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2章 猫の休暇
10 猫のマウンティング
しおりを挟む「ヴィート、オレともう一度勝負してみないか? お前が勝ったら、オレを煮るなり焼くなり好きにしていいぞ。そのかわりに、オレが勝ったらお前をオレの好きにさせろ」
「は?」
レネは、ズボンのウエストとブーツに隠し持っていたナイフを取り出し、ボリスに預け、肘まである革の手袋をはめる。
「おい、レネ」
その意味にすぐに気付いたデニスが止めようとするが、レネは無視して言葉を続ける。
「——オレは武器なしでいい。お前は好きな得物を使え」
「は?」
自分ばかりが優勢な条件にヴィートは驚きの声を上げる。
「どうした? 負けるのが怖いのか?」
わざとヴィートを煽るような言葉をかける。
「お前、舐めてんのか? 俺が勝ったら、お前みたいな綺麗な男を探してる人買いがいるから、そいつに売り付けてやる!」
どこかで聞いたような話だが、ヴィートが乗り気になってきて良かった。後は簡単だ。
「はっ、勝手に言ってろ。裏庭に出てさっさとやるぞ」
三人は廊下の突き当りにある扉から裏庭に出ると、植え込みを避けながら中央のなにもない場所まで移動する。
「お前たち、本当にやるのかい? まったく……」
「オレは本気。こうしないとこいつはわからないから」
レネはボリスを真剣な顔で見つめる。
(あいつは、まだオレを舐めてる。そんな奴に口でなにを言っても聞き入れない)
だったら叩きのめすしかない。
ボリスが両者の間に入ると、二本の線を引いて二人を立たせる。
背はレネの方が高いが相手の方が身体つきはしっかりしている。
ヴィートはナイフを持った右手を手前に引いて構えた。
実戦経験を積んだ無駄のない構えだ。まともに向き合って、こんな相手に素手で勝つ方法なんてない。
それでもレネは、自分の方が有利な立場にあることを知っていた。
「降参した方が負けでいいな。危なかったら私が止める。ヴィート本当にいいのか?」
「俺よりあっちだろ?」
ヴィートはナイフを鞘から出しながらレネの方に目配せする。
無謀な条件を出したレネの方が、不利だと思っているからだろう。
「いいみたいだな。じゃあ二人とも位置について——始めっ!」
ヴィートは迂闊に急所の腹を狙った攻撃をしてはこない。腹を狙うとどうしても動きが大きくなってしまう。
前回やられたように最初の一撃を躱され、そのまま腕を押さえられナイフを奪われる可能性が高いからだ。
左手で掴みかかりながら小さな攻撃を繰り返す。
レネは機会を窺っていた。
ナイフを持っている反対側に逃げたら相手の思うつぼだ。多少の攻撃は受けてもナイフを持った腕の外側に回り込みたい。
胸の前に両手を構え守備の姿勢をとる。
革の手の袋裏には金属の生地が縫い込んであるので、よっぽどザックリと斬られない限り大怪我にはならない。
本気でレネを殺そうと思ったら、左手で髪か頭を掴んで首か腹を刺すのが確実なのだが、ヴィートの攻撃に戸惑いがあるのをレネは見逃さなかった。
傷つけるのを恐れてか、顔さえも狙ってこない。
「やっぱり武器があった方がいいんじゃねーのか?」
ヴィートはレネを挑発してくる。
腕には防御の際にヴィートが付けた傷から血が流れていたが、レネは一向に気にしなかった。
この闘いは手合わせではない。
殺す気がないのに刃物を選んでいる時点で、ヴィートは判断を誤った。
『俺が勝ったら、お前みたいな綺麗な男を探してる人買いがいるから、そいつに売り付けてやる』
ふざけた言葉を聞いた時点で、レネは勝利を確信していた。
例え冗談だとしても、『綺麗な男』のまま相手を負かそうなんて発想が甘いと思った。
血を流しても一向にかまう様子もないレネに、ヴィートは動揺している。
このままだとレネをますます傷付けることになる。その前に決着を付けなくては……と。
相手の心の動きを読み取りレネは内心ニヤリと笑った。
大きく下から掬うように振り上げたヴィートの右腕を、レネは捉えガッチリと両腕で抱え直し、そのまま身体を入れて股間に容赦なく膝蹴りを入れた。
「ぐぅおっ!?」
急所を蹴られた衝撃で、ヴィートはとうとうナイフを取り落としてしまった。
レネは続けざまに腹を蹴り、その身体に乗上げマウントポジションをとる。
「ガッ……グっ…ッ……」
そして容赦なく上から両手で交互に殴りつける。
金属の埋め込まれた手袋をはめたパンチは強烈だ。殴るたびに血が飛び散り顔にかかろうとも、レネは攻撃の手を緩めない。
「ッァ……ッ……」
顔なので命に関ることはないが、精神的ダメージは計りしれない。
歯向かうことができないように、レネは殴り続ける。
次第にヴィートの身体から力が抜けていった。
「やめっ!」
ボリスの制止で勝負は決まった。
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