菩提樹の猫

無一物

文字の大きさ
315 / 663
1章 君に剣を捧ぐ

21 豹変

しおりを挟む

1カロ=1キロ



◆◆◆◆◆

 
 レネはバルトロメイと真剣で勝負するのは初めてだ。
 それも二刀流としての姿を師以外に見せることも初めてだった。

 こんな男に負けてやるつもりなど微塵もない。

(馬鹿にしやがって!!)

 覚悟が足りないのはどっちだ?
 一方的に思いを伝えて、やるだけやってさっさと逃げ出した負け犬を、そのまま逃がすわけにはいかない。
 周りの団員たちだって、こんな貧弱な自分が屈強な団長そっくりのバルトロメイに敵うはずがないと思っている。
 
(——糞野郎ども、見ているがいい……)


 バルトロメイの姿を見ているだけで、レネは身体が熱くなる。
 まさに、自分のなりたかった理想がそこに詰まっている。
 
 どんなに剣を振って身体を鍛えても、このような筋肉は付かない。
 バルトロメイも少年の頃は男たちから欲望の対象として狙われていたが、男らしく成長するにつれて狙われることはなくなったという。

 しかしレネは少年の域を脱しても、望んだような変化は訪れなかった。
 それどころか、護衛になった今の方が狙われる。

 少年の頃に同じ経験をしたこの男は、自分の苦しみをわかってくれていると思っていた。

(それなのに……)

 この男から受けた辱めを思い出すだけで、神経が焼き切れそうだ。
 怒りで、目の前が真っ赤に染まる。

「うおおおおおおっっっ!」

 身体の中でグルグルと暴れまくる獣が、叫び声と共に、とうとう外へと解き放たれた。


 今までにないくらいに二本の剣が、まるで身体の一部の様に馴染んでいる。
 ドクドクと身体を巡る血が滾り、言いようもない高揚とした気分がレネを支配した。
 
 その空気の変化をバルトロメイは肌で感じたのか、攻撃をためらっている。
 レネの殺気に押されているのだ。


「逃げやがって……負け犬が。お前は全部中途半端なんだよ」

 レネは戦うとき無駄口を叩くことはしないのだが、今回だけは黙っていられなかった。
 

「——なんだと」
 
 バルトロメイの眉がピクリと動いた。

 負け犬呼ばわりされこのままではいられないのだろう、バルトロメイが素早く左から斬り上げると、レネは後ろに跳んで躱し、今度はバルトロメイが右から薙ぎを仕掛けて来る前に、今までにない素早さで動いた。
 
「ッ……!?」
 
 今までは左右交互にしか攻撃を仕掛けてこなかったが、二本の剣の軌道が中央で交差する。

 一定のリズムに慣れてしまったバルトロメイの身体は咄嗟に反応できず、剣を持っている右側の防御はできたが左側をバッサリ斬られ、脇腹を押さえて蹲る。

 それでも剣を離そうとしないバルトロメイに、レネは柄頭で首の付け根を殴り昏倒させた。

 この決闘は相手を戦意喪失か戦闘不能にさせた方が勝ちだ。


「——勝者、レネ・セヴトラ・ヴルク!」

 審判役のルカーシュが勝者の名前を呼び上げる。


「おい……」
「……ああ……」
「猫が……勝った……」
 
 見学していた団員たちもまさかの結果に驚いているようだ。


(勝った……)

 レネの中を今までとは違う種類の興奮が駆け抜ける。


 ◆◆◆◆◆


「バートっ!! 大丈夫かっ!?」
 
 横に控えていた癒し手のイェロニームが、急いでバルトロメイに駆け寄り傷を塞ぐ。
 
「ここは、癒し手がいるのかっ!?」
 
 その様子を見ていたシモンが、驚きの声を上げた。

「ええ。先代からの縁で」
 
 隣に居るバルナバーシュがその経緯を説明する。
 決して口には出さないが、シモンはバルトロメイの塞がり切った傷を見て安心している。

「ほう。それにしてもコジャーツカの剣を使うとは驚いた。それも二刀流とは……儂も初めて見た。実に見事だ」
 
 バルナバーシュの肩に手を置き、そう言い残すとシモンは裏門から去って行く。
 その後ろ姿はどこか寂しげだった。


「おいっ!?」

 治療が終わったのを確認し、レネが意識を失い倒れたままのバルトロメイを肩に担ぐと、驚いたイェロニームがすぐさま止めに入る。
 バルトロメイに比べたら掠り傷だが、レネだってまだ傷の治療を受けていない。

「なんのつもりだっ!!」

 二十カロも違う体重差の男を担ぐその姿は異様だ。
 周囲の団員たちもなにが始まったのかと、レネに注目する。


「——狩った獲物は喰う」


 その言葉に、シン……と水を打ったかのように静まり返った。
 
 想定外のレネの行動に、誰も反応できない。
 オレの獲物を横取りするなとばかりに、殺気走った目で辺りに睨みをきかせると、レネはバルトロメイを担いだまま私邸へと歩いて行く。

 もうこれ以上「なにをするつもりだ」とレネに尋ねる者はいない。
 団長であるバルナバーシュでさえも、養子の変わりように言葉を失っていた。
 
 レネの姿はまるで、自分よりも大きな獲物を木の上へと引き摺り上げる豹のようだ。
 

「ほら、仕事の終わった人たちはさっさと帰りなさい」
 
 唯一レネの行動に動じてない副団長が、茫然と立ち竦んでいる団員たちを鍛練場から帰るように促すと、その声に正気に戻った男たちが次々と動き出す。

 バルトロメイは既に団員ではないし、決闘でお互いの全てを懸け合っていたのだ。
 勝利したレネが、バルトロメイをどうしようと外野に異を唱える権利はない。

 
「何だ……あれ……」
「ちょっと俺……心臓を撃ち抜かれたかも……」
「……男前だったな……」
「あんな外見に騙されて、とんだ勘違いをしてたのかもな……」


 団員たちが『猫』だと思っていた相手は、実はとんでもない猛獣だった。
 手を付けられない程の凶暴さと美しさを兼ね合わせた獣に、その場に居た誰もが魂を持って行かれた。


「——ますます手の届かない存在になっていくな……」
 
 誰かがぽつりと呟いた。
 
 
 その後、狩られた獲物がどうなるかなど、レネの豹変に圧倒され、決闘の目撃者の間では話題にも上がらなかった。


 いや……本当は狩られた獲物の末路など、恐ろしくて考えたくもなかったのだ。



 
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき
BL
隣の席のイケメンに懐かれた平凡男子の話

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)
BL
 双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。  同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。  ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。  兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。  すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。 第1回青春BLカップ参加作品です。 1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。 2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

処理中です...