝いた。最後にデミタスは夜叉神を見た。

「夜叉神、本当にすまなかった。ナルディアに会ったら謝ってくれ」

 その言葉を最後にデミタスは悪魔と共に消滅した。

「お義父さん!!」

 デミタスが消滅すると同時にナルディアは静かになった。夜叉神はナルディアの顔を見ると懐かしい妻の面影おもかげに涙が溢れた。

「あなた? 貴方なのね?」

「ナ……ナルディア……気がついたかい……」

「ええ。長い間眠っていたみたい」

「ナルディア……すまなかった。俺が君を一人にしたばかりに……」

「貴方……貴方といた時間は短い時間だったかもしれないけど、その間私は十分幸せだったわ」

「ナルディア……お、俺は……君を失って……」

「自分を責めないで夜叉神……これは運命だったのよ。それよりも私が最も心配だったのは……」

 ナルディアはそこまで言うと周りを見た。ティアラやカイト、エナジーやレン、アルフレッドやクリスを見て安心したように微笑んだ。

「私が人間に殺されてルーン大国とギルディアの関係が悪化してしまうのが、心配だったけど、こうして見る限り人間とエルフは変わらず仲良くしてるようで安心したわ」

「ナルディア……」

「夜叉神。これからも生きて、人間とエルフの橋渡しをお願いね。私達エルフと仲良くしてね」

 そこまで言うとナルディアの体は光に包まれていった。

「ナ、ナルディア! 嫌だ! もう君を失いたくない!」

「大丈夫よ貴方。私はずっと貴方のそばにいるから……これからも……いつまでも……」

 光に包まれたナルディアの体はそのまま静かに消滅した。

「ナルディアーーーーーー!!!」

 夜叉神はそのまましばらくうずくまったまま、動かなかった。どれぐらい時間が経っただろうか? 急に顔を上げたかと思うとそばに居たエナジーを見た。

「エナジー」

 呼ばれたエナジーは返事もせずに夜叉神を睨み返した。

「ナルディアは人間とエルフが仲良く暮らす未来を願っていた」

「ああ、そのようだったな、それがどうした?」

「この戦争をやめさせる」

「何? 本気か?」

「ああ。ルーン大国はこれ以上ギルディアに侵攻しんこうしないと誓おう。だからギルディアはお前に任せたぞ」

「まあ、手伝ってもいいが……今更ギルディアの上層部が俺の言うことに耳を貸すとは思えんがな」

「貸すさ」

 エナジーが声のした方を見ると片腕を無くしたルディーと寄り添うメルーサが立っていた。

 ルディーはロザリアの魔法で腕の傷口は塞がっているようだったが、流石に無くした腕は戻らないようだった。

 ルディーはメルーサに支えられながら言った。

「あんたはギルディアの伝説の英雄だ。ギルディアの誰もがあんたの言うことに耳を貸すだろう」

 ルディーが言ってもエナジーは半信半疑の様子だったので、見かねたメルーサが続けた。

「このまま戦争を続けてもギルディアが敗北するのは周知の事実だ。このことはギルティークラウンの私やギルディアの幹部連中は全員知っている。もうギルディアに戦力はほとんどないに等しい、ルーン大国が和平を示せば喜んでそれに応じるだろう」

「決まりだな」

 夜叉神は右手を差し出すとそれを見てエナジーはその手を取って二人は固い握手を交わした。

 気がつくと辺りはすっかり薄暗くなっていて、空には一番星がキラキラと輝いていた。

 ◇

 アルサンバサラとの戦いから一夜明けた。

 ティアラが目を覚ますと鳥の囀りが聞こえてきた。ゆっくりとベッドから起き上がり、そのまま外に出た。早朝のためか外はまだ薄暗い、朝もやに包まれた森の中をひとり進むと次第に水の流れる音が聞こえてきたので、音のする方へ近づいていくとやがて轟音となった。

 このロビナス村はグレートフォールと呼ばれる大きな滝があり、ティアラはゆっくりと大滝に吸い込まれるように森を突き進んだ。やがて森が開けると眼の前に大きな滝が見えた。強大な滝で滝壺には大量の水しぶきが上がり何も見えない。滝壺の先の川の流れに目を向けると下流の方から薄っすらと光が見えた。やがて光はゆっくりと空に伸びるとキラキラと虹色に輝いた。

(そこに居るのね)

 ティアラは空に伸びる一筋の光を確認するとすぐにロビナス村に引き返した。大きな武家屋敷のような家に入り、台所に向かうとみんなは起きて朝食を食べていた。

 ティアラは台所を見渡してカイトが居るのを確認すると近くに行った。ティアラが近づいてくるのに気づいたカイトは悲しげな表情で話しかけた。

「どうしたティアラ? なにか俺に話でもあるのか?」

「カイト。ギルディアで私と交わした約束覚えてる?」

「約束? ああ、確か? 兄ちゃんを見つけて会わせてくれるってやつか? でも……兄ちゃんはもうこの世にいないからそれは無理だろ……」

 カイトは悲しげな表情でうつむいた。ティアラはそんなカイトの手を取るとキラキラとした目で見つめて言った。

「いいえ。できるわ。カイト。私が貴方をマルクスさんに会わせてあげる」  
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