シオンズゲイト -zion's gate-

涼雨 零音(すずさめ れいん)

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第三章

第三話

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 ぼくはそのあとも少し説明しながら画面を操作して、赤いスタートから緑のゴールまで通り抜けられる通路を完成させた。
「さ、行こう」
 ぼくが促してアクセルが扉を開き、ぼくとアリアが手をつないで後に続いた。通路は曲がったりまっすぐになったりしながらうねうねと続いていた。歩きながらぼくは、あのモニタでの操作とこの通路が連動しているという仕組みはいったいどのようにして実現されているのだろうと考えていた。それに、重力ももっとふわふわしていたはずなのに、しっかり歩けるほどになっている。ここももう現実じゃないと言ったアリアの言葉が蘇ってくる。ここはきっと現実じゃない。ぼくの体は今、いったいどこにあるのだろう。ぼくは自分の部屋でイマースモードに入ったままなのだろうか。アリアは、アクセルは、どこかに本当に存在している人たちなのだろうか。もしかして彼らはゲームのキャラクタに過ぎなくて、ぼくはマルチプレイヤーではなく、一人でこのゲームをプレイしているのかもしれない。

 そんなことを思ったらアリアの手を握っている手に力が入った。アリアがぼくの方を見たけれど、ぼくは見返すことができなかった。
「出口だ」
 アクセルの声でぼくは我に返った。正面に扉があって、アクセルが近づくとするりと開いた。ぼくらが三人とも通り抜けると扉はひとりでに閉まった。出たところは大きな部屋だった。円形でかなり広く、中央に向かって天井が高くなっていた。半球のような形をしているのかもしれない。床に小さな照明が点々と埋め込まれているだけで薄暗かった。

 アクセルは迷う様子もなく床の照明に沿って部屋の中央を目指して進み、ぼくはアリアの手を引きながらそれに続いた。
「見て」
 アリアが空中を指さした。アリアのさした先には緑色に光るラインが走りながら降りてきていた。そのまま見ていると次第に近づいてくるそれは椅子のようなもので、人が腰掛けていた。
「人だ」
 白い卵のような形をした椅子に黒っぽい人が腰掛けて宙に浮いていた。卵の表面に緑色の光が走っている。音はほとんどしなかった。

 急にアクセルが振り返って言った。
「悪いな。やっぱり先に行かせてもらう」
 アクセルは踝を返して走り出し、空中から降りてくる人物に向かって叫んだ。
「たどり着いたぞ。おれはあんたが言う選ばれしものだ」
「よくきたね。アクセル。きみは驚くべき強さを見せた。まさに選ばれしものだ。今こそ、シオンへの道を開こう」
 宙に浮いている人物がそう言った。これまでにも何度か聞いたあの声だった。その言葉を受けるようにアクセルの体が金色に輝き始めた。
「悪かったな。最後のはおまえらが誘ってくれなければクリアできなかった。感謝はしてる。でも勝負は勝負だ。またな」
 アクセルは振り返ってそう叫ぶと、光の粒になって消えていった。

 宙に浮く椅子の人物はそのままさらに降りてきた。椅子は着地せず、わずかに浮かんだまま静止した。ふっと部屋の中央付近だけが明るくなり、椅子の人物とぼくらを包んだ。椅子の人物は「やれやれ。アクセル君はいささかとんがりすぎているかもしれんな」と独り言のように言ってから、改めてぼくとアリアの方を向いた。
「よくきたね。レイト君、アリア君。もっとそばへきて顔を見せてくれたまえ」
 ぼくとアリアは椅子の人物の前へ進み出た。椅子に座っているのは銀髪の男だった。それほど若くはないけれど老人というほど年寄りでもなかった。ぼくの父親よりも少し年上ぐらいに見えた。
「待っていたよ」
 男はそう言ってぼくとアリアの顔を比べるように見た。
「あなたは誰ですか?」
 アリアが質問した。
「わたしは、そうだな、ゲームマスターとでも名乗っておこうか」
「ゲームマスター? それはゲーム内のキャラクタですか? それともゲームを作った人?」
「鋭いね。さすがここまで来ただけのことはある。どちらでもあるとも言えるし、どちらでもないとも言える」
 アリアは眉を寄せながらぼくの横顔を見た。
「なぜこの部屋は重さを感じるんですか? どうやってるんですか?」
 ぼくは他にもいろいろと聞くべきことがあるとは思いながら、それとはまるで違うことを聞いた。
「それは、これからわたしが話をするのに、きみたちが浮かび上がらないほうが都合がいいからだ。どうやっているかは、わたしがこれからする話を聞けばわかるだろう」
「はい」
 ぼくはゲームマスターが座っている椅子にも興味があったけれどまずは黙って話を聞くことにした。
「きみたちはシオンズゲイトの他にもゲームをしたことがあるだろう? ゲームの目的はユーザを楽しませることだ。しかしコンピュータを使用したゲームで実際に起きているのは、用意されたプログラムに対してユーザが何か入力をし、それに応じてゲームが何かを返すというそのやり取りだ。そこから実は、ゲームアプリケーションはユーザの様々な傾向を知ることができる。楽しみを提供し、その見返りとして情報を得る。ユーザはそうした情報を提供しているということを意識しないまま、ゲームをプレイしている」
「そうです。でもゲームの目的はユーザを楽しませることじゃありません。話題になることです。人が他の人と話すためには話題が必要です。その話題を提供するためにゲームがある。極端な話、話題にさえなってくれるのであればゲームそのものは楽しくなくたっていいんです」
「さすがだ。わたしのシオンズゲイトは間違っていなかった。きみたちを見つけ出したからね」
 ゲームマスターはぼくの顔を見て頷いた。
「シオンズゲイトは実はゲームではない。ゲームの姿を装ったある種のプログラムだ。わたしはそのアーキテクト、設計者なのだ」
 ぼくとアリアは顔を見合わせた。二人とも眉を上げて目を丸くしていた。
「人は進化しすぎたのだ」
 そんな二人には構わず、ゲームマスターが続ける。
「進化してありとあらゆるものを手に入れた。生物としては不要な多くのものを。人が工夫して生み出したものは世代を超えて受け継がれ、より新しい優れたものが次々に生み出された。寿命はどんどん伸び、事故や戦争も減った。災害から身を守る手段も増え、天変地異で死ぬ個体も著しく減らすことに成功した」
 ゲームマスターは言葉を切ってぼくとアリアをかわるがわる見た。
「わかるかい? そのようにして人は、異様に死なない生物になったわけだ。無論、それは歓迎すべきことだ」
 ゲームマスターはときどき言葉を切って間を置いたり、ぼくやアリアの顔を見たりしながら話す。
「多くの生命体が本能的に備えている機能として、種の保存というのがある。簡単に言えば絶滅しないようにするということだ。大量の子を生んで低い生存率でも生き残るという方向に進化する種もあれば、生まれたものをなるべく生存させる方向に進化する種もある。人は生まれた個体がほとんど死ななくなり、数が増えすぎた。増えすぎたことによってかえって種の保存に支障が出始めた」
「それはだいぶ昔の話ですよね。そのあと人口は激減して今はだいぶ少なくなっているはずです」
 ぼくが言う。
「そう。これは歴史の話だ。命は脅かされなくなり、生活は便利になった。難しいことはみんな機械がやってくれる。情報は溢れていて記憶しなくてもすぐに手に入れることができる。考えることも覚えることも、いまや必要ない」
 ゲームマスターはまたぼくとアリアを交互に見た。
「増えすぎた人口は支え切れなくなった。しかし今にして思えば奇妙なぐらい絶妙なタイミングでいくつかの事象が発生した。人の密度を攻撃するようなウィルスが発生し、それまでの経済社会が立ち行かなくなった。進化の過程で獲得した多様性が拡大し、出生率が下がった。そしてエネルギーに関する大きな発明があり、高効率な経済社会ができ上った。人は数十年の間にその数を三分の一にまで減らした」
「ええ。それはぼくが知っている歴史の話です」
「その通り。よく勉強しているね。しかしきみたちの知らないその先の歴史があるのだ。皮肉なことに、進化は止まらなかった。多様性の拡大はさらに進み、少数派マイノリティ多数派マジョリティが逆転した。同性愛者が増え、異性愛者が減った。やがて無性欲者が増えた。あとになって思えば、当初少数派を守るという方向だった多様性の保護は途中で保護すべき対象を切り替えるべきだったのだ。気づいたときには遅かった」
 ゲームマスターは話を切って二人を見た。
「人はついに生殖本能を失ったのだ。今や性別自体が形骸化し、染色体の差異こそあれ、それを個体間で意識することはなくなった。わかるかね。性別という概念自体が失われたのだ」
 ぼくはアリアに目をやって身じろいだ。
「失われてないと思いますよ」
 照れながらも確信を持ってぼくは言った。
「失われたのだよ。自分で考える力も、異性を恋しく思う気持ちも。そうして人は自然には生まれなくなった。生殖細胞自体はあるけれどもはや役には立たない。生殖細胞の働きは脳の活動に大きく依存している。だから細胞があっても脳の方で本能が失われていると正常に機能しないのだ。だから適齢の個体から生殖細胞を採取して人工的に受精させてはいるけれど、男性は稀にしか発生しないうえに、そうやって生まれた個体が成長しても男女間での自然生殖は行われない。そうしたいと思う本能自体がなくなってしまったからだ。さらにそのようにして生まれた個体は免疫力が弱く、長く生きられないものが多い」
「なんの、話ですか?」
「現実の話だよ」
「話はわかります。完全にわかっている自信はありませんが、少なくともおっしゃる意味はわかります」
 ぼくは自分の理解を整理するように話し始めた。
「たしかに出生率は下がっていると聞きます。でもぼくらは自然に生まれたし、周りにもぼくらと同じぐらいの子どもはそれなりにいました。なにも考えてないようなのも多かったけれど全員がそうだったわけじゃないですよ」
「違うのだよレイト君。きみたちは生まれていないんだ。いや、生まれはしたけれど目覚めていないと言った方が正しいかな」
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