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第二章
第十四話
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目に映っているものが地球だと気づくまでにどのぐらい時間がかかったろう。ぼくは自分が地球を見ていることに気づいてからもしばらくぼんやりしていた。遠くから声が聞こえる。誰かが呼んでるみたいだ。眠っていたのだろうか。誰かが呼んでる。名前を? 呼んでる?
「レイト。気づいた? ねえ、レイト」
「アリア?」
呼んでいるのがアリアの声だとわかったとたんにぼくは一気に覚醒して視界を覆う青に目を奪われた。全面モニタはそのほとんどを青い地球で覆われていた。地球だ。初めて見るはずなのに、これまで見せられてきた写真の記憶によってこれが地球だとわかった。
「地球…」
「そうよ。シャトルはそのまま空を抜けてここまできたの。レイトは打ち上げの直後に気絶したみたいだった。はあ、よかった。死んじゃったかと思ったよ」
「物騒なこと言わないでよ」
笑いながらぼくはアリアの両手がぼくの右手を包んでいることに気づいた。いつの間にか体を固定していたベルトは腰の物だけを残して外れていた。ぼくがアリアの手を握りかえそうとするとアリアの手もうごき、ぼくの右手とアリアの左手は指をからめて重なった。
「ね、打ち上げの時見えた?」
「何が?」
「ほっかいどう。打ちあがってものすごいスピードで高度が上がってって、すぐ雲を突き抜けて、大地があっという間にほっかいどうの形になって、みるみる日本地図になって、どんどん倍率が下がっていくの。で、ほら。大きな地球儀。すごいなあ。あたし自分が生きてる間に自分の目で外から地球を見るなんて思ってなかったよ。ま、これはモニタだけどさ。この目の前のハッチの向こうには本当に地球があるんだと思うとすごいよね」
ぼくはアリアの言葉を聞いて、むしろこのハッチの向こうが宇宙空間じゃないということだってあり得るのではないかと思った。でもそんな可能性を持ち出したってつまらない話にしかならないから黙っていた。
「アリアはずっと見てたの?」
「うん。すごかったよ」
「それはあれかな、やっぱりバギーでレースしたりする人は体にかかる重力に強いのかな?」
「ああ、それはあるかもね」
「これ、あとは衛星軌道を周って行ってステーションとランデブーするの?」
「そう言ってたよ。レイトが気づく少し前に、衛星軌道に入ったからあとは穏やかな飛行が続きます、って」
ぼくは目をつむって大きく息を吐いた。映像に惑わされずに重力を感じようとしてみた。本当に今衛星軌道を周回しているのか、それを模したシミュレータみたいなものに入れられて地上にいるのか、見極められないかと試みてみた。わかるはずがなかった。ぼくには衛星軌道を周回した経験などないからそれがどんな感覚かわからない。今のこの状態がそうだと言われればそう思うよりなかった。
「ね、これ、どこまでが空でどこから宇宙なのかな」
アリアに聞かれてぼくは目を開いた。
「それは、大気圏の中は空で外が宇宙なんじゃないかな」
暗がりで地球の明るさに照らされるアリアは少し違って見えた。
「でもそうするとここはまだ空でしょ。わからないけどたぶんステーションのあるところも空ってことになるんじゃない?」
「大気圏内という意味ではそうかも」
「だからさ、空と宇宙の境界はたぶん大気圏の中にあるんだよ。ここはどう考えても宇宙だもの」
そんなことを言うアリアの目がシャトルの室内で星の瞬きのように光を反射した。ぼくは視界に広がる地球を見下ろしながらアリアと指をからめた手をわずかに握った。アリアの手が同じように握り返した。
「住んでるのかな、人」
「え?」
「ステーション。さっきのシャトルの飛行場みたいなところにはいなかったでしょ、人。入ってからずっと人には会ってないよね。ううん。家を出た時から誰にも会ってない。出てきたのは全部ロボットだった。あたしたちにゲームから話しかけてきたあの〈わたし〉っていう人もさ、今のところ声しか聞いてないよね。これがシャトルだとしてさ、こんなのが行き来してたら目立ちそうなものじゃない? あの宇宙ステーションだっけ? 軌道ステーション? あれっていつからあるの? あそこへ移住した人、まだ生きてる?」
アリアの疑問を聞いたらぼくも自信がなくなった。軌道ステーションが実在していてこのシャトルでたどり着けたとしても、そこに人がいる可能性は低いような気がしてきた。もし人がいなかったら、向こうから地上へ戻る方法はあるのだろうか。向こうにもロボットがいてちゃんと送り返してくれるのだろうか。
「もし向こうに誰もいなかったら、ぼくら帰ってこられないかもしれないね。その前に、たどり着けなかったら永遠にこのままかもしれない」
「そんなことあの一つ目のゲイトの前で引き返さなかったときに覚悟してるからいいよ」
アリアは朝ごはんはパンでいいよっていうのと同じような感じであっさりと言い放った。
「でもこのまま地球の周りをまわりながら死んじゃうのは寂しいな。せめてステーションへはたどり着きたい。もしそこに誰もいなくて地球に帰れなくなったらさ、レイトとあたしはその宇宙ステーションだか軌道ステーションだかのアダムとイブになるんだね」
アリアはそう言って笑った。ぼくはその言葉の意味を考えて体温が上がっていくのを感じながらアリアの顔を見た。
「どしたの? なんか想像した?」
アリアはそう言ってふふふと笑った。
「強いんだな、アリアは」
「レイトが一緒だからね」
ぼくはアリアと視界いっぱいの地球を見ながら笑い合った。
「レイト。気づいた? ねえ、レイト」
「アリア?」
呼んでいるのがアリアの声だとわかったとたんにぼくは一気に覚醒して視界を覆う青に目を奪われた。全面モニタはそのほとんどを青い地球で覆われていた。地球だ。初めて見るはずなのに、これまで見せられてきた写真の記憶によってこれが地球だとわかった。
「地球…」
「そうよ。シャトルはそのまま空を抜けてここまできたの。レイトは打ち上げの直後に気絶したみたいだった。はあ、よかった。死んじゃったかと思ったよ」
「物騒なこと言わないでよ」
笑いながらぼくはアリアの両手がぼくの右手を包んでいることに気づいた。いつの間にか体を固定していたベルトは腰の物だけを残して外れていた。ぼくがアリアの手を握りかえそうとするとアリアの手もうごき、ぼくの右手とアリアの左手は指をからめて重なった。
「ね、打ち上げの時見えた?」
「何が?」
「ほっかいどう。打ちあがってものすごいスピードで高度が上がってって、すぐ雲を突き抜けて、大地があっという間にほっかいどうの形になって、みるみる日本地図になって、どんどん倍率が下がっていくの。で、ほら。大きな地球儀。すごいなあ。あたし自分が生きてる間に自分の目で外から地球を見るなんて思ってなかったよ。ま、これはモニタだけどさ。この目の前のハッチの向こうには本当に地球があるんだと思うとすごいよね」
ぼくはアリアの言葉を聞いて、むしろこのハッチの向こうが宇宙空間じゃないということだってあり得るのではないかと思った。でもそんな可能性を持ち出したってつまらない話にしかならないから黙っていた。
「アリアはずっと見てたの?」
「うん。すごかったよ」
「それはあれかな、やっぱりバギーでレースしたりする人は体にかかる重力に強いのかな?」
「ああ、それはあるかもね」
「これ、あとは衛星軌道を周って行ってステーションとランデブーするの?」
「そう言ってたよ。レイトが気づく少し前に、衛星軌道に入ったからあとは穏やかな飛行が続きます、って」
ぼくは目をつむって大きく息を吐いた。映像に惑わされずに重力を感じようとしてみた。本当に今衛星軌道を周回しているのか、それを模したシミュレータみたいなものに入れられて地上にいるのか、見極められないかと試みてみた。わかるはずがなかった。ぼくには衛星軌道を周回した経験などないからそれがどんな感覚かわからない。今のこの状態がそうだと言われればそう思うよりなかった。
「ね、これ、どこまでが空でどこから宇宙なのかな」
アリアに聞かれてぼくは目を開いた。
「それは、大気圏の中は空で外が宇宙なんじゃないかな」
暗がりで地球の明るさに照らされるアリアは少し違って見えた。
「でもそうするとここはまだ空でしょ。わからないけどたぶんステーションのあるところも空ってことになるんじゃない?」
「大気圏内という意味ではそうかも」
「だからさ、空と宇宙の境界はたぶん大気圏の中にあるんだよ。ここはどう考えても宇宙だもの」
そんなことを言うアリアの目がシャトルの室内で星の瞬きのように光を反射した。ぼくは視界に広がる地球を見下ろしながらアリアと指をからめた手をわずかに握った。アリアの手が同じように握り返した。
「住んでるのかな、人」
「え?」
「ステーション。さっきのシャトルの飛行場みたいなところにはいなかったでしょ、人。入ってからずっと人には会ってないよね。ううん。家を出た時から誰にも会ってない。出てきたのは全部ロボットだった。あたしたちにゲームから話しかけてきたあの〈わたし〉っていう人もさ、今のところ声しか聞いてないよね。これがシャトルだとしてさ、こんなのが行き来してたら目立ちそうなものじゃない? あの宇宙ステーションだっけ? 軌道ステーション? あれっていつからあるの? あそこへ移住した人、まだ生きてる?」
アリアの疑問を聞いたらぼくも自信がなくなった。軌道ステーションが実在していてこのシャトルでたどり着けたとしても、そこに人がいる可能性は低いような気がしてきた。もし人がいなかったら、向こうから地上へ戻る方法はあるのだろうか。向こうにもロボットがいてちゃんと送り返してくれるのだろうか。
「もし向こうに誰もいなかったら、ぼくら帰ってこられないかもしれないね。その前に、たどり着けなかったら永遠にこのままかもしれない」
「そんなことあの一つ目のゲイトの前で引き返さなかったときに覚悟してるからいいよ」
アリアは朝ごはんはパンでいいよっていうのと同じような感じであっさりと言い放った。
「でもこのまま地球の周りをまわりながら死んじゃうのは寂しいな。せめてステーションへはたどり着きたい。もしそこに誰もいなくて地球に帰れなくなったらさ、レイトとあたしはその宇宙ステーションだか軌道ステーションだかのアダムとイブになるんだね」
アリアはそう言って笑った。ぼくはその言葉の意味を考えて体温が上がっていくのを感じながらアリアの顔を見た。
「どしたの? なんか想像した?」
アリアはそう言ってふふふと笑った。
「強いんだな、アリアは」
「レイトが一緒だからね」
ぼくはアリアと視界いっぱいの地球を見ながら笑い合った。
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