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15章 業深き運命の輪は回る
15 静かなる怒り
しおりを挟むゼラは元々この船の中で、『復活の灯火』のメンバーを一人で始末する予定だった。
神との契約は兄が思っているように都合のいい話では終わらない。
魔法の復活は、剣の時代の終焉だ。
価値観が全てひっくり返り、バルナバーシュが守って来たリーパまでも影響が及んでくるだろう。
モーレ族は海の上での掟がある。
船の上の争いごとは当事者同士で解決し、第三者は常に中立の態度をとる。
アユタヤはゼラがまだ少年の頃から『海賊狩り』と称して、海のならず者たちに勝負を挑んでいた時からの付き合いだ。
だからゼラの行うことに手を貸さないが、この船で見たことは口外しない。
ずっと監視役としてついてきていた兄の使いの者が、同行していないこの時がチャンスだった。
ゼラは動けないレネを背に庇い、ジャロックと対峙する。
右手には、長躯に見合った大ぶりの愛剣を持っていた。
リーパに入団するまでは、ゼラは南国大陸で最も使われているシャムシールを愛用していた。コジャーツカの剣とも似た、弧を描く片刃の片手剣だ。
しかしバルナバーシュから、その長躯なら両手剣を扱えるようになった方が有利だと使い方を仕込まれ、今では故郷の剣よりも西国の剣の方がしっくりと手になじむ。
まだ片手剣を使っていた頃の名残があるので、ゼラは時に片手で両手剣を扱う。
俗にバスタードソードと呼ばれるゼラの剣は、片手剣としては非常に重い大型の剣で、扱うには長躯で強靭な身体を必要とする。
ゼラは、同じ身長の非戦闘員であるボリスよりも僅かに軽い。
それでもゼラが難なく重量のある長剣を片手で扱えるのは、鍛え上げられたしなやかな筋肉のお陰だ。
こうして上半身裸になっていればよくわかる。
南国人独特の長い手足に無駄のない筋肉を備えた様は、まるで黒豹だ。
「元王子だとばかり思ってたら、まさかの同業者とは……それにしても、あんた唯者じゃねえな」
ジャロックが期待を込めた視線をゼラに送る。
この男は、強い相手と闘うことを何よりの喜びとする人種のようだ。
ゼラも過去に色々な場所を渡り歩いたが、自ら望んで剣を持つことを生業にした人間はジャロックみたいな男が一定数いることを知っている。
外見だけでは気付かないだろうが、後ろで戸惑いながらこの戦いを見ているレネも同じだ。
レネも強い相手と対峙するだけで、獣の血が騒ぎだす。
ゼラにも当然その血は流れているはずなのだが、愛する者の仇を打った以降は、身体に流れる赤い血が、溶岩のように燃え滾ることはなくなった。
しかし今……ゼラの中で再びその血が熱く燃え滾っていた。
ゼラはバルトロメイのように、全ての危険からレネを遠ざけようとは思わない。
レネも男だ。
他の男たちと同じようにふるまって、それによって降りかかってくる火の粉があれば、レネが自分で振り払えばいいじゃないかと思う。
レネにはその強さがあった。
しかし今は状況が違った。
あの島での記憶をレネは引きずり、今でもその呪縛から抜けきれていない。
それどころか、レーリオたちは新たに傷を作り、レネを亡き者にしようとしていた。
全てをはぎ取られてもレネは諦めずに戦い、自由を勝ち得るため最後に選んだのは、自らの命をその手で終わらせることだった。
その時、ゼラの中で何かが弾けた。
レネが神との復活を阻止するために死を選んだことが、ゼラの身体の中に眠っていた熱い血を沸かす。
この怒りはレネを追い詰めた『復活の灯火』に対してなのか、敵の目をごまかすためにレネへの行為を放置していた自分に対してなのか、それとも……死を選んだレネに対してなのか。
いや、全てに対してだろう。
ゼラは現実に立ち戻り、目の前の男を観察する。
ロングソードを持つ男はがっしりとした体躯を持ち、多くの戦いを生き延びてきたと思わせる面構えをしていた。
間違いなく、この船に乗り込んで来ている連中の中でジャロックが一番強い。
レネとの戦いを後ろから見ていたが、重い剣を扱う割には動きが素早い。
互いに一気に攻撃を仕掛け、つばぜり合いから刃同士を絡め合い、身体が近付いたところでゼラが相手の腹に蹴りを入れる。
手足が長い分、こうして肉弾戦を交えての攻撃はゼラが有利だ。
ジャロックは上手く受け身をとり膝を突いて前を向くと、すぐにそのまま剣を突き出してこれ以上ゼラが近付かないよう牽制する。
その間に立ち上がり、再び互いに向き合った。
上から振りかざした攻撃を剣で受け止め、暫くそのままの状態で力比べをした後に、相手の隙をついて剣を引いて、その態勢を崩したところで再び攻撃を仕掛ける。
ロングソード同士の戦いは、剣同士を絡めながら、どちらが剣先を相手に近付け傷つけることができるかの攻防戦だ。
互いの身体からは避けきれなかった攻撃により、血が滲んでいる。
「あんた、やるじゃねえか。久しぶりに血が滾るぜ」
額に流れる血をぬぐいながら、ジャロックがニヤリと嗤う。
ちょうどゼラも同じことを思っていた。
実戦ではなかなか巡り合えない強者だ。
ゼラの中の獣の血がザワザワと騒いでいる。
寒空のなか一気に体温が上昇し、裸の上半身から湯気が立ち上っていた。
同じ戦い方では埒が明かない。
ゼラは斬り込みざまに振り返り、片手に持ち替えて変化をつけることにした。
片手剣の長所は、剣先と視線が同じ方向を見ないですむので視界が広くなり、片方の手も空くのでやれることが増える。
脳が瞬時に情報を処理し、思った通りに身体を動かすことができれば、攻撃のバリエーションが一気に増える。
特に物がゴチャゴチャと置いてある甲板の上は足をとられやすい。
しかしモーレ族出身のゼラは、船の上での戦いに慣れている。
ゼラが樽の上に飛び乗っただけで、ジャロックは樽が邪魔をし上下からの斬撃を封じられる。
真横からの薙ぎか、突きしかできない。
その攻撃をよけるのも、樽の高さの分だけ飛び上がる必要がない。
「死ねっ!」
槍のような強烈な突きを、ゼラは樽を蹴ってジャロックの身体を跳び越えて躱した。
そのまま背後に着地し、背中同士と向き合わせる形から、素早くジャロックの方へと身体を捻り薙ぎの攻撃を入れる。
しかしジャロックもその動きを読んでおり、ゼラとほぼ同時に後ろを振り返り、剣で攻撃を防いだ。
互いに譲らぬ攻防戦に、見学者たちも息を飲んでその状況を見守った。
だが大人しく指を咥えて見ている者だけではない。
物陰からギリギリと弓を引き、ゼラを背後から狙っている男がいた。
「ゼラッ、後ろ」
レネがその存在を知らせると同時に矢が放たれ、剣で叩き落とすことには成功するが、その隙をジャロックは見逃さなかった。
身体を捻って背後の矢を落としたゼラの脇腹を、ジャロックが斬りつける。
「ぐぅっ……」
幸い致命傷になるほどの傷ではないが、甲板の上に血が飛び散る。
戦闘中に負う怪我は、痛みではなく熱いとしか感じない。
それどころか真っ赤な自分の血を見て、余計に闘志に燃える。
自分が負けたら、レネは抹殺される。
この世からレネがいなくなるなどあってはならない。
「ぐおおおおおっっっ……」
ゼラは叫び声を上げながら、目の前の敵に渾身の力で突撃をかける。
『一撃食らった時はチャンスだ。相手は攻撃を決めたあと一番隙ができる。どうせ勝てなかったら死ぬ。多少無理をしてでも痛がる前にすぐに反撃しろ』
バルナバーシュがそう言って、一番最初にゼラへ教えた両手剣の技だ。
突きの攻撃は予備動作も少なく一番素早く相手を攻撃でき、かつ致命傷を与えることができる。
バルナバーシュの教え通り、先ほどの攻撃が決まったことでジャロックは少し反応が遅れた。
「——がっ……」
ゼラの剣がジャロックの胸を刺し貫くと、口から大量の血を吐き出し、剣を抜くと同時に前へと倒れた。
まだまだ一人を倒しただけだ。
ゼラは構えを崩さないまま、絶命したジャロックの剣を取り上げ、後ろにいるレネへと投げると後ろを振り返らないまま前へと進む。
ジャロックが死んだことで、他のメンバーたちは逃げ始めたが、気骨のある男たちは何名かゼラに剣を構え向かって来た。
だがゼラにとっては相手にもならない。
あっという間に死体の山を築く。
そんな中、傷はふさがったものの失血でまだ思うように動けないレーリオが、ゼラに剣を向ける。その背中に隠れるようにカムチヴォスがいた。
船の中に逃げられないよう、船員たちが船尾楼の扉を塞いでいたのだ。
直接戦いに手を貸すことはないが、こういったことをしれっとする。
「——お前らの相手は俺じゃない」
そう告げてゼラが後ろを振り返ると、レネが剣を持って立ち上がっていた。
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