シオンズゲイト -zion's gate-

涼雨 零音(すずさめ れいん)

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第二章

第六話

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 アリアはぼくがベッドに腰かけたのを見届けてから椅子に座った。明るい窓を背にして椅子に腰かけたアリアは、机を挟んで向かい合うぼくから見るとシルエットのように見えた。
「話そ。このゲームについて」
 アリアが言う。

 ゲーム? そうだった。考えるべきことがたくさんあることをぼくも思い出した。
「どんなことがあった? これを始めてから今までに」
 アリアは左右の手を組んで机の上に乗せ、その上に上半身を乗り出すようにして言った。
「そうだな」と言いながら頭の中に〈そうだな〉の〈そう〉が指しているものはなにか、という現代文の問題が浮かんだ。なにも指していないと思います、と自答する。
「まず最初のミッションで、先に進む意思があるならプレートに手を置けって言われた」
 ぼくは自分に向けて話すみたいに話し始めた。
「ぼくはそこに手を乗せるとき、ほとんど迷わなかった気がする。それで次は他の場所へ行けって言われて、行ったらなんだかおじいさんなのかおばあさんなのかよくわからない人と会った。その人とはなにか哲学的な話をしたんだ。決断というのは選択だっていう話と、選択は因果につながっているって話をした」
 アリアが深く頷いた。
「それでそのあとゲームを中断する方法がわからなくて、そのおじいさんかおばあさんかわからない人に聞いてみたんだけどね。外とか中とか関係ないだろうって言われた。ゲームの外へ帰りたいって言ったのに、帰りたいなら家へ帰れって。結局ぼくは他にできることもないから、ゲーム世界の中で、外の世界でぼくの家があるあたりへ行ってみたんだよ。そしたらあったんだ、ぼくの家」
 そこまで言ってぼくはアリアの顔を見た。アリアは机にひじをついて手を組んだままぼくの方を見ていた。
「ぼくはその晩ゲーム世界の自分の家で寝たんだよ。自分の部屋もあったから。目覚めたら外の世界に帰ってきてた。どうやって戻ってきたのか覚えてないんだ」
 アリアは細かく頷きながら聞いていた。
「次の日にまたログインして、ミッションで観覧車に乗った。知ってる? 大きなホイールの周りにゴンドラがついててそこに人が乗れるような乗り物。みらいの町にあるんだ。それで乗ったらゴンドラが一番高いところを越えたとき、つまりちょうど半分まで回ったときなんだけど、急に別の場所にワープしたんだ。後半は別の観覧車になってた。さっぽろにあるやつだよ。なんていったかな。ふざけた名前がついてた」
「ノルベサ」
 アリアが声を出した。
「そうそう、それだよ。知ってるの?」
「うん。ノルベサはゲームの外にもあって今も動いてるみたいだよ。ほんとはノルベサっていうのは建物の名前で観覧車自体はノリアっていうんだけどね。みんなノルベサって呼んでる」
「そっか。アリアも知ってる場所だったんだね」
 アリアの名前を声に出すのには不思議なぐらい勇気が必要だった。女の子の名前を呼び捨てにすること自体が初めてのことだったけれど、アリアは僕のことをレイトって呼んでくれていたからやっぱりそれに習った方が良い気がした。変に勇気が必要で掌に汗も出たけれど、アリアは特に気にする様子もなくてぼくは自分の内側で分厚い何かが開いていくのを感じた。
「さっぽろでは初めて他のプレイヤーに会った。ぼくと同じぐらいの年の男の子だよ。彼はフェルマータっていうかまぼこにタイヤがついたような形のロボットを連れてて、人型のロボットと戦ってたんだ。そのロボットは中に人が入ってて、その人もプレイヤーだった。すごかったよ。地下街で大暴れしてそこらじゅうメチャメチャになった。彼がそのロボットをやっつけたら中に入ってた人は消えちゃった」
 彼は、アクセルは「死んだ」っていう言葉を使ったけどその言葉は嫌だ。アクセルは追放するって言ったけどその言葉も嫌だ。ぼくはあのときのことをついさっきの話のように思い出していた。
「彼は選ばれたものだけが行ける場所にくだらないやつが行くのは許せないって言ってた」
 アクセルはおれとおまえとどっちが正しいかって言ったけどアクセルは正しくないと思う。ぼくが正しいとも思わないけれどアクセルは間違ってる。ぼくは改めてそう思った。
「その次のミッションで地下鉄に乗ってあさひかわに来た。そこからはアリアと一緒にいる」
 ぼくはそこまで言ってからアリアの顔を見上げた。アリアはぼくの話をじっくりと頭の中に収めていくようにしばらく黙っていた。
「あたしもね」
 やがてアリアは少し背中を伸ばして話始めた。ぼくは膝に乗せた腕に体重を預ける。体のことを忘れて話を聞ける姿勢を探した。
「最初のミッションは謎みたいなメッセージを解読して、そこへたどり着いたら進む意思を示せって言われたよ。もちろんそこで進む意思を示したから今ここにいるんだ。あたしはね、意思を示したあと猫に会った。黒っぽい紫色みたいな、見たことのないような色をした猫。その猫が人の言葉を話したの。猫も、選ぶということはそれ以外を選ばないという意味だ、って言ってた。なにかを選ぶことの重さについて話してた。あたしはそれをゲームのメッセージだと思って聞いてたよ。その先の冒険で必要になる言葉なんだろう、ぐらいの」
 アリアはわずかに視線を落としてすぐに元に戻した。
「あたしもそのときゲームから抜ける方法がわからなくて、ゲーム世界でこの家に帰ってきた。あまりにも普通だったんだよ。何もかも外の世界とそっくりだった。あたしは自分がどっちの世界にいるのかわからなくなって、少し怖さを感じながら寝たの。朝目覚めたとき、あたしは自分がなにか違うものになったような気がした。でもどんな変化があったのかは、ちょっとわからないの。ね、あたし自体が変わってしまったらあたしはその変化に気づくのかな」
 アリアはそういってぼくの方を見た。ぼくの中にアリアの言葉のなにかが引っかかった。なにかとても重要なことを聞いた気がした。ぼくが黙っているとアリアは先を続けた。
「たぶん気づかないよね。気づけない。変化ってきっと変化しないどこか外側から見て初めて見えるものなんじゃないかって気がするのよね」
 システムの内側にいるとシステムの存在に気づかない。ぼくは観覧車に乗ったときのことを思い出していた。
「その次のミッションではバギーで遠出したの。あたしの場合はトンネルだった。穴を抜けてどうしたみたいな感じのミッションでね、穴ってのがトンネルを指してたの。トンネルを抜けたら別の場所に飛ばされてた。レイトの観覧車と同じような感じだよね」
 アリアが言葉を切ってぼくに微笑みかける。
「あたしの場合はかむいこたんのトンネルからはこねにワープしたの。ワープした先であたしも初めて別のプレイヤーに会ったのよ。その子はあたしより大人っぽい女の子で、あたしよりずっと女の子っぽい感じだった」
 はこね。ぼくははこねを思い浮かべようとしてみた。うまくいかなかった。
「その子はあたしに、あなたはなんのためにゲイトを目指すのか、って聞いたの。あたし別に何のためとか考えてなくてさ。ただ珍しい感じのゲームだからやってみただけでね。ゲームやっててなんでクリアしたいのかって聞かれてもさ、そういうゲームだからっていう理由以外にないでしょ。でもなんのためにゲイトを目指すのかって聞かれて、なんのためかなって考えちゃったんだよね。そしたらこれがただのゲームじゃないっていう意味が少しわかってきた」
 なんのために。なんのためだったろう。ぼくにはもうわからなくなってしまっているような気がした。
「その子はさ、今世界が間違ったことになっちゃってて、それを正すためにあたしたちは呼ばれてるのよって言ってた。ゲイトにたどり着けた人たちがその後の世界を作るのよって。すごい思いつめた顔をしててさ、たぶんあたしと同い年ぐらいなのにずっと年上にも見えた。あたしはあっけらかんと楽しんでただけなのにさ、その子はすごい覚悟をもってやってた。ただのゲームじゃないかもしれないけどでもやっぱりゲームでしょ。楽しんだほうがいいと思うんだよねあたしは。そしたらあなたには覚悟がなさすぎるって言われたよ。でもあたしに言わせたらさ、その子のそれは覚悟じゃなくて気負いだよ」
 アリアはそう言ってぼくの目を見た。ぼくは同意を求められたような気がして軽く頷いた。頷いたものの、会ったことのないその女の子を想像して、覚悟という言葉を受け取ってそれをただの気負いだと言い切れるだろうかと考えてみると、そんなことはできそうになかった。きっとそれは大きな自信を持っていないとできないことだ。ぼくはアリアの内側にみなぎっている力を感じた。それはぼくにはないものだと思った。
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