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2章 時計職人を護衛せよ
5 事件です
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温かい毛皮に包まれ、寝返りは打てなかったが寒い思いをせずに一夜を過ごすことができ、レネは目覚めのいい朝を迎えていた。
食堂へ行きパンとスープの質素な朝食を摂っていたら、領主の住まいに泊まっていたはずのアーモスが血相を変えて飛び込んできた。
「時計が盗まれたっ!!」
半分泣き顔で、レネへと縋りつく。
「えっ!? 時計って依頼品の?」
「なんだってっ!?」
まさかの展開に、レネとヤンは驚きを隠せない。
「昨日寝る前まではあったのに、朝起きたら無くなってたんだ」
「じゃあ、寝ている間に誰かが盗みに入った可能性が……?」
領主の屋敷に泊まっている間に盗みへ入られるなんて、考えてもいなかった。
(オレだけでもついてればよかった……)
護衛対象と別々に寝泊まりするのはまずかったのかもしれない。
だが今から後悔してももう遅い。
「——また起きたか……」
その一部始終を聞いていたフォンスが、困った顔をして呟く。
他の団員たちも深刻な顔をしている。
「またって……?」
反射的にレネは聞き返す。
「俺たちはここの領主に盗賊退治を頼まれてるんだ。たぶんその時計を盗んだのも奴等だろう」
「ええっ!?」
「以前も領主の住まいに泊まった商人が被害に遭ったり、シニシュを出てすぐの所で盗賊たちに身包み剥がれた商人もいるそうだ」
「シニシュの名誉にも関わることなので、領主からホルニークに依頼があったんだ」
フォンスとヨーから告げられた。
わざわざ領主の館に泊まっている所を盗みに入るなんて大胆な犯行だ。
「だけどわざわざ領主の屋敷の中にまで忍び込んで盗むなんて面倒じゃないのか?」
ヤンがレネも不思議に思っていたことを代弁する。
盗賊なら人気のない道を歩いている時に盗んだ方が盗みやすいだろうに。
(もしかして……)
レネはある一つの可能性に辿り着く。
「なあ、込み入った話は部屋でしないか?」
使用人も出入りする食堂であまりこの話はしたくなかったので、レネは場所の移動を促す。
アーモスも一緒に寝泊まりしている部屋へ一旦戻ると、フォンスたちも泥棒の詳細な情報が知りたかったのだろう、さっさと食事を済ませて部屋に入って来た。
ここは情報を共有していた方がお互いためになるかもしれないと、レネは先ほどの話の続きを始める。
「昨晩寝る前には時計はあったんですよね?」
「ああ。もちろん」
落ち着きのない様子でアーモスが答える。
「領主には話したんですか?」
話を聞いていたヨーが横から質問してくる。
「いや……まだ話してない。領主様に屋敷で盗みがあったなんて、言い出し辛いだろ?」
(やっぱりそうかもしれない)
アーモスから話を聞けば聞くほど、ある疑念が頭を擡げてくる。
「それって、領主も盗賊とグルなんじゃ? 宿屋がないからここに旅人を泊めて、金目のものを持っていたら盗賊に知らせて盗ませてるとか?」
昨日アーモスが面会した時に、高価な時計を運んでいるということは既に領主に知られている。
それにわざわざ自分たち護衛と引き離して、アーモスを自分の住処に泊めるなんて不自然じゃないか?
「まさかっ!?」
両手で口を押さえて吃驚したヤンのしぐさが意外に可愛くて、ついつい笑いが零れる。
レネはよく周囲から空気を読めといわれるが、どうしても我慢できないものは仕方ない。
「いや、それはない。俺たちはその領主に盗賊たちを捕まえるように依頼されてるんだぞ?」
フォンスの指摘にレネはがっくりと肩を落とす。
「あ……そっか」
確かに自分もグルだったら、盗賊を捕まえる様にいちいち金を出したりしないだろう。
「領主はシロだとしても、ここの屋敷の誰かが盗賊の手引きをしている可能性があるな」
今まで口を開いて来なかったゾルターンが意見を述べる。
「やっぱり一度領主にちゃんと話してみた方がいいんじゃないか?」
ヨーが顎に手をあてながらアーモスの方を見た。
「……一緒に事情を説明してくれるか?」
アーモスは頼りなさそうな顔をしながら皆を見回した。
領主に進言するのに勇気がいるのだろう。
詳しくわからないが、きっとここの領主も爵位持ちの貴族だ。たとえ自分が被害にあったとしても、身分違いの平民が領主に「あなたの屋敷で物が盗まれました」なんて言い辛いに決まってる。
「まさか、また盗みがあるとはな……」
昨日声だけ聞いた時はもう少し年配かと思っていたが、実際の領主は想像していたよりも若い四十代前半の太った男だった。
気落ちした様にがっくりと肩を落としている。
この様子を見る限りでは、とても盗賊とグルとは思えない。
話によるとシニシュの領内で商人たちが何人も盗賊たちに金品を盗まれているらしい。
このまま盗難が続くようではシニシュの評判が下がってしまうと、領主は危惧しているようだ。
使用人を一人残らず広間に呼び出して、その間にホルニークの傭兵たちが使用人たちの部屋を探し回ったが、盗まれた時計は見つからなかった。
使用人と自分たちの持ち場に戻した後、アーモスと傭兵だけが領主の執務室に残っていた。
「やはり内部の犯行ではないようですね。時計を盗んだのも盗賊たちの仕業でしょう」
「何度も言うが、うちの者たちに泥棒がいるわけないだろう」
心外だと言わんばかりに領主はフォンスを睨み返すが、物怖じした様子もなくホルニークの次期団長は、不敵な笑みを浮かべてこれからの計画を説明する。
「四日間で、だいたい盗賊たちのアジトの目星が付きました。今からここを出発して、盗まれた時計が売り払われる前に盗賊たちを捕まえてお見せしましょう」
「お前たちには高い金を払ってるんだ、必ず捕まえてみせろ!」
痺れを切らしたように、領主はフォンスたちに命じた。
「盗賊のアジトに行くのならオレたちも協力させてくれ。アーモスさんの時計を取り戻さないといけないし」
領主の執務室からの帰り道、レネはフォンスたちに願い出た。
依頼主が盗難の被害に遭ったのは、自分たちの護衛としての責任でもある。
「ヤンなら戦力になるが、お前は足手纏いになるんじゃないのか……?」
訝し気な顔でフォンスがレネの方を見る。
「大丈夫だって。オレだって護衛だぞ?」
レネはこの外見のせいで侮られることが多い。
だがそれはいつものことで慣れっこだ。いちいち腹を立ててもしょうがない。
「私からも頼む。どうにかして見つけ出さないと、ウチェルの領主様に合わす顔がない」
アーモスも必死にフォンスに頼み込む。
「依頼品が盗まれました」と言って済む話ではない。場合によっては打ち首にされてもおかしくない。
「そこまでお願いされるなら仕方ないが、でも俺たちの仕事の邪魔だけはするなよ」
それでもやはりフォンスはレネのことを戦力とみなしていないようだ。
「はいはい。……じゃあ、オレたちも行ってくるんでアーモスさんはここで待っていて下さい。絶対時計を取り戻してみせます」
これ以上言い返しても仕方ないので適当にあしらって、レネは依頼主の方へと向き直る。
「ああ……。本当は今日中にウチェルへ着きたかったんだけどね……それどころじゃなくなってしまったな……」
嘆息を漏らしながら、アーモスは遠くを見つめた。
(そりゃそうだよな……)
フォンスたちが追っていた盗賊たちが時計を盗んだとまだ確定したわけではない。
もし違ったら、手掛かりがなにもないまま、また一から探さなければならない。
このまま時計が見つからなかったら、レネたちも責任を負わされるだろう。
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