あの日から恋してますか?

水城ひさぎ

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どうして別れたんですか?

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 顔を上げると、いつのまにか目の前に来ていた遠坂くんと目が合う。まるでずっとこっちを見ていたみたい。

「何?」
「提案、喜んでくれてましたね」
「そうね。遠坂くんの熱意が伝わったのよ」
「熱意だけでなんとかなるもんじゃないですから。先輩のおかげです」

 苦笑する遠坂くんは、付箋紙をつけた書類を差し出してくる。

「チェックお願いします」
「わかったわ」

 書類を受け取るが、彼はなかなかデスクに戻ろうとしない。

 首をかしげた後、付箋紙に視線を落とす。

 あっ……、と出そうになる息を飲み込む。そこに書かれた文字に驚いたのだ。

『明日の夜、飲みに行きませんか?』

 すぐに答えは出てこなくて、途方にくれて遠坂くんを見上げると、彼はにっこりと笑う。
 そして、「考えておいてください」と口パクで伝えてくる。

 彼はストレートな性格をしている。
 私みたいに悩んだりはしないのだろう。あんまり慎重になりすぎて、恋の一つもまともにできない性格の私のどこに惹かれてるんだろうって思う。

 それを聞いてみるのも悪くはないのかもしれない、なんて思いがふっと浮かぶ。
 でもすぐにはオッケーの返事ができなくて、付箋紙をはがす。

 少しだけ諦めに似た表情を浮かべた彼だが、引き出しを開ける私の手元はじっと見ている。

 そこにあるスマホケースに付箋紙を貼り付ける。そしてすぐに引き出しを閉じた。

「また明日、返事するわ」

 書類を持ち上げてみせる。
 そのしぐさだけで彼は満足したよう。またにこりと口角をあげて、笑みを見せると、斜め前のデスクに着いた。

 まばらに社員の残るオフィスで、遠坂くんの作成した提案書を眺めていた。
 顧客の新たな要望を盛り込み、費用対効果の提案なども詳細になっている。

 改善点を書き込んだ後、書類を閉じた。あとは帰ってから確認しよう。

 帰り支度を済ませ、付箋紙のついたスマホを開く。誰からの連絡も入っていない。入ってることの方が少ないから、これが日常。

 瑛士はもう、連絡くれないだろうか。
 未練がましいことを思いながら、オフィスを出る。

 あのまま遠坂くんからの電話には出ないで、瑛士に抱かれていたらよかっただろうか。

 電話に出て、と言った瑛士の本心は、出ないで欲しいというものだったかもしれないのだ。

 私はいつまでたっても男心がわからない。

 瑛士のこと、好きでいたって仕方ないのに、やっぱり彼のことを考えてしまう私がいる。
 そうしてきた年月が長いから余計に。習慣をやめるのは難しい。それだけかもしれないけど。

 アパートに帰ると、すぐにシャワーを浴びた。まだ明日も仕事だというのに、今日はひどく疲れている。寝不足がたたっているのかもしれない。

 お風呂あがりにホットコーヒーを淹れて、提案書とペンを持ってソファーに腰を下ろす。

 コーヒーをひとくち飲み、ひざの上に乗せた提案書を改めて読み直す。

 遠坂くんは気遣いのできる人だ。だから、顧客にも真摯に向き合える。その様子が書類からも伝わってくる。

 きっと、瑛士の方が的確な書類を作るのだろう。それでも、私たちにはこれでいい。私たちのやり方で顧客に満足してもらえることはできる。

 そう思いながらも、ため息をつく。

 私ではまだまだ力不足だ。瑛士に頭を下げればよかったかもしれない。
 学生時代から優秀だった彼は、今でもきっと敏腕だろう。遠坂くんを大きく伸ばせるチャンスだったかもしれないのに、下手なプライドで瑛士の申し出を断ってしまった。

 彼なら、この提案書になんとアドバイスするだろう。

 彼なら……。結局また、私は瑛士のことばかり考えている。

 ひと通り書類に目を通したあと、ソファーに背もたれて、目を閉じた。

 もういい加減、瑛士のこと忘れなきゃ。
 忘れるにはどうしたらいいんだろう。

 クッションを抱いて、そのまま横になる。

 恋愛のこと、相談できる相手はいない。話し相手になってくれる佳織でも、私の求めるアドバイスはしないとわかっている。

 ちょっと笑ってしまう。

 相談したいなんて思いながら、最初から答えは出てる。ただ、それでいいんだって背中を押してくれる人を探してるだけ。

 私は昔からそう。頑固で、自分の意思を曲げない。そのくせ、打たれ弱くって、ひとりで生きていけるほどの自信がない。

「結婚……、考えてみようかな」

 ぽつりと、つぶやいた。
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