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4章 見習い団員ヴィートの葛藤
6 さあ本番だ
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「——さあ、準備運動は終わりだ。本番を始めるぞ」
そう言うとバルナバーシュは鍛練場の真ん中に陣取った。
ヴィートは、ゼラの相手にもならなかったという結果に打ちのめされていた。
しかし今からそれどころではない『なにか』の始まる予感がして、すぐに現実世界に目を向ける。
そこには、真剣を抜き合って向かい合うレネとゼラの姿があった。
ゼラが身長に見合ったロングソードを持ち、レネは反りの強いサーベルだ。
ヴィートは初めてレネの得物がサーベルであることを知る。
帯剣している姿を見るのさえ今回が初めてなのだ。
他の見習いたちには猫の顔見知りとして、ヴィートは大きな顔をしていたが、実際にはまだなにも知らない。
それぞれの身体に見合った剣を見ていると、圧倒的にレネが不利にしか見えない。
「盗賊の首領はバスタードソードだと言ってたな。昨日言ってたみたいに二人で再現してみろ」
なんの合図もなしに、二人はいきなり動き出す。
事前にお互いの動きを確認しているのだろうが、動きが早くてとてもそういう風には見えなかった。
そして、レネの剣は想像以上にバネがあって力強い。
ヴィートとはレネは素手でしか戦っていないが、自分のような雑魚など刃物を使うまでもなかったのだ。
ますますレネが自分から遠い存在になっていく。
そしてゼラはロングソードを片手剣のように軽々と扱っていた。レネが攻撃を仕掛けると今度は両手に持ち替えて迎えうつ。
寸手の所でゼラが剣を止め、それに合わせレネが後ろに倒れると、ゼラは膝立ちになってレネに乗り上げる。
そして、ピタリと二人は動きを止めた。
「なるほど、ここで後ろから来たゼラが首領の首を斬ったのか」
バルナバーシュが納得した様子で頷く。
(もしかして……これはその時の再現なのか?)
昨日食堂で先輩の団員たちが、レネたちが盗賊団を殲滅させたと話していたのを思い出す。
「もし、ゼラがいなかったらお前はここからどう切り返した? ゼラはずっと首領を見てたなら次になにをしようとしてたかわかるだろ? 続けてくれ」
ゼラは剣を逆手に持つとレネの首めがけて一気に振り下ろした。
そこはレネも動きを読んでいたのか身を捻って、自由な上半身だけ身を捻って躱す。
すぐに半身を起き上がらせると、ゼラの胴体に抱き付き、隠し持っていたナイフを背中に突き刺そうとした。
それを許さないゼラが、首根っこを掴んで引き離し、左手でレネの両手をまとめて地面に縫い付けた。
「グッ……」
一瞬の動作で、瞬く間にレネは地べたに転がされ身動きが取れなくなる。
今度は膝立ちではなく、膝を落し完全に胸の上に乗り上げてマウントを取っているので、レネは反撃しようがない。
ゼラは空いた右手でピタリと頸動脈にナイフを当てた。
(すげぇ……)
ヴィートは思わず感嘆する。
首根っこを掴むのは利き手の右手でしてしまいそうな所を、この男は次の次の動作まで計算して左手で行っているのだ。
考えるまでもなく身体が勝手に動くようになっているのだろう。
地面に縫い留められたままのレネの所に団長が歩いて行く。
ゼラは「よし」と言うまで獲物を絶対離さない、主人に忠実な猟犬のようだ。
「——ったく……お前は……救いようがねえな……」
バルナバーシュは哀しい目をして、レネを見下ろしていた。
「今ので、お前の負けた理由がよーくわかった……剣で勝負しようなんて思うな。バスタードソードをサーベルでまともに受けたら折れるに決まってる。コジャーツカ族の話が出てきて、お前は嬉しかったんだろ? だから相手の誘いに乗って馬鹿正直に真正面から勝負を挑んだんだ。折れた後もぜんぜんダメじゃねえか! この大馬鹿野郎がっ!」
横向きに倒されたレネの顔を、バルナバーシュは思いっきり踏みつける。
「ぎッ……」
「護衛の仕事をなんだと思ってんだよ!」
グリッっと更に体重を込めて、こめかみに靴底を食いこませる。
「……くっ……ぁッ……」
「お前がそこで死んでたら、村人も、ボリスとベドジフも殺されてたんだぞっ! お前はどんな手を使ってでも相手を殺すのが役目だろっ!」
言われたとたんに、レネの身体からくにゃりと力が抜けた。
バルナバーシュもそれを確認すると、ゴスっとレネの背中を一度蹴り、身を離す。
「ゼラもういいぞ——ほらっ、さっさと立て!」
バルナバーシュはレネに立つよう促す。
「団長が自分の剣を抜いた……」
「ヤバいぞあれは……」
自主練に来ていた見習い以外の団員たちが、ザワザワと騒ぎ始めた。
「誰か癒し手はいるのか?」
「救護室が開いてるから大丈夫だろ」
そういえば、三人とも防具を着けて、とてもただの手合わせといった雰囲気ではない。
(なにが起こるんだ!?)
「——団長……ここは俺が」
剣を抜いたバルナバーシュの前に、ゼラが進み出る。
その目は、穏やかな海のように凪いでいた。
「お前……」
レネの相手をしようとやる気満々だったバルナバーシュが、心底驚いた顔をした。
その様子から察するに、ゼラが今までこのような申し出をしたことはないのだろう。
ゼラ、バルナバーシュ、レネ——絡み合う視線が絡まり合い、正三角形に均衡する。
三人は動かない。
落ち葉がサァーっと音を立てながら鍛練所の均された地面の上を駆け抜けてく。
「——わかった……お前がやれ」
均衡を崩したのは、バルナバーシュだった。
そして再び……ゼラはレネと対峙する。
そう言うとバルナバーシュは鍛練場の真ん中に陣取った。
ヴィートは、ゼラの相手にもならなかったという結果に打ちのめされていた。
しかし今からそれどころではない『なにか』の始まる予感がして、すぐに現実世界に目を向ける。
そこには、真剣を抜き合って向かい合うレネとゼラの姿があった。
ゼラが身長に見合ったロングソードを持ち、レネは反りの強いサーベルだ。
ヴィートは初めてレネの得物がサーベルであることを知る。
帯剣している姿を見るのさえ今回が初めてなのだ。
他の見習いたちには猫の顔見知りとして、ヴィートは大きな顔をしていたが、実際にはまだなにも知らない。
それぞれの身体に見合った剣を見ていると、圧倒的にレネが不利にしか見えない。
「盗賊の首領はバスタードソードだと言ってたな。昨日言ってたみたいに二人で再現してみろ」
なんの合図もなしに、二人はいきなり動き出す。
事前にお互いの動きを確認しているのだろうが、動きが早くてとてもそういう風には見えなかった。
そして、レネの剣は想像以上にバネがあって力強い。
ヴィートとはレネは素手でしか戦っていないが、自分のような雑魚など刃物を使うまでもなかったのだ。
ますますレネが自分から遠い存在になっていく。
そしてゼラはロングソードを片手剣のように軽々と扱っていた。レネが攻撃を仕掛けると今度は両手に持ち替えて迎えうつ。
寸手の所でゼラが剣を止め、それに合わせレネが後ろに倒れると、ゼラは膝立ちになってレネに乗り上げる。
そして、ピタリと二人は動きを止めた。
「なるほど、ここで後ろから来たゼラが首領の首を斬ったのか」
バルナバーシュが納得した様子で頷く。
(もしかして……これはその時の再現なのか?)
昨日食堂で先輩の団員たちが、レネたちが盗賊団を殲滅させたと話していたのを思い出す。
「もし、ゼラがいなかったらお前はここからどう切り返した? ゼラはずっと首領を見てたなら次になにをしようとしてたかわかるだろ? 続けてくれ」
ゼラは剣を逆手に持つとレネの首めがけて一気に振り下ろした。
そこはレネも動きを読んでいたのか身を捻って、自由な上半身だけ身を捻って躱す。
すぐに半身を起き上がらせると、ゼラの胴体に抱き付き、隠し持っていたナイフを背中に突き刺そうとした。
それを許さないゼラが、首根っこを掴んで引き離し、左手でレネの両手をまとめて地面に縫い付けた。
「グッ……」
一瞬の動作で、瞬く間にレネは地べたに転がされ身動きが取れなくなる。
今度は膝立ちではなく、膝を落し完全に胸の上に乗り上げてマウントを取っているので、レネは反撃しようがない。
ゼラは空いた右手でピタリと頸動脈にナイフを当てた。
(すげぇ……)
ヴィートは思わず感嘆する。
首根っこを掴むのは利き手の右手でしてしまいそうな所を、この男は次の次の動作まで計算して左手で行っているのだ。
考えるまでもなく身体が勝手に動くようになっているのだろう。
地面に縫い留められたままのレネの所に団長が歩いて行く。
ゼラは「よし」と言うまで獲物を絶対離さない、主人に忠実な猟犬のようだ。
「——ったく……お前は……救いようがねえな……」
バルナバーシュは哀しい目をして、レネを見下ろしていた。
「今ので、お前の負けた理由がよーくわかった……剣で勝負しようなんて思うな。バスタードソードをサーベルでまともに受けたら折れるに決まってる。コジャーツカ族の話が出てきて、お前は嬉しかったんだろ? だから相手の誘いに乗って馬鹿正直に真正面から勝負を挑んだんだ。折れた後もぜんぜんダメじゃねえか! この大馬鹿野郎がっ!」
横向きに倒されたレネの顔を、バルナバーシュは思いっきり踏みつける。
「ぎッ……」
「護衛の仕事をなんだと思ってんだよ!」
グリッっと更に体重を込めて、こめかみに靴底を食いこませる。
「……くっ……ぁッ……」
「お前がそこで死んでたら、村人も、ボリスとベドジフも殺されてたんだぞっ! お前はどんな手を使ってでも相手を殺すのが役目だろっ!」
言われたとたんに、レネの身体からくにゃりと力が抜けた。
バルナバーシュもそれを確認すると、ゴスっとレネの背中を一度蹴り、身を離す。
「ゼラもういいぞ——ほらっ、さっさと立て!」
バルナバーシュはレネに立つよう促す。
「団長が自分の剣を抜いた……」
「ヤバいぞあれは……」
自主練に来ていた見習い以外の団員たちが、ザワザワと騒ぎ始めた。
「誰か癒し手はいるのか?」
「救護室が開いてるから大丈夫だろ」
そういえば、三人とも防具を着けて、とてもただの手合わせといった雰囲気ではない。
(なにが起こるんだ!?)
「——団長……ここは俺が」
剣を抜いたバルナバーシュの前に、ゼラが進み出る。
その目は、穏やかな海のように凪いでいた。
「お前……」
レネの相手をしようとやる気満々だったバルナバーシュが、心底驚いた顔をした。
その様子から察するに、ゼラが今までこのような申し出をしたことはないのだろう。
ゼラ、バルナバーシュ、レネ——絡み合う視線が絡まり合い、正三角形に均衡する。
三人は動かない。
落ち葉がサァーっと音を立てながら鍛練所の均された地面の上を駆け抜けてく。
「——わかった……お前がやれ」
均衡を崩したのは、バルナバーシュだった。
そして再び……ゼラはレネと対峙する。
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