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ハイ【承】りました、とはなかなかならない

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 懐かしさのある校舎を眺めつつ第2体育館へ向かう。
 部活の練習と学校祭準備が入り交じる、この時期特有の空気感。少しだけ気分が高揚してくる。
 ――少しだけ、あくまでも少しだけだ。

「久々に見たけど相変わらずボロいな、この時期の2体は」

 この時期の我が校は校舎建て替えの過渡期かときで、新校舎と旧校舎を併用していた。
 その中でも指折りのオンボロさを誇る第2体育館は、この後1年後に新しい体育館に建て替えられるのが決まっている。つまり、『オンボロさの極み』みたいなタイミングだった。

「で? ステージ右脇の倉庫……?」

 とくに何もおかしなことは無さそうだが、とりあえず行ってみよう。

 バスケットボール部の練習を縫うようにして進む。懐かしい顔も見える。
 高校卒業後こそあまり連絡は取れていないが、この時期は結構よく話していたクラスメイトの姿もあった。やたらとハイテンションに手を振ってくるもんだから、俺もサムズアップで反応してやる。この当時の俺なら、そんなことしただろうか。やっぱり俺自身、久しぶりの高校の学校祭ということで、ちょっとだけテンションが上がっているのかもしれない。

 ただ、そこまでは全然構わなかったのだが、通り過ぎるときにそいつがやたらと早いパスをぶん投げてきたものだから焦る。

「へい!」

「へい! ……じゃねえよバカ」

 そのままパスを投げ返すと、それを受け取った友人はそのまま流れでレイアップシュートをバッチリと決める。
 ――練習に俺を巻き込んでんじゃねえ。

 そんなくだらないやり合いをしながら、体育館倉庫の中に入る。
 薄暗い。とにかく薄暗い。
 一応採光用の窓はあるらしいが、校舎建て替えの資材やらなんやらが置かれていてそのせいで暗いらしい。

「電気は……どこだ?」

 わからん。何も見えん。
 たしかこの端あたりにスイッチがあったような記憶は残っているのだが、如何いかんせん8年も前の、大した回数も入ったことがない体育館倉庫の構造なんてうろ覚えだ。

「めんどくさいし、これでイイか」

 諦めてポケットからスマホを取り出して、カメラ用のLEDライトを起動する。
 チンケな倉庫の電球よりは、恐らくこっちの方が明るいはずだ。

「……うーわ」

 雑然。
 この一言に尽きる。

 本当にひどい。ゴミ屋敷――とは言わない。
 さすがに体育の授業とかで使うモノだから、ゴミではない。一応。

 ただ、それにしても置き方がひどい。
 男子の運動部の部室と大差無いレベルだ。何かの衝撃で――それこそ不意に何かにぶつかったら一気に雪崩が起きてしまいそうな気しかしない。
 器械体操とかで使ったはずのマットなんか、もう少し下の方から綺麗に積めばいいのに、適当に並べるもんだからピサの斜塔みたいになっている始末。

「ああ、そういえば……」

 思い出すことがひとつあった。

 本当の、俺が最初に見てきた8年前の7月9日――細かい日時は覚えていなかったがたぶんこの日だったのだろう。
 学校祭準備をしていた紗結綺は、何かしらの事故に巻き込まれるようなカタチで足首を少し重めに捻ってしまった。
 そこからの回復が遅れてしまったせいで、間もなくに控えていた部活の試合の出場メンバーから漏れてしまいかなり落ち込んでいた。
 それなのにも関わらず、俺は空気を読まない発言をして――。

「……ああ、そういうことだったのか」

 たしか学祭で使う部品か何かの買い出しに行っていたはずだった俺は、運が悪いことにその現場にいなかったし、紗結綺に起きたことを知るのすら時間がかかった。
 その代わりに、紗結綺を保健室まで連れて行ったりその後病院にまで着いていったりしていたのが、偶然そこに居合わせたとかいう、紗結綺の先輩であり俺が勝てるわけもない恋敵になってしまったさんだったというわけだ。

 恐らくその原因がこの体育館倉庫の中にあるということなんだろう。
 そう考えて全体をぐるりと見渡せば――。

「いや、どれだよっ!!」

 原因の候補が多すぎて全く分からん。
 このマットかもしれないし、跳び箱かもしれないし、ボールを入れておくカートのようなモノなのかも知れない。
 わからん。なーんにもわからん。
 某有名少年探偵とかなら『あれれ~?』なんて言いながらおかしなところに気が付くのだろうが、俺はあいにく頭がキレる方じゃないし、そんなに優秀な探偵を助手として雇っているわけでもなかった。

「困った」

 とはいえ、ここでぼんやりしていたらダメだ。
 あと少しで17時半を迎える。
 考えるよりも感じろ――じゃない、さっさと身体を動かすべきだ。

「……やるか」

 何が楽しくてこんなボランティアをしなくちゃいけないんだ――とかいう考えを、今だけは封印する。
 これは他でもない、自分の『現在』のための投資なのだ。

「まずは、いちばんヤバそうなヤツだよなぁ」

 片付けの基本だろう。

 ――部屋が汚いくせに生意気言うなって?
 ああ、全くその通りだな、コノヤロウ。

 しかし、そうなってくると、明らかに何かの拍子で崩れそうなこのマットだろう。
 ぼすぼすと叩けばモノの見事にホコリが舞って、俺は咳き込む。

 バカだ。何をしてるんだ。

「……っしょっと」

 1枚ずつ下ろして、傍らに積んで。すべて積まれたところで、再度元の場所に積み直す。

 思えば、小さいながらも窓を開けてやればよかった。
 今は7月、熱が籠もってどうしようもない。作業も半ばに差し掛かるあたりで、俺はすっかり汗だくになっていた。

「……やっぱりあの野郎はダメだ。なんで俺に制服を着せやがったんだ」

 学祭準備期間なんだから、どいつもこいつも今はジャージを着ている。そっちの方が通気性は良いし、何よりも動きやすい。汚れも気にしなくてイイ。
『至れり尽くせり』だとかいう前言を撤回すべきなのかもしれなかった。



「ふう……」

 ――賢者タイム。

 どうにかマットの移動は終わった。
 作業の途中でどうしようもなく邪魔になった他の用具も合わせて場所を修正。しっかりと人が通れるくらいのスペースもできている。

 我ながら素晴らしい仕事だと思う。実に素晴らしい、マーベラス。ファンタスティック。これは間違いなく合法建築。基礎工事をサボっているからああいうザマになるんだ。
 全く、どこのどいつがあんなことを――。

「あれ? マッシロ?」

「んぇい!?」

 突然真後ろから声が掛けられて、変な声が出る。
 振り向けばそこにいたのは、高校2年生当時のだった。
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