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第04章 奴隷狩り

24 赤ん坊を救え

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 ”転移”で飛んだ先は、ゾーリン村である。なぜここに来たかというと、ここには俺を含め村人の年寄り以外ほとんどを取り上げたという産婆のエリザ婆さんがいる。婆さんならこの赤ん坊を何とかできるはずだ。ていうかそれができそうな人物がエリザ婆さんしか思いつかなかった。というわけで、赤ん坊を正気に戻ったシュンナに預けて、エリザ婆さんの家へ走った。シュンナに預けた理由は、単純に走りにくいからだ。なにせ、俺が小さいから赤ん坊でも俺にとっては大きい。

「ここだ!」

 エリザ婆さんの家に到着した俺は、間髪入れずにその扉をしきりにたたき出す。実は今現在真夜中、それはそうだろう俺たちがオリフェイス商会に侵入したのが真夜中で、ここゾーリン村とシムヘリオの経度はそれほど離れていないので、向こうが真夜中ならこっちも真夜中、ほぼ変わらない。だから普通に考えたらこれはかなり非常識な行為となる。しかし、緊急事態のために許してもらいたい。

「……誰だい。こんな時間に」

 何度かたたいていると、中から音が聞こえ扉があいたと思ったら、少し眠たげなエリザ婆さんが出てきた。

「おや、スニル、それにシュンナだったか、一体何の……」
「婆ちゃん、助けてくれ」

 エリゼ婆ちゃんのセリフを遮って俺はすぐに助けを求めた。

「!? なっ、どうしたんだい。その子!」
「訳は後で話す!」
「そ、そうだね。こっち来な」
「は、はい」

 さすが長年産婆をやっているだけあり、エリゼ婆ちゃんはすぐに赤ん坊の状態に気が付いて、何も聞かずに処置を始めてくれたのだった。

「スニル、そこに新しい布があるから持ってきな。あんたはそこにその子を寝かして」
「はい」

 俺とシュンナはエリゼ婆ちゃんの指示でいろいろと動き回ることになった。しかしそのかいとエリゼ婆ちゃんの適切な処置のおかげで、無事赤ん坊は助かったのは本当によかった。

「ふぅ、これであとはお乳がいるわけだけど、この村には今出るもんがいないよ。どうすんだい」

 エリゼ婆ちゃんの言う通りこの村には今、赤ん坊はいない。となるとこの赤ん坊の食糧がないということである。これは大問題となる。しかし、もちろん俺はそのことは分かっており、その対策もすでにしてあった。

「わかってる。だから、これ使ってくれ」

 そう言って俺が取り出したのは、現代日本人なら見ればわかる哺乳瓶とその中身、つまり粉ミルクである。まぁ、すでに粉ではないけどな。ちゃんと人肌になっているはずだ。それをエリゼ婆ちゃんに差し出した。

「これは、なんだい?」
「なんなの、スニル」
「この容器は哺乳瓶といって、赤ん坊にミルクを与えるもので、中身は母乳の代用品が入ってる。栄養的にも問題ないはずだよ。何ならちょっとなめてみて」
「? こ、これはっ!」
「問題ないだろ」
「ああ、そのようだね。一体これは何なんだい」
「えっと、これは俺の過去っていうか、村長一家には話しているんだけど、そこらへんが関係してて」
「よくわからないね。どういうこと何だい」
「まぁ、話せば長くなるからそのうちに、それよりそれ、問題ないだろ」
「ああ、そうだね。ほらっ」

 エリゼ婆ちゃんはそう言って初めて使う哺乳瓶ではあっても幾度となく使ってきたように、赤ん坊にミルクを与えていったのだった。あっ、良かったちゃんと飲んでる飲んでる。

「飲んでる。よかったぁ」

 シュンナも一安心したようだな。その後、エリゼ婆ちゃんはミルクを飲み終えた赤ん坊の背中をさすってげっぷをさせたようだ。そうして腹いっぱいになったからか赤ん坊が静かに寝息を立て始めたのだった。

「これで大丈夫さね。あんたたちも疲れただろう、今日はうちに泊まっておいき」
「えっと」

 エリゼ婆ちゃんがそう言ったのでシュンナが迷って俺を見た。

「シュンナはそれでいいんじゃないか。俺はダンクスを置いてきちまったからな迎えにいかないと」
「ああ、そういえば、忘れてた」

 俺はちゃんとダンクスのことを覚えていたが、シュンナはすっかり忘れていたようだ。

「というわけで、俺は一旦シムヘリオに帰るよ」
「どこだい、そこ?」

 当然ながらシムヘリオを知らないエリゼ婆ちゃんが首をかしげながら聞いてきた。

「俺たちが、今旅している場所なんだよ。そこで、その赤ん坊を拾うことになったんだけど、まぁ、そこは明日にでもまとめて話すよ。こうなったら村長たちにも話したほうがよさそうだし」
「そうだね。この子はこのまま様子を見る必要もあるからね。そうしな」
「ああ、それじゃシュンナ、ああ、そうだ。一応これ渡しておくよ」

 そう言って俺は”収納”から先ほど作った粉ミルク(哺乳瓶入り)を10個ほど渡した。これだけあれば問題ないだろう。

「わかったわ。これはあたしのバックに入れておけばいいの?」
「ああ、シュンナのバックも俺の”収納”と同じで時間が止まる仕組みになっているから。それと、それなら俺の”収納”とつながっているわけじゃないから、俺と離れてても使えるしな」

 シュンナやダンクスがいつも使っているバックは2つ種類があり、1つは俺の”収納”とつながっているために、”収納”に入っている物であれば2人も自由に取り出すことができる。しかし、これには俺が近くにいることという条件があり、近くにいないとただのバックでしかない。それに対して、もう1つのバックは俺がそれぞれ個別に作ったもので、”収納”とはつながっていないから、俺がそばにいる必要もなく使えるというわけだ。

「それじゃ、行ってくる。まぁ、明日朝には戻るよ」

 そう言って俺は”転移”したのだった。



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「うぉぅ、ってスニルかよ。いきなり現れんなよ。びっくりするだろ」

 ”転移”した場所はシムヘリオに取っている宿の部屋、ダンクスは起きていたようで俺が突如現れたから驚いている。

「悪い、ちょっと問題が起きてな。直接ここに飛んだんだよ」
「問題? そういえばシュンナはどうしたんだ?」
「シュンナは今ゾーリン村だよ。そこら辺の話は明日ゾーリン村に戻ったらまとめてするから、待ってくれ」
「ゾーリン村、なんでだ。いや、わかった、明日な」
「ああ」

 ダンクスは気になるようではあるが、俺が明日話すと告げたからおとなしく今日は寝ることにしたようで、ベッドに入ってあっという間に寝始めた。

「俺もねっか」



ZZZZZzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz



 翌朝である。俺とダンクスはいつものように目覚めると、さっそく宿を引き払いシムヘリオを出て、ゾーリン村へと”転移”した。

「あっ、スニル!」

 ”転移”したらすぐさまポリーが気が付いてかけてきた。ていうかよく見ると村人の多くがエリゼ婆ちゃんの家の周りに集まっていた。さすが小さい村だな、みんな耳が早い。

「聞いたよ。なんか、赤ちゃんがいるって」
「ああ、夜にな。今はエリゼ婆ちゃんのところにいるだろ」
「うん、でも、どうして赤ちゃんが?」
「おい、スニル赤ん坊ってどういうことだ」
「あれ? ダンクスさんは知らないんだ」
「話すなら一度がいいからな。まとめて話したほうが楽なんだ。ということで村長は?」
「お爺ちゃんならあそこよ」

 ポリーが指示したのはエリゼ婆ちゃんの家、つまり村長は現在婆ちゃんの家にいるということだろう。

「そうか、なら俺たちも行くか」
「うん」
「おう」

 こうして俺とポリー、ダンクスの3人は連れ立ってエリゼ婆ちゃんの家へと向かったのだった。

「エリゼお婆ちゃん、スニル帰ったよ」
「ああ、帰ったかい。それじゃ、さっそくわけを話してもらうよ」

 俺を見つけるなり、エリゼ婆ちゃんがそう言って詰め寄ってきた。

「うむ、スニル説明しなさい」
「お、おう、今からするよ。えっと、何から話せばいいかな。えっと、そうだなぁ」

 どこから話せばいいのかが正直わからない、いきなり赤ん坊を拾ったといっても意味が分からないし……そうだな。どうせなら最初からでいいか。

「ちょっと、長くなるけど、事の起こりはウルベキナ王国ってここの隣にある国で、ダンクスが突然村人に襲撃されたことが始まりなんだ」

 そう、俺が話したのはダンクスがウルベキナでコウリに、娘のモニカのさらった犯人に間違われたところからだった。

「まぁ、これはただの勘違いなんだけど、気になった俺たちはその娘を探すことにしたんだよ」
「見つかったの?」

 ポリーが心配そうに聞いてきた。

「ああ、なんとかな。ただ、その娘は近くの街で奴隷として売られていたんだ」
「えっ!」
「そ、それって」
「ああ、ウルベキナでも何の罪もない人間を奴隷にすることは禁止されている。でも、事実だよ」
「その子は、買うことで助けたわ。奴隷の首輪もスニルが外して元通りにね」
「そっか」

 シュンナの話を聞いてポリーは安堵したようだ。

「とまぁ、その時モニカ、えっとその娘から聞いたのが奴隷狩り、なんでもそこらへん歩いているような奴をさらって、勝手に奴隷の首輪をつけて売り払う、そういう連中がいるっていうんだ。俺たち3人はみんなも知っての通り、元奴隷、それもまともな経緯じゃなかった」
「う、うん」
「うむ」
「そうだったね」

 話を聞いていた村長とエリゼ婆ちゃんポリーが悲痛な表情をした。

「だから、気になったんですよ。そのあとも同じようにダンクスが襲われるってことがあって、ますます気になって、それであたしたちその奴隷狩りをつぶそうと思って追ったんです」
「ほう、それで」
「奴隷狩りの拠点の1つを襲撃したら、金とかをシムサイト商業国って国に送っていることが分かって、俺たちはその国に向かったんだ。そして……」
「いろいろ探っていったら、その国の首都だっけ、国の中心都市であるシムヘリオってとこに行きついたってわけです」
「シムヘリオ、確かあんたが昨夜言っていた街だね」
「ああ、そう、俺たちはその町で調査をしていた。そんで、調べて黒幕と思われる商会に忍び込んだら、地下牢にあの赤ん坊とその母親がいたんだ。尤も、その母親は間に合わなかったみたいだけどな」
「……」

 俺が赤ん坊発見の話をすると当事者であったシュンナ以外の面々が絶句。

「スニル、シムヘリオに転移して」
「シュンナ?」
「やっぱり許せないよ。今から行ってあいつら殺してやる」

 シュンナが殺気たっぷりにそんなことを言い出したんだけど、ポリーや村長まで頷かないでもらいたい。

「いや、さすがにそれはまずいだろ。俺だって許せねぇけどよ。相手は一国の国家元首なんだぞ」

 ダンクスがそれはまずいと止めに入る。

「そんな奴殺したら国が潰れちまうだろ。そんなことになったらシムサイトでまっとうに生きてる奴らが路頭に迷うことになるんだぜ」
「うっ、で、でも……」

 関係ないものまで巻き込まれる、そう聞いたシュンナは気をそがれたようだがそれでも、どうにもあらない怒りがあふれているようだな。

「ああ、えっと、それは大丈夫だと思うぞ。あの野郎は確かに国家元首で、シムサイトのトップだけど、それは今だけ、任期が終われば奴もただの商人だよ」

 これが議会制の特徴ともいえるだろう、任期が終わればたとえ国家元首でもただの人となる。まぁ、元という肩書はつくけど、ただそれだけだ。そして、そんな奴をやったところで、国がどうにかなるわけじゃない。なにせ、そいつが消えてもすぐあとがやってくるからな。王政しか知らないダンクスとシュンナではこれは分からない。

「へぇ、そうなのか」
「だったら」

 シュンナが続けて言う言葉は殺してもいいんじゃないかということだが……。

「いや、それでもやめた方がいい。俺も腹は立ててるからな。このままというつもりはねぇよ。それより今重要なのは赤ん坊のことだろ」
「はっ、そ、そうだね」

 俺が赤ん坊が重要だというと、シュンナの殺気がようやく収まったのだった。

「ねぇ、お爺ちゃんこういう場合ってどうなるの?」

 ポリーが村長に尋ねる。

「通常、親を亡くした赤子は同じく赤子がいる家に預けることになる。しかし、今回のように赤子がいない場合は、ほかの村で探すか、街へ連れて行き孤児院に預けることになる」

 赤ん坊には母乳が必要になるために、母乳が出る人物に預けるしかない。それがいない場合は孤児院に預ける。孤児院ならこういうこともあるために、街中から母乳が出る人物を大体把握しているからだそうだ。

「それじゃ、この赤ちゃんは今回は孤児院に預けることになるのかな」
「そうなるな」
「いや、それはやめた方がいいな」
「どういうこと、スニル」

 村長とポリーでこの赤ん坊を孤児院に預けるという話になっているが、正直それはやめた方がいい。

「ポリー、あの赤ん坊の頭と尻あたりに何があった?」
「頭とお尻? えっと、かわいい動物みたいな耳と尻尾、だよね」
「そ、つまりあの赤ん坊は獣の特徴を持った種族、獣人族なんだよ。んで、この国もそうだけど、俺たち人族全体が信仰している宗教キリエルタ教、その教義の中に人族以外は人間ではないっていうのがあるんだ」
「なにそれっ!」
「そう、思うよなぁ。でも事実でな。もしあの赤ん坊を孤児院に預けたところで、獣人族だと知られると捕まって売られちまうんだ」
「で、でも、院長たちなら」
「確かにポリーの言う通り、俺もあの院長がそんなことするともさせるとも思えない。けどな、孤児院の経営は基本領主だ。あの領主が知ったら、差し出せって院長に命じることになる。んで、院長の心労が増えるってわけだ」
「あっ、そ、それは」

 俺の説明でポリーもわかったようだな。

「それじゃ、どうするの」
「村ならいいんじゃない、幸いスニル君が作ってくれたものだってあるでしょ、あれがあれば村でもちゃんと育てることができるわよ」

 ここに赤ん坊を抱いたノニスおばさんがやって来た。実はノニスおばさんは先ほどから少し離れた場所で、赤ん坊の面倒を見ていたのだ。

「村で! それいいかも、わたしもちゃんと面倒見るよ」
「いや、村も危険と言えば危険だな。行商人が来るだろ」
「あっ」
「そっか」
「それじゃ、どうすんのよ。この子」

 孤児院もダメ、村もダメ、そうなるともはやどこにも預ける場所がないことになってしまう。もちろん俺も助けた時から考えておりわかっていることだった。

「だから、俺たちで引き取ろうと思っているんだけど、どうだシュンナ、ダンクス」

 俺の考え、この赤ん坊は俺たち3人で引き取るというもの。俺たちなら、どんな脅威があってもこの赤ん坊を守ることができる。何より、たとえ赤ん坊が獣人族であることが知られても”転移”で逃げることができる。

「ちょっと待ってスニル君、あなたたちが引き取るって大丈夫なの。それに、あなたたちは旅をするのよね。それって、この子をその旅に連れ出すってこと」

 シュンナとダンクスが答える前にノニスおばさんが慌てたようにそう言った。

「そのつもり、それならたとえ見つかっても問題ないし、何より旅を続けていればほかの獣人たちを見つけることがあるかもしれない。そうなると返すことだってできるし」
「そ、それはそうだけど、でも、赤ちゃんなのよ」
「それは、わかってる。でも、これしかないと思う」
「そうね。この子が獣人族である以上、どこにいても危険に違いない。それなら守れるあたしたちが一緒にいたほうがいいのは確かかもね」
「ああ、でもよ。大丈夫なのか、旅に連れ出すってのもだが、特にほれ、俺とか」

 シュンナとダンクスも賛成してくれているようだが、ダンクスには心配事がある。それはやはりダンクスが強面ということだろう。ダンクスを見るとたいていの子供が泣くからなぁ。実は俺も言っててちょっと心配している。でも多分大丈夫じゃないかとも思っている。人間ていうものは慣れるものだからな。何度も見ていればそのうち慣れるだろう。

「心配なら、抱いてみたら」

 シュンナも俺と同じように思ったのか抱いていた赤ん坊をダンクスに手渡した。おいおい、いきなりだな。そんな誰もが泣き出すと思ったその時であった。

「キャッ、キャッ」

 あれっ? どういうこと? 泣き出すと思ったらなんとダンクスを見て笑った。えっと、これってつまり……。

「わ、わらったわね」
「か、かわいい」
「あれっ? どういうこと?」
「馬鹿なっ!」

 俺以外の面々も同様に驚愕しているが。何よりダンクスが一番驚いているようで固まっている。

「はぁ、わかったわ。確かにあなたたちの言う通り、この子を守れるのはあなたたちだけ、それにダンクス君になついたみたいだし、でも、旅に出るのは少し待ちなさい」
「そうだね。この子はまだ生まれたばかりなんだろ、そんな状態で旅なんてさせられないよ」
「ああ、それもわかってる」

 生まれたばかりの赤ん坊に旅をさせるつもりはない。というかそもそもの話、俺もダンクスもシュンナも赤ん坊の面倒の見方なんてものは知らない。まずはそれを学ぶ必要もあるし、しばらくは村に滞在してそれを学ぶ必要があるだろ。
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