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〜兄弟の絆〜
マルクスの願い
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ティアラの言葉にカイトは驚いた。ティアラは死んだ兄のマルクスに会わせてくれると言った。
(なんの冗談のつもりだ?)
最初は何かの聞き間違いだと思ったが、彼女の真剣な表情をみると冗談で言っているようには見えなかった。
カイトはどんな反応を示していいか戸惑っているとアルフレッドが近づいてカイトの肩に手を置いた。
「ティアラの言ってることは本当だ。彼女はローレライを使用できる」
「ロ、ローレライ? 何だそれは?」
「死者との交信だ。未練や伝えたいことがある死者の魂を具現化して一度だけ生者に合わせることができる魔法だ」
「死者との交信だと? それじゃ……ほ、本当に死んだ兄ちゃんに会うことができるのか?」
「ああ。そういうことだ」
「ま、まさか? ほ、本当か? 信じられん……」
カイトは驚いて周りの反応を見たが、ティアラを追いかけてきた仲間は、誰も驚いている様子もバカにするような態度もなかった。カイトは周りの反応でティアラの魔法が真実だと信じて、彼女に付いて行くことにした。
◇
ティアラたちはロビナスの強大な滝、通称グレートフォールに来た。大地の裂け目に大量の水が吸い込まれていく雄大な景色に全員が息を呑んだ。
「この滝壺の中に兄ちゃんが居るのか?」
滝壺は大量の水しぶきが舞い上がり真っ白で何も見えない。その水しぶきを見ながらカイトが言うと、いいえあっちよ、とティアラは滝壺から遠くの川の下流を指さした。
夜叉神将軍は滝壺を覗きながら舞い上がる水しぶきに目を凝らすとティアラに聞いた。
「この滝壺に飲まれた者は二度と浮かび上がらないと聞いたことがあるが、本当に川の下流に流れているのか?」
「ええ、そうよ。だって……」
ティアラは川の下流の森の中から空に向かってまっすぐに伸びている虹色の光を見ながら答えた。その光は死者が生者に伝えたい想いが光になって感じ取れるものだとティアラは理解していた。彼女はあの虹色の光が自分以外に見えないことを知っていたので、それ以上は答えられなかった。
「あそこに必ずマルクスさんは眠っているわ。急ぎましょう」
ティアラに言われるままに全員は光の見える方へ急いだ。
◇
森を抜けると川のほとりに出た。滝からかなり離れた場所で川の流れも緩やかになっていて、少し開けた土壌に背の低い草木が生えていた。虹色の光はそのほとりから空に向かって伸びていた。
ティアラは光の場所を見てマルクスがこの場所で眠っていることを確信した。その場所には白い小さな茜の花が密集して咲いていた。
「ここに兄ちゃんが眠っているのか?」
「ええ。間違いないわ」
「この小さな花は何だ?」
「茜という花よ」
「きれいな花だが、なぜ、ここにだけ密集して咲いてるんだ?」
茜の花はなぜかそこにだけ密集して咲いていて周りを見渡しても一本も咲いていない光景にカイトは不思議に思った。
ティアラはしゃがみ込むと小さな茜の花を優しく撫でながら答えた。
「一般的に茜の花はこんなに密集して咲くことはないわ。なぜなら茜の花はツル科の植物だからツルが絡み合うのを避けてお互い離れて生えるのよ」
「でも、じゃなぜここにこんなに密集して咲いてるんだ?」
「茜の花はね。その根からきれいな赤い染料が取れるから、赤の絵の具の原料として使われているの」
「赤い絵の具だって? も、もしかして……」
赤い絵の具と聞いてカイトは狼狽えた。
「そうよ、おそらくマルクスさんはカイトに自分とミラさんとの絵を完成させて欲しくて、茜の根から赤の染料を採取しようと思い。市場で茜の花の種を買っていたのよ」
「そ、それじゃこの茜の花は……」
「ええ。おそらくマルクスさんがその時買った茜の花の種が発芽したのよ」
「そ、それじゃ……こ、ここに兄ちゃんが……」
「ええ。この下で安らかに眠っているわ」
「兄ちゃん……」
カイトは悲しい顔で茜の花を見た。
ティアラは茜の花の前に跪くと手を会わせて祈りを捧げた。するとティアラから溢れ出た魔力が虹色の光と混ざりやがて、ぼんやりと男の姿が現れた。カイトはその人物を見て思わず叫んだ。
「兄ちゃん!!」
ぼんやりと浮かび上がった男はカイトに気づくとニッコリと微笑んだ。
「カイト。立派になったな」
「に、兄ちゃん! な、なんで死んじゃったんだよ!! ミラさんと幸せに暮らしていると思っていたのに……」
「悪かったなカイト。許してくれ」
「兄ちゃん! お、俺……兄ちゃんに何も恩返しできなくて……ごめんよ……」
「何を謝る必要があるカイト。お前は何も悪くない」
「でも、俺のせいで兄ちゃんは好きだった料理人を諦めて……俺のせいで……俺を救ったばっかりに……」
「何を言ってる。兄ちゃんが好きでやったことだ。お前は何も悪くない。兄が弟を守ることは当然のことだ」
その言葉にカイトは膝から崩れ落ちるとボロボロと涙を流して悔しそうに叫んだ。
「やっと恩返しができると思ったのに! 俺が面倒見るから兄ちゃんには、料理人をしてほしかったのに……」
「良いんだよカイト。これが俺の運命だったんだよ」
「兄ちゃんがいなくなって……お、俺はこれからどうやって生きていけば良いんだよ……」
「カイト。俺とお前はハイエルフだから永遠と呼ばれるほど長く生きる。そのためこれから多くの者たちとの別れを経験するだろう。その中には最愛の人との別れや、かけがえのない者との別れ、耐え難い別れを経験するだろう」
マルクスは泣きじゃくるカイトを優しい眼差しで見つめながら諭した。
「悲しみは時間が経てば忘れると言う者も居るがそんなことは絶対に無い。故人を思って悲しむことは悪じゃない、悲しくて同仕様もなく落ち込むこともあるだろう。だが、これだけは忘れるな、死んだ者をお前が思っている以上に、その者たちもお前の幸せを心から願ってるんだ。俺たち死者がお前たち生者に望む唯一の願いは、その悲しみを乗り越えて前を向いてほしい、その想いひとつだ」
マルクスはそこまで話すと訴える思いで続けた。
「たとえすぐに乗り越えることはできないかもしれない、うつむいて下を向いてもいい。だが、そのうつむいた視線の先にはこれから悲しみを乗り越えようと、力強い一歩を踏み出そうとする、己の両足をしっかりと見つめていてくれ!」
「兄ちゃん……」
「カイト。元気でな! 一分一秒でも俺より長く生きてくれ!」
「兄ちゃん! 待って!! こ、こんな俺を育ててくれてありがとうーーー!!」
最後にカイトがそう叫ぶとマルクスはニッコリと笑ってゆっくりと消えていった。
◇
一夜明けて早朝の川のほとりにカイトは座っていた。茜の小さな花が風に戦いでいるのをぼーっと眺めていた。ここに茜の花が密集して咲いている理由を知って、少しでも兄の側にいたいと思う気持ちが強く昨晩から、離れることができなかった。
ティアラたちは昨日の昼にルーン大国を発った。カイトはティアラと一緒に旅立とうか悩んだが、思いとどまった。兄のマルクスは最愛の人と一緒になれなかったのに自分だけが幸せになることに罪悪感を覚えたからだった。自分は兄の犠牲の上に生きていると強く思ってしまい、ティアラとは別れる決心をした。
じっと茜の花を眺めていると後ろから人の気配がした。
「どうしてティアラのあとを追わなかった?」
声の主はルディーだった。
「あんたには関係ないだろ」
カイトは振り返りもせずにぶっきらぼうに答えた。
「ああ、まあそうだな。俺には関係ないが、悔いのない生き方をしろよ。それがマルクスの願いでもある」
「わかってる! でも……俺だけが幸せになるわけにはいかない」
「ふっ!」
ルディーは少し笑ってしまった。そのことにカイトは腹がたった。まるで自分の決断をバカにされたと思った。
「何がおかしい!!」
「ああ、悪い悪い。やっぱりお前はマルクスのことを何もわかっちゃいない」
「兄ちゃんのことをわかっていないだと?」
「お前たち兄弟は幼い頃に両親を亡くして、幼かったお前は、親戚の家に預けられていただろ?」
「ああ、それがどうした?」
「マルクスはその親戚の叔父からお前を引き渡すための条件として100万ギラを要求されたのを知っているか?」
「100万ギラだと?」
ルディーに言われた瞬間、カイトは幼い頃の記憶を思い出した。子供の頃、叔父に虐待されて倒れていた時に叔父とマルクスがそんな話をしていた。
「そ、そういえばそんなことを話していたな、次の日、兄ちゃんは100万ギラを叔父に投げつけて、俺を自分の家に連れ帰ってくれた。でも、それがどうした?」
「マルクスがどんな思いで100万ギラなんて大金を用意したか知ってるか?」
「あ、あれは……」
そういえばカイトはあの100万ギラのお金の出処を知らないことに気づいた。おそらく次の店の開店資金のために貯めていたお金だと勝手に解釈していた。
「マルクスの店はそれなりに繁盛していたが、近所の貧しいガキどもにただで食わせていたから、あの頃のマルクスに100万ギラなんて大金を工面することはできなかっただろう」
「じ、じゃあ、あのお金はどこから工面したんだよ?」
カイトの問にルディーは真剣な表情でカイトを見つめた。
「マルクスはギルティーに入隊するとすぐにボルダー駐屯地に配属された。当時のボルダー駐屯地は地獄の入り口と言われるほどの激戦区で戦死者が大量に出たことから、怖がって誰も配属されることを拒んだ。それを見かねたギルティーの上層部はある提案をした。それはギルティーに入隊してボルダー駐屯地に配属を志願するものに特別手当を支給するという提案だった」
「ま、まさか? それって……」
「そのまさかだ。ギルティーに入隊してボルダー駐屯地に配属を志願した者に100万ギラを支給した」
「そ、そんな……なぜ兄ちゃんはそんなことを……」
「わからないか? お前を地獄から救いたい一心で自ら入隊を志願したんだ。マルクスは文字通り命をかけてお前を守ったんだ」
「そ、そんな……お、俺は……」
「俺にはお前がどう生きようが知ったこっちゃないが、マルクスはお前に悔いのない生き方を望んでいたはずだ! お前が守らなければならないのは、マルクスが叶えられなかった分、お前自身が幸せになることだ! あの世でマルクスに再開した時に自分の人生が幸せだったと、あんたのお陰で充実した人生だったと自慢できる生き方をしろ!!」
ルディーは最後にそう言うとその場を立ち去った。カイトはしばらくの間、茜の花を見ていたが急に立ち上がった。
(兄ちゃん。本当に良いんだよな? 俺、悔いのない生き方をするよ。兄ちゃんの分まで幸せになるからね)
カイトは決心するとすぐにルーン大国を発って、ティアラの後を追いかけた。
(なんの冗談のつもりだ?)
最初は何かの聞き間違いだと思ったが、彼女の真剣な表情をみると冗談で言っているようには見えなかった。
カイトはどんな反応を示していいか戸惑っているとアルフレッドが近づいてカイトの肩に手を置いた。
「ティアラの言ってることは本当だ。彼女はローレライを使用できる」
「ロ、ローレライ? 何だそれは?」
「死者との交信だ。未練や伝えたいことがある死者の魂を具現化して一度だけ生者に合わせることができる魔法だ」
「死者との交信だと? それじゃ……ほ、本当に死んだ兄ちゃんに会うことができるのか?」
「ああ。そういうことだ」
「ま、まさか? ほ、本当か? 信じられん……」
カイトは驚いて周りの反応を見たが、ティアラを追いかけてきた仲間は、誰も驚いている様子もバカにするような態度もなかった。カイトは周りの反応でティアラの魔法が真実だと信じて、彼女に付いて行くことにした。
◇
ティアラたちはロビナスの強大な滝、通称グレートフォールに来た。大地の裂け目に大量の水が吸い込まれていく雄大な景色に全員が息を呑んだ。
「この滝壺の中に兄ちゃんが居るのか?」
滝壺は大量の水しぶきが舞い上がり真っ白で何も見えない。その水しぶきを見ながらカイトが言うと、いいえあっちよ、とティアラは滝壺から遠くの川の下流を指さした。
夜叉神将軍は滝壺を覗きながら舞い上がる水しぶきに目を凝らすとティアラに聞いた。
「この滝壺に飲まれた者は二度と浮かび上がらないと聞いたことがあるが、本当に川の下流に流れているのか?」
「ええ、そうよ。だって……」
ティアラは川の下流の森の中から空に向かってまっすぐに伸びている虹色の光を見ながら答えた。その光は死者が生者に伝えたい想いが光になって感じ取れるものだとティアラは理解していた。彼女はあの虹色の光が自分以外に見えないことを知っていたので、それ以上は答えられなかった。
「あそこに必ずマルクスさんは眠っているわ。急ぎましょう」
ティアラに言われるままに全員は光の見える方へ急いだ。
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ティアラは光の場所を見てマルクスがこの場所で眠っていることを確信した。その場所には白い小さな茜の花が密集して咲いていた。
「ここに兄ちゃんが眠っているのか?」
「ええ。間違いないわ」
「この小さな花は何だ?」
「茜という花よ」
「きれいな花だが、なぜ、ここにだけ密集して咲いてるんだ?」
茜の花はなぜかそこにだけ密集して咲いていて周りを見渡しても一本も咲いていない光景にカイトは不思議に思った。
ティアラはしゃがみ込むと小さな茜の花を優しく撫でながら答えた。
「一般的に茜の花はこんなに密集して咲くことはないわ。なぜなら茜の花はツル科の植物だからツルが絡み合うのを避けてお互い離れて生えるのよ」
「でも、じゃなぜここにこんなに密集して咲いてるんだ?」
「茜の花はね。その根からきれいな赤い染料が取れるから、赤の絵の具の原料として使われているの」
「赤い絵の具だって? も、もしかして……」
赤い絵の具と聞いてカイトは狼狽えた。
「そうよ、おそらくマルクスさんはカイトに自分とミラさんとの絵を完成させて欲しくて、茜の根から赤の染料を採取しようと思い。市場で茜の花の種を買っていたのよ」
「そ、それじゃこの茜の花は……」
「ええ。おそらくマルクスさんがその時買った茜の花の種が発芽したのよ」
「そ、それじゃ……こ、ここに兄ちゃんが……」
「ええ。この下で安らかに眠っているわ」
「兄ちゃん……」
カイトは悲しい顔で茜の花を見た。
ティアラは茜の花の前に跪くと手を会わせて祈りを捧げた。するとティアラから溢れ出た魔力が虹色の光と混ざりやがて、ぼんやりと男の姿が現れた。カイトはその人物を見て思わず叫んだ。
「兄ちゃん!!」
ぼんやりと浮かび上がった男はカイトに気づくとニッコリと微笑んだ。
「カイト。立派になったな」
「に、兄ちゃん! な、なんで死んじゃったんだよ!! ミラさんと幸せに暮らしていると思っていたのに……」
「悪かったなカイト。許してくれ」
「兄ちゃん! お、俺……兄ちゃんに何も恩返しできなくて……ごめんよ……」
「何を謝る必要があるカイト。お前は何も悪くない」
「でも、俺のせいで兄ちゃんは好きだった料理人を諦めて……俺のせいで……俺を救ったばっかりに……」
「何を言ってる。兄ちゃんが好きでやったことだ。お前は何も悪くない。兄が弟を守ることは当然のことだ」
その言葉にカイトは膝から崩れ落ちるとボロボロと涙を流して悔しそうに叫んだ。
「やっと恩返しができると思ったのに! 俺が面倒見るから兄ちゃんには、料理人をしてほしかったのに……」
「良いんだよカイト。これが俺の運命だったんだよ」
「兄ちゃんがいなくなって……お、俺はこれからどうやって生きていけば良いんだよ……」
「カイト。俺とお前はハイエルフだから永遠と呼ばれるほど長く生きる。そのためこれから多くの者たちとの別れを経験するだろう。その中には最愛の人との別れや、かけがえのない者との別れ、耐え難い別れを経験するだろう」
マルクスは泣きじゃくるカイトを優しい眼差しで見つめながら諭した。
「悲しみは時間が経てば忘れると言う者も居るがそんなことは絶対に無い。故人を思って悲しむことは悪じゃない、悲しくて同仕様もなく落ち込むこともあるだろう。だが、これだけは忘れるな、死んだ者をお前が思っている以上に、その者たちもお前の幸せを心から願ってるんだ。俺たち死者がお前たち生者に望む唯一の願いは、その悲しみを乗り越えて前を向いてほしい、その想いひとつだ」
マルクスはそこまで話すと訴える思いで続けた。
「たとえすぐに乗り越えることはできないかもしれない、うつむいて下を向いてもいい。だが、そのうつむいた視線の先にはこれから悲しみを乗り越えようと、力強い一歩を踏み出そうとする、己の両足をしっかりと見つめていてくれ!」
「兄ちゃん……」
「カイト。元気でな! 一分一秒でも俺より長く生きてくれ!」
「兄ちゃん! 待って!! こ、こんな俺を育ててくれてありがとうーーー!!」
最後にカイトがそう叫ぶとマルクスはニッコリと笑ってゆっくりと消えていった。
◇
一夜明けて早朝の川のほとりにカイトは座っていた。茜の小さな花が風に戦いでいるのをぼーっと眺めていた。ここに茜の花が密集して咲いている理由を知って、少しでも兄の側にいたいと思う気持ちが強く昨晩から、離れることができなかった。
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じっと茜の花を眺めていると後ろから人の気配がした。
「どうしてティアラのあとを追わなかった?」
声の主はルディーだった。
「あんたには関係ないだろ」
カイトは振り返りもせずにぶっきらぼうに答えた。
「ああ、まあそうだな。俺には関係ないが、悔いのない生き方をしろよ。それがマルクスの願いでもある」
「わかってる! でも……俺だけが幸せになるわけにはいかない」
「ふっ!」
ルディーは少し笑ってしまった。そのことにカイトは腹がたった。まるで自分の決断をバカにされたと思った。
「何がおかしい!!」
「ああ、悪い悪い。やっぱりお前はマルクスのことを何もわかっちゃいない」
「兄ちゃんのことをわかっていないだと?」
「お前たち兄弟は幼い頃に両親を亡くして、幼かったお前は、親戚の家に預けられていただろ?」
「ああ、それがどうした?」
「マルクスはその親戚の叔父からお前を引き渡すための条件として100万ギラを要求されたのを知っているか?」
「100万ギラだと?」
ルディーに言われた瞬間、カイトは幼い頃の記憶を思い出した。子供の頃、叔父に虐待されて倒れていた時に叔父とマルクスがそんな話をしていた。
「そ、そういえばそんなことを話していたな、次の日、兄ちゃんは100万ギラを叔父に投げつけて、俺を自分の家に連れ帰ってくれた。でも、それがどうした?」
「マルクスがどんな思いで100万ギラなんて大金を用意したか知ってるか?」
「あ、あれは……」
そういえばカイトはあの100万ギラのお金の出処を知らないことに気づいた。おそらく次の店の開店資金のために貯めていたお金だと勝手に解釈していた。
「マルクスの店はそれなりに繁盛していたが、近所の貧しいガキどもにただで食わせていたから、あの頃のマルクスに100万ギラなんて大金を工面することはできなかっただろう」
「じ、じゃあ、あのお金はどこから工面したんだよ?」
カイトの問にルディーは真剣な表情でカイトを見つめた。
「マルクスはギルティーに入隊するとすぐにボルダー駐屯地に配属された。当時のボルダー駐屯地は地獄の入り口と言われるほどの激戦区で戦死者が大量に出たことから、怖がって誰も配属されることを拒んだ。それを見かねたギルティーの上層部はある提案をした。それはギルティーに入隊してボルダー駐屯地に配属を志願するものに特別手当を支給するという提案だった」
「ま、まさか? それって……」
「そのまさかだ。ギルティーに入隊してボルダー駐屯地に配属を志願した者に100万ギラを支給した」
「そ、そんな……なぜ兄ちゃんはそんなことを……」
「わからないか? お前を地獄から救いたい一心で自ら入隊を志願したんだ。マルクスは文字通り命をかけてお前を守ったんだ」
「そ、そんな……お、俺は……」
「俺にはお前がどう生きようが知ったこっちゃないが、マルクスはお前に悔いのない生き方を望んでいたはずだ! お前が守らなければならないのは、マルクスが叶えられなかった分、お前自身が幸せになることだ! あの世でマルクスに再開した時に自分の人生が幸せだったと、あんたのお陰で充実した人生だったと自慢できる生き方をしろ!!」
ルディーは最後にそう言うとその場を立ち去った。カイトはしばらくの間、茜の花を見ていたが急に立ち上がった。
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