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12章 伯爵令息の夏休暇
38 導き出した答え
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◆◆◆◆◆
別荘の門にリンブルク伯爵家の紋章入の馬車が着き、そこから従僕のシモンとレネが降りてくる。
「レネが帰ってきたっ!」
後ろのデニスにそう叫び、アンドレイは自分の部屋から使用人が出入りする裏口へと走り出した。
アンドレイは昨夜、ボリスの治療を受けるレネの様子を一部始終見ていた。
本当は目を逸らしたかったが、自分のために傷ついたレネの痛みを知っておく責任があった。
特に太腿の矢は深く肉に食い込んでおり、ルカが持ち帰ってきた矢尻の形と照らし合わせながら、ボリスが慎重に抜き取っていた。
『……あっ……ぐっ……はぁ…はっ…はっ…っ…っ…』
激痛のあまり意識のないレネの口から悲鳴が上がるのだが、呼吸が浅くてそれさえも続かない。
『レネっ……頑張れ……』
ドクドクと溢れ出す血に、アンドレイは真っ青になりながらも、レネの苦痛を思い唇を噛みしめて耐えた。
ボリスは最初、原型を留めないレネの服を見て怒りに震えていたが、デニスから『未遂だ』と聞いて愁眉を開いた。それはアンドレイも同じだった。
そのことは、アンドレイが最も気にしている懸案であったのだが、十六歳の多感な少年が口に出して訊くにはあまりにもハードルが高く、レネの無事を確認できずにいたのだ。
裏口から階段へと続く廊下を歩いて来ていたレネの姿を見つけ、アンドレイはまっしぐらに駆け寄る。
「——レネっ!!」
シモンに持たせていた替えの服を着て、すっかり元通りの姿に戻っている。
「アンドレイ、心配かけてごめん。それとデニスさんも助けて頂き有難うございます。今日からまたアンドレイの従者として宜しくお願いします」
黄緑色の瞳が、太陽の光に照らされて若葉のように光っている。
(この綺麗な色を、また見ることができた……)
真の幸せとはこういうことだと、アンドレイは十六歳にして知る。
昨夜、アンドレイを置いて一人敵陣に飛び出して行った時は絶望に打ちひしがれた。
しかし無力な自分は一人洞穴でデニスが助けに来るのを待つしかない。
結果的にその判断が正しかったから、いまこうして三人で並んで歩くことができているが、暗い洞穴の中でただひたすら自分の無力さと向き合った時間はまるで地獄のようだった。
「お礼を言うのはこっちの方だよ。君のお陰で僕はいま生きている。レネ……本当にありがとう。そして君がこうして戻ってきてくれたことがなによりも嬉しい」
レネの身体を力強く抱きしめ、アンドレイは心から礼を言う。
また今回もレネの違う一面を見てしまった。
あんなにレネのことを舐めてかかかっていたパトリクたちも、レネが戦う姿を見て恐れ慄いていた。
アンドレイも最初はショックを受けたが、馬鹿にしていた奴らを見返してやったようで、胸のすく思いがしたのも事実だ。
レネは我が身を投げうって、山賊たちからアンドレイを守り抜いた。
自分は果たしてそこまで価値のある人間なのだろうか?
今でもアンドレイの頭の中をグルグルと回っているが、答えは既に出ている。
ここまでして守られた命なのだから、自分はその価値のある人間になるしかないのだ。
父の領地を継げば、多くの人たちの命が自分の立ち振舞い一つにかかってくる。
もっと知識と処世術を身につけて、領地をもっと繁栄させることのできる領主になろう。
アンドレイは、今まで感じたこともないような熱い想いに駆られた。
「ん?」
階段を上っていると、二階の廊下から小さな影が飛び出しこちらに向かってきた。
「……タデアーシュっ!? おいっ!」
走って通り過ぎていく弟を呼び止めるが、タデアーシュは無視してそのまま庭の方へと走り去って行った。
「泣いてたみたいだけどなにかあったの?」
まだなにも事情を知らないレネがアンドレイに尋ねる。
「レネは知らないと思うけど、父上は昨日の件で義母に事情を訊いたら、オストロフ島に山賊たちを集めたことを認めた。よって処遇が決まるまで地下室に監禁中だ……」
「……え!?」
レネが帰ってくる前に起きた出来事について、アンドレイは説明する。
「だから、タデアーシュはショックを受けて混乱しているんだ」
ヘルミーナのお陰で命を狙われることになったアンドレイにとっては、地下室に監禁など正直生温いと思うが、十歳の少年にとっては母親がそうなりショックを受けるのも当然だ。
「じゃあ今はそっとしておいた方がいいのかもね……」
レネの言う通りだ。
母親にあんな行動を起こさせた原因のアンドレイが慰めても、今は苦痛にしかならないだろう。
だがアンドレイはタデアーシュの気持ちがよくわかる。
子供にとっては母親がすべてだ。
自分も幼い頃、実の母親を亡くした時に、ショックのあまり体調を崩してしばらく寝込んでいたという。
ヘルミーナに宝石を盗んだと言いがかりを付けられ、辞めさせられたアンドレイの乳母に聞いた話だ。
母を亡くしてもう十数年も経っているのに、未だに母が恋しくて仕方ない。
この問題は一日や二日で解決するような簡単なものではない。
弟にはなんの罪もない。もしかしたら自分のことを恨んでいるかもしれないが、アンドレイもいつか力になれたらと思っている。
兄弟同士で啀み合ってもなんの得にもならないので、時間をかけてでもゆっくり関係を築いていくしかない。
別荘の門にリンブルク伯爵家の紋章入の馬車が着き、そこから従僕のシモンとレネが降りてくる。
「レネが帰ってきたっ!」
後ろのデニスにそう叫び、アンドレイは自分の部屋から使用人が出入りする裏口へと走り出した。
アンドレイは昨夜、ボリスの治療を受けるレネの様子を一部始終見ていた。
本当は目を逸らしたかったが、自分のために傷ついたレネの痛みを知っておく責任があった。
特に太腿の矢は深く肉に食い込んでおり、ルカが持ち帰ってきた矢尻の形と照らし合わせながら、ボリスが慎重に抜き取っていた。
『……あっ……ぐっ……はぁ…はっ…はっ…っ…っ…』
激痛のあまり意識のないレネの口から悲鳴が上がるのだが、呼吸が浅くてそれさえも続かない。
『レネっ……頑張れ……』
ドクドクと溢れ出す血に、アンドレイは真っ青になりながらも、レネの苦痛を思い唇を噛みしめて耐えた。
ボリスは最初、原型を留めないレネの服を見て怒りに震えていたが、デニスから『未遂だ』と聞いて愁眉を開いた。それはアンドレイも同じだった。
そのことは、アンドレイが最も気にしている懸案であったのだが、十六歳の多感な少年が口に出して訊くにはあまりにもハードルが高く、レネの無事を確認できずにいたのだ。
裏口から階段へと続く廊下を歩いて来ていたレネの姿を見つけ、アンドレイはまっしぐらに駆け寄る。
「——レネっ!!」
シモンに持たせていた替えの服を着て、すっかり元通りの姿に戻っている。
「アンドレイ、心配かけてごめん。それとデニスさんも助けて頂き有難うございます。今日からまたアンドレイの従者として宜しくお願いします」
黄緑色の瞳が、太陽の光に照らされて若葉のように光っている。
(この綺麗な色を、また見ることができた……)
真の幸せとはこういうことだと、アンドレイは十六歳にして知る。
昨夜、アンドレイを置いて一人敵陣に飛び出して行った時は絶望に打ちひしがれた。
しかし無力な自分は一人洞穴でデニスが助けに来るのを待つしかない。
結果的にその判断が正しかったから、いまこうして三人で並んで歩くことができているが、暗い洞穴の中でただひたすら自分の無力さと向き合った時間はまるで地獄のようだった。
「お礼を言うのはこっちの方だよ。君のお陰で僕はいま生きている。レネ……本当にありがとう。そして君がこうして戻ってきてくれたことがなによりも嬉しい」
レネの身体を力強く抱きしめ、アンドレイは心から礼を言う。
また今回もレネの違う一面を見てしまった。
あんなにレネのことを舐めてかかかっていたパトリクたちも、レネが戦う姿を見て恐れ慄いていた。
アンドレイも最初はショックを受けたが、馬鹿にしていた奴らを見返してやったようで、胸のすく思いがしたのも事実だ。
レネは我が身を投げうって、山賊たちからアンドレイを守り抜いた。
自分は果たしてそこまで価値のある人間なのだろうか?
今でもアンドレイの頭の中をグルグルと回っているが、答えは既に出ている。
ここまでして守られた命なのだから、自分はその価値のある人間になるしかないのだ。
父の領地を継げば、多くの人たちの命が自分の立ち振舞い一つにかかってくる。
もっと知識と処世術を身につけて、領地をもっと繁栄させることのできる領主になろう。
アンドレイは、今まで感じたこともないような熱い想いに駆られた。
「ん?」
階段を上っていると、二階の廊下から小さな影が飛び出しこちらに向かってきた。
「……タデアーシュっ!? おいっ!」
走って通り過ぎていく弟を呼び止めるが、タデアーシュは無視してそのまま庭の方へと走り去って行った。
「泣いてたみたいだけどなにかあったの?」
まだなにも事情を知らないレネがアンドレイに尋ねる。
「レネは知らないと思うけど、父上は昨日の件で義母に事情を訊いたら、オストロフ島に山賊たちを集めたことを認めた。よって処遇が決まるまで地下室に監禁中だ……」
「……え!?」
レネが帰ってくる前に起きた出来事について、アンドレイは説明する。
「だから、タデアーシュはショックを受けて混乱しているんだ」
ヘルミーナのお陰で命を狙われることになったアンドレイにとっては、地下室に監禁など正直生温いと思うが、十歳の少年にとっては母親がそうなりショックを受けるのも当然だ。
「じゃあ今はそっとしておいた方がいいのかもね……」
レネの言う通りだ。
母親にあんな行動を起こさせた原因のアンドレイが慰めても、今は苦痛にしかならないだろう。
だがアンドレイはタデアーシュの気持ちがよくわかる。
子供にとっては母親がすべてだ。
自分も幼い頃、実の母親を亡くした時に、ショックのあまり体調を崩してしばらく寝込んでいたという。
ヘルミーナに宝石を盗んだと言いがかりを付けられ、辞めさせられたアンドレイの乳母に聞いた話だ。
母を亡くしてもう十数年も経っているのに、未だに母が恋しくて仕方ない。
この問題は一日や二日で解決するような簡単なものではない。
弟にはなんの罪もない。もしかしたら自分のことを恨んでいるかもしれないが、アンドレイもいつか力になれたらと思っている。
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