菩提樹の猫

無一物

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10章 運び屋を護衛せよ

4 情報屋

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◆◆◆◆◆

 
 レネたち三人は、昼前にはなんとかチェスタの街に辿り着いた。
 荷馬車でゴトゴト揺られている時はどうなるかと思ったが、村で馬に乗り換えて距離を稼ぐことができたので早く街に着いた。

 ここから先はクローゼン山脈の山間を街道が通っているので迂回路などは存在しない。
 トプラヴセは街の中心部には入らず、下町の民家が立ち並ぶゴチャゴチャした通りへと進んでいく。

「これからどうすんの?」

 思わずレネは尋ねる。

「まず少し休憩して情報を集めたい」

 そう言うと、慣れた様子でドプラヴセは一軒の古い民家の中へと入って行った。
 レネとゼラも急いで後に続く。

「ようラウラ、アランはいるか?」

 ドプラヴセはまるで自分の家のように居間を素通りし、いい匂いのするレンガ造りの台所へ入っていく。
 台所で料理をしていたラウラと呼ばれる老女は、急な来客に驚く様子もない。

「朝から出かけてたけどもうすぐ帰ってくるよ。一緒に飯でも食ってくかい?」

 皿には茹でたジャガイモとアスパラガス、ラウラがかき混ぜる鍋の中にはトロリと煮込んだシチューができあがっていた。

「ああ、ありがたい。夜中からなにも食ってないんだ」

「そこに座りな。あんたたちもボーッと立ってないで、外套を脱いで適当に寛いでてくれ」

 どうしていいかわからず、ただ立ちすくんでいる男二人にも声をかけると、さっさと昼食の準備に取りかかった。
 レネとゼラは言われた通りに外套を椅子にかけると、席へと着く。

 そこへ四十過ぎの無精髭の生えた赤毛の男が上着を脱ぎながら部屋の中へと入ってきた。

「やっぱり来てたか」

「よお、邪魔してるぜ」

 片手を上げてドプラヴセが男に挨拶する。

(この男がアランだろうか?)

 レネはどう反応していいかわからず、とりあえず黙って様子見する。

「連れがいるのは知ってたが、なんだよこりゃまた……美男の見本市に来てるみたいだな」

「へ? 俺のことか?」

 自分の顔を指差しドプラヴセはアランに訊き返す。

「図々しいこと言うなよ」

 おっさん同士の会話は、話が脱線して本題になかなか移らないことはままある。
 レネはコホンと咳をして、話を戻すように促す。

「ああ……こいつらは俺の護衛だ」

 ハッとしてドプラヴセが話を戻したので、軌道修正できてよかったと安心する。

「また……目立つのを連れてんな。お前の護衛はいつも派手だな……」

 アランはレネとゼラを交互に見比べ呆れた顔をした。

 その間にもラウラが次から次へと料理をテーブルの上へと並べていく。
 カチャカチャと食器の音が響く中、自分は手伝った方がいいのか、こういった時どこへ視線をやればいいのか、レネは落ち着かない気持ちになる。
 特にまったく面識のない他人の家では、借りてきた猫状態になるしかない。

「ほら、冷めない内に食べな」

「じゃあ、食いながら話そう」

 アランはそう言うと、スプーンを手にとりシチューを食べはじめる。

「お前らも遠慮せず食えよ」

 ドプラヴセからも促され、レネとゼラは料理に手をつけた。
 昨夜からなにも口にしていなかったので、優しい味のシチューが五臓六腑に染みわたる。
 今が旬のアスパラは、ドロステアでは卵とレモンとバターの入ったソースを付けて食べる。
 ジャガイモとハムにもこのソースを付けて、レネは頬張った。

「美味そうに食う子たちだね。どんどんお代わりしてくれよ」

 レネたちの食べる様子を見ながら、ラウラは片方の口の端を上げてワイルドに笑う。


「今日はなんの用だ?」

 パンにシチューを浸しながらアランは話を切り出す。

「俺の情報を買いに来た奴はいるか?」

(アランは情報屋なのか……)

 アスパラをウサギのようにポリポリと齧りながらも、レネの耳は二人の会話を聞き逃さない。

「用事はやっぱりそれか。お前、カマキリって知ってるか?」

「ああ、面識がある」

「あいつが、お前のことを探してるみたいだ。お前たちが街へ入った後にやって来た。こっちも商売だからな、正直に『二人の連れとここを少し前に通った』って言っといたぞ」

「ああ。それで構わない」

「で、あいつはどうした?」

「まさかこんな所でお前が道草食ってるって思ってないだろうな。すぐに街を出て行った」

「はぁ……助かった」

 ドプラヴセがほっと胸を撫で下ろしている様子を見て、レネは質問する。

「カマキリって誰だ?」

(そんなに会いたくない相手なのか?)

「腕の立つ始末屋だ。カマキリみたいに両手にナイフを持って攻撃してくる。誰かから俺のことを始末するよう依頼されてるんだろうな」

「それともう一つ」

「なんだ?」

「『鷹』もお前のことを追ってるみたいだ」


「え!?」

 思わずレネは声を上げる。
『鷹』とは騎士警察の鷹騎士団のことだ。

(どうして王国騎士団から追われてるんだ?)

 リーパの仕事で、王国騎士団と対立したことなど、今まで一度もない。

(こいつはそんなに後ろ暗い物を運んでいるのか?)

「レネ、俺のことを疑わしい目で見てるだろ? 最初に言っただろ。詮索すんなって」

 ドプラヴセから睨み返される。一見冴えない男に見えるが、なかなかの迫力だ。

「おい、こいつらなにも知らないのか?」

「二人とも、リーパの団員だ。この猫ちゃんはルカの弟子だぜ」

「は? ルカの?」

「ああ。びっくりだろ?」

 ドプラヴセはなんだかとても楽しそうだ。

 だが、自分の知らない所で話を盛り上げられてもまったく面白くもない。

「なんだよさっきから。オレがルカの弟子で悪いのかよっ!」

 思わずムッとして文句を垂れたら、机の下で脛を蹴られた。
 無防備なこの場所は、ちょっと蹴られただけでも相当なダメージを受ける。

「いってっ……」

 ゼラだ。

「いちいち反応するな」

「……だって…………」

(怒られた……)

 ゼラは無口だが、必要な時は喋るし、こうやって実力行使にもでる。
 涙目になってゼラの方を見ると冷たい目で睨み返されたので、レネはしゅんとして大人しく食事を再開した。
 仕方がないので、ラウラによって追加された茹で卵をフォークで二つに分け、ソースをかけて口の中に放り込む。固茹での卵はもさもさして口の中の水分を持っていくので、残りのシチューで流し込んだ。

「俺はもう少しアランと話すことがあるから、お前たちはあっちの部屋で休んでろ。夕方には出発するから今のうちに眠っとけ」

 ドプラヴセはそう言って、護衛二人を追っ払う。

(オレたちに聞かせたくない話をするんだな……)

 レネはもう少しここで粘って話を聞いていたかったが、ゼラから小突かれて言われた部屋の方へと足を進めた。


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