597 / 663
14章 エミリエンヌ嬢を捜索せよ
15 アンドレイの成長
しおりを挟む「——駄目です。あなたにまでなにかあったらわたくしとお祖父様はどうしたらいいの? それにあなたはリンブルク伯爵からわたくしたちがお預かりしている大切な身なの。わかってちょうだい」
アンドレイもレネたちの調査に行くと知ったペネロープが、孫の無謀な行動に待ったをかけた。
レネはだいたいこうなることが予想できていたので、バルトロメイたちに目配せしてため息をついた。
「ですが、僕ができることもあります。僕独自の交友関係もありますし、エミリエンヌの従妹だから気安く話してくれる情報もあるはずです。貴族相手に得体のしれない者がとつぜん話を訊きに行くよりも心を許すはずです」
アンドレイは公爵家が雇ったという調査の専門家のことを言っているのだろう。
「あなたの気持ちもわかるわ。わたくしだってエミリエンヌのためにできる限りのことをしてあげたいもの」
ペネロープもどこか疲れ切った顔をしてアンドレイを見上げる。
この時ばかりは、美容に気を使い若さを保っているであろうその顔に、実年齢が現れていた。
「では、僕にも手伝わせてください」
「デニスは実力を伴った信頼できる騎士です。でも彼一人だけじゃ心許ないわ。うちの護衛たちは公爵と伯爵に全てつけているから、あなたにつけてあげることができないの。だから今は大人しく屋敷にいてちょうだい」
レネたちはペネロープに自分たちは護衛専門の傭兵だと説明している。
それなのに完全に無視されて、うちの護衛をつけられないから心配だと言われたら腹が立つ。
(クソババァめ……ムカつく……)
しかしペネロープの表情を見ていると、アンドレイのことを本気で心配している様子だ。
やはりこんなクソババァでも自分の孫は可愛いのだ。
「お祖母様、レネたちはプロの護衛です」
「いくらプロといっても、我が公爵家が雇っている精鋭揃いの護衛たちとは比べられません。レネさんたちも鍛練場でうちの護衛たちとお会いになったでしょう?」
やはりこの女が護衛たちを差し向けたのだとレネは確信する。
「今朝、公爵家の護衛たちの中で一番腕の立つ男と手合わせをしてレネは勝ちました。見学者もたくさんいたので証明してくれる者も他にいるでしょう」
「なんですって……」
驚いたように目を見開く。
護衛たちを差し向けた本人は、まさかレネが勝つとは思ってもいなかったのだろう。
もしかしたら……不都合な事実を、誰も公爵夫人に伝えなかったのかもしれない。
「リーパ護衛団は護衛専門の傭兵団で精鋭ぞろいとしてドロステアでは有名です。その中でもレネたち三人は最上級の護衛として位置づけられてます。——ところでお祖母様、護衛たちを一日幾らで雇っていますか?」
グリシーヌ領に帰れば自前の騎士団がいるが、王の許可がないと、貴族たちは自分たちの騎士団を王都に連れて来ることができない。
なので屋敷の警備は、王国騎士団から騎士を派遣してもらうか、金を出して人を雇うしかない。
屋敷の中まで国に探られたくはないので、多くの貴族が護衛を金で雇っていた。
レロはドロステアと少し事情が違って、リーパのような護衛専門の傭兵団があるわけではない。
国が運営する護衛の登録所があり、貴族たちはそこに登録している者から護衛を選ぶのだ。
「こんなところでお金の話なんて下品だからやめてちょうだい」
「しかし、お祖母様はレネたちを金で雇う傭兵としてしか見てくれません。だったらわかりやすく彼らの価値を数字で表して見せるしかない」
(またアンドレイがリンブルク伯爵みたいになってる)
これは誉め言葉だ。
いつの間にこんなに頼もしい青年になったのか……レネのペネロープに対する不満を代弁してくれているようだった。
本当は友人としてレネたちを扱ってほしかったのだろうアンドレイは、茶色い瞳にどこか哀しい色を浮かべている。
しかし……レネの心は期待に震えていた。
今からアンドレイの口から出るであろう数字は、傭兵としての自分の価値だ。
どんな説明をするよりも一番手っ取り早く、シンプルな数字。
血と汗を流し積み上げてきたものが、誰にでもわかる形で表されている。
「リンブルク伯爵がレネを雇うために払った金額は15万ペリアです」
「それは何日で?」
「一日あたりの金額です。一月で450万ペリア」
ペネロープは目を瞠る。
予想していた金額よりも高かったのだろう。
「お祖母様もご存じの事件だと思いますが、僕は無人島でヴルビツキー男爵がけしかけた山賊たちに襲撃されました。僕が無傷で生還できたのは、他に助けがやってくるまで、何十人と襲ってくる山賊たちにレネが一人で立ち向かってくれたからです」
「…………」
アンドレイは最初にレネを紹介するときに、ちゃんとそのことを口にしていた。
しかしペネロープの驚きようだと、実際の出来事と結びついていなかったようだ。
「またお金の話ばかりして申し訳ありませんが、全てが終わってから報奨として550万ペリアこちらから追加させてもらいました。そんなお金は要らないと、最初はリーパ護衛団の団長さんから断られましたが父が強引にお金を置いてきたのです。それが護衛としてのレネの価値です」
アンドレイはきっぱりと言い切った。
この時ほど、アンドレイが頼もしく見えたことはない。
一見して評価され辛いレネという人間の価値を、最もわかりやすい形で表現してくれた。
あの頼りなかった少年が、未来のリンブルク伯爵としての片鱗を覗かせるほどの成長を遂げていることに、レネは喜びを感じていた。
「デニスが手合わせをして確認済みですが、あとの二人もレネと同等の剣の腕を持っています。これでも護衛としてなにか不足がありますか?」
畳みかけるように、アンドレイは祖母への追撃を続けた。
「——わかりました。いいでしょう。でも万が一のこともあるから十分気を付けるのですよ」
「ありがとうございます。移動は全て馬車にしますし、危険なところには近付きません。僕の行き先は全て事前に知らせておきます」
こうしてアンドレイは、心配する祖母から行動の自由を勝ち取った。
そのまま外出するために玄関へ向かいながら、レネはアンドレイに礼を言う。
「——公爵夫人にちゃんと説明してくれてありがとう」
自分の傭兵としての価値を、ここまできっちりと簡潔に説明されたのは初めてで、レネはとても嬉しかった。
だがレネをまっすぐに見つめてきた瞳は、悔し気に細められていた。
「僕はお祖母様に、君を護衛としての価値でしか説明できなかった……君の勇気ある行動を全部お金に換算したみたいに言ってしまって……」
「アンドレイ……」
意外な言葉に、レネはぽかんと口を開ける。
「う~~~レネの本当の素晴らしさをお祖母様に伝えられなかったのが凄く悔しいっ!」
「アンドレイ、心配しないでよ。オレはとっても嬉しいし。価値を数字で表すと、感情抜きで誰にでも理解できるからね。やっぱりアンドレイは人を説得するのが上手いなぁ」
これがレネの正直な気持ちだ。
アンドレイが動いてくれるのならレネたちの訊きこみの範囲も広まり、三人で動くよりもエミリエンヌ嬢に近づけるだろう。
公爵夫人からも許可が下りたので、これでやっと動くことができる。
52
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
望まれなかった代役婚ですが、投資で村を救っていたら旦那様に溺愛されました。
ivy
BL
⭐︎毎朝更新⭐︎
兄の身代わりで望まれぬ結婚を押しつけられたライネル。
冷たく「帰れ」と言われても、帰る家なんてない!
仕方なく寂れた村をもらい受け、前世の記憶を活かして“投資”で村おこしに挑戦することに。
宝石をぽりぽり食べるマスコット少年や、クセの強い職人たちに囲まれて、にぎやかな日々が始まる。
一方、彼を追い出したはずの旦那様は、いつの間にかライネルのがんばりに心を奪われていき──?
「村おこしと恋愛、どっちも想定外!?」
コミカルだけど甘い、投資×BLラブコメディ。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる