悪鬼羅刹の如く

nekuro

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第2章 異変

6話 白鷺vs衣笠

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 この世に舞い降りた銀髪の美女。
 揺れる髪は夜の暗さと反して、幻想的な輝きを放つ。
 そんな美女の相手を務める男性というと、喜ぶ様子はない。
 相手が容姿に合わない、棘を隠し持っているのを知っているからだ。

「さきに謝っとくわ、衣笠君」
「何をですか?」
「九条ちゃんからは時間稼ぎ言われてるけど、この状態になると、手加減はできへん。あんたの上か下……消し飛ぶで」

 衣笠の上半身、下半身を素早く交互に指さす。

「ご忠告感謝します。ですが、それは無いので心配いりません」
「ほうか。じゃあ、とりあえず……一発いこうか!」

 動き出す白鷺。だが、その速度は衣笠に比べると遅く、雲泥の差と言わざるを得ない。更に、白鷺は大きく振りかぶっており、出来る事と言えばそのまま振り下ろすだけ。
 あまりに単調な攻撃。既に衣笠はその攻撃を捌き、顔面に一撃入れて終わらせる判断を考えていた。
 そして、白鷺の攻撃が繰り出されようとした瞬間。
 衣笠の背筋に恐ろしいほどの戦慄が走る。


 考えるよりも早く、地を蹴って後方に下がる。その時、衣笠は見た。
 白鷺が振り下ろした一撃は、強烈な空気を裂く轟音と共に、自分の居た場所を粉砕し、地が砕けて揺れる。
 あまりに冗談めいた威力に、衣笠の顔から血の気が引いた。
 自分のやろうとしたことがどれだけ愚かな事だったか、それを目の辺りにする。
 地面に叩きつけた得物をゆっくりと持ち上げ、再び衣笠を目で捉える。

「ええ動きやな。お姉さんとの遊びはスリルがあるやろ?」
「あまりこういう遊びは好きじゃないですね」
「大丈夫、これからもっと楽しくなるからなぁ!」

 狂気に満ちた笑いを交えながら向かってくる白鷺。縦に、横に豪快に振ってくる。
 大きな予備動作のおかげで、その攻撃自体を避ける事はそこまで難しくは無かった。だが、白鷺の振るう得物が空を切るたび、それは猛獣の唸り声のようにけたたましかった。
 一撃、一撃がその周囲の空気全てを削り取るような暴力的な音を発し、一撃受ければ肉はおろか骨を丸ごと持っていかれる即死級の火力。
 そんな攻撃を衣笠が避けていると、白鷺の得物が港にある倉庫の壁面に当たってしまう。だが、それは障害にもならないと言わんばかりに、コンクリートの壁をバターのように根こそぎ削りとってしまう。

(なんて出鱈目な力だ!)

 それが数秒後の自分になると思ってしまうと、恐怖以外の何物でもない。
 とはいえ、このまま打開策も無く逃げ回っている衣笠でも無かった。

 何度か攻撃を避けた後、衣笠が後ろから大きく振りかぶったモーションを取った瞬間、脇を抜けて背後に回り、距離を離す。
 そして、右手を腰に構え、左手を前に伸ばすと、足の五指に全神経を集中させる。

「あーもう、ちょこまかと!」

 苛立ちながら衣笠の方を白鷺が振り向いた瞬間だった。
 足の五指の力をもって、衣笠は地を蹴った。
 それは最初みた速度よりも遥かに早く、弾丸と化したその踏み込みによって、衣笠の接近を白鷺はいとも簡単に許してしまった。
 踏み込みの速さ、体重、そして腰の回転を流れる動作で右の拳に乗せると、白鷺の無防備な腹部に、銃弾の如き正拳を撃ち込んだ。
 耳元で太鼓が鳴ったような大きな音が響く。
 会心の一撃。手加減なしで撃ち込んだ右の正拳は、普通ならば相手の臓器が破裂し、腹部を抱えて悶絶しながら、血を吐き出して死んでしまう威力。
 手加減なしで撃ち込んだそれに対し、白鷺は普通に立ったままだった。苦悶の表情を浮かべるどころか、けろっとした様子。
 そして、攻撃した衣笠は異常を感じていた。
 人間の腹筋とは思えない、古タイヤのような弾力と共に、鋼のような硬さを白鷺の腹部から感じていた。

「なんや? 何も言わずうちの胸に飛び込んでくるなんて失礼やな」
「くっ!」

 そのまま白鷺の首に対して、右の上段蹴り。鞭のようにしなるその蹴りは、岩をも砕く。腕で防ごうものなら、その腕ごと首がへし折れる。そんな衣笠の蹴りが的確に白鷺の首を捉えた。
 そして、衣笠は痛感した。白鷺は首で受けたのだと。
 蹴り砕いたと思った白い細首は、鍛え抜かれた格闘家のそれよりも強く、まるで巨木を連想させるような手応えがあった。
 たまらず衣笠は距離を離すが、それを追いかける事無く、白鷺は首を触ってゴキゴキと鳴らす。

「うーん、もうちょっと力いれてくれんとマッサージならんで?」

 その言葉は衣笠にとって屈辱以外の何物でもない。
 ここにきて衣笠は相手の強さを改めなければならなかった。

 ――化け物。

 触れれば全てを根こそぎ刈り取る破壊力に加え、人間とは思えない鉄壁の身体。それは、最強の矛と無敵の盾を兼ね備えた不沈艦。
 九条も大抵だと思っていた衣笠だったが、この目の前にいる白鷺も勝るとも劣らぬ強さの持ち主だった。

「まだやる? うちも別付き合っても良いけど、アンタはそれどころじゃない。早くうちを倒して追いかけないけないのに、ここで手をこまねいている」
「分かっています」
「諦めたほうがええ。九条ちゃんは、悪鬼に容赦ないで。今頃捕まって終わってるかもしれへん」

 自分の首に白鷺は手を当て、トントンと触る。
 その意味は嫌というほどわかっていた。だから、衣笠も手段を選ぶことをやめた。

「白鷺さん、あなたは強い。僕は貴女を侮っていた」
「分かればよろしい。んで、降参するんかな?」
「それはあり得ません。ですから、僕の奥の手をもってあなたを倒します!」

 深呼吸をするように手を大きく広げる。
 白鷺は別段衣笠のやろうとしていることを止めようという気配がない。むしろ、受けてたつと言わんばかりにそのまま動かずに立っていた。

「――風の守護よ、雷の加護よ! 我が問いに応え、力を貸せ!」

 それに応じるように、衣笠の左と右の手に、変化が訪れる。
 左の手に風が巻き起こり、右の手には雷の塊が現れる。
 そして、左の手を白鷺に向けると、一陣の風が吹き荒れる。
 突然の強風に、白鷺は思わず身構えた。その身構えた瞬間。懐に飛び込んできていた衣笠の姿があった。
 衣笠の右手は先程同様、白鷺の腹部に当てていた。だが、今度は握りこぶしではなく、掌を広げて押し当てていた。
 何をしようというのか? それを白鷺が思った矢先の事。

「はぁああ! 雷神掌らいじんしょう!」

 咆哮のような叫び声と共に衣笠の右の掌が光る。瞬間、白鷺の体が激しく小刻みに揺れる。体内を何かが駆け巡る。血管という血管を伝い、その暴力的な痛みが襲い、全身を食い破るような錯覚。
 それは超高圧の電流。
 人体は僅かな電流が流れるだけでも死に至る危険なもの。それを、致死量を遥かに超えた電流を流し込む技。
 これにはどれだけ強固な体を持つ白鷺と言えど、体内を狙われてはひとたまりもない。流石に効いているのか、声にならない悲鳴を上げる。

 この技を衣笠が使うのを躊躇う理由は、人間相手に使用をしたくなかったからだ。
 超高圧電流を与えれば、その人間は原型をとどめる事は難しい。
 電熱によって肌は焼けて炭と化し、最悪あらゆる場所が。それは、使用者である衣笠であっても見るに堪えがたい不快感を抱かせる。
 衣笠が押し当てていた掌を離すと、白鷺の身体が黒く変色して炭と化し、油の焦げた嫌なにおいを発していた。そのまま、前のめりにバタリと倒れる。

 倒れた白鷺に一度手を合わせる衣笠。

「……これもお嬢様の為。申し訳ありません」

 時間が押している。一刻も早く九条を追いかける為、死んだ白鷺をそのまま放置し、その場を後にしようとした時。

「――――倒れた人ほっといて何処行く気や?」

 背後からの声。それと一緒に、衣笠の首に何かが絡みついてきた。
 それは焦げた人の腕。
 炭と化したその腕が衣笠の首を容赦なく締め付けてきた。振り返ると、そこに白鷺の姿があった。

「いかんなぁ、衣笠君。倒れた人を見かけたら、直ぐに助けるのは常識やで?」
「なっ! あれを受けて生きていたんですか!」
「いやぁ、。うちにはちょっとした種があってな」
「たね?」
「おっと、少し口が滑ってしもうたな。まぁ、おかげで九条ちゃんからは詐欺師よばわりされてるけどな」

 締め付ける腕を必死に外そうとする衣笠だが、まるで固定されているようにビクともしない。それどころか、腕は首の頸動脈を圧迫している。
 ならば、と炭と化している腕を殴りつける。すると、焦げた表面が崩れ落ち、その下から真新しい皮膚が既に生まれ変わっていた。白鷺の顔も見ると、焦げていた表面が目で分かる速度でみるみると再生されていく。

「一体これはどういう仕掛けが?」
「知ってるか衣笠君、イカサマっていうのは、バレなきゃイカサマにならへんのやで?」

 そうこう言っているうちに、白鷺の腕が衣笠の頸動脈を圧迫し、衣笠も苦しさから顔色が青ざめていた。

「こんな綺麗なお姉さんに抱かれるなんて中々ないで? 幸せ噛みしめて極楽行くとええで!」

 締めていた腕に更なる力を込めようとした、瞬間。
 気の抜けた電子音が耳に入ってくる。白鷺は自分の携帯だとわかると、あっさりと拘束していた衣笠を解き、携帯を優先する。衣笠は地に倒れ、咳込み、酸素をありったけ取り込もうと必死だった。

「あ、もしもし? 私やけど? 九条ちゃんかいな」

 ふんふん、と相槌を何度も打ち、あー、という溜息混じりな声が聞こえる。
 そして、白鷺は倒れている衣笠の肩を叩き、携帯を差し出す。

「衣笠君に電話やで」

 何故? と言った様子だが、おそるおそるそれを受け取る。

「もしもし?」
『単刀直入に言う、直ぐにこっちへ帰ってこい』
「何故? まさか、貴女はお嬢様を殺したのですか?」
『いや……殺していない』

 その一言に、胸を撫でおろした衣笠。

「そうでしたか。では、何故僕に帰って来いと?」

 僅かにだが、確かに一瞬の間があった。
 それを言うかどうか、判断する九条に迷いがあったのだ。
 だが、後になるか先になるかの違いだと、割り切った。


『お前のお嬢様とやらが部屋で死んでいるからだ』


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