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10章 娼婦たちを護衛せよ
2 秘密
「一緒にいたのは短い時間だったから、レーリオの素性まで話している時間はなかった」
食後にお茶を飲みながら打ち合わせで、レネたちと途中まで一緒だったルカが報告する。
「そうでしょうね。でもちゃんと伝えておいた方がいい。あの男はレネ君を食い物にする気だ」
むかし散々な目に遭わされたシリルには、レーリオがなにを考えているか手に取るようにわかる。
ゲストの前で赤っ恥を掻かされたカムチヴォスは、きっと烈火の如く怒っているであろう。
その怒りはシリルだけではなく、レネにも向けられているはずだ。
『契約者』であるレネを傷付けることはないだろうが、相手を直接傷付けなくともダメージを与える方法はいくらでもある。
「レネたちもまだそんなに先へは行ってないだろ? 少し休んだら後を追う」
一仕事終えて、すっかり寛いでいた宿木だが、今度は逆方向へと向かったレネたちを追うつもりなのか。
たった一日半の行動でクタクタになっているシリルは、そのタフさに舌を巻く。
「そうしてくれ。——ところでお前は、どうしてその名を名乗るように?」
シリルはルカと宿木がどういう関係性なのかよく知らないままなので、二人の会話に踏み込むことはできないが、会話から察して、二人がこの機会を通じ久しぶりに顔を合わせたことがわかる。
「——自分が何者であるか、全て思い出したから」
秘めたる思いを抱いた灰色の瞳が、静かにルカを見つめている。
まだ二十そこらの青年のはずなのだが、幾年もの年月を積み重ねた厚みを感じる。
「……今思うと、お前は最初っからそんな感じだったよな……」
どこか懐かしい顔をしてルカが嗤う。
まるで我が子の成長を喜ぶ親の様な顔をする。
今日はこの男の知らない一面を幾つも見せられ、シリルは益々ルカの人物像がわからなくなってきた。
「自分の直感のままに行動したまでだ」
「宿木、ナタナエルは既にレネに剣を捧げている。お前も早く駆けつけてあいつを安心させてやれ」
「ギーだって!?」
三騎士の内の一人の名を上げられ、シリルも黙ってはいられない。
「宿木は千歳語でヤドリギの意味なんだ」
「……そういうことだったのか……」
翻訳家という仕事に就きながらも、シリルは千歳語には明るくない。
ルカの説明を聞き、やっと納得する。
ギーも古代語でヤドリギを意味するからだ。
「——やっぱり……、ナタナエルはバルトロメイか……」
面白くなさそうな顔をして、宿木はレネと一緒に行動する男の名を吐き捨てた。
言われてみれば、シリルがバルトロメイと一緒にいる時に、レネが『ナタナエル』とこちらに向かって呼びかけていた。
「レネ君も前世の記憶があるんですか?」
「いや……ところどころ意識は共有しているみたいだが、全部じゃないと思う。因みにあそこで喋ってたのはレナトスだ。レネの意識が不安定になると表に出て来るようだ」
シリルはルカの言葉に納得がいく。
宴の時のレネの様子が、前もって聞いていた人物像とかけ離れていたので、違和感を覚えていたのだ。
「だから、あんなに言葉遣いが違ったのですね。でも意外です。レナトス王がアッパド語で喋るなんて……」
レナトス王は、スタロヴェーキ王朝で使われていた古代語で喋るものとばかり思っていたので、あの場でレナトス王が喋っているとは微塵も思わなかった。
「レネの身体を使ってるから、自然とアッパド語になるんだろうな。俺も詳しいことはわからん」
ルカの言うように、きっとそういうことなのだろう。
いきなり古代語で喋りかけたとしても、すぐに受け答えできたのは、あの場ではシリルとルカしかいなかったのだし。
「まさか軍艦に乗る日が来るとは思ってもいませんでした」
夜が明ける前に宿木は宿を出て行き、シリルたちも船へと乗るために港へ向かったのだが、なんと……ドロステア王国の海軍にあたる水竜騎士団の軍旗が掲げてあるではないか。
「でもこれはただの輸送艇だ」
しかしそうは言っても、水竜騎士団所属には違いない。
竜騎士団と水竜騎士団は、ドロステアの中でも実戦部隊で、荒くれものたちが所属しているイメージがある。
東国の大戦で、隣国まで帝国軍が迫って来ていたドロステアと、西側から数合わせに戦力を送りつけたセキアとでは、騎士団(軍隊)の規模と実力が違った。
因みに騎乗しなくともドロステアでは自国軍である王国騎士団に所属する者を騎士と呼ぶ。
水竜騎士たちに無遠慮な視線を送られながら、シリルたちはタラップを渡り船内へと乗り込んだ。
ルカはなんてことない様子で出迎える艦長に身分証である『山猫』の記章を見せている。二言三言ことばを交わすと、艦長は若い騎士にルカたちを部屋に案内するよう命じた。
たったそれだけのやり取りなのに、ただ見ているだけでシリルはどっと背中に汗を掻く。
戦う男たちの集団は、シリルにとっては無縁の世界だ。そして隣にいるロメオにとっても。
狼の群れの中に入れられたウサギのように、二人は委縮しながらルカの背中を追うことしかできなかった。
なんだかとんでもない所に来てしまった。
ドロステアに入国したら、自分たちにどんな未来が待っているのだろうか……。
「——どうした? 二人とも顔色が悪いぞ?」
案内された部屋に入ると、シリルとロメオは腰が抜けたようにヘナヘナと寝台の上に座り込む。
ルカはそんな二人と対極に、近くにあった椅子を引き寄せいつも通り優雅に足を組んで座った。
「貴方はよく平気でいられますね」
「……マジで殺されるかと思った」
ロメオもぱたぱたと手の平で顔を仰ぎながら、涼しい顔をしているルカを見る。
「傭兵団だって似たようなもんだ」
「そうか……貴方は傭兵団の副団長でしたね……」
すっかり失念していたが、この男も荒くれものの集団に属しているし、勇猛果敢で知られたコジャーツカ族の出だった。
人を見かけだけで判断してはいけない。
「……あいつ等は気性が荒くて有名だ。一人で外を出歩くなよ。どこかに引き摺りこまれて犯されるぞ」
青茶の目を細め面白そうに嗤っているので、その言葉自体が冗談なのだと気付くが、一つ疑問に思っていたことを口に出す。
「もしかして……髭を剃らないのもそれと関係あるんですか?」
他の男たちと比べたら無いに等しいのだが、なんとなく気になっていた。
「けじめだけじめ。——昔だったら全部俺の獲物だったからな」
「……は?」
この男は、いま……なんと言った……?
「得物?」
ロメオが神妙な顔をしてルカに訊き返す。
「船の中はよりどりみどり、食い放題だってことだよ」
先ほど無遠慮な視線でシリルたちを見ていた男たちと同じ目をして、ルカはとんでもないことを言う。
もしかしたら、この中で一番恐ろしいのは目の前にいる男かもしれない……。
シリルは唖然とし、騎士たちに感じていた恐怖が一瞬でどこかへ吹っ飛んだ。
「——眠れないのか?」
何度目になるかわからない寝返りを打つと、横の寝台に転がるルカが声をかけてくる。
「わかっていたことなんですけど、なんだか気持ちが落ち着かなくて」
身体は疲れているはずなのに、これからのことや、気になることが沢山あってなかなか眠気がやってこない。
隣でぐうぐうと寝息を立てて眠れるロメオが羨ましい。
「そう言う時は開き直った方がいいぞ。付き合うから気になることがあれば話せよ」
「……じゃあ……レネ君の身体を借りてレナトス王が『血濡れの王冠を捨てろ』と言っていたことなんですが」
あんまり深刻な話をしても仕方がないので、ずっと気になっていた話題を持ち出す。
「確かに……そんなこと言っていたな」
火事と勘違いさせるために煙の出る装置を作動させながらも、ルカはちゃんとレナトス王が喋っていた内容も聴いていたらしい。
「レナトス王の壁画……あれを見てなにか不思議に感じることはありませんでした?」
「……王冠が黒く染まっていることか?」
やはりルカはシリルの期待通りの観察眼を持っていた。
「そうです。血濡れの王冠とは、レナトスの死の際に血で染まり黒く変色したのです。古文書にもそう書いてありました。……もしあの壁画が、レナトスの生前に描かれていたのなら、黒く変色しているのはおかしい」
「……確かにな。でも、もしかしたら王冠だけ後で黒く塗ったのかもしれない」
「しかし、レナトス王を描いたとしたら少し不思議な所がありませんか? 背景には日蝕、王冠と聖杯と五枝の燭台。まるでレナトス叙事詩の二十二歌の情景を描いているかのようです」
「なるほど、言われてみれば確かにおかしい。レナトス王は神に愛された存在だが、『契約者』ではない……。もし象徴的に描くのなら『復活の灯火』の紋章のように五指に五柱の力が宿っている方がわかり易い」
やっとこの話のできる人物が現れたと、シリルは嬉しくなる。
あの壁画を見たことのある者はごくわずかだし、神との契約を志すカムチヴォスに全ての情報を渡す気にはなれなかったのだ。
「……よかった。昼間はとんでもないことを言う貴方に呆れてしまいましが、どうやらこの話題では話が通じそうです」
「お前、いま遠回しに俺のこと馬鹿にしただろ」
片方の眉尻を上げてルカがシリルを睨みつけるが、昼間の様な周囲を威圧するような迫力はない。
不思議なことにこんな破天荒な男にも、思わずくすりと笑わせる可愛らしさがある。
「いいえ。そんなことないですよ。ただ住む世界が違うなって思っただけですから」
呆れたけれど馬鹿にはしてない。
「言っとくけどな、今は男漁りなんて一切やってないからな。……まあいい。気になるから話の続きを聞かせろよ」
意外なことだが、次を催促するほどルカはこの話に興味津々のようだ。
「私が思うにあの絵は、生前のレナトス王をモデルに、次の『契約者』であるレネ君を描いたのではないかと」
「……なるほど、レナトスの生前を知っている人間が、レナトス亡き後にあの絵を描いたと言いたいのか」
「そうです。あの絵は神との契約そのものを表している。山城が王朝時代に建てられたものだとして、壁画だけがレナトス王の死後に描かれたものではないのかと私は思ったんです」
さあ、これからが本題だ。
以前に一人だけ、このことを打ち明けた人物がいる。
聞き終わった後に、その赤毛の男はとんでもないことを言いだした。
ルカは一体なんと言うのだろうか?
「古文書によると神との契約を結ぶために、超合金でできた聖杯と王冠を神がレナートに授けました。五枝の燭台はレナートが自分で準備したそうです」
「聖杯も同じ素材でできているのか?——おい、お前……まさか……」
シリルが言わんとしていることがわかったのか、ルカは目を見開き動きを止めた。
「俺は本物の聖杯を見たけど……さすがに無理だろう……」
どうやらこの男も、レーリオを同じ考えにいきついたようだ。
それはそうだ。
ルカはレナトス叙事詩の唄い手で、何度もあの二十二歌を唄っているのだから。
「この話を以前レーリオにもしたのですが、彼もあなたと同じ反応でした。カムチヴォスは壁画の矛盾に気付かず、血を用いるのだと思ってますけどね……」
シリルはカムチヴォスに、嘘の情報を伝えていた。
だからカムチヴォスは、神々があの美しい容姿に執着する本当の意味を知らない。
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