菩提樹の猫

無一物

文字の大きさ
629 / 663
15章 業深き運命の輪は回る

15 静かなる怒り

しおりを挟む


 ゼラは元々この船の中で、『復活の灯火』のメンバーを一人で始末する予定だった。
 神との契約は兄が思っているように都合のいい話では終わらない。
 魔法の復活は、剣の時代の終焉だ。
 価値観が全てひっくり返り、バルナバーシュが守って来たリーパまでも影響が及んでくるだろう。
 
 モーレ族は海の上での掟がある。
 船の上の争いごとは当事者同士で解決し、第三者は常に中立の態度をとる。
 
 アユタヤはゼラがまだ少年の頃から『海賊狩り』と称して、海のならず者たちに勝負を挑んでいた時からの付き合いだ。
 だからゼラの行うことに手を貸さないが、この船で見たことは口外しない。
 ずっと監視役としてついてきていた兄の使いの者が、同行していないこの時がチャンスだった。


 
 ゼラは動けないレネを背に庇い、ジャロックと対峙する。
 右手には、長躯に見合った大ぶりの愛剣を持っていた。

 リーパに入団するまでは、ゼラは南国大陸で最も使われているシャムシールを愛用していた。コジャーツカの剣とも似た、弧を描く片刃の片手剣だ。
 
 しかしバルナバーシュから、その長躯なら両手剣を扱えるようになった方が有利だと使い方を仕込まれ、今では故郷の剣よりも西国の剣の方がしっくりと手になじむ。
 
 まだ片手剣を使っていた頃の名残があるので、ゼラは時に片手で両手剣を扱う。
 俗にバスタードソードと呼ばれるゼラの剣は、片手剣としては非常に重い大型の剣で、扱うには長躯で強靭な身体を必要とする。

 
 ゼラは、同じ身長の非戦闘員であるボリスよりも僅かに軽い。
 それでもゼラが難なく重量のある長剣を片手で扱えるのは、鍛え上げられたしなやかな筋肉のお陰だ。
 こうして上半身裸になっていればよくわかる。
 南国人独特の長い手足に無駄のない筋肉を備えた様は、まるで黒豹だ。


「元王子だとばかり思ってたら、まさかの同業者とは……それにしても、あんた唯者じゃねえな」

 ジャロックが期待を込めた視線をゼラに送る。
 この男は、強い相手と闘うことを何よりの喜びとする人種のようだ。

 ゼラも過去に色々な場所を渡り歩いたが、自ら望んで剣を持つことを生業にした人間はジャロックみたいな男が一定数いることを知っている。
 
 外見だけでは気付かないだろうが、後ろで戸惑いながらこの戦いを見ているレネも同じだ。
 レネも強い相手と対峙するだけで、獣の血が騒ぎだす。

 ゼラにも当然その血は流れているはずなのだが、愛する者の仇を打った以降は、身体に流れる赤い血が、溶岩のように燃え滾ることはなくなった。
 
 
 しかし今……ゼラの中で再びその血が熱く燃え滾っていた。

 
 ゼラはバルトロメイのように、全ての危険からレネを遠ざけようとは思わない。
 レネも男だ。
 他の男たちと同じようにふるまって、それによって降りかかってくる火の粉があれば、レネが自分で振り払えばいいじゃないかと思う。
 
 レネにはその強さがあった。

 しかし今は状況が違った。
 あの島での記憶をレネは引きずり、今でもその呪縛から抜けきれていない。
 それどころか、レーリオたちは新たに傷を作り、レネを亡き者にしようとしていた。

 全てをはぎ取られてもレネは諦めずに戦い、自由を勝ち得るため最後に選んだのは、自らの命をその手で終わらせることだった。


 その時、ゼラの中で何かが弾けた。
 
 レネが神との復活を阻止するために死を選んだことが、ゼラの身体の中に眠っていた熱い血を沸かす。

 
 この怒りはレネを追い詰めた『復活の灯火』に対してなのか、敵の目をごまかすためにレネへの行為を放置していた自分に対してなのか、それとも……死を選んだレネに対してなのか。
 

 いや、全てに対してだろう。


 ゼラは現実に立ち戻り、目の前の男を観察する。
 ロングソードを持つ男はがっしりとした体躯を持ち、多くの戦いを生き延びてきたと思わせる面構えをしていた。

 間違いなく、この船に乗り込んで来ている連中の中でジャロックが一番強い。
 レネとの戦いを後ろから見ていたが、重い剣を扱う割には動きが素早い。
 
 互いに一気に攻撃を仕掛け、つばぜり合いから刃同士を絡め合い、身体が近付いたところでゼラが相手の腹に蹴りを入れる。
 手足が長い分、こうして肉弾戦を交えての攻撃はゼラが有利だ。

 ジャロックは上手く受け身をとり膝を突いて前を向くと、すぐにそのまま剣を突き出してこれ以上ゼラが近付かないよう牽制する。
 その間に立ち上がり、再び互いに向き合った。

 上から振りかざした攻撃を剣で受け止め、暫くそのままの状態で力比べをした後に、相手の隙をついて剣を引いて、その態勢を崩したところで再び攻撃を仕掛ける。

 ロングソード同士の戦いは、剣同士を絡めながら、どちらが剣先を相手に近付け傷つけることができるかの攻防戦だ。
 互いの身体からは避けきれなかった攻撃により、血が滲んでいる。
 
 
「あんた、やるじゃねえか。久しぶりに血が滾るぜ」

 額に流れる血をぬぐいながら、ジャロックがニヤリと嗤う。
 
 
 ちょうどゼラも同じことを思っていた。
 実戦ではなかなか巡り合えない強者つわものだ。

 ゼラの中の獣の血がザワザワと騒いでいる。
 寒空のなか一気に体温が上昇し、裸の上半身から湯気が立ち上っていた。
 
 同じ戦い方では埒が明かない。
 ゼラは斬り込みざまに振り返り、片手に持ち替えて変化をつけることにした。

 片手剣の長所は、剣先と視線が同じ方向を見ないですむので視界が広くなり、片方の手も空くのでやれることが増える。
 脳が瞬時に情報を処理し、思った通りに身体を動かすことができれば、攻撃のバリエーションが一気に増える。
 
 特に物がゴチャゴチャと置いてある甲板の上は足をとられやすい。
 しかしモーレ族出身のゼラは、船の上での戦いに慣れている。
 
 ゼラが樽の上に飛び乗っただけで、ジャロックは樽が邪魔をし上下からの斬撃を封じられる。
 真横からの薙ぎか、突きしかできない。
 その攻撃をよけるのも、樽の高さの分だけ飛び上がる必要がない。
 
「死ねっ!」
 
 槍のような強烈な突きを、ゼラは樽を蹴ってジャロックの身体を跳び越えて躱した。
 そのまま背後に着地し、背中同士と向き合わせる形から、素早くジャロックの方へと身体を捻り薙ぎの攻撃を入れる。
 しかしジャロックもその動きを読んでおり、ゼラとほぼ同時に後ろを振り返り、剣で攻撃を防いだ。
 
 互いに譲らぬ攻防戦に、見学者たちも息を飲んでその状況を見守った。
 だが大人しく指を咥えて見ている者だけではない。
 物陰からギリギリと弓を引き、ゼラを背後から狙っている男がいた。

「ゼラッ、後ろ」

 レネがその存在を知らせると同時に矢が放たれ、剣で叩き落とすことには成功するが、その隙をジャロックは見逃さなかった。

 身体を捻って背後の矢を落としたゼラの脇腹を、ジャロックが斬りつける。

「ぐぅっ……」

 幸い致命傷になるほどの傷ではないが、甲板の上に血が飛び散る。
 
 戦闘中に負う怪我は、痛みではなく熱いとしか感じない。
 それどころか真っ赤な自分の血を見て、余計に闘志に燃える。
 
 
 自分が負けたら、レネは抹殺される。
 この世からレネがいなくなるなどあってはならない。

 
「ぐおおおおおっっっ……」

 ゼラは叫び声を上げながら、目の前の敵に渾身の力で突撃をかける。
 
 
『一撃食らった時はチャンスだ。相手は攻撃を決めたあと一番隙ができる。どうせ勝てなかったら死ぬ。多少無理をしてでも痛がる前にすぐに反撃しろ』
 
 バルナバーシュがそう言って、一番最初にゼラへ教えた両手剣の技だ。
 突きの攻撃は予備動作も少なく一番素早く相手を攻撃でき、かつ致命傷を与えることができる。
 
 バルナバーシュの教え通り、先ほどの攻撃が決まったことでジャロックは少し反応が遅れた。

 
「——がっ……」
 
 ゼラの剣がジャロックの胸を刺し貫くと、口から大量の血を吐き出し、剣を抜くと同時に前へと倒れた。

 
 まだまだ一人を倒しただけだ。
 
 ゼラは構えを崩さないまま、絶命したジャロックの剣を取り上げ、後ろにいるレネへと投げると後ろを振り返らないまま前へと進む。
 
 ジャロックが死んだことで、他のメンバーたちは逃げ始めたが、気骨のある男たちは何名かゼラに剣を構え向かって来た。
 だがゼラにとっては相手にもならない。
 あっという間に死体の山を築く。
 
 
 そんな中、傷はふさがったものの失血でまだ思うように動けないレーリオが、ゼラに剣を向ける。その背中に隠れるようにカムチヴォスがいた。

 船の中に逃げられないよう、船員たちが船尾楼の扉を塞いでいたのだ。
 直接戦いに手を貸すことはないが、こういったことをしれっとする。

 
「——お前らの相手は俺じゃない」

 そう告げてゼラが後ろを振り返ると、レネが剣を持って立ち上がっていた。
 



しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

僕の目があなたを遠ざけてしまった

紫野楓
BL
 受験に失敗して「一番バカの一高校」に入学した佐藤二葉。  人と目が合わせられず、元来病弱で体調は気持ちに振り回されがち。自分に後ろめたさを感じていて、人付き合いを避けるために前髪で目を覆って過ごしていた。医者になるのが夢で、熱心に勉強しているせいで周囲から「ガリ勉メデューサ」とからかわれ、いじめられている。  しかし、別クラスの同級生の北見耀士に「勉強を教えてほしい」と懇願される。彼は高校球児で、期末考査の成績次第で部活動停止になるという。  二葉は耀士の甲子園に行きたいという熱い夢を知って……? ______ BOOTHにて同人誌を頒布しています。(下記) https://shinokaede.booth.pm/items/7444815 その後の短編を収録しています。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです ※Rシーンを追加した加筆修正版をムーンライトノベルズに掲載しています。

【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)
BL
 双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。  同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。  ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。  兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。  すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。 第1回青春BLカップ参加作品です。 1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。 2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

【本編完結済】神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結 ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。 死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが 神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。 戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。 王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。 ※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。 描写はキスまでの全年齢BL

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

処理中です...