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第04章 奴隷狩り

25 命名からの意趣返し

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 オリフェイス商会地下牢から救い出した、獣人族の赤ん坊を俺たちで引き取ることとなった。といっても、この赤ん坊はまだ生まれたばかり、俺たちの旅にこのまま同行させるというわけにはいかない。ということで俺たちはしばらく、ゾーリン村に滞在することになった。

「そうと決まれば、この子に名前をつけあげないといけないわね。まだ、ないのよね」

 ノニスおばさんが言うように、まだこの赤ん坊には名がない。それはそうだろう、生まれてすぐに母親は息を引き取った上に、父親らしき存在は居なかったんだからな。ちなみにだけど、父親がオリフェイスだとかそういうことはない。というのも、同じ人間といっても人族と獣人族、両者が交わったところで子が生まれることがないからだ。だから、この赤ん坊の父親は間違いなく獣人族、それも同じ猫人族であることは間違いない。なにせ、獣人族でも、同種でしか子ができることはないからだ。まぁ、これで安心しろとは言えないけどな。そのさいが無理矢理だった可能性だって否定できないんだからな。ほら、よく動物園とかでやるだろ、雌の動物がいて、その相手としてどっかから連れてきた雄をあてがうってやつ、あれを人間でやることだってこの世界ではありうることなんだよなぁ。まっ、そこらへんはよくわからないからあまり考えないようにしよう、考えると腹が立ってくるし。んで、今の問題はこの赤ん坊に名がないということ。

「そうなるかな」
「そうなんだ。それじゃ名前つけてあげないと、何がいいかな。かわいい名前がいいよね」

 ポリーはどんな名前がいいか考え始めた。ちなみにこの赤ん坊は女の子、だからポリーはかわいい名がいいといっているわけだ。

「そうね。この子は不幸に生まれてきたものね」
「う、うん、幸せになってほしいよね」

 ノニスおばさんの言う通り、この赤ん坊の生まれはあまりにも不幸すぎる。なにせ、実はこの場ではいわなかったが、この赤ん坊俺たちが発見した際、なんと首に奴隷の首輪がはまっていたんだ。実はその事実こそシュンナが怒り狂っている理由でもある。そう、考えてほしい、俺たちが赤ん坊を発見した時の状況からこの赤ん坊が生まれたのはほんの数時間前、いや、一時間も経っていなかったと思える。そんな赤ん坊の首に首輪がはまっているということはだ。つまり、赤ん坊が生まれた時その場に誰か別の人間がいたということになる。でも、俺たちが見つけた時母親と赤ん坊はまだへその緒がつながっていた。その上、赤ん坊は生まれたままの状態だった。これが意味すること、それはそのそばにいたであろう人物は、生まれた赤ん坊に首輪をはめただけで、母親に対しても赤ん坊に対しても何の処置もしなかったことになる。これはいくら何でも人間として最悪にもほどがある。そして、その思いは母親と同じ女であるシュンナには俺以上に許せないことなんだろう。2歳で両親を失い、虐待を受け続けた俺もたいがいだけど、この赤ん坊ほどじゃない、ポリーの言う通り、これからは幸せをつかんでほしいと思うし、俺たちもできるだけそうしてやりたいと思う。なら、名はそれにちなんだものがいいかもしれないな。

「そうだな。でもそういえば名前ってどうやって付けるんだ」

 この世界、この国での名づけ方法を知らないから聞いてみた。

「あたしの場合は、ひいひいおばあちゃんの名前をもらってるよ」
「この村でもそうじゃな。スニルお前の名も曽祖父の名をもらっている」
「えっ、そうなんだ」
「ほかにも偉人からとることもあるらしいぞ。俺の名前もそうだしな」

 なるほど、先祖か偉人ね。ていうか俺とシュンナは先祖からで、ダンクスは偉人なんだな。

「へぇ、ダンクスって偉人からとってるんだ。どんな人なの」

 シュンナも興味を持ったようでダンクスに尋ねた。

「いや、俺もよくは知らないんだけどな、院長は熱心なキリエルタ教の信者で、過去の聖人からとったらしい、説明されたけど覚えてないな」

 なんと、ダンクスの中は問題のキリエルタ教の聖人からとった名前だそうだ。まぁ、キリエルタ教は多種族に対する考え方を除けばそれなりにちゃんとした宗教みたいだからいいけど。

「聖人ねぇ。ダンクスには似合わないわね」
「悪かったな。俺もそう思うって」

 ダンクスと言えば強面巨漢、聖人とは遠い存在に思えるな。いや、まぁそれはともかく赤ん坊の名前だ。といっても俺はそういう名前って知らないんだよな。

「スニルの前の世界ではどんな風に名前を付けるの、やっぱり同じ?」

 ポリーが日本での名づけ方法を聞いてきた。

「前? どういうことだい?」

 エリゼ婆ちゃんが首をかしげながら聞いてきたが、そういえばこの場でエリゼ婆ちゃんだけが俺の前世の話を知らないんだった。

「実は……」

 まずはエリゼ婆ちゃんに俺の前世について説明することになった。

「なるほどねぇ。にわかには信じられないけど、でもそういうことかい、あの母乳の代用品もその知識のよるものかい」
「ああ、あれは俺がいた世界では普通にあったもので俺も前世ではそれで育ったんだ」
「そういうことかい」

 これでエリゼ婆ちゃんは納得してくれたようだ。

「それでそれで、どんな風につけるの」

 説明が終わったところでポリーが改めて聞いてきたので答えることにした。

「そうだな。俺がいた国の言葉は表意文字って言って文字自体に意味があって、それを使って名前に意味を持たせるってものだな。両親の願いとかそういうのを」
「へぇ、そうなんだ。それいいね。あっ、だったら、この子もそれでつけてあげようよ」
「それでって、意味を持たせるってことか」
「うん」
「そうね。それはよさそうね」

 ノニスおばさんも賛成のようだ。なら、ちょっと考えてみるか、えっとこの赤ん坊に対する願い、それはさっきポリーが言ってたものにするか。ポリーが行っていたのは幸せになってほしいというものだった。日本語いうと幸、または幸子ってとこか。しかし、それだとこの世界では浮くか、そうなるとこっちの世界の言葉がいいよなぁ。そう思った俺は少し考えてから言った。

「なら、そうだなぁ……サーナ、なんてのはどうだ」
「サーナちゃん、それかわいい」
「ええ、いい名前ね」
「おう、確かにいいな」
「それも、あんたの居たっていう世界の言葉かい」
「いや、これはこの世界の超古代語、まぁ神様が人間に与えた言語で、すべての言語の元になっているものなんだ。正確にはハッシュテル語っていうんだけど、その中にサーナトゥって言葉があって、コルマベイントの言葉では幸せって意味になるんだ」

 ハッシュテルというのは神様が生前最後に住んでいた国のことだ。

「幸せ、それって」
「ああ、さっきポリーが言ったろ、幸せになってほしいって」
「うん、そっか、うんかわいいし、すごくいいと思う」
「そうね。この子にピッタリな名前ね」
「うんうん、あたしもそう思う。ねっ、サーナちゃん」
「キャッ、キャツ、あー、う」

 その瞬間サーナの体が光った。鑑定してみるとこれまでなかった名前欄にサーナと刻まれていた。どうやら、無事に名づけができたようだ。

「これで、決まったな」
「そうだね。さて、それじゃ、シュンナ、そうと決まればこれからみっちりと教えていくからね」
「そうね。あと、おむつもいっぱい縫わなきゃいけないわね。布があったかしら」

 名前が決まったところでエリゼ婆ちゃんとノニスおばさんが、一斉にシュンナの肩をつかみそういった。

「えっ、えっ?」

 いきなりのことで訳が分からないというシュンナである。そしてそのままシュンナは連行されていった。この世界というかこの国では、まだこうした子育てなど家事と言えば女性の仕事と決まっており、エリゼ婆ちゃんもノニスおばさんも当然のごとくシュンナがサーナの面倒を見ていくものと考え、子育ての方法などを仕込むつもりのようだ。まぁ、俺もダンクスもそういったことは気にしないから、サーナの面倒などをシュンナに押し付ける気は全くないから、あとでシュンナに教わるとしよう。

「……えっと、お、俺は狩りにでも出かけてくるかな。今日は宴会だろ」
「うむ、そうなるなぁ」
「んじゃ、行ってくるぜ」

 ダンクスはそう言って森の中へと一人入っていった。ダンクスなら一人でも全く問題ないからな。

「スニルはこれからどうするの?」
「そうだなぁ、とりあえず家に戻って色々ってとこか」

 これからしばらくこの村に滞在するとなると俺の家に4人で住むしかないからな、一応4人で住む分には問題ないぐらいの広さはあるから問題ないだろう。

「みんなで住むの?」
「ああ、ほかにはないからな」

 この村にほかに住めるような空き家はないし、そもそも俺たちがここで別れて住む理由は特にない。

「そうなんだ。なんだか楽しそうだね」
「そうか、俺にとってはいつも通りなんだけどな」

 ダンクスやシュンナとともに生活するなんてことは、俺にとっては日常そのもの特に珍しいことでも何でもない。

「そっか、そういえばそうだね」
「まっ、どうせしばらくはここにいるんだし、たまには泊まりにくればいいんじゃないか」
「そうか、それいいかも」

 ポリーはなんだか嬉しそうにそういった。考えてみるとこの村にはポリーと同年代の子供はいないため誰かとワイワイしながら過ごすなんてことはしたことがなかったからな。

「そうだな。さて、それじゃ俺は行くぞ」
「あっ、うん、あっ、私も手伝うよ」
「おう」

 それからポリーとともに家へ戻り、掃除をはじめ片づけや家具の設置などを行っていった。そうこうしているとダンクスが狩りから帰って来て取ってきた獲物を男たちが解体をはじめ、すぐに女性人たちが調理を始めたのだった。そうして夜、今日はサーナ誕生と俺たちがこの村にしばらく滞在することになったことの祝いの宴というわけだ。この宴にはダンクスとシュンナが立ち寄った街で買った酒などもふんだんにふるまったことで大いに盛り上がり、もはやだれが主役の宴かわからないほどとなっていたのはとんだ笑い話だ。

 その日の夜、すでに真夜中日付もそろそろ変わろうかという時刻、宴会はすでに終わりサーナはシュンナの部屋にて、俺の設計をもとにダンクスたちに作ってもらったベビーベッドでぐっすりと眠っている。その隣ではさっそく泊りに来たポリーが静かに寝息を立てているらしい。

「行くのか?」
「ああ、そろそろいいだろ」
「そう、気を付けて」
「ああ、2人は寝てていいぞ」
「いや、もう少し飲んでるさ」
「そうか、じゃぁ行ってくる」
「おう」
「ええ」

 そんな挨拶をしてから、ポリー達を起こさないようにそっと家を出て”転移”した。



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 ”転移”した場所は、再びのシムサイト商業国首都シムヘリオである。なぜここにやって来たのかというと、それはシュンナに言ったように奴隷狩りの奴らに対してこのままにするる森がないという答え、意趣返しをするためというわけだ。

「さてと、それじゃさっそく議事堂に侵入だな。どこから入るかな」

 議事堂、それはシムサイト商業国の中枢、王国なら王城に相当する場所だ。まぁ、王城と違いそこまでセキュリティはしっかりしていないから、侵入自体は楽だろう。ところで、なぜ俺が議事堂に侵入するのかということを説明しておこう。実はここの地下で俺たちをはじめ、多くの者たちを地獄へ落とし込んできた奴隷の首輪の製造を行っているという情報をオリフェイスの執務室で得ていた。奴隷の首輪の製造をシムサイトで行っているのは知っていたが、まさか国の中枢である議事堂でそれを作っていたとは夢にも思わなかった。
 議事堂への侵入は思ったよりは厳重な警備で少しだけ面倒だったが、全く問題なく侵入することができた。さて、まずは地下への入り口を探すか、”探知”を発動させて内部構造を”マップ”に取得した。ほんと便利なものだなこの魔法。まぁ、これは俺のメティスルだからできることで、普通の”探知”ではここまで正確にはできないんだけどな。そこは”マップ”とメティスルを持つ俺だからこそってわけだ。そんなわけでさっそく”マップ”に従って地下へと向かうとしよう。
 道中特に何があるわけでもなく難なくやって来た地下、俺の足元には巨大な魔法陣が設置されている。この魔法陣こそ奴隷の首輪を作る際に使われるもので、複数の魔導士による儀式魔法によって首輪に暗黒魔法の”呪い”を付与するというわけだ。

「さて、とりあえず解析っと……ああ、やっぱりな。思った通りだ」

 魔法陣の解析をしたところ、この魔法陣を作った人物はそれほど魔法式について理解しているわけではないということが分かった。尤もそれはある程度予想はできていたことだけどね。なにせこの世界の人間でちゃんと魔法式を理解している者はいないといってもいいだろう。とはいえどこかにはいてもおかしくはないんだけど、でももしちゃんと理解していれば魔法をもっと自由に扱えているはずだからな。それはさておき、問題の魔法陣についてだけど、俺の見たところ一応魔法式の文法にはのっとっているようだが、どんな魔法を使うかやその魔法、つまり”呪い”の効果などが記されているだけでそれ以外はずさんなものだ。

「これなら、ちょっとぐらい条件をいじくったとしてもバレる心配はなさそうだな」

 条件というのは、コンピュータプログラムでいうif文みたいなもので、”呪い”の発動条件ってことだ。どんな時に発動するかってわけだ。見たところこれにはそれらしい記述がない。つまり首輪をつけた時点で発動するようになっている。ここに条件として例えば犯罪を犯したもの、自ら払いきれないような借金などをしたものなどなど、そうした条件を付けくわえておく、もちろん犯罪とは何かとなるわけだが、まぁ、ここは俺が考える犯罪、殺しや窃盗人身売買などなどである。そのほかにもいくつか改造を施したところで終了だ。

「ふぅ、これで少なくとも今後ここで製造されるものは、俺たちのような奴隷になるべくじゃない者が奴隷にされることは無くなるな」

 ちなみに、犯罪などをどうやって判断するかということだが、これは俺の”鑑定”を参考にし直接個人のデータベースにアクセスする仕組みにしてある。一般に知られている鑑定スキルって世界のデーターベースにアクセスするから犯罪とかは簡単なものしかわからないんだよな。でも、個人のデーターベースなら事細かに記されているからどんな小さい犯罪でも丸わかりとなる。これで、無実の奴が奴隷の首輪をはめられることもなくなるってわけだ。

「でも、オリフェイスのとこで見た限りだと、すでにかなりの量の首輪が製造されているみたいだから、しばらくは続いちまうんだろうな。でも、商売の基本は信用、これから作られる奴隷の首輪を購入したものや、奴隷狩りどもから苦情が入りまくることになるだろう、使えねぇって、そうなると未来的に大打撃を与えることになるって寸法だな。先の長い話だ」

 それでもいずれはちゃんとしたものにしか奴隷の首輪は使えないとなり、俺たちや多種族ってだけで奴隷にされるというふざけた話は無くなってくれるだろう。そんな未来が待ち遠しいぜ。

 それから俺は、さっさとその場を後にしてゾーリン村へと戻ったのだった。
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