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第09章 勇者召喚
08 勇者対策
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神様から勇者の召喚を聞かされ頭を抱える羽目になった翌日、魔王城議会場にていつもの議会が行われる。
「これより議会を始めますが、陛下よりお話があるとのことです。では、陛下お願いいたします」
ジマリートには事前に今日緊急な議題があることは話している。尤もその内容までは話していないが。
「以前、俺が前世の記憶を持つ身であることは話したと思うが」
立ち上がり議員みんなに顔を見せながらそう言ってから、眼下を見下ろしてみると皆が頷いている。どうやらちゃんと覚えている様子なので話を続ける。
「その前世がこの世界では別の世界であるということも話したな」
「はい陛下、そう伺っております。わが国で行われているいくつかの政策もそのお国のものであると」
俺の問に答えたのはジマリート、彼の言うように俺がこの国で行っている政策の元は日本、やはり慣れ親しんだものがいいからな。それも含めてみんなには教えてある。そうしないと、人族のただの子供が次々に政策を言うのはおかしいだろ。
「そうだ。そして、俺がこの世界に転生する際にこの世界の神様と出会っているということも話してある」
実はこの事実を知った一部の国民たちが神様をあがめ始めている。これは神様がこの世界に干渉していることにならないかと思ったが、神様曰く彼らがあがめているのは神様であり、特定の神をあがめているわけではないから問題ないらしい。実際信仰心による力を一切受け取っていないそうだ。もし、この世界の神様をあがめるなら天照大神といった風に固有名詞であがめないといけないらしい。まぁ、神様だけじゃ意味が広すぎるからな。なにせ、キリエルタ教にとっても神様とはキリエルタのことだし。
「その神様より昨日未明連絡があった」
「おおっ、なんとっ」
「ご神託ですか?」
「いや、そんなたいそうなものじゃないと思うがある知らせだった」
「陛下、その知らせとは?」
議員の誰かがそう聞いてきたので答える。
「落ち着いて聞いてほしい、勇者が召喚された」
「……順番、ミスったか」
勇者が召喚されたと聞き、議会は大パニック、どうやらミスったみたいだ。さてどうしてものか。
「まさかこれほどだとはなぁ」
人族が魔族を恐れるように、魔族にとって勇者は同じく恐れる存在、一応俺もわかってはいたが、そもそも俺は魔族を恐れる感情がなかったためにその恐怖がいかようなものかわかっていなかったということだろう。
「仕方ない。ダンクス頼む」
「任せろ」
普段議会の際にダンクスは参加していないが、これから話すのは勇者対策について、軍務大臣でもあるダンクスにも参加してもらっていた。
それで、そのダンクスに何を頼んだかというと、もちろんこのパニックを納めてもらう、本来なら俺が納めるのが筋なんだろう、しかし俺には残念ながらこうした場合に出す厳かで威厳ある声というものが出ない。体も小さいしいまだ幼い俺はそもそも声も高いし、威厳なんてものは一切ないからな。それに対してダンクスは体もでかく声もでかい。俺よりもよほど魔王しているダンクスの声ならこのパニックを納めることができるだろう。
「鎮まれっ!」
ダンクスの大声が響いたとたん、議会場は一瞬静まり返った。さすがだ
「すまない、どうやら皆を恐れさせてしまったようだ。しかし、安心してほしい。確かに勇者は召喚されたが俺はその勇者に討たれることはない。これは皆にここで約束する」
「そ、それは、まことにございますか?」
「ああ、というのもその勇者だが、彼らは俺の同郷、前世のとつくがな」
「同郷、前世、ですか」
「そうだ。だからこそ神様が知らせてくれたんだ。彼らを保護してほしいとな」
俺は保護という言葉を強調して話した。
「しかし陛下お言葉ですが、いくらその勇者が陛下の同郷といえど、向こうは知らずに攻めてくるのではありませんか」
議員の1人がそういったが、確かに俺は彼らが日本人であることを知っているが、彼ら自身は知らないから当然意気揚々と攻めてくるだろう。
「だろうな。だからこそのこの議会だ。こちらに被害を出さず俺の元へ来させる。そうすればあとは俺が話すだけだ」
「陛下が自らですか、それは危険です」
「もし陛下の言葉を勇者が信じなければ戦いになります」
勇者を俺の前にということに危険性を指摘する議員たち。
「おそらくだが大丈夫だろう、日本、俺の前世の国だが、この国の人間は穏やかな気質で争いを好まないものが多いんだよ。というか戦後80いや、あれからさらに立ったから90年、そろそろ100年ぐらいだと思うが法律で戦争をしてはならないとあるし、何より戦争は悪であるという教育を子供ころから受けているからな。いきなり出合い頭に戦うこともないだろう」
もちろん日本人の中にはそういったことを好む人間だっていてもおかしくはない。しかし大半の人間がそうであるはずだ。
「そうですか、しかし……」
なおも言い募る議員たち、それを説得して何とか納得してもらった。
そうして、その日からしばらく議会での議題は勇者対策となったのであった。
2週間ほどが過ぎた。まさかここまで会議が長引くとは思はなかった。おかげでいくらかの予定が狂ってしまったのは仕方ない。まぁ、上げ足をとっているわけではなくただ勇者をどう出迎えるかという会議であるから、生産性はあったとと思うが。さて、というわけで会議で決まったことをいくらか示していこう。
まず問題となったのが勇者が軍を引き連れてくるか、もしくは少数精鋭でやってくるかというものだが、かつての勇者は軍を引き連れていたということから、今回もそうではないかという魔族議員たちに対して、俺は少数精鋭でやってくると考えた。それというのもやはり勇者が日本人であるということが大きい、軍を引き連れるということは明らかな戦争行為、これは戦争嫌いの日本人として選ぶとは思えない。そして何より、勇者が魔王討伐といえばパーティーによる攻略、つまり少数精鋭がこうした物語のセオリーでもある。日本の高校生たる勇者がそう考えない理由がない。しかし、可能性として周囲から言われて軍を引き連れてくるという可能性もある。
そこで、軍対策として考えたのが結界だ。以前、というか今現在もだけどテレスフィリアと人族の国々の間にあるあの大きな川に張られている結界の位置や数を調整して、船が一艘だけ通れる道を作り誘導する。これにより群で攻めてきても結界に阻まれて通れないという状況にする。
そうして上陸した勇者たち、本来なら獣人族に出くわしてしまうわけだが、これはまずい勇者たちは大丈夫だと思うが、何も少数精鋭だからといって3人だけで来るとは限らない。もし一緒にくる奴らがいた場合、獣人族が何らかの被害を受ける可能性があるからだ。そこで、東獣人族族長の集落で行ったあの結界を各村に配置することにした。また、勇者襲来の折は獣人族たちに集落から出ないようにと言明する必要もあるだろう。これで、勇者たちは獣人族を素通りできるわけだ。
次がエルフの里、ここはもともと精霊の力で迷わしの森となっているので、それを利用してあっさり素通りできるようにしてもらうつもりだ。
これであとはまっすぐアベイルへと向かってもらうことになる。もちろんこれもある程度誘導する必要があるわけだが、そこらへんはこれから専門家を交えて考えていくつもりだ。
とにかくこれでアベイルへと入った勇者たちはというともちろんここはまっすぐ魔王城へと向かってもらう。そのため住人達には外出禁止令を出し、勇者たちと接触しないようにした。そうやってやっと勇者たちを魔王城の謁見の間で俺と邂逅するというわけだ。
一応これが俺たちが考えた勇者対策となるが、ここで俺としては不満があった。それというのもせっかく勇者たちが意気揚々とやってくるというのに、これではただ他何事もなく俺の元へやってくるというのでは味気がなさすぎる。そこで、まぁ俺もおっさんだったわけだから古いかもしれないが、魔王軍といえば四天王だと思ったわけだ。
「スニル、四天王の件だけどさ」
のんびりと対策について考えていると、不意にシュンナが話しかけてきた。
「どうした?」
「なんで4人?」
魔王軍に四天王なんてものは存在しないために、シュンナとダンクスの2人に軍内部から四天王の2人の選出を頼んでいる。残りの2人は当然ながらシュンナとダンクスとなっているわけだが、ここでシュンナがなぜ4人なのかと聞いてきた。
「ああ、それか、昔からよく言われているからな。確か大元は宗教で使われた言葉だったはずだ。誰かがそれになぞらえて言い出して、それが広がっただのだろうな」
「へぇそうなんだ」
「それで、選出はできたのか」
「一応ね。獣人族から1名とエルフから1名言われた通り選んでおいたわよ」
「おう、たすかる。それじゃ、あとはこの魔道具を完成させて使いこなさせるだけだな」
「そうね。それがないとまずいもの」
「だな、だからしっかりと作らないとな」
「ええ、お願い」
今俺が作っている魔道具は、簡潔に言うと装着者がある程度のダメージを受けると、爆発とともに所定の位置に転移するというものだ。これを作っている理由はもちろん四天王の命を守るため。というのも、こちら側としては勇者たちを歓迎するもてなし、つまりほとんど遊びだ。それに対して勇者たちは本気で俺を討伐するために来るから、もちろん立ちふさがる予定の四天王とも本気で戦うだろう。そうなると下手をすれば四天王に被害で出てしまう可能性があり、それを防ぐための魔道具となる。これをしっかりと間違いないように作っておかないとまずいのは間違いないので、慎重に時間をかけて作っていく。ちなみに、俺が作っているのは魔法式といったいわゆるソフトウェアであり、物自体、ハードウェアとなる部分はドワーフに作ってもらっている。以前はこれも俺が作っていたわけだが、やはりさすがドワーフだけあって俺が作るよりデザインも洗礼されているし、なにより魔法式の書き込みがスムーズにできる。これならちゃんと作れば誤作動を起こすようなこともないだろう。
こうして、俺たちは着実に勇者対策を行っていったのであった。
=================================================
一方、召喚された勇者たちはというと、日々戦闘訓練に明け暮れていた。
「きぇぇぇぇぇぇー、みぇーーん」
勇者として召喚された三倉孝輔は奇声を上げながら、目の前にいる聖騎士に向かって手に持つ木剣を振り下ろす。しかし、その木剣は難なく聖騎士の剣に受け止められる。
余談だが、孝輔は幼いころから剣道を習っており、中学時代は全国大会に3年連続で出場するという快挙とともに、上位に入っていた。そのために孝輔は剣の扱い自体は最初から問題なかったが、どうしても剣を振る際に気合のための奇声をあげつつ、小手、面、胴と声を上げてしまう。これでは相手にこれからどこを攻撃しますと宣言しているようなものだ。しかし幸いというべきか残念ながらというべきか、これらの言葉はすべて日本語を使っているために、相手をしている聖騎士にはただの奇声にしか聞こえていない。尤も、勇者が最終的に相手する魔王であるスニルは元日本人、つまりすべてを理解できるのである。また、さらにスニルはシュンナやダンクス、両親から剣での戦い方も学び、幾度となく盗賊などとの実践を重ねている。つまるところ、孝輔の剣はスニルには通用しないことを意味していた。しかし、この時点でその事実を理解している者はこの場にいないのであった。
「踏み込みが甘いですぞ。孝輔殿」
「くそっ、イヤァァァァアッ」
続けざまに振られる木剣、それもまた聖騎士にはあっさりと受け止められるのであった。
「そこまでっ、孝輔殿の剣は素直すぎます。それでは魔王を討伐することはできません」
「す、すみません。もう一度お願いします」
こうして、勇者は日々剣の訓練に明け暮れていくのであった。
ところ変わって、教会内にあるある1室では1人の女性神官と1人の少女が、対面し何やらぶつぶつと言い合っている。
「聖女様、この魔法の聖句はこちらです」
「あっ、はい、えっと……」
聖女と呼ばれている少女、浜谷那奈は現在女性神官から神聖魔法の呪文を学んでいる最中だった。ちなみに、キリエルタ教神官たちは、神聖魔法の呪文のことを聖句と呼んでいる。また、その聖句は通常の呪文より無駄に長くなっている。
「はい、それで問題ありません。お見事でございます」
「あ、ありがとうございます」
那奈はもともと学校の成績もいい真面目な少女であるために、無駄に長い聖句でもしっかりと覚えていく。
「素晴らしいです。さすがは聖女様です」
「えっと、は、はい」
とにかくすぐにほめてくる神官に、若干辟易しながらも那奈は必死に聖句という呪文を覚えていったのだった。
またまた、ところ変わりこちらは孝輔の姉で、勇者召喚に巻き込まれた少女三倉麗香は孝輔と同様日々訓練を行っていた。しかし、その訓練相手は聖騎士ではなくこのために雇った冒険者であった。
「ふんっ」
「よっ、はっ」
麗香の相手がなぜ冒険者なのかというと、それは麗香の戦闘スタイルが格闘術だからだ。聖騎士の中にこの格闘術を使えるものがおらずやむなく冒険者を雇ったというわけだ。
「はぁっ」
「うぉ、やるな麗香」
「ふふっ、これでも一応全国とってますから」
麗香が言う全国というのは、空手の全国大会優勝ということだ。麗香は幼いころから祖母の影響で空手をやっていて、中学時代に優勝その容貌と相まって空手美少女として注目されていた。
「そのゼンコクというのが何かわからないが、カラテだったか、確かに鋭い攻撃だ」
「ありがとうございます。でも、それだけじゃないですよ。はっ」
その瞬間麗香の戦闘スタイルが若干変わった。これまで麗香は空手の技を駆使していたが、今度はこぶしを握り脇をしめるように構える。いわゆるファイティングポーズをとったところで、右によるストレートから蹴りを放った。
「ほぉ、スタイルが変わったな」
「ええ、これはキックボクシングというものです」
麗香は高校に入ってから、友達に誘われてキックボクシングを始めていた。麗香の戦闘スタイルはこの2つを合わせたものとなる。尤も合わせるといってもまだまだ同時に使うというより使い分けるという方法ではあるが、それでも戦いの最中に戦い方が変わるためにある程度の翻弄はできるのであった。
こうして、3人の召喚者たちはそれぞれが着実に力をつけて、魔王討伐に向けて頑張るのであった。
「これより議会を始めますが、陛下よりお話があるとのことです。では、陛下お願いいたします」
ジマリートには事前に今日緊急な議題があることは話している。尤もその内容までは話していないが。
「以前、俺が前世の記憶を持つ身であることは話したと思うが」
立ち上がり議員みんなに顔を見せながらそう言ってから、眼下を見下ろしてみると皆が頷いている。どうやらちゃんと覚えている様子なので話を続ける。
「その前世がこの世界では別の世界であるということも話したな」
「はい陛下、そう伺っております。わが国で行われているいくつかの政策もそのお国のものであると」
俺の問に答えたのはジマリート、彼の言うように俺がこの国で行っている政策の元は日本、やはり慣れ親しんだものがいいからな。それも含めてみんなには教えてある。そうしないと、人族のただの子供が次々に政策を言うのはおかしいだろ。
「そうだ。そして、俺がこの世界に転生する際にこの世界の神様と出会っているということも話してある」
実はこの事実を知った一部の国民たちが神様をあがめ始めている。これは神様がこの世界に干渉していることにならないかと思ったが、神様曰く彼らがあがめているのは神様であり、特定の神をあがめているわけではないから問題ないらしい。実際信仰心による力を一切受け取っていないそうだ。もし、この世界の神様をあがめるなら天照大神といった風に固有名詞であがめないといけないらしい。まぁ、神様だけじゃ意味が広すぎるからな。なにせ、キリエルタ教にとっても神様とはキリエルタのことだし。
「その神様より昨日未明連絡があった」
「おおっ、なんとっ」
「ご神託ですか?」
「いや、そんなたいそうなものじゃないと思うがある知らせだった」
「陛下、その知らせとは?」
議員の誰かがそう聞いてきたので答える。
「落ち着いて聞いてほしい、勇者が召喚された」
「……順番、ミスったか」
勇者が召喚されたと聞き、議会は大パニック、どうやらミスったみたいだ。さてどうしてものか。
「まさかこれほどだとはなぁ」
人族が魔族を恐れるように、魔族にとって勇者は同じく恐れる存在、一応俺もわかってはいたが、そもそも俺は魔族を恐れる感情がなかったためにその恐怖がいかようなものかわかっていなかったということだろう。
「仕方ない。ダンクス頼む」
「任せろ」
普段議会の際にダンクスは参加していないが、これから話すのは勇者対策について、軍務大臣でもあるダンクスにも参加してもらっていた。
それで、そのダンクスに何を頼んだかというと、もちろんこのパニックを納めてもらう、本来なら俺が納めるのが筋なんだろう、しかし俺には残念ながらこうした場合に出す厳かで威厳ある声というものが出ない。体も小さいしいまだ幼い俺はそもそも声も高いし、威厳なんてものは一切ないからな。それに対してダンクスは体もでかく声もでかい。俺よりもよほど魔王しているダンクスの声ならこのパニックを納めることができるだろう。
「鎮まれっ!」
ダンクスの大声が響いたとたん、議会場は一瞬静まり返った。さすがだ
「すまない、どうやら皆を恐れさせてしまったようだ。しかし、安心してほしい。確かに勇者は召喚されたが俺はその勇者に討たれることはない。これは皆にここで約束する」
「そ、それは、まことにございますか?」
「ああ、というのもその勇者だが、彼らは俺の同郷、前世のとつくがな」
「同郷、前世、ですか」
「そうだ。だからこそ神様が知らせてくれたんだ。彼らを保護してほしいとな」
俺は保護という言葉を強調して話した。
「しかし陛下お言葉ですが、いくらその勇者が陛下の同郷といえど、向こうは知らずに攻めてくるのではありませんか」
議員の1人がそういったが、確かに俺は彼らが日本人であることを知っているが、彼ら自身は知らないから当然意気揚々と攻めてくるだろう。
「だろうな。だからこそのこの議会だ。こちらに被害を出さず俺の元へ来させる。そうすればあとは俺が話すだけだ」
「陛下が自らですか、それは危険です」
「もし陛下の言葉を勇者が信じなければ戦いになります」
勇者を俺の前にということに危険性を指摘する議員たち。
「おそらくだが大丈夫だろう、日本、俺の前世の国だが、この国の人間は穏やかな気質で争いを好まないものが多いんだよ。というか戦後80いや、あれからさらに立ったから90年、そろそろ100年ぐらいだと思うが法律で戦争をしてはならないとあるし、何より戦争は悪であるという教育を子供ころから受けているからな。いきなり出合い頭に戦うこともないだろう」
もちろん日本人の中にはそういったことを好む人間だっていてもおかしくはない。しかし大半の人間がそうであるはずだ。
「そうですか、しかし……」
なおも言い募る議員たち、それを説得して何とか納得してもらった。
そうして、その日からしばらく議会での議題は勇者対策となったのであった。
2週間ほどが過ぎた。まさかここまで会議が長引くとは思はなかった。おかげでいくらかの予定が狂ってしまったのは仕方ない。まぁ、上げ足をとっているわけではなくただ勇者をどう出迎えるかという会議であるから、生産性はあったとと思うが。さて、というわけで会議で決まったことをいくらか示していこう。
まず問題となったのが勇者が軍を引き連れてくるか、もしくは少数精鋭でやってくるかというものだが、かつての勇者は軍を引き連れていたということから、今回もそうではないかという魔族議員たちに対して、俺は少数精鋭でやってくると考えた。それというのもやはり勇者が日本人であるということが大きい、軍を引き連れるということは明らかな戦争行為、これは戦争嫌いの日本人として選ぶとは思えない。そして何より、勇者が魔王討伐といえばパーティーによる攻略、つまり少数精鋭がこうした物語のセオリーでもある。日本の高校生たる勇者がそう考えない理由がない。しかし、可能性として周囲から言われて軍を引き連れてくるという可能性もある。
そこで、軍対策として考えたのが結界だ。以前、というか今現在もだけどテレスフィリアと人族の国々の間にあるあの大きな川に張られている結界の位置や数を調整して、船が一艘だけ通れる道を作り誘導する。これにより群で攻めてきても結界に阻まれて通れないという状況にする。
そうして上陸した勇者たち、本来なら獣人族に出くわしてしまうわけだが、これはまずい勇者たちは大丈夫だと思うが、何も少数精鋭だからといって3人だけで来るとは限らない。もし一緒にくる奴らがいた場合、獣人族が何らかの被害を受ける可能性があるからだ。そこで、東獣人族族長の集落で行ったあの結界を各村に配置することにした。また、勇者襲来の折は獣人族たちに集落から出ないようにと言明する必要もあるだろう。これで、勇者たちは獣人族を素通りできるわけだ。
次がエルフの里、ここはもともと精霊の力で迷わしの森となっているので、それを利用してあっさり素通りできるようにしてもらうつもりだ。
これであとはまっすぐアベイルへと向かってもらうことになる。もちろんこれもある程度誘導する必要があるわけだが、そこらへんはこれから専門家を交えて考えていくつもりだ。
とにかくこれでアベイルへと入った勇者たちはというともちろんここはまっすぐ魔王城へと向かってもらう。そのため住人達には外出禁止令を出し、勇者たちと接触しないようにした。そうやってやっと勇者たちを魔王城の謁見の間で俺と邂逅するというわけだ。
一応これが俺たちが考えた勇者対策となるが、ここで俺としては不満があった。それというのもせっかく勇者たちが意気揚々とやってくるというのに、これではただ他何事もなく俺の元へやってくるというのでは味気がなさすぎる。そこで、まぁ俺もおっさんだったわけだから古いかもしれないが、魔王軍といえば四天王だと思ったわけだ。
「スニル、四天王の件だけどさ」
のんびりと対策について考えていると、不意にシュンナが話しかけてきた。
「どうした?」
「なんで4人?」
魔王軍に四天王なんてものは存在しないために、シュンナとダンクスの2人に軍内部から四天王の2人の選出を頼んでいる。残りの2人は当然ながらシュンナとダンクスとなっているわけだが、ここでシュンナがなぜ4人なのかと聞いてきた。
「ああ、それか、昔からよく言われているからな。確か大元は宗教で使われた言葉だったはずだ。誰かがそれになぞらえて言い出して、それが広がっただのだろうな」
「へぇそうなんだ」
「それで、選出はできたのか」
「一応ね。獣人族から1名とエルフから1名言われた通り選んでおいたわよ」
「おう、たすかる。それじゃ、あとはこの魔道具を完成させて使いこなさせるだけだな」
「そうね。それがないとまずいもの」
「だな、だからしっかりと作らないとな」
「ええ、お願い」
今俺が作っている魔道具は、簡潔に言うと装着者がある程度のダメージを受けると、爆発とともに所定の位置に転移するというものだ。これを作っている理由はもちろん四天王の命を守るため。というのも、こちら側としては勇者たちを歓迎するもてなし、つまりほとんど遊びだ。それに対して勇者たちは本気で俺を討伐するために来るから、もちろん立ちふさがる予定の四天王とも本気で戦うだろう。そうなると下手をすれば四天王に被害で出てしまう可能性があり、それを防ぐための魔道具となる。これをしっかりと間違いないように作っておかないとまずいのは間違いないので、慎重に時間をかけて作っていく。ちなみに、俺が作っているのは魔法式といったいわゆるソフトウェアであり、物自体、ハードウェアとなる部分はドワーフに作ってもらっている。以前はこれも俺が作っていたわけだが、やはりさすがドワーフだけあって俺が作るよりデザインも洗礼されているし、なにより魔法式の書き込みがスムーズにできる。これならちゃんと作れば誤作動を起こすようなこともないだろう。
こうして、俺たちは着実に勇者対策を行っていったのであった。
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一方、召喚された勇者たちはというと、日々戦闘訓練に明け暮れていた。
「きぇぇぇぇぇぇー、みぇーーん」
勇者として召喚された三倉孝輔は奇声を上げながら、目の前にいる聖騎士に向かって手に持つ木剣を振り下ろす。しかし、その木剣は難なく聖騎士の剣に受け止められる。
余談だが、孝輔は幼いころから剣道を習っており、中学時代は全国大会に3年連続で出場するという快挙とともに、上位に入っていた。そのために孝輔は剣の扱い自体は最初から問題なかったが、どうしても剣を振る際に気合のための奇声をあげつつ、小手、面、胴と声を上げてしまう。これでは相手にこれからどこを攻撃しますと宣言しているようなものだ。しかし幸いというべきか残念ながらというべきか、これらの言葉はすべて日本語を使っているために、相手をしている聖騎士にはただの奇声にしか聞こえていない。尤も、勇者が最終的に相手する魔王であるスニルは元日本人、つまりすべてを理解できるのである。また、さらにスニルはシュンナやダンクス、両親から剣での戦い方も学び、幾度となく盗賊などとの実践を重ねている。つまるところ、孝輔の剣はスニルには通用しないことを意味していた。しかし、この時点でその事実を理解している者はこの場にいないのであった。
「踏み込みが甘いですぞ。孝輔殿」
「くそっ、イヤァァァァアッ」
続けざまに振られる木剣、それもまた聖騎士にはあっさりと受け止められるのであった。
「そこまでっ、孝輔殿の剣は素直すぎます。それでは魔王を討伐することはできません」
「す、すみません。もう一度お願いします」
こうして、勇者は日々剣の訓練に明け暮れていくのであった。
ところ変わって、教会内にあるある1室では1人の女性神官と1人の少女が、対面し何やらぶつぶつと言い合っている。
「聖女様、この魔法の聖句はこちらです」
「あっ、はい、えっと……」
聖女と呼ばれている少女、浜谷那奈は現在女性神官から神聖魔法の呪文を学んでいる最中だった。ちなみに、キリエルタ教神官たちは、神聖魔法の呪文のことを聖句と呼んでいる。また、その聖句は通常の呪文より無駄に長くなっている。
「はい、それで問題ありません。お見事でございます」
「あ、ありがとうございます」
那奈はもともと学校の成績もいい真面目な少女であるために、無駄に長い聖句でもしっかりと覚えていく。
「素晴らしいです。さすがは聖女様です」
「えっと、は、はい」
とにかくすぐにほめてくる神官に、若干辟易しながらも那奈は必死に聖句という呪文を覚えていったのだった。
またまた、ところ変わりこちらは孝輔の姉で、勇者召喚に巻き込まれた少女三倉麗香は孝輔と同様日々訓練を行っていた。しかし、その訓練相手は聖騎士ではなくこのために雇った冒険者であった。
「ふんっ」
「よっ、はっ」
麗香の相手がなぜ冒険者なのかというと、それは麗香の戦闘スタイルが格闘術だからだ。聖騎士の中にこの格闘術を使えるものがおらずやむなく冒険者を雇ったというわけだ。
「はぁっ」
「うぉ、やるな麗香」
「ふふっ、これでも一応全国とってますから」
麗香が言う全国というのは、空手の全国大会優勝ということだ。麗香は幼いころから祖母の影響で空手をやっていて、中学時代に優勝その容貌と相まって空手美少女として注目されていた。
「そのゼンコクというのが何かわからないが、カラテだったか、確かに鋭い攻撃だ」
「ありがとうございます。でも、それだけじゃないですよ。はっ」
その瞬間麗香の戦闘スタイルが若干変わった。これまで麗香は空手の技を駆使していたが、今度はこぶしを握り脇をしめるように構える。いわゆるファイティングポーズをとったところで、右によるストレートから蹴りを放った。
「ほぉ、スタイルが変わったな」
「ええ、これはキックボクシングというものです」
麗香は高校に入ってから、友達に誘われてキックボクシングを始めていた。麗香の戦闘スタイルはこの2つを合わせたものとなる。尤も合わせるといってもまだまだ同時に使うというより使い分けるという方法ではあるが、それでも戦いの最中に戦い方が変わるためにある程度の翻弄はできるのであった。
こうして、3人の召喚者たちはそれぞれが着実に力をつけて、魔王討伐に向けて頑張るのであった。
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