上 下
49 / 63

49話 流星の願い

しおりを挟む


 ヴァニラは動かなくなったエマの体を優しくそっと地面に横たわらせる。

「ど、どうするの? 本当にエマさんが生き返るの?」

「はい。確信はありませんが私の記憶が正しければ……」

 自分の言葉が制限できない。
 頭ではこの方法がもたらす最悪なシナリオを描いている。

 しかしそれでも心がヴァニラの笑顔を見たがっている。

「あのネックレスを出してくださいますか?」

「ネック……レス……?」

 涙を拭いたヴァニラは胸元からマリナにもらった翡翠のネックレスを取り出す。

「そのネックレスを両手で握りしめながらこう唱えてください」

 ああ。

 これで魔王討伐は出来ないかもしれない。


「――エクリア……と」


「エクリア……?」


「ええ、そのネックレス中央部分にある翡翠の宝石を額に当て己の願いを頭に描きながら『エクリア』と唱えてください」

 ヴァニラは言われた通りネックレスを額に押し当てながら目を瞑る。

 その姿は魔王討伐戦での最後の攻撃を思い出させる。

「いくよ……シュント」

「――。はい。」


「――エクリア!!」

 ヴァニラがそう唱えた瞬間大広間は眩い光に一瞬で包まれた。

 まるでこの部屋に恒星がテレポートされてきたと錯覚するほどの眩い光量は夜空さえも明るく照らす。

「な、何これ!!」

 ヴァニラは両腕で目を押さえながらなんとかネックレスを掴んでいる。
 光の世界は数秒ほど続き、その後暗闇の世界に消えていった。

 光の収縮後、デビスとファナはその場に倒れ込む。

「――え? なんで私……」

 冷えた地面に横たわっていたエマは目を覚ます。
 自分に何が起こったのかは全く理解できていない様子であった。
 しかし、体を起こした瞬間突進しながら抱きついてくるヴァニラによって再度地面に倒される。

「エマさん!! ううん……『お母さん』!!」

「――ヴァニラちゃん……これは一体……?」

「よかったぁ……本当によかったぁ……」

 またも泣きながらエマの胸元に蹲るヴァニラは今まで甘えられなかった分を取り戻すように顔を擦り付けている。

「――ヴァニラちゃん……。でも本当に何故……? 私のHPは確実に0になったはずなのに」

 ヴァニラの銀色の頭を撫でながらもエマは未だに現実かを疑っている様子だった。

「あのね! シュントとこのネックレスが助けてくれたの!」

 眩い光を放った翡翠のネックレスを見てエマは眉を顰める。

「これは……アクリシアが昔から着けていた翡翠のネックレス……! ヴァニラちゃんが持っていたの?」

 一瞬ヴァニラの表情が曇るのが分かった。

「これはね……マリナさんからもらったんだ……」

「マリナさんが……。確かにあの二人も仲が良かったものね」

 このネックレスには秘密がある。
 それは身につけた者が望んだ願いを一つ必ず叶えるというもの。

「え!? なんで……お母様のネックレスが……!!」

 そして願いを叶え終わったネックレスは役目果たし消滅する。
 翡翠は美しい深緑を無くし、ただの石ころとなって転がり落ちた。

「ごめんねお母さん……これからはいい子にするから……ヴァニラの事嫌いにならないで」

「ええ……。どうやらヴァニラちゃんには心配かけたようね……」

 すれ違った親子の感動的な仲直りの瞬間。
 推しであるヒロインの笑顔を守るために俺はこの世界で生きてきた……だがこの行動が後々に与える影響の大きさを考えると素直に喜べない自分も確かに存在した。

「それにしても……ここは大広間なの……? 一体何が……」
「――!! お前覚えてないのか……?」

 思わず俺も口を開いてしまった。

「――!! シュント君! ど、どうしたの。そんな乱暴な口調になっちゃって……」

 反抗期の息子から初めて暴言を吐かれたお母さんのように少し怯えているエマの反応を見る限り記憶が混乱しているようだ。

「し、失礼いたしました……私もこの戦闘で少し気が動転しておりまして……」

「せ、戦闘ですって!? それはこの屋敷内での話ですか!?」

 やはりか……。
 記憶が混乱どころかおそらく呪縁魔法をかけられていた間の記憶は無いのだろう。

 その時、エマは自分の側にある【雷電鞭】を目にする。

「もしかしてこれをすべて私が……?」

 この状況と、抜け落ちた記憶。
 そして側にある自分専用の攻撃アイテムから推測したのだろう。

「――!! デビスとファナは無事なの!?」 

 エマは状況を理解しだしたのか周りを見渡す。

「ファナ様でしたらおそらく大丈夫です……」

「そ、それって……」

「はい……申し上げにくいのですが。デビス様の状態は最悪に近いかと思われます……」

 すぐさまエマは立ち上がるとデビス、ファナの元に駆け寄る。

「デビス!! ファナ!! お願い目を開けて! 私だけが助かるなんて……そんなこと許されるはずがない」

 両膝に双子二人の頭を乗せるエマ。

「――まったく……手の……かかるお母様……ですね」

「ファナ!!!」

 おそらく呪縁魔法は『エクリア』の効果で全て効力を無くしたのだろう。
 ファナの自我は元に戻っていた。

「ファナ様。よくぞ戻られましたね」

 頭上に現れた俺の顔を2秒ほど凝視するとファナ。

 突然口調が変わった俺の様子を見て全てを察したのか、ファナは笑って一言だけ返してきた。

「どんなものです?」
しおりを挟む

処理中です...