上 下
3 / 7
始まり

憑依

しおりを挟む
 
 用意を終えた3人は、仙人を先頭に階段を上り、部屋の扉の前まで止まる。

「では、行きます。いいですか」

 仙人の問いに緊張した面持ちで頷く2人。静かに扉を開け中に入る。そこは、ベッドが1つ在るだけの殺風景な部屋。他には何もなかった。理由が分かる仙人は、特に驚く事もなくベッドに近付く。浪江はビデオカメラを設置して、登美子は入って直ぐの所で立っている。
 ベッドの右横まで来た仙人は、ベッドの上で横になっている女の子を観察していた。両手両足は縛られていて、パジャマからのぞいている左腕は、痩せ細り点滴が刺さっている。
 そして、女の子顔は生気がなく頬はやつれている。目は窪んでいて、その目は濁り、はち切れんばかりに開いていた。不気味な笑みを浮かべ仙人を見て

「くくくくくっ、あの、ババアまた懲りずに寄こしたかぁ。ギャァハハハハ!」

 嗄れた声で下品な笑いをあげ、楽しんでいる“何か”には応えず静かに視ている仙人。

「あっ、だんまりか? くくっ、それともこの体を狙っているのか。前に来た奴は、そこのババアにばれないように、色々やってたぜ。ギャッフフハハハハハ!」

 更に大きな声で笑う“何か”を苦々しい顔で睨む浪江。部屋に入ってから、一言も発していない仙人だったが

「……なるほどな」

「あっ?」

 一切表情を変えず、納得したような仙人に怪訝な声を上げる“何か”。仙人は1歩離れ、持ってきた黒鞄を開け、中からマジックペンと、何も書かれていない短冊サイズの紙を数枚取った。それを、不思議そうに見る浪江と登美子。仙人は構わずに、文字を書き出した。

    【阿昆羅吽欠蘇婆訶】

 全ての紙に書くと、指でなぞりながら唱える。

阿昆羅吽欠蘇婆訶オン•アビラウンケンソワカ

「なっ?! てめえ!」

 その時、初めて女の子に取り憑いている“何か”が慌てて出した。今まで見た事がない態度に驚く浪江と登美子。札を作り終わると、1枚持って横に立つ仙人

「娘さんの顔に触ってもいいですか?」

「はい、どうぞ」

 浪江に顔を向け、触る許可を取る仙人。浪江は頷きながら言った。

「離れろや! 近付くんじゃねぇ! こいつがどうなってもいいのか?! あぁ!!」
 
 ひたすら荒げた声を出し、自由に為らない手足をばたつかせる亡霊。

「黙れ」

 冷たく言い放ちおでこに札を貼り付けた。札の上に右手を置き静かに目を瞑る。

「あがっ、あががっ、や、が、離せ、はなせぇぇぇ」

 目を見開き口を何とか動かすが、体は痙攣を起こして震えている。暫く何も言わず、じっとしている仙人だったが、徐に札を取り外し

「全て分かった。お前の正体もな。過去の亡霊よ」

「ふざけんな! 俺は、この体から離れねぇぞ! 俺のもんだ! 何かしたら一緒に道連れだ! 分かってんのか?!……」

 全てを見抜かれわめき散らす亡霊は、その顔には焦りの表情が浮かんでいた。
 尚も、何か言っている亡霊だが、仙人は無視して洗面器、コップ、薬缶の順に水面へ指を当て

  「阿昆羅吽欠蘇婆訶」

 唱えながら水面に文字を書いていく仙人。それを見た亡霊は、顔を引き攣らせ言葉を失う。唱え終わると仙人は、水を掬っておでこに垂らした。

「?! ギャヒイィィィィ?! 熱いぃぃあぢぃぃぃ!! いでぇぇえ?!」

 垂らした所から肉の焼ける音がして煙が上がる。熱さと痛みで悲鳴を上げる亡霊。

「な、何をしているの?!」

 慌てて仙人と娘の間に入る浪江。水が垂れた所を見ると

「えっ……何も、なってない?」

 肌は乾燥して荒れているが、何もなっていなかった。驚いた表情で仙人の顔を見る

「これは、先ほど用意して貰った水と塩で作ったものです。体には一切害にはなりませんよ」

 言われて気付いた表情になる浪江

「確かにそう……ですね。では、一体何が起こったのですか」

 「人には一切影響はありません。ですが、娘さんに憑いている者には劇薬以上の効果があります。なので、今みたいな事が起こったのです」

 言っている事は分かっても、理解が追いつかず固まる浪江。

「この水と札を使って、まず、娘さんの体から剥がして行きます。少し離れていて下さい」

 言われるままビデオカメラの位置まで下がる浪江。なお、登美子は入口の所で、何も言わずじっと見ている。

「ふざけんじゃねぇ! 何かしてみろ! こいつもろと……ぶへぇ?!えげぶびゃゴボゴボ……ギベベベベ」

 仙人を睨み付けて顔を横に振る亡霊。対して仙人は、右手で顎を摑み口を広げコップの水を、器用に流し込む。亡霊は体を痙攣させ目を白黒させる。コップの水を全て流し込むと、再び札を貼る。

「ぐがが……こうなったらこのガキを道連れに?!……ふざけんな?! 何しやがった?! 反応がががが?!」

「頭の札がある限りお前は何も出来ない」

 自分のおでこを指さして言う仙人

「くそ! くそが! ふざけんならららら! いるとががずべ!」

 段々、呂律が回らなくなる程、焦る亡霊

「次は、これを流す」

 仙人の手に持った薬缶を見て顔を引き攣らせる亡霊

「ふざけんな! 誰が、そんなごばぼぼぼぼ?!」

 構わず右手で顎を摑み、薬缶の注ぎ口を口に入れ流し込む仙人。すると

「ぶは?! もう、もう、止めてよ……お母さん、何で、こんな非道いことするの?」

 女の子の声で浪江に話しかけた。久しぶりに聞こえた娘の声に、驚いて娘を見る。そこには、痩せこけたとは言え、かつての娘の顔があった。思わず、近づこうとすると

「浪江さん」

 静かに呼び止める仙人。呼ばれて仙人の方を見て、始める前に言われた事を、思い出した浪江。仙人は浪江を見て顔を横に振る。
 浪江は口を噛み締めゆっくり元の場所に戻り顔を俯き目を閉じる。そして、再び薬缶の水を流し込む仙人

「……げぶぉ! がほ! ふ、ふざけんな! クソばばぁ! 何で、止めにぇ?!」

 亡霊の嗄れた声で怒鳴られ、顔を上げる浪江

「仙人さんの言う通りね」

 入口付近で正座で座っている登美子が言うと、浪江は振り向き頷いた

 コップ1杯分だけ残して薬缶の水を流し込んだ仙人。水が入るたび徐々に声が出なくなる亡霊。ぐったりしている。仙人は浪江を見て

「浪江さん。憑いている者を祓うのに鎖骨の間・臍の上・肩の付け根・肘・手首・膝・足首に、札を貼り体全体を洗面器の水で清めさせてもらいたい」

「えっ? 札は分かりますが、清めるってどうやってですか」
 
「頭の横に置いてあるタオルで濡らして、頭から拭いて下さい。拭くのは、浪江さんがして頂いて大丈夫です。拭き終わったら札を貼ります。くれぐれも頭の札は、外さないようにお願いします」

 そして、後ろを向く仙人。浪江は札に気をつけ、パジャマをずらしながら体を拭いていった。全て拭き終わり

「拭けたのでもう大丈夫ですよ」

 言われて向き直ると、札を貼る部分だけパジャマを捲ってある。捲っているのを、確認して札を貼る準備を始める仙人

「……最近暴れて、まともに体が拭けていなかってので、良かったです」

 仙人が準備をしている間に、ぽつりと寂しそうに呟く浪江。

「これが、終われば風呂も一緒に入れますし、食事も出来ますよ」

 言われて思わず涙ぐむ浪江だが、必死に凝らえる。

「よし、出来た。浪江さんはこれを、持って下さい」

 浪江にある物を渡す仙人

「これは……お守りですか」

「はい、私が今作ったものです。この、除霊が終わるまで、持っていて下さい。では、札を貼っていきます」

 お守りを、もう1度見てから両手で持つ浪江。それを見てベッドに向き直り、鎖骨の間から札を貼っていく仙人。札を貼るたび

「阿昆羅吽欠蘇婆訶」

 唱えながら貼り続ける仙人。全て貼り終えて最後に、頭の札を上から軽く抑え唱える。ただ、他の札と違い長く唱える仙人。唱え終わると、先程と違い女の子は静かに目を瞑っていた。もう1つ作ったお守りを、女の子の右手に握らして

「浪江さん、娘さんの右手を、お守りごと両手で持って下さい」

 言われて娘の右手を握る浪江。祈るように、自分の頭を娘の手に当てる。それを、見た仙人は女の子の口にコップの水を1滴かけた。すると、女の子は静かに目を開けた

「お……お母さん」

 ゆっくりとだが、女の子の声が聞こえ顔を上げる浪江。仙人の顔を見ると、静かに首を縦に振った。その瞬間、涙が溢れる浪江。気付いたら登美子も側に来ていた

「幸恵! お母さんが分かる?!」

 涙を流しながら顔を見る浪江。娘の目には光が戻っていた。

「お母さん……お母さん、変なのが、体の中に……いるの。助けて、もう嫌だぁ」

 泣く娘の言葉に驚き仙人を見る

「体の中にいるって、除霊は済んだのではないのですか」
 
 仙人はゆっくり首を横に振って

「視た所、1ヶ月近く娘さんの体に憑いています。娘さんの魂と癒着が非道いので、いきなりは出来ません。いや、除霊は可能ですが、その場合は娘さんの魂がぼろぼろになり廃人と化します」

 言われて絶句する浪江と登美子

「そんな……では、如何するのですか」

「時間をかけてゆっくり剥がします。札で奴の動きを抑え、娘さんとの繋がりを断ちます。そして、水を使って少しずつ浸透させ剥がします」

 仙人の話しを黙って聞く浪江と登美子。話しを続けていく

「1つ浪江さんにお願いしたい。コップの水を5分ごとに、1口ずつ娘さんに飲ませて下さい」

「それは、構いませんが、仙人さんはどうされるのですか」

 仙人から右手でコップを、受け取りながら聞く浪江

「除霊に向け、最後の準備をやります。用意したい物がありますので、登美子さん一緒にいいですか」

「分かりました。何なりと、仰って下さい」

 幸恵の側を離れ仙人の前に立つ登美子。

「では、一旦1階に下りましょう」

 静かに頷くと、先に部屋を出る登美子。続いて部屋を出る途中、後ろから

「お母さん、この水しょっぱい」

「わがまま言わないで、大事なものだからね」

「は~い」

 親子のやり取りが聞こえ、思わず顔が綻ぶが、直ぐに引き締めて部屋を出る仙人であった。

 

 

 

 

 

 
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

新しい風味の夢:マヨネーズの冒険

O.K
エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

後宮なりきり夫婦録

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:17

攫われた聖女~魔族って、本当に悪なの?~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:175

処理中です...