彗星電車

星崎 楓

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第5章 約束

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 月曜日。ひかりはいつものように、16分発の普通電車に乗り、神有川を目指していました。

「神有川、神有川です。」

 ゆっくりと電車は止まり、扉が開きます。周りを見渡しますが、春樹はいません。忙しかったのでしょうか。しかし、次の日も、その次の日も、春樹が現れることはありませんでした。

「うーん、春樹くんが連絡もしないで来ないってのはちょっと変な話だね。」
「うん…」
「なんか、どうしても篠山に見せたいもんがあるとかじゃねぇの?」
「成沢くん、ほんと?」
「おう。俺も咲希にどうしても見せたいものがあった時はずっと黙ってたしな。」
「あの時はびっくりしたよー。海斗くんったら急に無口になっちゃうんだから。」
「えー、そうか?」
「ま、さすがに私は何か隠してるってすぐ気づいたけどねー。」
「さすが咲希…。私には無理だね。」
「ひかりの場合、疑うより心配が先に出るもんね。」
「咲希は篠山のこと、よく見てるんだな。」
「あったりまえじゃん。何年来の友達だと思ってんのよ。」
「ま、とりあえず待ってみたらどう?」
「そうだな。果報は寝て待てっていうし。」
「成沢くん、咲希、ありがとう。話聞いてくれただけで、なんか、すごくほっとした。」
「また、何かあったらいつでも言ってね!」
「うん!」

 きっと、春樹くんは大丈夫。ひかりはそう信じて、来る日も来る日も待ちました。毎日毎日、16分発の普通電車に乗っては、今日はいるかもしれない。ホームを見渡すのですが、春樹は現れませんでした。その間も、セスティナ彗星はますます大きく、美しく輝くようになり、ニュースでもセスティナ彗星の話が報道されるようになりました。

「1200年ぶりに地球に帰還した、セスティナ彗星。当初の専門家の予想をはるかに上回り、6月後半には満月よりも明るい、-14.1等級もの明るさになり…」
「ひかりー、彗星のニュース、始まったわよ。」
「いい。」
「近…なんちゃら点通過後はマイナス17とかなんとかになるって。」
「近日点通過後に-17等級になるでしょ。」
「ああ、それそれ。」
「全部知ってるからいい。」
「そ、そう。」

 本当ならもっとワクワクしていたでしょう。いくら知っていることでも、自分の興味のあることがニュースになれば誰でも喜ぶものです。しかし、当然ながら今のひかりにそんな気力は残っていません。なんだか、ただぼーっと、空を眺めていたかったのでした。

 そして、待ちに待った7月7日がやってきました。

「ひかり、入るわよ?」
「お母さん、どうしたの?」
「咲希ちゃんから電話。」
「も、もしもし。」
「おはようひかり。」
「お、おはよう。」
「今日だね、最接近。」
「うん…」
「あれから連絡ないまま?」
「うん…」
「そっか…。あ、そうそう!今からさ、鳴海のシエスタ来てよ。」
「シエスタ?」
「うん!海斗くん、今日は夕方からしか会わないし、二人っきりでお買い物でもしようよ!」
「ちょっとだけ待ってね。」
「うん。」
「お母さんー、咲希がシエスタ行かないって誘ってくれてんだけど、どうしよう。」
「行ってきなさいよ。ほら、お小遣い。今日、夜は彗星観察もするんでしょ?一日ぐらい、思いっ切り遊んできなさい。」
「いいの!?」
「もちろんじゃない。ほら、電話、つながってるでしょ。」
「もしもし?」
「もしもし、どうだった?」
「行ってもいいって!」
「ほんと!?良かったぁ。なら、10時にシエスタのメインゲートで待ってるから。」
「わかった。あとでね。」
「うん!またあとで!」

 なんだか、とてもほっとして、胸の奥の方がじーんと熱くなっています。ほんの少し、元気が出たのでした。
 10時。シエスタ鳴海のメインゲートには、すでに咲希が到着していました。

「おはよっ!ひかり!」
「おはよー!咲希!」
「さて、行きましょっか!」
「うん!」

 咲希と買い物をしていると、とても楽しかったのですが、やはり、春樹のことが頭から離れないのでした。

「いっぱい買っちゃった。」
「咲希買いすぎだよー。私、こんなに買ったのいつぶりだろう。」
「うそ、もう3時じゃん!急いで家帰らなきゃ!」
「ほんとだ、急がないと。」
「まもなく、2番乗り場に、急行、有松行きが、8両で参ります。」
「せっかく急いだのに、急行だから止まんないや。仕方ないなぁ。」
「待って、今日、臨時停車してたはず。」
「本日、この電車は新三島にもとまります。三島天文台へお越しのお客様はこの電車をご利用ください。」
「ほんとだ。すごい人。」
「みんな、カップルばっかりだね…」
「ひかり…」

 きっとこれから天文台で星を見るのでしょう。二人で手を繋いで、夜空を楽しむのでしょうか。そう思うとなんだか、すごく悔しくて、悲しくて。

「私だって…」

 そのときでした。急に携帯が震え出しました。おそるおそる開いてみると、[着信 天野春樹]と表示されているのです。

「春樹くんからだ…」
「早く出ないと切れちゃうよ!」
「そ、そうだね。」
「もしもし?」
「もしもし、ひかりちゃん?」
「春樹くん!どうしたの?心配したんだよ?」
「ごめん。体調崩しちゃって、連絡できなかったんだ。」
「体調は?大丈夫なの?」
「うん。もうすっかり良くなったんだ。」
「よかった。」
「5時半、新三島駅の改札で待ってるね。」
「うん!あとでね!」
「またあとで。」
「ひかりー!良かったね!」
「うん!」
「あ、早くしないと急行出発しちゃうよ?」
「うん、急ごう!」

 春樹からの電話にほっとしたのか、こらえていた涙が、つーっとほほを伝って流れました。
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