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閑話
2
「それにしてもあっついな……」
動いた後にダラダラと汗が流れ、べったりとシャツが肌に貼り付くのが気持ち悪い。
バルナバーシュとゼラは既に脱いでいるし、この面子なので構わないだろうと、ルカもシャツを脱いだ。
素肌になった途端、背中に視線を感じる。
振り返ると、スッとバルトロメイが目を逸らす。
「——おい、なにじろじろ見てんだよ。テメェ……また口説いたりしたら次はないからな……」
バルナバーシュの冷えた声が響く。
背中の傷の持ち主は自分なのに、なぜか対処しているのはバルナバーシュという不思議な構図だ。
「ちょっ……!? そんなつもりはありませんって。ただ傷を見てただけですよ」
「……本当か?」
傍から聞いていると、とても親子の会話だとは思えない。
「まだ根に持ってるんですか……あの時だって、最初からこの中身を知ってたら、絶対口説いたりしてませんでしたって……」
つい今しがたまでは、バルナバーシュのことを『何年も前のことを蒸し返して狭量な……』と思っていた。
しかしバルトロメイのその一言で、今度はルカがカチンとくる。
(このとはなんだ……)
「……お前、何気に失礼なことを言うじゃねえか」
まるでルカの性格に問題ありと言っているような言い方が気にくわない。
「俺はレネしか興味ありませんから」
ルカを貶めた後に、そう言い切るのが面白くない。
弟子と比べられると、妙な対抗心が湧いてくる。ルカの悪い癖だ。
「あの時はヤル気満々だったじゃねえか」
イラついたので色々蒸し返してやる。
「でもそれは副団長も一緒でしょ。『酷く抱いてほしい』って言ったのはどこの誰ですか」
いつの間にか親子喧嘩から、ルカとバルトロメイの水掛け論へと移り変わっていた。
「…………」
ゼラが呆れて二人を見ている。
「——おい、テメエらいい加減にしろよ。あの時の出来事をまた再現するか?」
バルナバーシュがガチャリと腰に差していた剣を再び抜こうとしたところで、この低レベルな口論はお開きとなった。
もうすぐ三年も経つのに、あの夜のことを蒸し返して言い争いをしたのにも理由があった。
自分宛てに届いた小包のせいだ。
千歳の文字である漢字で送り主の名が書いてあるが、ルカはそんな名など知らない。
汗を掻いていたのでまずは風呂だと、部屋へ帰って来てもローテーブルの上へ置きっぱなしになっている小包を無視して、風呂場へと直行した。
火照った身体を水のシャワーを浴びて冷やす。
身体を洗い終え湯船に浸かりながら、ルカは目を瞑りぼんやりと考える。
緩やかに時を刻んできたこの身体が、明らかに時の流れを止めた。
それは皮肉なことに、想い人と結ばれてからだ。
自分に半分流れる人外の血がいったいどう作用するのか未知数だ。
この先どうなるのか考えるだけで恐ろしい。
久しぶりに傭兵仲間で集まり飲んでいる時に、バルナバーシュは言っていた。
『俺も動けてあと五年だろう』
その言葉が現実味を帯びてきた。
今日だって、バルナバーシュはゼラに一本取られている。
ゼラが腕を上げて来たせいもあるが、バルナバーシュが体力的に衰えてきたのも原因だ。
ゼラやバルトロメイ相手だとまだ大丈夫だろうが、ルカはバルナバーシュと本気で剣を合わせることができないでいる。
ルカは今、やっと身体に技術が追いついて来て、剣士として一番脂が乗った時期に差しかかっていた。
普通の人間だったら、身体と技術のピークが重なることなく老い衰えていく。
だがルカは、身体の衰えが来る前に時間が止まって頂点が重なった状態だ。
もしかしたらまだ技術的なピークは先にあるかもしれない。
肉体が老いなければ、自分は剣士としての経験値が重なりますます強くなるだろう。
そうなると間違いなくバルナバーシュに自分が勝つ日がやって来る。
——そしてその先には……
バルナバーシュとルカは上か下かで食い合う関係ではない。
横に並んで支え合っていく関係だ。
だから自分がバルナバーシュに勝ったからといって、力関係が変わるわけではない。
だがその先に見えて来る現実が恐ろしくて、ルカには直視できなかった。
そしてあの小包は、そんな自分に追い打ちをかけるものだ。
開ける前からルカにはあれがなにかわかっている。
だから恐ろしくて開けられないのだ。
しかし、バルナバーシュ宛ではなく、あれが自分宛てに届いたということは、自分には荷物を開ける責任がある。
送り主は……——いや……あの荷物の持ち主は……きっと自分に託したかったのだ。
ルカは意を決して湯から上がると、バスローブを羽織ってローテーブルの前のソファーに座った。
千歳独特の製法で漉かれた紙を開くと、その中からは手紙と使い古した煙管が出て来た。
「……嗚呼……なんで外れねえんだよ……」
こんな時に働く自分の妙な勘を恨む。
手紙を読み終え、ルカは顔色を失くす。
煙管に添えてあった刻み煙草の葉を火皿に入れ、慣れない仕草で火を付ける。
あの時、忘れないでおこうと記憶の中に留めておいた匂いと同じものだ。
自分のクローブ煙草とは違う、ほろ苦い匂いは……まるでこの心の痛みを代弁するかのようだ。
くらくらと眩暈のする頭を手の平で押さえながら、暫くのあいだ感情に身を任せてじっと目を瞑った。
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