菩提樹の猫

無一物

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14章 エミリエンヌ嬢を捜索せよ

15 アンドレイの成長

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「——駄目です。あなたにまでなにかあったらわたくしとお祖父様はどうしたらいいの? それにあなたはリンブルク伯爵からわたくしたちがお預かりしている大切な身なの。わかってちょうだい」

 アンドレイもレネたちの調査に行くと知ったペネロープが、孫の無謀な行動に待ったをかけた。
 レネはだいたいこうなることが予想できていたので、バルトロメイたちに目配せしてため息をついた。
 

「ですが、僕ができることもあります。僕独自の交友関係もありますし、エミリエンヌの従妹だから気安く話してくれる情報もあるはずです。貴族相手に得体のしれない者がとつぜん話を訊きに行くよりも心を許すはずです」

 アンドレイは公爵家が雇ったという調査の専門家のことを言っているのだろう。
 
「あなたの気持ちもわかるわ。わたくしだってエミリエンヌのためにできる限りのことをしてあげたいもの」

 ペネロープもどこか疲れ切った顔をしてアンドレイを見上げる。
 この時ばかりは、美容に気を使い若さを保っているであろうその顔に、実年齢が現れていた。

「では、僕にも手伝わせてください」
 
「デニスは実力を伴った信頼できる騎士です。でも彼一人だけじゃ心許ないわ。うちの護衛たちは公爵と伯爵に全てつけているから、あなたにつけてあげることができないの。だから今は大人しく屋敷にいてちょうだい」

 レネたちはペネロープに自分たちは護衛専門の傭兵だと説明している。
 それなのに完全に無視されて、うちの護衛をつけられないから心配だと言われたら腹が立つ。

(クソババァめ……ムカつく……)

 しかしペネロープの表情を見ていると、アンドレイのことを本気で心配している様子だ。
 やはりこんなクソババァでも自分の孫は可愛いのだ。
 

「お祖母様、レネたちはプロの護衛です」

「いくらプロといっても、我が公爵家が雇っている精鋭揃いの護衛たちとは比べられません。レネさんたちも鍛練場でうちの護衛たちとお会いになったでしょう?」

 やはりこの女が護衛たちを差し向けたのだとレネは確信する。
 
「今朝、公爵家の護衛たちの中で一番腕の立つ男と手合わせをしてレネは勝ちました。見学者もたくさんいたので証明してくれる者も他にいるでしょう」

「なんですって……」

 驚いたように目を見開く。
 護衛たちを差し向けた本人は、まさかレネが勝つとは思ってもいなかったのだろう。
 もしかしたら……不都合な事実を、誰も公爵夫人に伝えなかったのかもしれない。
 

「リーパ護衛団は護衛専門の傭兵団で精鋭ぞろいとしてドロステアでは有名です。その中でもレネたち三人は最上級の護衛として位置づけられてます。——ところでお祖母様、護衛たちを一日幾らで雇っていますか?」

 グリシーヌ領に帰れば自前の騎士団がいるが、王の許可がないと、貴族たちは自分たちの騎士団を王都に連れて来ることができない。
 なので屋敷の警備は、王国騎士団から騎士を派遣してもらうか、金を出して人を雇うしかない。

 屋敷の中まで国に探られたくはないので、多くの貴族が護衛を金で雇っていた。
 レロはドロステアと少し事情が違って、リーパのような護衛専門の傭兵団があるわけではない。
 国が運営する護衛の登録所があり、貴族たちはそこに登録している者から護衛を選ぶのだ。
 

「こんなところでお金の話なんて下品だからやめてちょうだい」
 
「しかし、お祖母様はレネたちを金で雇う傭兵としてしか見てくれません。だったらわかりやすく彼らの価値を数字で表して見せるしかない」

(またアンドレイがリンブルク伯爵みたいになってる)

 これは誉め言葉だ。
 いつの間にこんなに頼もしい青年になったのか……レネのペネロープに対する不満を代弁してくれているようだった。

 本当は友人としてレネたちを扱ってほしかったのだろうアンドレイは、茶色い瞳にどこか哀しい色を浮かべている。
 

 しかし……レネの心は期待に震えていた。
 
 今からアンドレイの口から出るであろう数字は、傭兵としての自分の価値だ。
 どんな説明をするよりも一番手っ取り早く、シンプルな数字。
 血と汗を流し積み上げてきたものが、誰にでもわかる形で表されている。

 
「リンブルク伯爵がレネを雇うために払った金額は15万ペリアです」

「それは何日で?」

「一日あたりの金額です。一月で450万ペリア」

 ペネロープは目を瞠る。
 予想していた金額よりも高かったのだろう。

「お祖母様もご存じの事件だと思いますが、僕は無人島でヴルビツキー男爵がけしかけた山賊たちに襲撃されました。僕が無傷で生還できたのは、他に助けがやってくるまで、何十人と襲ってくる山賊たちにレネが一人で立ち向かってくれたからです」

「…………」

 アンドレイは最初にレネを紹介するときに、ちゃんとそのことを口にしていた。
 しかしペネロープの驚きようだと、実際の出来事と結びついていなかったようだ。
 
「またお金の話ばかりして申し訳ありませんが、全てが終わってから報奨として550万ペリアこちらから追加させてもらいました。そんなお金は要らないと、最初はリーパ護衛団の団長さんから断られましたが父が強引にお金を置いてきたのです。それが護衛としてのレネの価値です」

 
 アンドレイはきっぱりと言い切った。
 この時ほど、アンドレイが頼もしく見えたことはない。
 一見して評価され辛いレネという人間の価値を、最もわかりやすい形で表現してくれた。
 
 あの頼りなかった少年が、未来のリンブルク伯爵としての片鱗を覗かせるほどの成長を遂げていることに、レネは喜びを感じていた。

 
「デニスが手合わせをして確認済みですが、あとの二人もレネと同等の剣の腕を持っています。これでも護衛としてなにか不足がありますか?」

 畳みかけるように、アンドレイは祖母への追撃を続けた。
 
「——わかりました。いいでしょう。でも万が一のこともあるから十分気を付けるのですよ」

「ありがとうございます。移動は全て馬車にしますし、危険なところには近付きません。僕の行き先は全て事前に知らせておきます」


 
 こうしてアンドレイは、心配する祖母から行動の自由を勝ち取った。
 そのまま外出するために玄関へ向かいながら、レネはアンドレイに礼を言う。

「——公爵夫人にちゃんと説明してくれてありがとう」

 自分の傭兵としての価値を、ここまできっちりと簡潔に説明されたのは初めてで、レネはとても嬉しかった。


 だがレネをまっすぐに見つめてきた瞳は、悔し気に細められていた。

「僕はお祖母様に、君を護衛としての価値でしか説明できなかった……君の勇気ある行動を全部お金に換算したみたいに言ってしまって……」

「アンドレイ……」

 意外な言葉に、レネはぽかんと口を開ける。


「う~~~レネの本当の素晴らしさをお祖母様に伝えられなかったのが凄く悔しいっ!」


「アンドレイ、心配しないでよ。オレはとっても嬉しいし。価値を数字で表すと、感情抜きで誰にでも理解できるからね。やっぱりアンドレイは人を説得するのが上手いなぁ」

 これがレネの正直な気持ちだ。

 アンドレイが動いてくれるのならレネたちの訊きこみの範囲も広まり、三人で動くよりもエミリエンヌ嬢に近づけるだろう。
 公爵夫人からも許可が下りたので、これでやっと動くことができる。
 
 


 
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