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35話 呪われた屋敷と一筋の光明

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「シュント君は感じませんでしたか? 強力な呪いの波動を」

 何を言っている。
 俺はただ優雅に風呂を楽しませてもらっただけだ。

「――そうですか。てっきりシュント君ならばファナと同じく障壁魔法で防いだのかと思っていましたが」

「同じ?」

「ええ、あの時お姉様にお教えしていたのが障壁魔法の『サラビアの盾』だったのです。ファナはお手本として『サラビアの盾』を全身装着していたので今回ファナは呪縁魔法が効かなかったというわけです」

 たしかに呪縁魔法は障壁魔法で跳ね返せる可能性がある。
 しかし、呪縁魔法の怖さはこれだけじゃない。

「でもお前ほどの天才でも時間が無いってことか……」

「ご名答です。即効性の高い波動攻撃は回避できますが、遅効性を含む呪縁魔法は徐々に体を蝕んでいきます」

 まるで毒だな。
 魔王『アルカディウス』の呪縁魔法に何度パーティーメンバーが苦しめられたか。

「しかしシュント君には何か呪縁魔法に対する免疫もしくは反転魔法が施されているのでしょうか」

 んー。
 何もしていないはずだが。

「――よく分からないな」

 その時、ふとある疑問が頭をよぎった。

「お前の話が正しいとしてミルボナさんや庭師達はヴァニラがエマを訪ねる前にはもう様子がおかしかったぞ?」

「――ええ。それはおそらくお父様の不在が大きく影響しているでしょう」

「エリクス様が?」

「はい。ファナが物心つく以前からこの屋敷には薄い呪いがかかっていたんだと思います。その呪いの詳細までは分かりかねますが、お姉様を嫌悪するように仕組まれたものであるのは間違いありません」

 ヴァニラだけ……?
 後継者争いに参加したいダンテの仕業か……?

「しかし聖騎士として名を馳せたお父様は常にノーデンタークの屋敷全体を反転守護魔法で覆っていました。しかし昨日からお父様の姿は無く、守護魔法も解除されていました」

 昨日から……。
 そうかやはりダンテの奴は屋敷組の誰かを使ってエリクスをエリーモアに誘き寄せるつもりだったんだ。

「元々魔導師だったお母様や、天性の反転魔法が備わっていた我々は大丈夫でしたが、魔導回路を持たないミルボナ婆様や庭師の方々には呪いにかかってしまったのでしょう」


 しかし、俺はこの時妙な高揚感に襲われていた。

 俺が全クリした『スレイブ・フロンティア』の世界ではヴァニラは屋敷中から嫌われ、家族から虐げられる可哀想な女の子であった。

 しかし、それがファナの言う通り呪いや洗脳の影響ならばどうだ?

 でもまさか。
 もしかしたら。
 仮に。

 ゲーム主人公が干渉しようのない幼少期時代が存在したとする。

 そして今回のようにダンテVSエリクスの戦いが起こっており、敗北したエリクスが何らかの理由から守護魔法の展開をやめていたのかもしれない。

 俺が存在しようがしまいが、ダンテはおそらく自身のホームであるエリーモアにヴァニラを誘導し人質にするだろう。
 ましてや側近のマリナが居ればなんとでもお引き出せる。

 そして屋敷の人間の洗脳も今回はたまたま俺とファナはかからなかったが、俺が居ない世界線ではファナも一発で洗脳されていたのかも……。

 ダンテは洗脳したデビス、ファナを後継者に立てて洗脳した操り人形としてノーデンタークを乗っ取ろうとしていたのかもしれない。

 まだまだガバガバな推測ではあるがこれならば合点がいくのだ。

「ファナはあと1日もしないうちにこの呪縁魔法によってお母様やデビス同様に自我を失いお姉様を憎み、妬み攻撃してしまうでしょう。なのでシュント君には屋敷内に居るはずの呪縁魔法術者本人を倒すため、ファナに協力してほしいのです」

 おそらくあの時ヴァニラが捕っていれば、ダンテは命を引き換えに一生歯向かえない呪縁魔法をエリクスにかけていただろう。

 でもそれは俺が阻止した。

 そして、何故か呪縁魔法に耐性がある俺はたまたまそれを障壁魔法で跳ね返した天才少女と共に屋敷内に居る。

 エリーモアからの追手が到着するのも早くて明日の朝以降になるだろう。

 あとはエリクスがあれに気づいてくれてさえいれば……!!


 そうか。
 これが俺がこの世界に転生した意味かもしれない……!

 イレギュラーな俺という存在が狂わせた世界線で首の皮一枚が繋がったこの状況。

 俺が持ちうる全クリ知識と【沈黙魔杖】で必ず術者をぶっ倒しヴァニラの笑顔を取り戻す!!
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