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第08章 テレスフィリア魔王国

07 アリシエーラ枢機卿

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 枢機卿とのアポが3日後にとれたわけだが、伯母さんによるとこれは通常ならありえないという。いくら司教とはいえ枢機卿からしたらそこらの信者とそう大差はないので普通は早くて1週間から下手すると一か月後なんてこともあり得るという。それではなぜここまで早くアポが取れたのかというと、何でもちょうどその時に約束していた人の都合が悪くなりキャンセルとなった。そこに俺たちがちょうどよく入り込めたということだった。

「まさか、これほどはやくにお会いできるとは思はなかったわね。すぐに準備をしなければならないわ」

 もっと余裕があると思っていただけに伯母さんはすぐにでも準備をする必要があると少々焦っている。

「伯母さん、俺はちょっとカリブリンに戻ってくる。父さんたちに伝えないと」
「ああ、そうね」

 というわけで俺は慌てている伯母さんを残して部屋のベランダに出て”転移”を発動させた。



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「うぉぅ、ってなんだスニルかよ。脅かすんじゃねぇよ」

 ”転移”でとんだ先はシエリルおばさんたち宅の裏庭、そこいたウィルクが突然現れた俺に対してかなり驚いているようだ。

「そこにいたのか? あれっ父さんも?」
「おう、スニル戻ったみたいだな」

 よく見るとウィルクは剣を持ち、父さんもまた同じく剣を持っていた。

「ちょっと今、ウィルクを鍛えていたんだ」
「ああ、そういう」
「俺はもっと強くなるからな。というかよ、驚いたぜまさかヒュリックおじさんがこんな子供になってるなんて、しかも俺よりも強いって……」

 そう言ってうなだれるウィルク、そりゃぁどう見ても自分より幼い父さんが自分より強いなんて下手したら自信喪失につながりそうだな。

「はははっ、それは仕方ないだろ、いくら転生したって中身は父さんだからな」

 肉体由来の身体能力は落ちても技術や経験は父さんのままだから、俺もそうだがウィルクではどう考えても勝ち目はない。

「まぁ、それはわかるけどよぉ」
「仲がいいんだな。お前たちは」

 俺たちの様子を見ていた父さんが少しほほ笑んでそういった。

「まぁ、いとこみたいなもんだしな」
「だな」

 父さんの言葉に、ウィルクが少し照れながらそう言ったので俺も同意した。

「……待たせちゃってごめんね」
「い、いえ、大丈夫で……ん? あっ、スニル君?」

 話していると家の中から母さんとルモアが連れ立って出てきたところで、ルモアが俺の存在に気が付いて駆け寄ってきた。

「スニル、おかえりなさい」
「ただいま母さん」
「スニル君いらっしゃい」
「ああ」

 ルモアよりも先に母さんが声をかけてきた。どうやら2人も訓練をするために出てきたようで2人ともそれぞれ武器を持っていた。

「ところで、スニルどうしたんだ? 枢機卿には会えたのか?」
「いや、さすがにそう簡単には無理だよ。でも、3日後に会えることになったからいったんそれを知らせにね」
「3日後か結構先だな」
「いやいや、父さん相手は教会でも偉い人なんだから3日後でも驚異的な速さだよ。伯母さんによると普通は早くても1週間らしいし」
「まじかっ!」
「なぁ、なんの話だ?」

 俺たちの会話を聞いていたウィルクが首をかしげながら聞いてきた。

「ええと、ごめんなさい私もよくわからないです」

 ルモアもまた首をかしげている。どうやら2人には俺が何をしていたのかは話していないらしい。

「ふふっ、スニルはね。教会の偉い人に会うために王都に行っていたのよ」
「教会の?」
「偉い人?」
「俺の目的を達するために必要なステップってやつだな」
「よくわかんね」
「だろうな。ウィルクは馬鹿だからな」
「んだとっ!」

 と少しウィルクとじゃれつくことになり、それを見ていた父さんと母さんがにこにことその様子を見ており、ルモアが少しあきれた表情をしていた。それからいくらか話をしてから今度はアベイルへと飛んだのだった。



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「魔王様、おかえりなさいませ」

 ”転移”で戻ると不意にそんな声がかけられた。

「ただいまルーミエ」

 ルーミエは俺が正式に雇ったメイドの1人で、実は彼女、魔力の流れにかなり鋭敏で俺が”転移”してくる瞬間が分かるらしい。だからこうして俺が帰ってきた瞬間出迎えられたというわけだ。ちなみにだが、ルーミエは常にこの場にいるわけではなく、俺が支給している”転移”の魔道具でここに俺より先にやってきているだけだ。

「サーナは変わりないか?」
「はい、ですが魔王様方がおられないということで寂しがっておられます」
「もうか、仕方ない。とりあえずあっておくか」
「それがよろしいかと」

 というわけで俺はまずサーナに会いに行くために魔王城最上階の居室へと向かった。それにしても今朝別れたばかりのはずなんだけどな。と思いつつも寂しがっているということに喜びを感じている俺がいた。

 それからサーナをいくらかかまったのち忘れていたと、近くにいた執事のブレンに伝言を頼んでからコルマベイント王都へと再び飛んだのだった。



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”転移”で王都に戻ったわけだが、そこには目を丸くした伯母さんとシスターたちがいた。

「ええと、ただいま」
「……おかえり、なさい。はぁ、びっくりしたわぁ」
「ええと、ごめん」
「ふふっ、いいのよ。それで、ヒュリック達には伝えてきたの?」
「ああ、父さんたちは帰るまでカリブリンにいるって」
「そう、久しぶりのお友達との再会だものね」
「そうみたい」
「それじゃ、スニル君も準備をしなければいけないわね」
「準備?」

 その後、伯母さんやシスターたちにつかまり、様々な修道服を身につけさせられた。


 そうして、3日が経過した。本日枢機卿との会談である。

「スニル君、お行儀よくしているのよ。一応私が話すからスニル君は無理しなくていいからね」

 これは3日間ずっと言われている。伯母さんは俺が虐待を受けていたことや前世から人見知りであることは話しているから、こうしたことが苦手であることもわかってくれているというわけだ。

「わかった」

 そう返事してから目の前の扉をノックした。

「どうぞ」

 中から柔和そうな女性の声が聞こえてきた。

「失礼いたしますわ」

 まずは伯母さんが部屋へ入り、その場で跪いたのを見た後、俺もまた同じように跪いた。本来なら魔王を名乗る俺がこれをする必要はないんだが、まだ魔王は事象でしかないために立場的にはただの平民の子供だから仕方ない。

「表を上げて結構ですよ。お久しぶりですねフェリシア」

 部屋に入るなり跪いたためにまだ顔は見ていないが、枢機卿がそういったので俺も頭を上げた。

「わたくしのことをご存じなのですね」

 伯母さんが何やら感動している。司教でも枢機卿に名と顔を覚えられることは少ないそうだ。

「もちろんです。ここコルマベイントでも女性司教というのは数が少ないですから、同じ女性としても応援しているのですよ」
「も、もったいないお言葉感謝いたします」

 伯母さんがさらに感動している。

「ところで、フェリシアそちらは?」

 ここで黙っていた俺に気が付いて伯母さんにこいつは誰かと聞いている。

「はい、この子はわたくしの甥でスニルバルドと申します。本日伺ったのはこの子の願いでもあるのです」
「甥御さんですか? ……おかしいですね。確かあなたにはご兄弟はいなかったはずですが」
「まぁ、そのようなことまでご存じなのですね。ええ確かにわたくしは幼いころに親を亡くし孤児院で育ち、兄弟はおりませんわ。ですが、孤児院に入る前から両親の冒険者仲間であった夫婦の間の子を弟のようにかわいがっておりました。この子はその弟の子なのです」
「なるほど、そうでしたか、だから甥御さんなのですね」
「はい」

 伯母さんはそういって俺の紹介をしたのだった。

「あら、ごめんなさいね。わたくしはアリシエーラと申しますわ。以後お見知りおきください」

 アリシエーラ枢機卿はそういって子供である俺相手でも丁寧に頭を下げた。

「え、えっと、スニルバルド、です」
「申し訳ありません。この子は少しその人見知りというか、人と話すことが苦手でして」
「そうでしたか、いいえ気になさらずともかまいませんよ」
「ありがとうございます」
「さて、本日はどのようなご用件でしょうか」
「はい、まずは猊下の貴重なお時間を頂戴していること、ありがとう存じます」

 伯母さんはそういって枢機卿にお礼を言ったのち、本題に入った。

「本日罷り越しましたのは、猊下にお願いの義があってのことです」
「お願いですか? なんでしょう」
「はい、ある教義の変更をお願いしたいのです」
「教義、ですか。それはどういうことでしょう。説明をしていただけますか」

 教義を変更といわれ枢機卿もさすがに柔和な表情をしている場合ではないようで少し鋭い顔をしている。

「もちろんです。まず変更していただきたい教義の内容ですか、それは亜人といわれる方々へのものなのです」
「亜人、ですか」
「はい、教会では彼らを人間ではなく、前世において何らかの重罪を犯した者たちとなっております」
「ええ、そうですね。残念ですが」

 この枢機卿の言う残念というのは、教会がそういっているということではなく彼らが重罪を犯しているということだ。実際には全く違うんだけど、キリエルタ教ではそう信じこまされている。

「そのことなのですが、ここにいるスニルバルドによるとそれらは違うようなのです」
「えっ!?」

 伯母さんの言葉にさすがの枢機卿もちょっと素っ頓狂な声を上げてしまっている。それほど意外な一言だったということだ。

「そ、それはどういうこと、ですか、まさか、あなたは神が嘘を……不敬ですよ」
「いいえ、そうではありません、そもそも神、キリエルタ様は亜人などと称してはおられないのです」
「な、なにを言っているのですか?」

 かなり戸惑う枢機卿、それはそうだろういきなり神が言っていないなどと、まるで神に聞いたみたいに言っているからな。

「こちらもここにいるスニルバルドから聞き及んだことなのです。確かにキリエルタ様は獣人族に関しては敵対していたようなのです。しかしほかのドワーフ、エルフに関しては交流をするべきであると書かれていたそうなのです。そうよねスニル君」
「……はい、聖教国に点在している石碑に書いてありました」
「石碑、まさかあなたはあれを……」
「読めます」
「ま、まぁ、それはまことですか!」
「はい」
「す、素晴らしい、素晴らしいです」

 ちょっと興奮しだした枢機卿、ちょっと怖いんだが……

「猊下、落ち着いてください。甥がおびえております」
「はっ、そ、そうでしたね。申し訳ありません。ですが、神の御言葉を読める方がいるとは思わなかったのです」
「い、いえ」
「それでスニルバルドさん、先ほどの話は本当のことなのですか?」
「本当です。また、キリエルタ、様が獣人族を敵視していたのもそういった教育を受けていたから、です」
「そう、そうなのですね。ですが、もしそうなのだとしたらなぜ今のように」
「それは猊下、おそらくですがのちの信者である我々の諸先輩方のどなたかが、そのように変更されたものと思われます」

 伯母さんが俺と同じ推測を枢機卿に話した。

「な、なぜそのようなことを?」
「それについてはなんとも、ですが神の御言葉としては間違いないと確信しております」

 伯母さんはどこまでも俺を信じてくれている。

「そうですか、ですが、スニルバルドさん1人というのことでは、ほかの方々を納得させるには不十分です。それに少し言いにくいですが」

 枢機卿はそういって俺をちらっと見る。枢機卿が言いたいのはどう見ても俺が子供であるということだろう。

「それはわかります。一応この子も14歳という年齢なのですが、ご覧の通りまだ小さいですから」

 そう言って伯母さんは俺の頭をなでるわけだが、それじゃ余計に子ども扱いだよ。

「14歳、申し訳ありません。もう少ししたかと思っておりました」

 枢機卿は枢機卿で俺の年齢を聞いて驚いている。俺の見た目はそれなりに成長しているとはいえまだまだ10歳ちょっとぐらいでしかない。まぁ、見ようによっては12歳ぐらいといわれてもいいぐらいではあるとは思うが。
 それはいいとして、確かに俺一人が間違っているといったところで誰が信じるかってことだ。伯母さんがあっさり信じてくれたことで少し失念していたな。さて、どうしたものか。

「フェリシア、確かスニルバルド様は神の御言葉を解することができるということでしたね」
「はい、それにより石碑を読むことができたとのことです」
「そうですか……では、少しお待ちください」

 枢機卿はそういって部屋に備え付けられた書棚へ向かい、そこから1冊の本を手に取って戻ってきた。

「お待たせいたしました」
「猊下、そちらは?」

 伯母さんがさっそく質問した。

「こちらは古き聖書といわれているもので、神の御言葉で書かれているのです」

 そう言って懐から鍵のようなものを取り出し表紙中央にの穴に差し込んだ。どうやらこれは本の形をした箱で、表紙部分が蓋となっているようだ。そうしてその中から古めかしい一回り小さな本が出てきた。

「どうぞ。しかし申し訳ありませんが古いものですので手に触れないようにお願いします」

 古くて貴重なものを下手に触って破損させてしまえば取り返しがつかない。地球であれば多少なら修復の技術もあるが、この世界にはそういった技術はなさそうだしな。というか、地球でも破損は厳禁だけどね。

「わかってます」

 というわけで、俺は触れずに枢機卿が開いたページを見つめる。

「……〇月×日、本日エンリルンがまた無茶なことを言い出した。……」

 これって聖書というより日記だな。

「スニル君?」

 伯母さんも驚いているな、そりゃぁ聖書ではなく日記なんだからおどろくよ。

「スニルバルドさん、本当に読めるのですね」
「はい、でもこれって、日記?」
「それについては、わたくしも聖書として持っておりましたので」

 枢機卿もまた困惑しているようだ。

「しかし、これが日記となると、しかも先ほどお読みいただいた一分からも間違いなくキリエルタ様のもの、読んでみたいと思うのは不敬でしょうか」

 人の日記を読むのは確かにマナー違反だから、それが神とあがめている人物のものであるとなるとそう思うのも無理はないが、わかる気がする。

「読んでみますか? それに、俺より猊下の方が説得力があります」
「いえ、残念ですがわたくしには神の御言葉を解することは……」
「スニル君、どういうこと?」

 伯母さんに問われたので説明することにした。

「魔法を使えば習得している言語を他人にも習得させることができるんだ」
「えっ、そ、そんなものが!」
「き、聞いたこともありません。フェリシアも知らなかったのですか?」
「は、はい、スニル君どうして教えてくれなかったの?」

 他人に言語を習得させる魔法、これは俺が作った魔法で2人が知らないのも当然だ。なにせ俺が作った魔法だからな。
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