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11章 金鉱山で行方不明者を捜索せよ
22 後遺症
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風呂から上がってもバルトロメイと二人っきりで宿の部屋にいたが、なんだか異様な威圧感を感じて息苦しかった。
「なあ……訊きたいことがあるんだけどさ……」
なにやら真剣な話のようだ。
「なんだよ?」
(重苦しい空気の原因はこれか?)
「ボリスとはどういう関係なんだ? 他の奴とはお前への接し方が違うし」
横目でチラリとこちらを見てくるバルトロメイの目は、主人の様子を横目で盗み見ている大型犬みたいだ。
たぶん本人は、踏み込んだ質問をしていると思っているのだろう。
「ああ、ボリスか。お前にも言っといた方がいいよな。オレには姉ちゃんがいて、ボリスは姉ちゃんの恋人なんだ。オレたち姉弟は、両親が強盗から殺された時に団長から命を救われた。納屋の中に隠れていたオレたちを見つけ出してくれたのがボリスだ。それからずっと気にかけてくれる、オレにとっては兄ちゃんみたいなもんだな」
ボリスは昔からレネのことになると過保護なくらい構いすぎるきらいがある。
「お姉さんの恋人だったのか」
「癒し手は他の組織に狙われることもある。姉ちゃんまでそれに巻き込まれないように、あんまり誰にも話してないんだ。だから誰にも言うなよ」
バルトロメイは口が堅そうだが、念のため注意しておく。
「ああ。大丈夫だって。ヴィートも知ってるみたいだったけど?」
(なんだよこいつ……そんなどうでもいいことが気になってたのか?)
口には出さなかったが、もう少し深刻なことでも訊かれるのかと思っていたので、拍子抜けする。
「あいつの妹がオレの姉ちゃんの財布をすったのがきっかけで、オレがリーパに連れてきたからな」
「なんだそりゃ……」
答えを聞いて、どうやら本人も拍子抜けしたようだ。
「まあそういうことだから。ボリスはな、ああ見えても団員たちの中で怒らせたら一番怖いか——」
レネが忠告しようとしていたら、バルトロメイが微妙な顔をしてこちらに目配せする。
(ん?)
「なんだって? レネは私が一番怖いのかい? 心外だなぁ……こんなに優しくしているのに」
後ろからスッと頬を撫でられ、レネは思わず凍りつく。
上を見上げると、ニッコリと微笑んだ顔が自分を見下ろしていた。
この笑顔を見ると毎回背筋が寒くなる。
「猫ちゃん、本当のことは言っちゃ駄目だって。馬鹿だなぁ」
カレルがからかうようにレネの頭をぽんと叩く。
「でも、ボリスは猫にだけは激甘じゃねえか」
「だよな」
そんなことを呑気に喋っているヤンとベドジフは、本当のボリスの恐ろしさをきっとわかっていない。
「そうだよ。ボリスはぜんぜんいい人じゃん」
どうやらヴィートも、まだボリスの恐ろしさに気付いていないようだ。
「——確かに、怖いかもな……」
ぼそりとゼラが呟く。
レネは数日ぶりにゼラの声を聞いた。
この男、戦うか料理を作る以外は、喋らなければ存在感がまったくない。
「はぁ~同じ風呂でも、自由の身になってから入ると違うなぁ~」
皆がゼラに注目していたら、マルツェルが満面の笑みを浮かべて部屋に入ってくる。
「マルツェルさんご機嫌だな」
「ペニーゼに行ったら、俺の奢りでぱあっと皆で飲むぞ」
半年間もここに閉じ込められていたのだ、マルツェルが浮かれるのも頷ける。
「でも、女遊びだけはやめてくれよ」
レネは釘を刺すのも忘れない。
次の日一行は、運行が再開されたばかりの馬車に乗り、その日のうちにペニーゼへ到着すると、マルツェルの宣言通り飲み屋で盛大な宴が始まった。
「やっぱり娑婆はいいなぁ。みんな遠慮せずじゃんじゃん食って飲めよ」
レネに口うるさく忠告されていたせいか、女たちのいる店ではなく、普通の居酒屋だ。
ふだんは任務中に飲んだりしないのだが、護衛対象が飲めと言っているのだから羽目を外さないほど度に酒を頼み、豪華な料理を楽しむことになった。
「任務中にこんな豪勢な飯を奢ってもらったことってないよな? マルツェルさん太っ腹」
「晴れて自由の身になり、こっちはすこぶる機嫌がいいんだよ。なあ、レネ。お前が一人で八班を訪ねて来た時は、俺は心臓が飛び出るほどびっくりしたぜ。お前のお陰だよ。本当にありがとうな」
そう言って隣に座るレネの頭をグリグリと撫でた。
「無事でよかったよ。クラーラさんマルツェルさんがいなくなってから、色々な所をずっと駆けずり回って探し回ってたんだよ。今回だってクラーラさんがハミルを怪しんでなければ、ここまで辿り着けなかったからね」
レネは改めてマルツェルの顔を覗き見る。
自分を可愛がってくれた夫婦には、ずっと二人揃って仲良く幸せでいてほしい。
「そうだな……もうあいつを悲しませたりはしない。お前もクラーラのそんな姿を見て、必死に動いてくれたんだろ? お前がなにか困った時はいつでも俺に相談しろ。バルに言えないことでも俺にできることだったら力になるからな」
「——ありがとう」
マルツェルに抱いていたモヤモヤとした気持ちは消えていく。
「あ~~~腹がはち切れそう」
「お前食いすぎなんだよ」
腹を擦るヤンを、横からベドジフが笑う。
団員たちも思う存分飲み食いして、大満足の様子だ。
そんな団員たちを横目に、レネは今日も一人手洗いへと駆け込む。
あのとき吐き出すべき感情を、バルトロメイの壮絶な体験を聞いてしまったことで、すべて自分の内側に引っ込めてしまった。
それがレネの中を蝕み、苦しめていた。
帰り道もレネは何度も吐いた。
それはまるで「吐き出すものはこれではない」と全身が訴えかけているようだった。
「なあ……訊きたいことがあるんだけどさ……」
なにやら真剣な話のようだ。
「なんだよ?」
(重苦しい空気の原因はこれか?)
「ボリスとはどういう関係なんだ? 他の奴とはお前への接し方が違うし」
横目でチラリとこちらを見てくるバルトロメイの目は、主人の様子を横目で盗み見ている大型犬みたいだ。
たぶん本人は、踏み込んだ質問をしていると思っているのだろう。
「ああ、ボリスか。お前にも言っといた方がいいよな。オレには姉ちゃんがいて、ボリスは姉ちゃんの恋人なんだ。オレたち姉弟は、両親が強盗から殺された時に団長から命を救われた。納屋の中に隠れていたオレたちを見つけ出してくれたのがボリスだ。それからずっと気にかけてくれる、オレにとっては兄ちゃんみたいなもんだな」
ボリスは昔からレネのことになると過保護なくらい構いすぎるきらいがある。
「お姉さんの恋人だったのか」
「癒し手は他の組織に狙われることもある。姉ちゃんまでそれに巻き込まれないように、あんまり誰にも話してないんだ。だから誰にも言うなよ」
バルトロメイは口が堅そうだが、念のため注意しておく。
「ああ。大丈夫だって。ヴィートも知ってるみたいだったけど?」
(なんだよこいつ……そんなどうでもいいことが気になってたのか?)
口には出さなかったが、もう少し深刻なことでも訊かれるのかと思っていたので、拍子抜けする。
「あいつの妹がオレの姉ちゃんの財布をすったのがきっかけで、オレがリーパに連れてきたからな」
「なんだそりゃ……」
答えを聞いて、どうやら本人も拍子抜けしたようだ。
「まあそういうことだから。ボリスはな、ああ見えても団員たちの中で怒らせたら一番怖いか——」
レネが忠告しようとしていたら、バルトロメイが微妙な顔をしてこちらに目配せする。
(ん?)
「なんだって? レネは私が一番怖いのかい? 心外だなぁ……こんなに優しくしているのに」
後ろからスッと頬を撫でられ、レネは思わず凍りつく。
上を見上げると、ニッコリと微笑んだ顔が自分を見下ろしていた。
この笑顔を見ると毎回背筋が寒くなる。
「猫ちゃん、本当のことは言っちゃ駄目だって。馬鹿だなぁ」
カレルがからかうようにレネの頭をぽんと叩く。
「でも、ボリスは猫にだけは激甘じゃねえか」
「だよな」
そんなことを呑気に喋っているヤンとベドジフは、本当のボリスの恐ろしさをきっとわかっていない。
「そうだよ。ボリスはぜんぜんいい人じゃん」
どうやらヴィートも、まだボリスの恐ろしさに気付いていないようだ。
「——確かに、怖いかもな……」
ぼそりとゼラが呟く。
レネは数日ぶりにゼラの声を聞いた。
この男、戦うか料理を作る以外は、喋らなければ存在感がまったくない。
「はぁ~同じ風呂でも、自由の身になってから入ると違うなぁ~」
皆がゼラに注目していたら、マルツェルが満面の笑みを浮かべて部屋に入ってくる。
「マルツェルさんご機嫌だな」
「ペニーゼに行ったら、俺の奢りでぱあっと皆で飲むぞ」
半年間もここに閉じ込められていたのだ、マルツェルが浮かれるのも頷ける。
「でも、女遊びだけはやめてくれよ」
レネは釘を刺すのも忘れない。
次の日一行は、運行が再開されたばかりの馬車に乗り、その日のうちにペニーゼへ到着すると、マルツェルの宣言通り飲み屋で盛大な宴が始まった。
「やっぱり娑婆はいいなぁ。みんな遠慮せずじゃんじゃん食って飲めよ」
レネに口うるさく忠告されていたせいか、女たちのいる店ではなく、普通の居酒屋だ。
ふだんは任務中に飲んだりしないのだが、護衛対象が飲めと言っているのだから羽目を外さないほど度に酒を頼み、豪華な料理を楽しむことになった。
「任務中にこんな豪勢な飯を奢ってもらったことってないよな? マルツェルさん太っ腹」
「晴れて自由の身になり、こっちはすこぶる機嫌がいいんだよ。なあ、レネ。お前が一人で八班を訪ねて来た時は、俺は心臓が飛び出るほどびっくりしたぜ。お前のお陰だよ。本当にありがとうな」
そう言って隣に座るレネの頭をグリグリと撫でた。
「無事でよかったよ。クラーラさんマルツェルさんがいなくなってから、色々な所をずっと駆けずり回って探し回ってたんだよ。今回だってクラーラさんがハミルを怪しんでなければ、ここまで辿り着けなかったからね」
レネは改めてマルツェルの顔を覗き見る。
自分を可愛がってくれた夫婦には、ずっと二人揃って仲良く幸せでいてほしい。
「そうだな……もうあいつを悲しませたりはしない。お前もクラーラのそんな姿を見て、必死に動いてくれたんだろ? お前がなにか困った時はいつでも俺に相談しろ。バルに言えないことでも俺にできることだったら力になるからな」
「——ありがとう」
マルツェルに抱いていたモヤモヤとした気持ちは消えていく。
「あ~~~腹がはち切れそう」
「お前食いすぎなんだよ」
腹を擦るヤンを、横からベドジフが笑う。
団員たちも思う存分飲み食いして、大満足の様子だ。
そんな団員たちを横目に、レネは今日も一人手洗いへと駆け込む。
あのとき吐き出すべき感情を、バルトロメイの壮絶な体験を聞いてしまったことで、すべて自分の内側に引っ込めてしまった。
それがレネの中を蝕み、苦しめていた。
帰り道もレネは何度も吐いた。
それはまるで「吐き出すものはこれではない」と全身が訴えかけているようだった。
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