椿の恋

nekuro

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2 危険人物認定

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 外は快晴。雲一つ無し。
 夏の暑さがまだ残ってはいるけれど、日暮れ時の今は涼しくなる。
 廊下の窓から外を眺める。青春に励み、謳歌する生徒の姿が多くみられる。
 これから先、きっといい思い出になるんだろう。
 あの日、あの時、あの場所で。思い返して友人と語り合えるのは共有した者の特権だ。
 それは私には到底分からないものだ。
 少しだけ、羨ましく思ったけれど、名残り惜しくはない。私の時間も、私にしかないものだ。
 止めた歩を進めて、目的の場所にたどり着く。

 最近悩みが出来た。

 それはどうやら今日も来ているようだ。
 完全に閉まり切ってない扉をゆっくりと開けて中を覗く。


 ――いた。やっぱりいた。


 机に突っ伏して寝ている男子生徒。名前は柳。柳宗一
 あの日以来、何故か知らないけど放課後になると図書室にやってくるようになった。
 まず、私よりも来るのが早い。そして扉を完全に閉めない。

 次に、寝る。

 図書室に来て、本を読むことなく寝る。それは最初から今の今まで変わらない。
 ここ一週間、常に休まず皆勤賞。いい迷惑だ。
 中に入って、扉を後ろ手で閉める。寝ている彼を起こすことなく、私は今まで通りの事をする。
 本を手に取り、自分の指定席に座り、それを読む。
 最初は寝言が気になった事もあったけれど、慣れてくればそうでもない。向こうも私に干渉してくるような事がないので放置することにした。
 本を何冊か読むと、大体辺りが薄暗い時間になる。そうなると、私も読むのをやめて帰る。
 この時、彼が起きているなら問題ない。私が帰る支度を見て、いそいそと帰っていく。


 問題は、寝ている時だ。


 放置すればいいかもしれない。ただ、そのままにして誰にも気づかれなかったら?
 先生が見回りにくるけど、結構雑な見回りなのは周知の事実。
 以前、教室で寝てたらそのまま発見されないまま朝を迎えた。という生徒の事も知っている。
 今日も二冊程読むと、すっかり日は沈もうとしている。
 帰り支度を整えながら彼の方を見る。
 寝てる。完全に熟睡している。

「柳君、起きて。もう学校閉まるよ」


 反応なし。仕方がないので、寝ている背中を擦った。
 男性とあまり話さない私には、この行為は非常に勇気が必要だった。
 その甲斐あって、彼が反応を示す。
 顔を上げ、頭を左右に振った後、私を見る。


「あれ? 小宮さんどうしたの?」
「時間です。もう出るので柳君も出てください」
「もうそんな時間か……」


 ふぁ、と小さく欠伸をする柳君。なんか、猫みたい。
 彼も手近に置いてあった黒の手提げ鞄を持つと、ゆっくりと立ち上がる。


「じゃあ小宮さん、また明日」


 笑顔で彼は言う。私の気もしらないで。




 ★★   ★★




 訂正。彼は有害だった。


 目に映る光景は、私にとって到底看過できるものではなかった。
 昨日の宣言通り、彼は図書室に来て熟睡していた。
 そこまでは何時も通り。ただ、今日に限ってその熟睡している場所が、何故か私の席の隣になっていた。
 昨日まで同じ場所で寝ていたのに、なんで移動しているの。
 何かあったのか、と昨日まで彼が座っていた席を見るが、変わった様子はない。
 つまり、彼は自分の意思であの席に座っているという事。
 どいてほしい、と言うのはお門違いだろうし、他の席で読むのも何か違う。
 椅子をズラし、極力彼との間を離す。
 とりあえず、昨日途中で終わった本を読み始める。
 時間が経つにつれ、私の目は優柔不断になってしまう。
 色々な考えが過る。どうして? なぜ? ぐるぐると脳が自問と自答を繰り返し始める。

 やがて、彼についての疑問は、次第に怒りへと変わる。

 今までこんな事は無かったのに、彼が来てから全てが狂ってしまう。
 一人だけの時間を、なぜ邪魔してくるのか。
 何もここで寝なくても、どこでも寝れるじゃない。
 考えれば考えるほど、沸々と怒りがこみあげてきた。
 横で寝ている彼の身体が大きく動く。ふぁ、と大きな欠伸をするのが見えた。
 半ば夢心地の彼は、眠たい眼を手の甲で擦りながら、私に気づいた。


「あれ? 小宮さん? 来てたんだ」


 その、あまりに鈍感で気づいてない彼の言動が癇に障った。
 立ち上がり、彼の方を向いた。思いっきり睨みつけた。


「柳君! あなたに言いたいことがあります!」
「え? 何?」
「どうしてここに居るんですか!」


 彼の座っている席を指さす。
 ちら、と彼は自分が座っている席を見た後、何を言ってるのか理解した様子。


「ああ、それはね、西日が当たって気持ちよかったから」
「それだけじゃないです! 毎回ここにきて、本を読まずにいつも寝てばかり。そんなに寝たいなら、ここじゃなくてもいいじゃないですか!」


 自分でも信じられないぐらい声を張り上げていた。
 溜まりに溜まった鬱憤を吐き出して、気づけばぜー、ぜー、と息が荒い。
 おそらく彼もここまで言われると思ってなかったようで、目を皿のようにしていた。

 けど、一瞬だけだった。

 まるで親が赤ん坊を見るような暖かい笑みを浮かべて私を見る。


「僕はね、ここが良いんだ」
「だからそれは、一体なんで――――」
「だって、小宮さんがここに居るから」


 な……な、な?
 な~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?
 何言ってるのこの人! ば、馬鹿じゃない!


「い、い、いい加減な事、言わないでください!」
「うーん、僕本気で言ったんだけどな」
「本気なら猶更悪いです! 口からの出まかせですね!」
「じゃあ触ってみる?」
「え?」


 彼は私の腕をぐい、と引っ張る。そして、私の身体を抱き寄せて自分の心臓に、私の手を当てた。

 完全な不意打ちだった。


「聞こえる? 僕、これでもドキドキしてるのが分かる?」

 彼の心臓の音よりも、自分の心臓の音が早鐘のように打ちすぎて分からない。
 ダメ、ダメダメダメダメ! この人危険!
 全神経が警報を鳴らす。強引に彼の胸元から飛び退き、さささ、と後ずさり。
 喉から心臓が飛び出しそう。全身が茹でられたように火照ってる。
 このままここに居るのは危険だ!
 読みかけの本を素早く棚に戻し、鞄を持って入口に向かう。


 「小宮さん? どこ行くの?」


 背後から寂しそうな子供みたいな声が聞こえる。
 ぎゅっと下唇をかみしめ、振り返る。


 「帰ります!」


 それ以上は何も言わず、図書室を出て、後ろ手で思いっきり扉を閉めた。
 バカ。バカ、バカ、バカだあの人! 
 何が私が居るからよ。そんなにこんな陰湿な女弄んで面白いのかしら
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