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それで、【結】婚はできるんですかどうなんですか
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「いやぁ、おつかれさーん」
「おつかれさーん……じゃねーよ、バカヤロウ!」
現在の自分の部屋に戻って来た俺をマヌケな声とツラで出迎えたのは、俺を時間移動させてくれている白タキシードの男。
パッと見では若手ホスト。わりかしイケメンなのがまた腹立たしい。
「むちゃくそ痛かったぞ、テメエコノヤロウ。せめて何かケガするみたいなことがあるんなら先に言ってくれや!」
心の準備をした上で痛い目に遭うのと、全く無警戒で痛い目に遭うのとは全然違う。せめて何らかの覚悟をさせてほしかった。
「……っつーか、傷跡ばちくそ残ってんじゃん!!」
そして現在の身体をチェックしてみれば、左のふくらはぎにはついさっきまでは無かったはずのデカい傷がしっかりとついていた。
そりゃあ結構縫われたもんなぁ。体育館倉庫前でも相当止血処理はされたけど。
たぶん倉庫の中もそれなりに血の海が広がっていたんじゃなかろうか。
「名誉の負傷じゃん、もっと誇れよ」
「うるせえ!」
「そう怒るなって。第一、それを含めての過去改変なわけなんだから、ミッションは無事成功だ」
「ぁん?」
何を言うか。
「だーかーらー。あの時の君には彼女にとっての『窮地を救ってくれたヒーロー』になってもらわないとダメだったんだって話だよ。それくらい察せないのは困るゾ?」
「……うるせえよ」
わざとらしい言い回しには腹立つ。
ただ、あの時の紗結綺の反応は、今までの俺が見てきた『過去』では見たことが無いモノだったのは確かだ。
「とりあえず、ほれ。これと、スマホでも確認しとけよ」
差し出された高校の卒業アルバムを見てみる。
高2の学校祭のページを探せば――
「あぁなるほどね、そうなるのね……」
学級での集合写真。元々この写真では俺は左側で悪友たちとバカ笑いをし、紗結綺はその反対側で何とも言えない薄味の笑顔を浮かべていたはずだ。
今は、俺は右端の方で松葉杖を突いていて若干仏頂面、そのすぐ隣で紗結綺は俺を支えるようにしつつピースをしていた。
スマホの方に保存されていた写真も同じ。
他の写真を見る限り、あの日からしばらくの間、俺の傍らには松葉杖と紗結綺が居たらしいことは確認できた。
「でも、結局『まだ』なんだろ?」
「疑ってないで、さっさとオンラインにして席に戻れよ」
顎で示してくる。こいつのおかげで過去の改変が出来ているとはいえ、さすがにちょっと腹立つ。
が、言いたいことは一旦腹の中にしまい込んで、付けっぱなしにしているパソコンの前に戻ってチャットのステータスを『在席中』に戻しつつ、カメラをオンにした。
「あー、真皓遅いって! さっきからちょこちょこどこ行ってんの? おしっこ近いの?」
「頻尿じゃねえよバカ」
目ざとく俺が戻ってきたことを見つけたらしい紗結綺がさっそくイジってきた。
その画面上には、さっき囃し立てられながら持ってきた小野さんとのツーショットの写真がある。代わり映えがない絵面だ。
――おい、やっぱり『まだ』じゃねえか、結局俺が痛い目に遭っただけじゃねえか。
何だよオイと毒を吐こうにも、コイツの姿は他の奴らには見えていない。
デジタルだと見えないとかそういう理由なのかもよくわからないが、そのせいで下手な行動は取れない。
コイツとのやりとりは基本的に俺が不利にしかならないようにできていた。
たしかに紗結綺はケガをしなくて済んだかもしれない。
その代わりに俺がケガをすることになったと考えればいいかもしれないが、それじゃああまりにも割に合わないというか――。
「せっかく学祭の話になってたのにさぁ……」
「……いいよ、学祭は、もう」
どうせ大した思い出は無い。
「いやいやいや、主人公が何言ってんだ?」
「お前の名誉の傷を見たいって話になってんだって」
外野が囃し立ててくる。
「別に良いぞ? ……代わりに今からパンイチになるけど、それでも良いのか?」
「うえっ!? それは要らないっ!」
「何が楽しくて酒飲みながらお前のブリーフなんか見なくちゃいけねえんだよ!」
「バカやろうっ、俺は昔からトランクス派だ!」
「その情報も要らねえんだよっ!!」
本当にくだらないことばかり言いやがる。
コイツらはさすがにあまりにも変わっていなさすぎる。
俺のパンツ話で学祭トーク熱は冷めてしまったらしく、話題は次へと移っていった。
これで一安心だと思いながら俺は手元のお茶で喉を潤した。
「……ねえ、真皓」
「ん?」
訊いてきたのは紗結綺だった。
「……傷、まだ残ってるの?」
「あー……、うん。残ってはいる」
「……見せてもらえる? あれってふくらはぎだから別に脱ぐ必要ないでしょ?」
「よく覚えてるな」
「……忘れるわけないじゃん」
こっちが苦しくなってくるようなトーン。
「聞いておいてアレだけど、見せてもらっても良いの? さっきの感じだと見せたくなかったのかなとか思ったけど」
あれは照れ隠しみたいなモノだ、むしろイジらないで欲しい。
俺は何も言わずにズボンの裾をまくり上げ、カメラの前に晒す。
少しだけ息を呑んだ音の後に「全然、まだ残ってんじゃん……」と呟く声が聞こえた。
そういえば、コイツにはこうして直接見せたことは無かったかもしれない。
「……ごめんね」
紗結綺はしばらく俺の傷を見つめると、静かにそう言った。
「何で謝る?」
「だってアタシのせいで真皓はしばらく走るどころか歩くのも不自由だったし、そのせいで部活のメンバーから落ちたし」
ああなるほど、メンバー落ちの憂き目まで俺が背負ったのか。
「お前のせいじゃないだろ」
「でもさぁ」
「アレは、オンボロだった昔の体育館が悪い」
「……それは、まぁ、間違いないだろうけど」
うん、だからそれでいい。気に病んで欲しくてやったわけじゃない。
むしろ俺としては罪滅ぼしにはならないだろうかと思っていたことでもあったわけで。
「まぁ、その代わりにお前は大会で活躍できたわけだし」
さっき見た写真の中には紗結綺が満面の笑みでトロフィーを掲げている姿があった。
こっちのミッションもクリアしていたんだから問題は無い。
「今はそんなこと関係ないじゃん」
表面的には、たしかにそうかもだけど。
でも、実際はそういう過去の改変が起きた結果、何らかの釣り合いを取るためにまたしても俺がその傷を被ったという裏事情があるわけで。
そして、そんな裏事情は、当然ながら表舞台に上げることはできないわけで。
「今は走ったりできてんだから、何も問題はないだろ?」
「……うん」
明らかに納得していない雰囲気。
「良いんだって。あの頃だってお前が元気ならそれで俺は良かったんだよ」
「なっ」
――な?
「なぁに柄でもないこと言ってくれちゃって!」
「そうそう。だからお前も柄でもなく落ち込んでくれてんじゃねえよ」
「お、落ち込んでなんか無いし!」
そうそう、それでいい。
――いや、ホントにいいのか?
さすがにここまで変えてきたんだから、そろそろ目に見えるようなカタチで『現在』が何かしら変わっていてほしいところだった。
そりゃあ過去20年以上の中のほんの数秒、数分を変えたところで未来があっさり変わるなんて思わないけれど、それでも何かしらの変化がそろそろあっても良い頃だと思うのだが。
そんな考えは甘いのだろうか。
「あー、……どうしよ。みんな飲んでるしアタシも飲みたくなってきちゃった。ウチにお酒あったかなぁ」
「飲めば良いじゃん、俺はまだまだ飲み物あるし」
――まだタイムトラベルの可能性もあるせいでソフトドリンクだけだが。
「……ん、そだね。探してくる。ちょっと待ってて」
「いや、何で俺が待つ必よ……っ!?」
立ち上がっていく紗結綺の姿に驚く。
変な声が出たし、恐らく俺の目はまん丸に見開かれているのだろう。
それをアイツに気付かれずに済んで良かった。
「歴史、変わってきてんじゃん……」
――左手薬指の指輪が、無かった。
「いやぁ、おつかれさーん」
「おつかれさーん……じゃねーよ、バカヤロウ!」
現在の自分の部屋に戻って来た俺をマヌケな声とツラで出迎えたのは、俺を時間移動させてくれている白タキシードの男。
パッと見では若手ホスト。わりかしイケメンなのがまた腹立たしい。
「むちゃくそ痛かったぞ、テメエコノヤロウ。せめて何かケガするみたいなことがあるんなら先に言ってくれや!」
心の準備をした上で痛い目に遭うのと、全く無警戒で痛い目に遭うのとは全然違う。せめて何らかの覚悟をさせてほしかった。
「……っつーか、傷跡ばちくそ残ってんじゃん!!」
そして現在の身体をチェックしてみれば、左のふくらはぎにはついさっきまでは無かったはずのデカい傷がしっかりとついていた。
そりゃあ結構縫われたもんなぁ。体育館倉庫前でも相当止血処理はされたけど。
たぶん倉庫の中もそれなりに血の海が広がっていたんじゃなかろうか。
「名誉の負傷じゃん、もっと誇れよ」
「うるせえ!」
「そう怒るなって。第一、それを含めての過去改変なわけなんだから、ミッションは無事成功だ」
「ぁん?」
何を言うか。
「だーかーらー。あの時の君には彼女にとっての『窮地を救ってくれたヒーロー』になってもらわないとダメだったんだって話だよ。それくらい察せないのは困るゾ?」
「……うるせえよ」
わざとらしい言い回しには腹立つ。
ただ、あの時の紗結綺の反応は、今までの俺が見てきた『過去』では見たことが無いモノだったのは確かだ。
「とりあえず、ほれ。これと、スマホでも確認しとけよ」
差し出された高校の卒業アルバムを見てみる。
高2の学校祭のページを探せば――
「あぁなるほどね、そうなるのね……」
学級での集合写真。元々この写真では俺は左側で悪友たちとバカ笑いをし、紗結綺はその反対側で何とも言えない薄味の笑顔を浮かべていたはずだ。
今は、俺は右端の方で松葉杖を突いていて若干仏頂面、そのすぐ隣で紗結綺は俺を支えるようにしつつピースをしていた。
スマホの方に保存されていた写真も同じ。
他の写真を見る限り、あの日からしばらくの間、俺の傍らには松葉杖と紗結綺が居たらしいことは確認できた。
「でも、結局『まだ』なんだろ?」
「疑ってないで、さっさとオンラインにして席に戻れよ」
顎で示してくる。こいつのおかげで過去の改変が出来ているとはいえ、さすがにちょっと腹立つ。
が、言いたいことは一旦腹の中にしまい込んで、付けっぱなしにしているパソコンの前に戻ってチャットのステータスを『在席中』に戻しつつ、カメラをオンにした。
「あー、真皓遅いって! さっきからちょこちょこどこ行ってんの? おしっこ近いの?」
「頻尿じゃねえよバカ」
目ざとく俺が戻ってきたことを見つけたらしい紗結綺がさっそくイジってきた。
その画面上には、さっき囃し立てられながら持ってきた小野さんとのツーショットの写真がある。代わり映えがない絵面だ。
――おい、やっぱり『まだ』じゃねえか、結局俺が痛い目に遭っただけじゃねえか。
何だよオイと毒を吐こうにも、コイツの姿は他の奴らには見えていない。
デジタルだと見えないとかそういう理由なのかもよくわからないが、そのせいで下手な行動は取れない。
コイツとのやりとりは基本的に俺が不利にしかならないようにできていた。
たしかに紗結綺はケガをしなくて済んだかもしれない。
その代わりに俺がケガをすることになったと考えればいいかもしれないが、それじゃああまりにも割に合わないというか――。
「せっかく学祭の話になってたのにさぁ……」
「……いいよ、学祭は、もう」
どうせ大した思い出は無い。
「いやいやいや、主人公が何言ってんだ?」
「お前の名誉の傷を見たいって話になってんだって」
外野が囃し立ててくる。
「別に良いぞ? ……代わりに今からパンイチになるけど、それでも良いのか?」
「うえっ!? それは要らないっ!」
「何が楽しくて酒飲みながらお前のブリーフなんか見なくちゃいけねえんだよ!」
「バカやろうっ、俺は昔からトランクス派だ!」
「その情報も要らねえんだよっ!!」
本当にくだらないことばかり言いやがる。
コイツらはさすがにあまりにも変わっていなさすぎる。
俺のパンツ話で学祭トーク熱は冷めてしまったらしく、話題は次へと移っていった。
これで一安心だと思いながら俺は手元のお茶で喉を潤した。
「……ねえ、真皓」
「ん?」
訊いてきたのは紗結綺だった。
「……傷、まだ残ってるの?」
「あー……、うん。残ってはいる」
「……見せてもらえる? あれってふくらはぎだから別に脱ぐ必要ないでしょ?」
「よく覚えてるな」
「……忘れるわけないじゃん」
こっちが苦しくなってくるようなトーン。
「聞いておいてアレだけど、見せてもらっても良いの? さっきの感じだと見せたくなかったのかなとか思ったけど」
あれは照れ隠しみたいなモノだ、むしろイジらないで欲しい。
俺は何も言わずにズボンの裾をまくり上げ、カメラの前に晒す。
少しだけ息を呑んだ音の後に「全然、まだ残ってんじゃん……」と呟く声が聞こえた。
そういえば、コイツにはこうして直接見せたことは無かったかもしれない。
「……ごめんね」
紗結綺はしばらく俺の傷を見つめると、静かにそう言った。
「何で謝る?」
「だってアタシのせいで真皓はしばらく走るどころか歩くのも不自由だったし、そのせいで部活のメンバーから落ちたし」
ああなるほど、メンバー落ちの憂き目まで俺が背負ったのか。
「お前のせいじゃないだろ」
「でもさぁ」
「アレは、オンボロだった昔の体育館が悪い」
「……それは、まぁ、間違いないだろうけど」
うん、だからそれでいい。気に病んで欲しくてやったわけじゃない。
むしろ俺としては罪滅ぼしにはならないだろうかと思っていたことでもあったわけで。
「まぁ、その代わりにお前は大会で活躍できたわけだし」
さっき見た写真の中には紗結綺が満面の笑みでトロフィーを掲げている姿があった。
こっちのミッションもクリアしていたんだから問題は無い。
「今はそんなこと関係ないじゃん」
表面的には、たしかにそうかもだけど。
でも、実際はそういう過去の改変が起きた結果、何らかの釣り合いを取るためにまたしても俺がその傷を被ったという裏事情があるわけで。
そして、そんな裏事情は、当然ながら表舞台に上げることはできないわけで。
「今は走ったりできてんだから、何も問題はないだろ?」
「……うん」
明らかに納得していない雰囲気。
「良いんだって。あの頃だってお前が元気ならそれで俺は良かったんだよ」
「なっ」
――な?
「なぁに柄でもないこと言ってくれちゃって!」
「そうそう。だからお前も柄でもなく落ち込んでくれてんじゃねえよ」
「お、落ち込んでなんか無いし!」
そうそう、それでいい。
――いや、ホントにいいのか?
さすがにここまで変えてきたんだから、そろそろ目に見えるようなカタチで『現在』が何かしら変わっていてほしいところだった。
そりゃあ過去20年以上の中のほんの数秒、数分を変えたところで未来があっさり変わるなんて思わないけれど、それでも何かしらの変化がそろそろあっても良い頃だと思うのだが。
そんな考えは甘いのだろうか。
「あー、……どうしよ。みんな飲んでるしアタシも飲みたくなってきちゃった。ウチにお酒あったかなぁ」
「飲めば良いじゃん、俺はまだまだ飲み物あるし」
――まだタイムトラベルの可能性もあるせいでソフトドリンクだけだが。
「……ん、そだね。探してくる。ちょっと待ってて」
「いや、何で俺が待つ必よ……っ!?」
立ち上がっていく紗結綺の姿に驚く。
変な声が出たし、恐らく俺の目はまん丸に見開かれているのだろう。
それをアイツに気付かれずに済んで良かった。
「歴史、変わってきてんじゃん……」
――左手薬指の指輪が、無かった。
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