真実の愛を見つけたと捨てられた令嬢に持ちかけられた契約婚約~愛していたのは私だったと言われても困ります~

木崎優

文字の大きさ
26 / 37

26話

 ふにゃりと柔らかなものが手の甲にあたる。とっさの防御反応で手を割り込ませて、一拍置いてから、自分が何をされそうになったのか理解して、どっと血の気が引いた。

「コンラッド様! ひどいです! 私というものがありながら!」

 そんな悲鳴すら、遠く聞こえてくる。
 今、手を入れなければ間違いなくコンラッドの唇は私に触れていた。ぞわっと背筋を駆け上がる嫌悪感に体が震える。
 これまで一度だって、コンラッドとそういう空気になったことはない。手を繋いだことがあるぐらいだ。それなのにこんな、痴話げんかの最中に唇を奪おうとしてくるなんて。
 いや、痴話げんかの最中だとか、そういうのは問題ではない。私の了承もなしにということが問題であって。

「どうしてお前に遠慮する必要がある! アンジェラ、今度こそ俺を受け入れてほしい」

 私の口元を覆っている手に、コンラッドが触れる。邪魔なそれを取り除こうと。

「ふ、ふざけないで!」

 冷静に事態を整理しようと努めていた頭が、沸騰したように熱くなる。
 もうだめだ、冷静になんてなれない。私の怒鳴り声は手で覆われ、くぐもり、そこまで大きな声にはならなかった。だけどそれでも、コンラッドをひるませるにはじゅうぶんだったようだ。
 どん、と体を押しのけて、コンラッドから距離を取る。

「今さら愛してるとか言われて、それで喜ぶとか思ってるの!? しかも無理やりとか、ふざけないでよ! 私はもう、あなたの婚約者でもなければ友達でもない! ましてやお守役でもないんだから、もう放っておいて!」
「ア、アンジェラ……?」
「あなたとキスするぐらいなら、サイラス様とするわよ! 私の婚約者は彼なんだから!」

 私の剣幕にコンラッドが困惑したように瞳を揺らしている。だけどそんな彼の様子に構っている余裕は、私にはない。

「それにモニカさんもモニカさんよ! 身分を偽るのは些末な問題じゃないわ! 貴族の結婚のほとんどが政略なのは身分が大切だからよ! それをただ黙っていただけだからで許されるわけないでしょう! ちゃんとしっかり愛されたいなら、最初から包み隠さず話しなさい!」

 そこまで怒鳴ってようやく、少しだけ頭が冷えた。
 だからといって怒りが冷めたわけではなく、おろおろとうろたえているふたりを睨みつける。

「私はあなたたちの友達でもなんでもありません。モニカさんがどういう人かなんて知りませんし、興味もありません。いいですか、よーく頭に刻んでくださいね。コンラッドが真実の愛がどうのと言ったあの日に、私たちの縁は切れたんです。あれでおしまいです。だからこれからは、私の目の届かないどこか遠くで勝手にやっててください。幸せになるのも不幸になるのも、どうぞご自由に」
「ひ、ひどいです、そんなことをおっしゃるなんて」
「泣きたければ勝手に泣いてください。泣いているあなたをかわいそうに思う情すら、私にはありません」

 はらはらと涙をこぼすモニカさんに冷たく言い放つ。
 この人たちにはしっかりはっきり、優しさなんて見せずに言い切らないと伝わないということがよくわかった。少しでも甘さを見せれば付け上がり、私の唇を奪おうとするんだから、優しくするだけ損だ。

「ア、ンジェラ。俺は違うよな。だって、俺とは長い付き合いだろう? 一緒に笑い合った日々を忘れたわけじゃないだろう? 一緒に頑張ろうって、侯爵家にふさわしいようにって」
「それを反故にしたのはあなたでしょう。あなたの頭にはおがくずでも詰まってるんですか」

 これだけ言ってるんだから理解しろ、と言外に潜ませた完全な暴言を吐き捨てると、コンラッドの顔が一瞬で青ざめた。

「違う、俺は、だって、俺が誰を愛そうと、俺は君とよい友達でいたいと」
「あなたの都合なんて知りませんよ。どうぞそこらの虫とでも友情を誓い合ってください。あなたが虫に友情を求めようと愛を求めようと、私には関係ないので。ああ、もちろんそこのモニカさん相手でも構いませんよ」
「こ、これからは態度を改めるから……だから、そんなこと……お、俺を見捨てるなんて……」
「私を先に捨てたのはあなたです!」

 コンラッドの態度に、思わずまた怒鳴ってしまう。これならまだルーファウス殿下のほうがマシだ。彼はサイラス様が大好きなだけで、一応常識は持っていた。

「俺は、君を捨ててなんていない。君が困っていることがあればいつだって手を差し伸べるつもりで……!」
「なら今まさに、困ってますよ!」
「じゃ、じゃあ! モニカをどこかにやるから! 学園を追い出せば、許してくれるか!?」
「そんなことは言ってないでしょうに! ――というか、どさくさに紛れて触らないでください!」

 縋りつくように私の腕を掴むコンラッドを蹴飛ばして――

「見苦しい」

 コンラッドが尻もちをついた音とともに、冷え冷えとした声が届く。
 苛立ちを隠さないその声に、もしや私のことかとあげていた足を慌てて下ろす。人を足蹴にするなんて淑女にあるまじき行為だったと反省し、声の主をちらりとうかがい見る。

 だから彼の目は私ではなく、地面に座り込んでいるコンラッドに向けられていた。
感想 47

あなたにおすすめの小説

「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。 だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」 追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。 一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。 誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。 「その言葉は、もう翻訳できません」

何もしなかっただけです

希臘楽園
ファンタジー
公爵令嬢であり王太子の婚約者であった私は、「地味だ」という理由で婚約を破棄され、王宮を去った。 それまで私が担っていた役目を、誰も知らないまま。 ――ただ何もしなくなっただけで、すべては静かに崩れていく。 AIに書かせてみた第14弾は、「追放ざまぁ」系の短編。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。過激ざまぁタグあります。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です

柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。 そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。 真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。 けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。 「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」 彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。 アンリは実は、亡き国王の婚外子。 皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

今さら救いの手とかいらないのですが……

カレイ
恋愛
 侯爵令嬢オデットは学園の嫌われ者である。  それもこれも、子爵令嬢シェリーシアに罪をなすりつけられ、公衆の面前で婚約破棄を突きつけられたせい。  オデットは信じてくれる友人のお陰で、揶揄されながらもそれなりに楽しい生活を送っていたが…… 「そろそろ許してあげても良いですっ」 「あ、結構です」  伸ばされた手をオデットは払い除ける。  許さなくて良いので金輪際関わってこないで下さいと付け加えて。  ※全19話の短編です。

そういう時代でございますから

Ruhuna
恋愛
私の婚約者が言ったのです 「これは真実の愛だ」ーーと。 そうでございますか。と返答した私は周りの皆さんに相談したのです。 その結果が、こうなってしまったのは、そうですね。 そういう時代でございますからーー *誤字脱字すみません *ゆるふわ設定です *辻褄合わない部分があるかもしれませんが暇つぶし程度で見ていただけると嬉しいです

ようやく自由にしてくださって感謝いたします

一ノ瀬和葉
恋愛
華やかな舞踏会の夜、突然告げられた婚約破棄。 誰もが涙と屈辱を予想する中、令嬢の唇からこぼれたのは――思いがけない一言だった。 その瞬間から、運命は静かに、しかし決定的に動き出す。 ※ご都合です、小説家になろう様でも投稿しています。