上 下
61 / 63

61話 ユーザー・ワン

しおりを挟む
 そのまま不敵な笑みを浮かべたままエリクスは俺の要望を聞き入れてくれた。

「――よかろう好きにしろ。ではグランフィリア、お前の火炎魔法でこの肉塊を灰にしておけ」

「――了解しました……」

 機能が停止した有機物の顔を踏みつけた後地下室を去る姿に以前覗き見たフォルクスが頭をチラつく。

 やっぱり兄弟なんだな。

 エリクスが去った後、俺はロイスの周辺にある骨董品や巻物をどかし、アスナカーレは火炎魔法の詠唱を始める。

「――塵炎灰《ファクス》……」

 元気のない詠唱と共に炎火に包まれたロイスの遺体は瞬時に灰と化した。

「――石集《レンディ》」

 再び覇気のない詠唱が唱えられると灰は20センチ四方程度のブロック石に姿を変えた。

「おお……。さすがの手際ですね」

「じゃ。バカキノコ……あんたはこれ庭にでも捨てといて。私は部屋に戻っとくから」

 なぜか先ほどから言葉にハリがないアスナカーレ。
 それどころか瞳は充血し、潤んでいるようにすら見えた。

「アスナカーレさん? どうされました?」
「――っさい」

「はい?」

「うっっさい!! お前らなんか大嫌い!!」

 突如怒りの感情を爆発させたアスナカーレはそのまま手で顔を拭うと地下室から走り去って行ってしまった。

「な、なんだよあの女……やっぱりぜんぜんタイプじゃない……」

 嫌嫌ながら足元に転がる遺骨ブロックを拾い上げながら、俺は推しの選択を間違っていなかった事を実感する。



 そうして地上に戻った俺は正四面体となったロリスの遺骨を屋敷から離れた林の中に丁寧に埋める。

「お前のことは嫌いだった……でももし全ての元凶が『燕尾』とかいう奴らの可能性もある……」

 簡易的な埋葬を終えると俺は右手を天高く伸ばし、耳を塞ぐ。

「じゃあな。ロリス」

 晴れ渡る暗黒の空に一発の銃声が何重にも重なってこだましていった。


 次の日。

 眩い天高く昇った日差しが閉じた瞼を突き抜けてくる。

「うぅぅぁぁあ……よく寝た……。怒涛の日々だった……ニートだった俺がここまで勤勉に働くなんてなぁ。これぞ愛の力か」

 なんて厨二全開の独り言寝ぼけたながら呟いているとドアを叩く音がした。

「おーい。もうお昼だよー? 疲れてるだろうけど家の片付けを手伝ってくれないかーい?」

 ミルボナさんの萎れた声が廊下から聞こえた。

「は、はい! 今行きます!」

 俺は急いで着替えて廊下に出る。

「よく眠れたかい?」
「はい! すみません見習いの僕がこんな時間まで寝てしまい……」

「そうだねー。朝から片付けを手伝ってもらおうと思ったけどさ、奥様が昼過ぎまで寝かせてあげろっていうもんでね」

 エマの気遣いが少し嬉しかった。
 しかし何故か屋敷から人気を感じない。

「奥様、そしてヴァニラ様はどちらへ?」

「ああ……ヴァニラ様とファナ様そしてエマ様は朝から3人で街に買い物に行ってるよ」

「――! そうですか……奥様とファナ様がご一緒されたら安心ですね」

 一か八かエリクスに頼み込んでよかった。
 明日には出発しなければならない過密日程……。

 今日ぐらいはささやかな親子の時間を過ごしてほしいものだな。

「んじゃ! 私達は屋敷の片付けやるよ! マリナもロリスのクソ野郎も居ないけど頑張って直していこうじゃないの!」

「はい!」

 ミルボナさんはエマの書斎。
 俺は、主な戦闘箇所となった一階の大広間に向かう。

 あれだけの戦いが繰り広げられたんだ……完璧に修繕するには相当な時間が……。

 そう思いながら階段を下っているとそこには、もうすでに右半分の修繕は完了している大広間と小さな人影の姿が。

「――復元の理……復元の理……はぁなん私がこんな事を……」

 アスナカーレは壊れた扉から吹き込む暖かな風に漆黒の長い髪を靡かせながら、修復魔法を唱えている。

 するとこちらの足音に気づいたのか鋭い目つきで睨みつけてくる。

「あら? 無関係な客人に修復作業をさせておいて見習いの使用人はこんな時間までぐっすりですか? さぞ気持ちよかったでしょうねー?」

 明らかな不機嫌ボイスで嫌味をぶちまけるアイツと同じ土俵で戦ってはいけない。
 ここはまず謝罪してからの感謝と敬意作戦だ。

「大変申し訳ございません。しかし半日でここまで修復されるなど……さすがは神童と呼ばれるだけはありますね。ありがとうございます」

「――。ちっ。」

 はぁ?
 ここまでへり下った人間に舌打ちで返すなんてどんな神経してんだよぉ。

「これをやったのは師匠。あんたが馬鹿面で寝返りうってる間に師匠は誰よりも早起きして作業してたのよ」

 まじか……それなのに俺みたいな立場の奴が一番遅く起きたらそりゃあ怒るか……。

「だ、旦那様は今どちらに……?」

「……。辺境騎士団に明日の警備を要請しにさっき出かけたわ。本当になんであんた達まであの馬鹿と一緒に指導しないといけないのよ……」

「あの馬鹿とは幼馴染のお方ですか?」

 そう。こいつの幼馴染にして俺の恋敵だ。

「ええそうよ。あ、そう言えば……!」

「そう言えばあの馬鹿の名前を教えとくわね。どうせ会うんだし」

 俺が今まで自分と同一視しながらコントロールしてきた一心一体の存在だったこのゲームの主人公。
今後一生のライバルとなる男の名前に俺は耳をすます。


「アイツの名前は『ユーザー』 ユーザー・ワンよ」
しおりを挟む

処理中です...