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第01章 最低な始まり

07 奴の末路

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 クソ野郎から俺の名前を聞き出すことはできなかったが、その代わり出身の村の名前と場所を聞き出すことに成功した俺は、もう用はないしとばかりにやつらの元を離れた。 

 っと、見せかけて、すぐ近くに身を潜めてやつらの様子をうかがっていた。
 まぁ、とくに急ぐ旅路というわけではない(村が逃げるわけない)し、せっかく仕掛けもしたし、奴の今後を見ておこうと思ったわけだ。

 んで、そんなやつらは、俺が去った方を茫然と見ていたがハッとしてシスターの少女が動いた。

「ドリット、大丈夫『我らが神よ。忠節なる我が願いを聞き届け、この者に癒しを与えたまえ……ヒール』」

 シスターの少女はタンクの少年を回復させたようだ。
 ヒールってのは、俺が使ったキュアよりも上位の回復魔法となる。
 これで、あの少年も目覚めるだろう。

「う、くっそ、悪いなリーナ」
「いいのよ」
「っで、あのゴブリンはどうなった?」
「ううん、ゴブリンじゃなかったの」
「そうなのか、じゃぁ、って、おいおい、ブレンのやつどうしたんだよ」

 ここでようやくタンクの少年がクソ野郎の様子に気が付いた。

「おい、ブレン! リーナ、早く、治療を! 何してんだ!」

 事情を知らないタンクの少年は、シスターの少女がなぜクソ野郎を治療してやらないのかと責めている。
 まぁ、仕方ない俺が現れるまでは仲のよさそうなパーティだった。そして、タンク少年はクソ野郎の正体を知らないんだからな。
 って、なんかさっきから少年とか少女とかで面倒だな。もう、あいつ以外は名前を呼んでやるか、俺がムカついてるのは奴だけだしな。
 というわけで、ドリットにクソ野郎を治療するように言われたリーナだったが、彼女は先ほどのやり取りを見ており、クソ野郎の治療をためらっていた。

「リーナ?!」

 ドリットはもう一度リーナを促す。

「う、うん」

 リーナは少し悩みながらも、俺がかけたキュアの痛み止めが切れたクソ野郎のもとに向かい”ヒール”をかけた。
 どうやら、リーナが使える回復魔法はヒールまでのようだ。

「うっ、ふぅ」

 痛みが消えたことでようやくクソ野郎は落ち着いたようだ。

「それで、何があったんだよ。ていうか、ブレン、お前、なんで腕が?」

 クソ野郎の腕が片一方切断されていることに、何があったのかとますます気になるドリットだった。

「話はあとよ。今は、場所を移動しましょう。あの子がまだこの辺りにいるかもしれないし、何より、血の匂いで魔物が集まってきちゃう」
「ああ、そうだな。んっ? あの子?」

 エリサが言ったあの子、つまりは俺のことだが、それが気にはなったが、ドリットはクソ野郎に肩を貸しながらこの場を離れ、街に戻ることにしたようだ。


 そんなわけで、またまた、ひぃこら言いながら街の中まで戻ってきて、現在再びギルドの片隅に陣取っている。

「それで、何があったのか、話してくれ」
「う、うん」

 それから、エリサとリーナにより俺のこと、そしてクソ野郎が俺にしてきたことなどをすべて話した。

「……まじか? いや、でも、お前ら、それを信じるのかよ。そんなガキの言うことなんて」
「わ、私も、信じられないよ。でも、ブレンが……」
「おい、ブレン、ほんとなのか?」
「そ、それは……」

 クソ野郎は、ドリットの質問に言いよどんだ。

「答えろよ。お前、前に言ったよな。子供を虐待するなんて最低な奴のすることだって。あれは、うそか?」

 おいおい、そんなこと言いやがったのか、どんなシチュエーションで言ったのかはわからないが、俺にしたことを考えると、ほんとふざけてるな。

「……」
「黙ってねぇで、何とか言ったらどうだ」

 ドリットが怒鳴り声をあげたことで、周囲の冒険者たちが何事かと注目を始めた。

「ブレン、あなた、ずっとあの子こと知らないって言ってたよね。でも、最後、名前は知らないって、それに村の名前と場所も教えていたよね。それって、あの子のこと知ってたのに、知らないって……」
「なんだとっ、おい、ブレン?」
「……」

 エリサとドリットに責められてもなおクソ野郎は、まだ、何もしゃべらない。

「ブレン、黙ってるってことは、あの子の言っていたことは本当なの?」

 リーナは何も言わないことこそ肯定だと考えた。
 もちろん、リーナも本当だったと信じたくはないだろうな。その目はすでに涙目だ。

「答えて! ブレン!!」

 エリサも何も言わないクソ野郎に業を煮やしていた。

「ほ」

 ようやくクソ野郎がしゃべりだしたが、一文字だけだ。

「ほ?」
「本当だ」

 ついにクソ野郎が認めた。
 それを聞いたエリサ、リーナ、ドリットはそれぞれ、怒りの表情、悲しみの表情などをしていた。
 そして、バキッと鋭い打撃音。
 ドリットがクソ野郎を殴り飛ばした。

「てめぇ、よくも、俺たちをだましていやがったな」
「見損なったわ」
「許せない」

 ドリット、リーナ、特に良い仲となっていたエリサはその表情に怒りの念を込めていた。
 まぁ、いままで信じていたやつが、実は幼い子供を平気でこき使い、その上殴るって、あまつさえ奴隷として売り払ったんだからな。

「それに、お前、わかってるのか、人身売買は違法だぞ」

 そう、これが問題だ。
 実は、この国には奴隷法というものがあり、それによると、奴隷の売買は所定の書類さえあれば誰でもできるし、譲渡も可能となる。
 まぁ、これには以前説明した通り、奴隷は人じゃなくてという扱いだからだ。
 地球でも、命があるのに動物とか植物は法律上物という扱いで、普通に売買ができるし譲渡もできる。それと同じと考えていいだろう。
 っで、問題は俺がやつに売られたとき、俺はまだ首輪をつけていない、つまりだったということだ。
 そして、人の売買となると、それは人身売買となり、免状を持つものが正当な理由ありとお上に申し立て、受理されて初めて成立する。
 結構厳しい法となっている。
 それで、その正当な理由は主に、借金によるものと犯罪によるものの2つ、つまり借金奴隷と犯罪奴隷というものだ。
 それ以外は、基本違法奴隷となる。
 だったら、なぜテッカラの奴隷商はあっさりと俺を買ったのか。
 そういう疑問が出てくるだろう。
 実は、これには抜け穴があった。
 というのも、奴隷は輸出入ができるということだ。
 そして、外国では普通に子供を売り飛ばすなんてことが可能な国もあるらしい。
 そういった国から俺を輸入したという形にすれば問題ないというわけだ。
 もちろん、その際書類を書き換える。この場合公文書偽造になると思うが、立派な犯罪だ。

「し、知らなかったんだ」

 クソ野郎は、そういった。
 まぁ、小さな農村のガキが知るはずのない法律だよな。
 だが、こいつらが知っているということは冒険者になって初めて知ったってことだろうな。
 俺が知っている理由は、ドロッペインの奴隷商の事務所内に置いてあった奴隷法に関する本をパラっとめくって読んだことで、メティスルの”森羅万象”にデータとして保存されたからだ。
 おかげで、俺は奴隷法にはかなり詳しい。

 バタンッ

 その時、勢いよくギルドの扉が開いた。
 ギルドにいた人々が一斉にそっちを向いた。

「なんで、警備兵が来たんだ」
「さぁ」
「あいつらじゃないか? さっき、なんかもめてたし」
「いやいや、ギルド内で喧嘩したって、警備兵は来ないだろ」

 突然やって来たのはこの街の警備兵らしい、おそらく俺の仕掛けが効いたのかもしれない。
 でも、たぶんそれだけじゃないだろうな。
 というのも、実は、先ほどやつらが俺の話をしていた時、最後部分でギョッとした顔をして外に出ていった男が1人いたから、たぶんそいつが通報したんだろう。
 それと、俺の仕掛けが合わさって、この駆けつけの速さになったんだろうな。
 っで、俺の仕掛けっていうのは、単純に昨日忍び込んだ奴隷商、つまり俺を最初に買った店で俺に関する書類や俺のように人身売買の被害者たちの書類も含めて盗み出し、奴らを追って街を出る前に警備兵の詰所に投げ込んでおいたのだ。

 そんな警備兵の背後から1人の男、まぁさっき出ていったやつが、奴らを指さして言った。

「あ、あいつです。あの片腕の」

 やっぱり、あの男が通報したようだ。
 それを受けた警備兵たちはまっすぐクソ野郎の元へ向かった。

「貴様がゾーリン村のブレンだな、人身売買に関与していると通報があった。我々と来てもらおうか」
「なっ、待ってくれ」
「!!」
「なんで?」

 自分たちの会話に集中していた彼らは、外に出ていった男のことに気が付いていなかったようで、警備兵がやって来たことに本気で驚いていた。

「さきほど、貴様らが、そのような会話をしていたと通報があった。そして、何より今朝、この街で無許可の人身売買が行われていたという証拠が詰所に投げ込まれた。その中には貴様の名があった。言い逃れは出来んぞ」
「えっ、ちょっ」
「さぁ、こい! それと、貴様等はこいつの仲間だな、一緒に来てもらおうか」

 こうして、クソ野郎をはじめドリット、エリサ、リーナの3人までも連行されていったのであった。

「なぁ、あいつらどうなると思う?」
「そうだなぁ、奴らの話から、間違いないんだろ」
「だったら、あのブレンってやつは犯罪奴隷ってところか」
「だろうな。あとのやつらは知らなかったみたいだし、そもそも、あいつが人身売買したのって冒険者になる前だろ、話から察するに」
「だろうな」
「だったら、他のやつらはすぐに釈放されるってところだろうな、関係はないしな」
「だな。でも、あいつらがこのまま冒険者を続けるかってことは難しそうだけどな」
「違いない」

 この状況を見ていた冒険者たちがそのような会話をしていたが、俺もおおむねその意見に同意だ。
 おそらく、奴は片腕の犯罪奴隷として、戦場か鉱山送りってところだろうな。
 っで、他の3人は事情を聴いたらすぐに釈放されるだろう。
 なにせ、奴が俺を売ったのは冒険者になる前で、3人とも出会う前のはずだからな。
 ちなみに、奴の被害者である俺がここにいるわけだが、この場合は俺の存在は関係ない、奴が無許可で人身売買を行ったという事実が必要だからな。
 それに、一度奴隷になると結構あちこちに転々とすることになるから被害者を探すのは無理だしな。
 さて、これで、俺を売り払ったクソ野郎の末路も見たことだし、後はもう俺の知ったことじゃないからな、この街を出て、そろそろ故郷の村、ゾーリン村を探しに行くとするかな。

 そういうことで、俺はギルドを静かに出て、その後再びザルの防壁を越え、西への街道を進むことにした。
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