菩提樹の猫

無一物

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3章 宝珠を運ぶ村人たちを護衛せよ

15 自分だけが違う

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「ちょっと水浴びしてくる」

 返り血を浴びてないボリスとベドジフ以外の四人で、教えられた泉に向かった。
 テレザにはちゃんと血を洗い流しても大丈夫なのか確認済みだ。
 聖なる泉を血で穢したとなったら、白鳥どころの騒ぎではない。

 レネは血だらけになったサーコートを脱いで、その下に着ているチェーンメイル、厚手のキルトシャツもすべて取りさる。

 全身が熱い。
 戦った後はいつもそうだ。興奮して気分が高揚する。

 さっさと裸になると、レネは透明な水に身を浸す。
 ふつうだったら寒くて入れないはずだが、冷たい泉の水は火照った身体にちょうどよかった。
 他の三人を見ると身体から湯気が出ているのがわかる。それだけ発熱しているのだ。
 きっと自分も同じようになっているだろう。

「ひょーーー気持ちいい」

 カレルが叫びながら頭まで水に浸かり、犬のようにブルブルと身体を振って水を落としている。
 水に濡れると赤銅色の髪は波打って癖が出てくる。

「やめろって、こっちまで飛んでくるだろ」

 顔を顰めてヤンがカレルを睨む。
 ヤンは服を脱ぐと体毛が濃いせいか、まるで熊だ。数日髭を剃っていないだけで、顔まで褐色の毛に覆われている。

「どうせお前も濡れてんだからいいだろ」

 カレルは頭皮を揉みこむように洗いながら、意外と繊細な熊男を見遣った。
 隣ではゼラが知らん顔で、髪を解いて洗っている。
 団員たちは仕事柄あまり髪の手入れはできないので、短くも長くもない髪型だ。
 中でもゼラは特徴的な髪型をしていて、耳から上を長く伸ばしそれ以外は短く刈り込んでいる。
 ふだんは伸ばした部分を後頭部の上の方で団子状にたわませて一纏めにするのが、ゼラのトレードマークになっている。

 少し離れた所で身体を洗っていたレネはまだ、シャーウールにサーベルを折られた悔しさを消化できないでいた。
 後ろからゼラが助けてくれたが、あのままだったら自分はどう対処していただろうかと、何度も頭でシミュレーションする。

(悔しい……)

 頭まで水に浸かり、身体じゅうに浴びたシャーウールの血を洗うと、上を向いて髪を両手で梳きならがら後ろへ流す。
 頭を左右に振って髪の水滴を振り払っていると、ねっとりと肌に絡みつく視線を感じた。

 他の三人がレネを見ていた。

(——なに?)

 一般の成人男性の中では背が高い部類に入るレネでも、この中で一番小さく……そして細い。
 野宿ばかりで風呂に入れないせいか、三人とも顔には無精ひげが生えいつもより雄臭く感じた。
 一人だけ髭の生えてない自分の顔がなんだか心許なくなり、本能的に早くこの場を去りたくなる。

 まだこの三人は獲物を狩りたがっていた。
 自分だって大きな獲物を逃して悔しい思いを消化できないでいるのに……獲物を見る目と同じ目でレネを凝視する。

 ふと……魔法が解けて……自分と団員たちが別の生き物になってしまう瞬間だ。
 三半規管がおかしくなったような気持ち悪さを感じ、男たちの視線から逃れるために、レネはその場から離れた。

 身体を素早く拭くと、荷物から出した着替えを取り出し
さっと身に着ける。
 肌の露出がなくなり、やっと人心地がつく。
 だが、急いで泉を出て来たので、身体の中に燻っている熱はそのままだ。

 レネはなんだか手持ち無沙汰になり、少し離れた泉のほとりで血濡れたサーコートとシャツを洗濯していると、後ろから人の来る気配がする。

 ヨナターンだ。
 来訪者は近くにある石の上に座った。
 父親から斬られた男に、レネは言葉をかける。

「——良かったな……大事な奴が守れて」

 レネは言い争って以来、ヨナターンに対して敬語を使わない。

「お前……気づいてたのか?」

「言ってたじゃないか、宝珠や巫女さんよりダヴィドさんの方が大事なんだろ?」

「……」

 それに、一番大切なものを自分の父親から守ることができて、こんなに満ち足りた顔をしている。
 死んだはずの父親が盗賊になって、自分も宝珠を盗むのに加担していた裏切り者だ。
 しかしヨナターンはこれから自分がどういった処遇になるか、先のことなど気にもしていない。
 ダヴィドが無事だったことだけで、ヨナターンは救われたのだ。

 あまりにも潔くて、レネはこの男に対する怒りなど失せてしまった。
 だから、素直に思ったことを言ってやる。

「結局巫女さんは無事だったし、オレはあれが悪いことだとは思わない。むしろそのくらい開き直らないと大切な人間は守れない。オレまで巻き込まれたのはムカついたけどな」

 思いもよらない言葉だったのだろうか、ヨナターンはハッとして目を見開く。そして、思いつめた顔をして口を開いた。

「今さらだけど、殴ってすまない。アジトに連れて行かれて、まさかお前が盗賊たちの中に一人で乗り込んで来た時はびっくりした。お前強いんだな……俺は護衛の仕事をなめてた」

 レネは胸のすく思いがした。
 命懸けの仕事について軽んじた発言をされ腹が立っていたのだ。

「わかってくれたら別にいい。——それよりもあんたの父親に勝てなかった方が、イライラしてるんだから……」

 ガシガシと力を入れて洗うが、サーコートについたシャーウールの血がなかなか落ちない。

「俺もせっかくならお前にあいつを殺してほしかった」

「……!?」

 思いもよらない言葉に、レネはサーコートを洗う手を止める。

「斬られた後も、お前とあいつの戦いを見てたんだよ。目が離せなかった。剣が折れた時は自分のことのように悔しかったよ」

「あんた……」

「改めて言わせてくれ。——助けてくれてありがとう」

 顔を上げると、灰色の瞳と視線がぶつかった。
 二人は殴られて変色したお揃いの頬に気付き、笑いあった。
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