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3rd Act: テスト本番と学校祭準備と
3-11: おいしい時間をふたりで
しおりを挟む○ ○
スマホなどを見る事も無くただふんわりとした視線を店のあちこちに向けている二階堂菜那は、とても『絵になる姿』だと思う。それは他のお客さんたちにも伝わっているらしく、ただしそれを取り立てて話すこともなく、店内はとてもゆったりとした雰囲気で包み込まれているようだった。
わかる。その感じはとてもわかる。そっと触れたとしても擦れのようなモノが付いてしまいそうな高級ファブリックのような感じ。周辺の空気感をすっと変えてしまえるくらいのオーラが、二階堂にはあると思う。
――さて、そんなことを言ってる場合ではない。
「ドリアセット、お持ちいたしました」
注文の品が出来上がったので、そのオーラの持ち主の元へと運ばなくてはならない。
「ありがとう」
そっと前に差し出せば軽く会釈をしてくれる。その所作ひとつひとつがやっぱり同級生には見えなかったりするのだった。
ちなみに今日の彼女の装いは細身のデニムパンツに白のシャツ、そこに薄手のサマーニット。カウンター席に座っているだけでもわかる足のキレイさが際立つというモノだった。同い年には思えない。
「……?」
「ん?」
「それは?」
「俺の。昼休憩なんだけど、相席してもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
せっかくなので俺もドリアを食べようと思った次第。ちゃっかり相席などさせてもらおうと思って若干ダメ元で言ってみた次第。ただ二階堂はとくに気にすることもなく即答気味に答えを返してくれた。ありがたい。
「あぁ、お先どうぞ」
「深沢くんの準備が出来てからでいいわ」
「え、マジ?」
お客様から先に食べていただいてからと思っていたのだが、相席であることの方を重視させてしまった。これはちょっと申し訳無い。食後のドリンクの準備をとも思っていたのだが。
ここはしっかりと予定していたことを白状しておこうか。
「……食後のカフェラテ、俺が作ろうと思うんだけど、……もし良かったら飲んでみてもらえますかね。まだまだ見習いの身なのでお代は無しで。ただし俺も食べ終わってからになるからマスターが作るより少し時間はもらっちゃうんだけど」
「じゃあ、お願いするわ。どれくらい時間がかかっても構わないし」
「ほんと?」
「とくにこの後の予定も無いから」
ありがたい話だった。
「じゃあ、先に俺もいただくことにする」
「その方がいいわ。温かい料理は温かい内にいただくものだから」
全くその通りだった。とくにドリアはぜひとも熱々の内に食べてほしいモノの代表格だと思う。
「……」
「……」
カウンター席に着いたものの、俺も二階堂もどちらも動かない。
「どした?」
「お先にどうぞと思って」
「いやいや」
それはさすがに忍びないというもので。
「お客様差し置いて食べるわけには」
「でも、がんばって働いていた人から先に食べた方が」
「うぬぅ」
思わず唸る。そう言われて拒むのもなかなか難しいのだが、それでもやはりお金を出していただいている人よりも賄い飯にありつくというのは如何なモノか。
かくなる上は――。
「……同時に食べるで妥協しませんか」
「そうね。冷めちゃうものね」
あっさりと意見のすりあわせが完了した。助かる。
「では」
――ご唱和ください。
「いただきます」「いただきます」
ぴったりのタイミングになった。
○
こんなにも誰かとの食事が楽しかったことはあまりない。
会話がそこまで弾んだわけでもないのに、何故か時折訪れる静寂すらも、この間すらも居心地良く感じられた。
ただひたすらに不思議で、だけどしっかりと楽しいと思える空間がここに出来上がった。
二階堂はときおり『美味しい』と言ってくれて、実際に口には出さずとも明らかに穏やかな笑みを浮かべていたりして。それこそ、あまり見せない表情で。そういう部分もまた居心地の良さに繋がっていたのかもしれない。
もちろん俺は時折やってくる仕事も対応する必要はあった。
伯父さんが作った何かしらのメニューを賄いランチとして食べることが基本ではあるが、他のお客さんのランチタイムに合わせて食べることは極めて稀。だが、何故か今日は伯父さんが「お前も食べれば良いじゃないか」と言ってくれたことによる。
ただ、仕事自体をしなくて良いわけではない。注文対応や会計対応は時折入ってくるのでその都度離席しなくてはならないのだが、二階堂は何を言うでもなく見送ってくれるだけではなくその都度食事の手を止めて俺を待っていた。そこまでしてくれる必要はないのだが、自分で勝手にやっているだけだから気にしないでと言ってくれた。恐縮していまうが、その気持ちを無下にするのもさすがに失礼だと思ったので、極力仕事を手早く片付けるということで対応することにした。
そんなこんなで、俺は時々バタバタしながら、二階堂は本当にゆっくりとスプーンを口へと運びながら、いつの間にか時計の針は13時を示していた。
「じゃあ食後のカフェラテを」
「よろしくお願いします」
「あ、えーっと、……よろしくお願いされました。……むしろ俺の方がヨロシクお願いする側なんだけどな」
実験台になってもらうようなものだからな。
「飲み終わったらソルベ持ってくるから、そっちをお楽しみに」
「深沢くん謹製のラテも楽しみにしているけれど?」
「……がんばる」
あまり自分を卑下するモノでは無い――と言われているような気分。実際のところどうなのかは二階堂本人に訊いた方が良いのだろうけど、そんなことを訊く気にはなれなかった。
前回よりも巧くなっていて旨くなっていることを願いながら、すべてに集中。
俺の手元を思いっきり狂わせてくるような声を掛けられることもなく、そのおかげで手や指を火傷することもなく、無事に完成。
ただし「あぁできた、やれやれ」と顔を上げた瞬間、この工程のすべてをきっちり見ていたであろう二階堂とバッチリ目が合ってしまって、このときにカップの中身を引っ繰り返しそうになったもののセーフ。
危ない危ない、サイレントでやられることもあるのか。今後は注意しないと。
「おまちどおさまです」
「ありがとう」
もちろんふたり分。だが、先に毒味は済ませている。今回は大丈夫なはず――。
「……ん」
小さくひとくち。静かな声。
ここで決して訊いてはいけない。お客様の反応すべてを感じ取ることが重要だ。
「……ぅん」
またひとくち。
二階堂は猫舌ではないのでこの辺は安心。
――なのだが。
「……ぉいしい」
「よかったぁああああ……!」
どっと疲れた感じ。
ふたくち目があった段階で少なくともマズくはないのだろうとは思いたかったが、審判の時がなかなか訪れなかったこともあってツラかった。とはいえ『美味しい』をいただけたのはよかった。
「そんなに?」
「うん。そんなに」
「そう」
事も無げにまたひとくち。
そう。そういう反応が嬉しい。自然と口に運んでしまう感じ。ふと気が付いたら次のひとくちを欲するような、そういうものに私はなりたい――的な。
しかも何よりも、二階堂菜那の口から『美味しい』が出てくるだけで本望というか。
表情に乏しいなんて言われていて、『鉄の乙女』なんてニックネームをひっそりと付けられるくらいの娘ではある。俺も当初はそう思っていた。
だがよくよく話してみたりすると、確かに高校生には見えないくらいの所作とか落ち着きはあるものの、時折年相応な振る舞いをすることもある。
無表情というわけでも決して無くて、面白いと思ったことに対しては素直に反応するし、美味しいモノを食べたならば頬は若干ながら緩んで見える。今し方食べていた伯父さんのドリアにはしっかり美味しいと言ってくれるほどだが、この『実際に声に出して言ってくれる』確率はそこまで高くなかった。
今回はその障壁を、俺も超えることがどうやら出来たらしい。
こんな幸せなことがあるだろうか――。
「おう、蓮」
「……へ。あ、はい」
「デレデレすんなよー」
「してないっす。……たぶん」
いや、してるか。
そういう伯父さんの突っ込みが入ってくる時点で、それが答えなのだろう。
「え、っと? ところで?」
「ああ。今日はもう上がっても大丈夫だから、って話をな」
「え? でもまだ」
今日は15時くらいまでの予定だが。
「半ドンだ、半ドン。……昨今全然使われない言葉になったけど」
半ドン。いわゆる午後休とか半日休の意味。
オランダ語で休日・日曜日を意味するzondagが転訛してドンタクとなり、要するに『半分の休日』から略されたことによる――とかいう話。
「良いんですか?」
「良いに決まってんだろ」
それだけ言って伯父さんはさっさとバックヤードへと下がっていった。
「あ、ちょ……」
その理由を訊こうと思ったんだけどな。
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