悪鬼羅刹の如く

nekuro

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第2章 異変

4話 逃走劇

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 白鷺が衣笠の家を訪ねて去った後、衣笠の家の扉が僅かに開かれる。
 その隙間からマンションの共用廊下を念入りに探る瞳があった。異常が無いことを確認したのか、ゆっくりと音もなく閉められる。
 部屋の中は昼間と言うのにカーテンを閉め切っており、中は薄暗い。
 それなのになぜか電灯が灯されていなかった。
 衣笠は扉からゆっくりと離れて部屋の中央にあるリビングへと向かう。そのリビングの隅で布団を頭から被さって目の焦点が合っていない女の子が縮こまって座っていた。

 ”ごめんなさい……ごめんなさい”

 ブツブツ、とうわ言のようにその言葉を繰り返していた。
 そんな女性の崩壊を目の当たりにしている衣笠は必死に平静を保っていた。
 このマンションに来てからずっとこの状態である。
 それもこれも、あの日の出来事が全てを狂わせてしまった。



 ♦♦♦



 衣笠がラングレン一家に世話になったのは二年程前だ。
 大富豪であるラングレン家は、衣笠以外にも使用人やボディガードは何人もいる。
 にも、かかわらず衣笠がラングレンの家に招かれる。その理由は単純。
 実力があるからだ。
 その実力を認められ、衣笠はソフィアの側近として任される。
 衣笠が見たソフィア=ラングレンというのはずっと病弱であった。
 多少元気になることもあるが、ひと月の間に数える程度である。
 それ以外はほとんど寝たきりの状態。
 外にも出れず、部屋の窓から外を眺めているだけ。
 今は携帯などを利用すればある程度情報が集まるが、彼女はそれを見るだけしかできない。
 何処にも出かける事が出来ないからだ。

 そんなソフィアの為に、衣笠は色々と手を尽くした。
 代わりに店に行ってみたり、買い物してきたり。少しでも力になれればという親切心だ。
 そんな献身的な行動をする衣笠に、ソフィアは信頼を置き、衣笠は恋心にも、親心にも似た感情が次第に芽生える。
 しかし、ソフィアの状態は一向に良くならない。
 医者も手を尽くすが、一向に虚弱体質は改善がみられないでいた。ソフィアの両親は勿論、ソフィアの側近として常に傍らで見守り続けた衣笠もそれは同じ思いであった。

 そんな時だった。

 神が――――いや、悪魔が現れたのは。


 赤い外套を翻し、手にはジュラルミンケースを持った得体のしれない医者がやってきたのは。

「私なら、お嬢さんを治すことができます」

 そう、医者は告げる。それはとても怪しい事この上ない言葉だった。
 だが、両親はソフィアを治せる医者などこの世にいないと思っていた為、それは例えなんであろうとすがりつくしかなかった。
 その医者と名乗る男は寝たきりのソフィアに対して、ケースから注射器を取り出す。そして一緒に入っていた小瓶を取り出し、中にある赤い液体を注射器を使ってソフィアに打ち込んだ。
 ただ、それだけの事だった。
 そして何も言わぬまま立ち去っていく。
 変化が見られたのはそれから三日後の事だった。
 ソフィアの顔色の血色がよくなり、病弱な体が嘘のように元気いっぱいに動くようになった。
 それから寝たきりになる事はなく、普通の生活を手に入れる事が出来た。

 半信半疑だった両親もこれには大喜び。
 治してくれた医者を見つけようと探したものの、煙に巻かれたようにその存在を知ることは決してできなかった。
 確かに医者の病気を治せるという言葉に嘘は無かった。


 ――例え、違う病気にかかっていたとしても、それは嘘ではない。


 ソフィアの虚弱体質が改善されてから半年後の事だった。
 ラングレンの家の食事は一流のコックが作り上げた自慢の品で、それは誰もが認める程美味である。
 この日の夕食で微かな異変を察知する。
 夕食に用意された料理はソフィアの好物であるグラタンがあった。しかし、これを半分ほどで残していた。それと逆に、嫌いな食事であった牛の肉類を率先して食べていたことだった。
 夕食を終えた後、衣笠はそれとなく、ソフィアに訊ねる。

「お嬢様、今日は食事どうされたのですか? 好物を残して、嫌いであった肉類を手に取るとは何かの心変わりでしょうか?」
「あ、コウは気付いてた? そういう訳じゃないんだけど……」
「だけど?」
「無性に、お肉が欲しいのよ最近。それも、血の滴るような。それが美味しくて」

 そういう年頃かしら? と気にしていないソフィア。
 だが、衣笠はそれを何処か記憶の隅に留めていた。

 それが起こると、変化は早かった。
 ソフィアの食事は肉類が多くなり、火の通っていないレアなものを好むようになる。
 その肉が牛だろうと、豚であろうと、肉であればしゃぶりついていた。
 時折、他の人間を見る目が、飢えた肉食獣のように獲物を狙う目になっていた。
 そして、事件が起こる。
 ソフィアはあろうことか、他の使用人の喉元にかぶりつく。それを衣笠が間一髪ソフィアを剥がすことにより、大事には至らなかった。
 この事態に対して、ソフィアの親は緘口令を出し、他の使用人の耳に入るのを防いだ。
 だが、深刻な状態の変化に、ソフィアはおびえだす。
 また、他の者を襲ってしまわないだろうか? という強迫観念に襲われる。
 それを防ぐ手立てをソフィアは考えた。

 ”私が他の人間との接触を絶てばいい”

 そう考えるが、一人では至難の業。そこで、最も信頼していた衣笠に頼み込んだ。

「私をどこか遠くへ連れて行って」

 ただ事ではない事は既に先刻承知していた衣笠は、これを承諾。
 そして、この事が誘拐につながってしまう。
 二人でいる間、やはりソフィアには血を欲する衝動に駆られるが、これを解決する方法は人間の血以外に方法は無かった。
 豚や牛、様々な肉類などを利用したが、一切の改善が見られなかった。
 いつのまにか、その青い瞳は真逆の朱色へと変わっていた。
 独自のルートを利用して、衣笠は知り合いから輸血用の血液パックを購入して難を凌いでいたが、それも結局徒労になってしまう。


 ある日の夜、衣笠の目を盗んで彼女は外出をしてしまう。
 そこに、両親から依頼を受けて現れる探偵事務所の人間。連れ戻そうと、ソフィアに強引に触った事が引き金となる。
 抑えていた衝動が、一気に噴きあがる。
 暫く経った後、ソフィアのいない事に気づき、ようやく衣笠が現れる。
 そして、そこで目にしたのはべっとりとこびりつく血の匂いと肉の塊。
 無心でそれを貪る人であった。
 幸か不幸か、その時周囲に人はおらず、誰にも悟られることは無かった。

 全てが手遅れ。その光景は衝撃的過ぎた。
 彼等は逃げた。
 現実から、罪から。



 ♦♦ ♦♦


 そして今に至る。
 これ以上彼女と誰とも接触させないよう、防犯設備の高いマンションの部屋を選んだのはそのためであった。
 人を食した罪悪感をどうすれば取り除けるか? 衣笠には分からなかった。
 唯一できる事と言えば、傍にいて緊張を和らげることだけだ。

 だが、それも今日で終わりにしなければならなかった。
 先程の女性が衣笠の考えを改めさせていた。

 (急がなければ、手遅れになるかもしれない)

 未だ失意のどん底にいるソフィアに対して、衣笠は近づきフードを取る。それに反応して顔を上げるソフィア。
 涙で溢れるその目は、充血などでは見られないほど真紅に染まっている。

「今日、ここを出ましょう」
「……え? 何故ですか衣笠?」
「少しばかり、雲行きが怪しくなってきました。ですから――」
「何処に行くのですか?」

 即座に返事が出来なかった。
 何処に? それはおそらく、衣笠も思っていたことだからだ。
 状況が良くなるとは思わない。ただ、このまま居るのだけはマズイ。それだけは衣笠が唯一確信できる部分であった。

「お嬢様……今から言う事を良くお聞きください。私は何時でも貴女の味方です。それは例え旦那様に背くことであったとしてもです」






 ♦♦♦





 その夜は黒一色。月すらも闇に落ち、一層の暗さが世界を包む。
 マンションにも静けさが漂っており、静まり返るその中で一人の男が部屋から出てくる。
 それは、衣笠であった。
 薄手の黒いジャケットを羽織り、その手には大型のスーツケースを持参しており、膝を折りたためば人一人が入りそうなほど大きなサイズのスーツケースだった。
 両手で大事そうに抱え、そのまま誰にも悟られる事無くマンションの外に出ると、来るのを待っていたタクシーにスーツケースをトランクに入れ、夜の街を去っていく。
 暫くタクシーは止まることなく道路を走り、高速のバイパスを使う。
 そこからタクシーは加速していく。営みの象徴ともいえる街明かりは少しずつ少なくなっていき、やがてその旅路は終わりを迎えた。

 止まった場所は港にある倉庫街。
 周囲にはシャッターの閉まったガレージや、積み重なったコンテナが立ち並ぶ。
 タクシーに代金を払い、スーツケースをトランクから下ろす。
 そんな彼を歓迎したのは海から運ばれる潮風と、頼りない光を放つ照明灯。それらはまるで衣笠達の行く末を暗示しているかのようにも思えた。
 去っていくタクシーが見えなくなるまで見届けた後、周囲を気にしながらスーツケースを両手で抱えて運ぶ。
 慎重に運びながら、彼は海に向かって歩き出した。
 辿り着いた埠頭で、ようやくスーツケースを下ろし、腕にしているデジタル時計を確認すると、キョロキョロと首を動かす。
 彼は、焦っていた。
 約束を取り付けたはずの船が来ていない。時間は何度も確認した。
 指定した時間まで5分猶予があるとはいえ、船の影も形も無いのはおかしすぎる。
 そんな衣笠の前に現れたのは船ではなかった。


「あれぇ? もしかして衣笠君じゃあらへん?」


 女性の声。それには覚えがあった。
 声の方を向くと、午前中に出会った長身の女性と、無愛想な表情をした少女が連れ添っていた。
 ハロー、と手を振り、親しい友人に向けるような笑顔を見せる長身の女性。
 それに合わせるように衣笠も口元を緩めた。

「あれ? 白鷺さんじゃないですか。こんな所でどうしたんですか?」
「おっと、衣笠君が私の名前覚えてくれてるとは思わへんかったわ」
「白鷺さんのような綺麗な女性なら一目見たら忘れませんよ」
「衣笠君、正直やなー! お姉さん、うれしいわ」
「お世辞に決まってるだろ詐欺師」
「九条ちゃんは黙っときいな」

 目の前の二人から異様な気配。二人はひょっとして仲が悪いのか? と衣笠は勘繰る。
 一瞬二人の視線が交差した後、衣笠の方へ再び向く。

「えーっと、何しに来てるかやったね? うちは釣りをしてたんや」
「釣りですか」

 二人を見るが、その手に釣り竿などの道具は一切持っていない。空手であり、魚を入れるようなクーラーボックスも見当たらない。

「何か釣れましたか?」
「ああ、釣れたで。

 嫌な勘というものは当たるものだ。
 そう、心の中で毒づく衣笠。
 向こうも正体を全く隠す気がないことから、避けられないだろうと観念する。


「あなた方は旦那様の用意した手合いですか? それとも……亡くなった女性の知り合い?」
「なんや、気づいとったんかいな。どちらの方が嬉しいかな?」
「正直、どちらも嬉しくないですね」

 はは、と元気のない乾いた笑いが衣笠から出る。
 衣笠の立場からすれば、どちらも心が痛む相手であるからだ。

「まぁ、わかってるんやったら話は早いわ。そこの荷物、渡してくれへん?」

 白鷺は指さすのは衣笠が持ってきたスーツケース。それを遮るようにスーツケースの前に衣笠は立つ。

「お断りします。貴女方に渡す物ではありません」
「せやけど、それをずっともっておく訳にはいかんやろ?」
「承知してます。ですが、無理なんです」
「あんまり聞き分けがないと、こっちもそれ相応の事にでなあかんなるで?」

 まだ、間に合う。そう、言いたげな言葉だった。
 だが、それは首を振って拒否の姿勢を見せた。

「貴女方はお嬢様がどのような状況におられるのか分かっているのですか?」
「まぁ、一応。バケモノになってることぐらいは」
「でしたら、聞きます。お嬢様を引き渡してどうなさるつもりですか?」
「殺すさ」

 衝撃的な発言に、衣笠の表情が強張る。
 他に物の言い方があっただろう。嘘でも何でもいいから危害を加えないと言って説得する方法をあえて捨て、残酷な現実を突きつけた九条。

「ちょ、九条ちゃん! 他に言い方が――」
「ああ、そうだったな。せめて痛みを知らず一瞬であの世に送ってやろう」
「そういう意味やあらへん!」
「どうして……どうして、殺すのですか?」
「悪鬼だからだ。悪鬼は人に害を与える存在だ」
「悪鬼?」
「人を喰らって生きる異形だ。特徴的なのは眼だ。朱い瞳をしていないか?」

 返事をしなかった。
 拒否をしないという事は、認めるのと同じであった。

「治す方法は?」
「無い。諦めろ」
「お嬢様はまだ若いんです! 夢があるんです!」
「その夢を奪ったのもお嬢様とやらだろう」
「っ……! あれは事故でした。彼女は今もその事に苦しんでいるんです」
「何があったかは知らない。ただ、お前の言うお嬢様は人を殺めた。そして、そのことによって残された人間はどうなると思う? 家族や、恋人を殺したヤツが今この時間も、のうのうと暮らしていると考えると夜も眠れない。この手で同じ目に合わせてやりたい。そんな行き場のない怒りが自分を蝕むんだ。お前が今やっていることは単なる自己満足だ。苦しんでいるというのなら、楽にしてやれ」

 放つ言葉には重みがあった。それは、九条自身が味わった出来事であるからかもしれない。
 隣にいる白鷺も、九条の言葉には概ね同意という立場だった。
 何が正しいか。それが分かっているのなら、衣笠もこんなに頭を悩ませはしなかっただろう。
 だからこそ、九条の言葉に彼の心は揺らいでいた。

「見逃してくれませんか? お嬢様は僕が面倒をしっかり見ます! もうこれ以上罪を重ねさせません、だから!」
「どこに逃げるというんだお前は?」
「それは……」
「逃げてどうする。逃げた先に楽園があるのか? お前は悪戯にそうやって先延ばしすることで彼女を傷つけているだけだ」
「……確かに、貴女の言っていることは一理あるかもしれませんね」
「理解したか。ならば――」
「ですが、僕にも譲れないものがあります」

 ハッキリと衣笠は答え、その目には迷いが無くなる。
 今までやってきた事が、ソフィアの為になっただろうか? もっと良い方法があったのではないか? そんな自問自答を数限りなく繰り返してきた衣笠。
 そして、今こうして九条の言葉を聞いて大きく足元から揺らぎ、崩れていこうとしていた。
 だが、一つだけ彼には確固たる意志がある。
 それだけは、誰にも揺るがすことのできない、鉄にも勝る鋼の意思だった。

「お嬢様を守る。それだけは、どんなことがあろうと変わりません。だから、貴女方にはお嬢様を譲るわけにはいきません」
「……なるほど。これ以上の話し合いは無駄そうだな」

 交渉決裂。
 最初から白鷺や九条は相手を説得することは難しいと思ってはいた。だが、それでも避けられるものなら避けたい思いであった。
 ここまでくれば、残る手段はお互い一つしかなかった。

「結局実力行使か……うちはあんま気が進まへんな。2対1ってもうイジメやで」

 状況から見れば、圧倒的優位な立ち位置に居るのは九条達。
 お互いがお互いの実力を知っており、常に悪鬼と言う化け物を相手にしてきた手練れ。今更生身の人間を相手などすれば、秒で片付いてしまうだろう。
 とはいえ、彼女たちは衣笠がただの一般人ではない事は知っている。
 それは白鷺が持つ『眼』の賜物であった。
 彼女には相手がどれだけの力量を持っているのか推し量ることができる。
 それは相手の体から立ち上る湯気のようなもの。それは『オーラ』とよぶのだが、それを見て、その色で見極める事が出来る。
 ただ、これには少し欠点があった。
 それは現状の実力しかわからないということだ。
 何らかの理由で相手が力を抑えていれば、それを見抜くまでは至らない。
 だが、相手の力を推し量る物差しとしては十分な代物であった。

「衣笠君は多少実力があるみたいやけど、うちらはもっと強いで?」
「分かっています。それは白鷺さんと会った時に気付いていました」
「せやったら、無駄な足掻きせんと、さっさと降伏――」
「だから先に謝っておきます。貴女達を死なせてしまった後には謝る事ができませんから」
「へ?」
「手加減が出来るとは思っていません。そして、貴女方を逃がすという選択肢は残念ながら僕にはありません」
「ちょ、聞いてる? 言っとくけど、私ら衣笠君が勝てるような相手とちゃうで?」

 ズボンのポケットから衣笠は何かを取り出す。
 出てきたのは青と赤の対となる手袋だった。青い方に「風」赤い方には「雷」と書かれていた。
 青い方を左手に、赤い方を右手に彼は装着する。
 その感触を確かめるように、衣笠は手を開いたり、握ったりを繰り返す。

「先程、貴女方はお嬢様の事を悪鬼と呼んでいましたね。となると、貴女方はきっと私が知らない生物と戦い、その死線をくぐり抜けてきたのでしょう」
「あんた、そこまで分かっておいて、うちらと戦うつもり? 若い子痛めつけるのは趣味やないんやけどなぁ」
「…………」

 二人の会話の最中、ただ押し黙って考え事をしている九条。
 何かが引っかかっていた。
 それは喉に引っかかった魚の骨のように嫌らしく、気にしないようにしてもさせてくれない違和感。それが何なのか、頭の中で精査する九条。
 だが、この後起こる事は二人にとって想定外の事が起こってしまう。

 彼は先程言ったのだ。”貴女方はきっと私が知らない生物と”
 それが意味する事を彼女らは理解していなかった。
 つまり、彼はという事に。

 眼を閉じた衣笠は大きく息を吸い込み、長く、細く息を吐きだす。
 呼吸を整え、心を整える。
 そして両の手を胸元に持ってくると、指先を合わせて三角形を作り出す。
 瞬間、衣笠周辺の空気が一変する。


 ”――――我は汝、汝は我”

 告げる言葉に含まれる、神格のような尊大さ。
 それを聞いた二人は度肝を抜かれていた。

「ちょ、ちょっと待ってぇな! ひょっとして!」
「馬鹿な! まさか……これは!」

 九条達から焦りの声。
 ありえない。いや、あってはならない。
 そう、彼が口にしているものは九条が告げるそれと同等のものであった。

「”唱喚しょうかん!”」   

 二人の言葉が寸分違わず重なり合う。

 ――唱喚。
 それは九条綾が羽々斬を呼び出す際に使用するために行われる口上の儀式。
 分かりやすく言えば現代における魔法の詠唱。
 述べる言葉は人によって違うが、唱喚を述べる事により、神格の力、人知を凌駕する存在から力を授かることができる。
 だが、唱喚を述べられる人間など本来この世界に一握り……いや、指折り数えれる人間しかいないのだ。だからこそ、彼女たちは驚愕する。
 焦りを見せる九条達を尻目に彼は淡々と紡ぐ。

 ”――――この手に宿るは罪と罰。心に宿すは鬼と神”

 彼の足元から巻き起こる突風に、その周囲を飛び交う雷。
 激しさを増す風に、九条達は思わず身を屈める。

 ”――――破滅導く鬼神の如く” 

 告げると同時に開かれる双眸。
 爆発を思わせる突風が、彼の足元から一度噴き出した後、その容貌が変化していた。
 全身に纏う雷の衣。青い稲妻が彼の体を巡り、パキパキと音を立てて光を放つ。

「あー、これはあかんわ九条ちゃん。ちょっとマズイ」

 頭を掻きながら困った様子の白鷺。
 その眼に映る衣笠は先程とはまるで別人になっていた。
 彼の体から立ち上る気は、天に昇る龍のように湧き出ていた。強さの桁が一つ、二つ違うものになっていた。

「見ればわかる。やはりお前は詐欺師だったな」
「こんなのわかるわけないやろ! あんたかておどろいてたやない!」
「聞いてなかったからな」

 動揺が二人に生まれる。
 楽な仕事と思っていたら、何時の間にか命の奪い合いを余儀なくされる事態になってしまえばそれも当然と言えるだろう。
 衣笠は右手を前に出し、左の拳を脇で構える。
 刺すような視線が九条達を捉える。その眼はあまりに透明で、輝く宝玉のよう。
 一切の迷いを断ち切った者はただ己が使命を執行する。

「さて、お二方……覚悟はいいですか!」









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