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1章 伯爵令息を護衛せよ
23 この仕事をやっていて良かったと思う瞬間
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◆◆◆◆◆
レネはアンドレイたちのいる部屋に戻ったのはいいが、ボリスに支えられないと歩くこともできない姿を見られるのが気恥ずかしかった。
「もう大丈夫だって言ってるのに……」
「明日までに万全に回復してもらわないと私が困るんだ。わかってるだろ?」
暖炉の前で身体を温めている時も、あれやこれやと世話を焼くボリスを疎ましく感じていたが、そう言われると黙るしかない。
ボリスには完全に弱みを握られた。
「レネ……体調はもういいの?」
色々あってなんと声をかけていいかわからないでいたら、アンドレイから話かけてきた。
(アンドレイたちとはちゃんと話をしなきゃ……)
「色々とごめんね。ボリス、アンドレイたちと話さなきゃいけないことがあるから、ちょっと抜けてもらっていいかな」
レネはチラリとボリスを窺う。
「わかった、でも冷えるといけないから話をするなら布団に入ってからね」
「事情はわかっている」とばかりに微笑むと、ボリスはそのまま部屋を出ていった。
まだ足元がおぼつかないレネに寝台へ行くように促すと、アンドレイとデニスは隣の寝台に並んで腰かけた。
「話はだいたい聞いたよ」
気を失っている間に、カレルかロランドが全部話したのだろう。
レネは自ら直接、事情を説明することができなかったので心苦しかった。
「黙っててごめんなさい」
深々とレネは頭を下げる。
「謝らないで。レネは僕を助けるために怪我を負ったんだよ。こっちこそお礼を言わなきゃいけないのに」
そして、言葉を継ぐようにデニスが口を開く。
「そうだ。あの時、お前が気転をきかせてアンドレイを幌馬車に乗せてなかったら、ヨーゼフたちに殺されてたかもしれない。旅の間、お前は本当のことを打ち明けられないのを、ずっと心苦しく思ってたんだろ? 昨日はすまないことをしたと思っている。それに今までも腕の立つ剣士に対して侮辱する発言をしていた。知らなかったといえ、面目ない」
「デニスさん……」
まさかデニスに謝られるとは思ってもいなかった。
なによりも『剣士』という言葉に心が震えた。一塊の傭兵に対して騎士がかける言葉としては、最上級のものだと言っても過言ではない。
(オレのこと……認めてくれたんだ)
「やっぱりあの時レネに——」
レネが感慨に浸っている横でアンドレイは、なにやら違うことを考えていたようだ。
アンドレイから部屋に戻った後、傷についてあれこれ詮索されたが、実際はレネとデニスの間にどんなやりとりがあったかは知らない。
「いいんだよ。デニスさんはアンドレイのことを一番に考えてるだけだよ」
デニスはアンドレイの騎士として、主の身の安全を一番と考えるのは当然だ。
「それと、言い訳じみて聞こえるかもしれないけど、アンドレイたちと旅ができて楽しかったんだ。この関係を崩したくなくて、護衛だって……なかなか言い出すことができなかった……」
レネは思わず、自嘲的な笑みを浮かべる。
もう最後だし、レネはアンドレイへの気持ちをすべて吐露する。
「貴族なんて我儘で傲慢な人間しかいないと思っていたのに、アンドレイはとても素直な優しい子でびっくりしたんだ」
それを聞くと、アンドレイはなにかに打たれたかのように動きを止め、泣きそうな顔になりながら、俯いた。
「レネ……ごめん……僕は……」
「どうしたの?」
「僕は……レネが思っているような人間じゃないんだ……僕よりレネが頼りなさそうだから、一緒にいると自分の方がまだマシに見えるから、都合がいいって思ってたんだよ……僕は腹黒い人間なんだ」
「本当に腹黒い人間は、自分から腹黒いなんて言わないよ?」
レネはアンドレイのこんなところも、年より少し幼く見えて可愛いらしいと思った。
優しく笑って、アンドレイの頭を撫で抱きしめる。
その様子を見ていたデニスは横を向いて、身体を震わせ声を殺して笑っている。
(この人はまったく……)
主人が真面目な話をしているというのに、なにがツボに嵌ったのだろうか?
さっきまでは真剣に謝られ、自分のことを認めてもらい嬉しかったのに、デニスの落差にレネは呆れる。
「ありがとう、レネ。君に出逢えてよかった。この旅の思い出は僕の宝物だ」
そう言うとアンドレイは、両腕で腰に抱きつき胸へ頬を擦り寄せてくる。
お屋敷の中の事情はよくわからないが、アンドレイはきっと息の詰まるような生活を送ってきていたのだろう。旅の間、アンドレイの目は初めて目にするものを見つける度にキラキラと輝いていた。
(……宝物か)
「アンドレイ……」
レネは胸が締め付けられる想いでアンドレイの頭を撫でた。
「おい、うちの坊っちゃまを誑かすなよ。大事なお世継ぎなんだからな」
デニスが口の端を上げ、茶々を入れてくる。
「誑かすって……人聞きの悪い」
レネはますますデニスのことがわからなくなった。
レネはアンドレイたちのいる部屋に戻ったのはいいが、ボリスに支えられないと歩くこともできない姿を見られるのが気恥ずかしかった。
「もう大丈夫だって言ってるのに……」
「明日までに万全に回復してもらわないと私が困るんだ。わかってるだろ?」
暖炉の前で身体を温めている時も、あれやこれやと世話を焼くボリスを疎ましく感じていたが、そう言われると黙るしかない。
ボリスには完全に弱みを握られた。
「レネ……体調はもういいの?」
色々あってなんと声をかけていいかわからないでいたら、アンドレイから話かけてきた。
(アンドレイたちとはちゃんと話をしなきゃ……)
「色々とごめんね。ボリス、アンドレイたちと話さなきゃいけないことがあるから、ちょっと抜けてもらっていいかな」
レネはチラリとボリスを窺う。
「わかった、でも冷えるといけないから話をするなら布団に入ってからね」
「事情はわかっている」とばかりに微笑むと、ボリスはそのまま部屋を出ていった。
まだ足元がおぼつかないレネに寝台へ行くように促すと、アンドレイとデニスは隣の寝台に並んで腰かけた。
「話はだいたい聞いたよ」
気を失っている間に、カレルかロランドが全部話したのだろう。
レネは自ら直接、事情を説明することができなかったので心苦しかった。
「黙っててごめんなさい」
深々とレネは頭を下げる。
「謝らないで。レネは僕を助けるために怪我を負ったんだよ。こっちこそお礼を言わなきゃいけないのに」
そして、言葉を継ぐようにデニスが口を開く。
「そうだ。あの時、お前が気転をきかせてアンドレイを幌馬車に乗せてなかったら、ヨーゼフたちに殺されてたかもしれない。旅の間、お前は本当のことを打ち明けられないのを、ずっと心苦しく思ってたんだろ? 昨日はすまないことをしたと思っている。それに今までも腕の立つ剣士に対して侮辱する発言をしていた。知らなかったといえ、面目ない」
「デニスさん……」
まさかデニスに謝られるとは思ってもいなかった。
なによりも『剣士』という言葉に心が震えた。一塊の傭兵に対して騎士がかける言葉としては、最上級のものだと言っても過言ではない。
(オレのこと……認めてくれたんだ)
「やっぱりあの時レネに——」
レネが感慨に浸っている横でアンドレイは、なにやら違うことを考えていたようだ。
アンドレイから部屋に戻った後、傷についてあれこれ詮索されたが、実際はレネとデニスの間にどんなやりとりがあったかは知らない。
「いいんだよ。デニスさんはアンドレイのことを一番に考えてるだけだよ」
デニスはアンドレイの騎士として、主の身の安全を一番と考えるのは当然だ。
「それと、言い訳じみて聞こえるかもしれないけど、アンドレイたちと旅ができて楽しかったんだ。この関係を崩したくなくて、護衛だって……なかなか言い出すことができなかった……」
レネは思わず、自嘲的な笑みを浮かべる。
もう最後だし、レネはアンドレイへの気持ちをすべて吐露する。
「貴族なんて我儘で傲慢な人間しかいないと思っていたのに、アンドレイはとても素直な優しい子でびっくりしたんだ」
それを聞くと、アンドレイはなにかに打たれたかのように動きを止め、泣きそうな顔になりながら、俯いた。
「レネ……ごめん……僕は……」
「どうしたの?」
「僕は……レネが思っているような人間じゃないんだ……僕よりレネが頼りなさそうだから、一緒にいると自分の方がまだマシに見えるから、都合がいいって思ってたんだよ……僕は腹黒い人間なんだ」
「本当に腹黒い人間は、自分から腹黒いなんて言わないよ?」
レネはアンドレイのこんなところも、年より少し幼く見えて可愛いらしいと思った。
優しく笑って、アンドレイの頭を撫で抱きしめる。
その様子を見ていたデニスは横を向いて、身体を震わせ声を殺して笑っている。
(この人はまったく……)
主人が真面目な話をしているというのに、なにがツボに嵌ったのだろうか?
さっきまでは真剣に謝られ、自分のことを認めてもらい嬉しかったのに、デニスの落差にレネは呆れる。
「ありがとう、レネ。君に出逢えてよかった。この旅の思い出は僕の宝物だ」
そう言うとアンドレイは、両腕で腰に抱きつき胸へ頬を擦り寄せてくる。
お屋敷の中の事情はよくわからないが、アンドレイはきっと息の詰まるような生活を送ってきていたのだろう。旅の間、アンドレイの目は初めて目にするものを見つける度にキラキラと輝いていた。
(……宝物か)
「アンドレイ……」
レネは胸が締め付けられる想いでアンドレイの頭を撫でた。
「おい、うちの坊っちゃまを誑かすなよ。大事なお世継ぎなんだからな」
デニスが口の端を上げ、茶々を入れてくる。
「誑かすって……人聞きの悪い」
レネはますますデニスのことがわからなくなった。
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