15 / 29
どうして別れたんですか?
7
しおりを挟む
*
洗面台で濡らした顔を上げる。鏡に映る俺は戸惑いを浮かべている。
顔を洗えば、すべて流せると思ってた俺をあざ笑う。
「結構、ショックなもんだな」
花野井先輩に好きな人がいるなんて、正直誤算だった。
恋愛とは縁遠そうな彼女だからこそ、押せば落とせるなんて、結構単純に考えていた。
浅はかだった。好きな人がいるから、浮いた噂がないことに気づけなかったなんて。
冷静になれ、俺。
と、ほおを叩き、気合いを入れる。
恋人がいるわけじゃないんだ。まだチャンスはある。
先輩がその気にさえなってくれれば……。あわよくば、なんて欲深な気持ちが湧いてくる。
その実、結婚願望があることは伝えてくれた。きっと、大切に思う人と結婚したいんだろうけど。
先輩の好きな男ってどんなやつだろう。
社内には、俺よりカッコいい先輩がたくさんいる。花野井先輩を狙ってる男もいる。そんな中で、彼女が無事に過ごしているのも、恋愛っ気のない雰囲気に男たちが尻込みしているからだ。
先輩が好きな男は社内にいないし、彼らよりもカッコいい男なんだろう。だから彼女は、社内の男たちに心乱されない。
「先輩ふるような男なんだもんな。カッコいいやつに決まってるよな」
ひとりごちて、レストルームを出る。
とにかく、次のデートの約束につながる何かを残さなきゃ。
そんなことを考えながら席に戻った俺は、ソファーにもたれる花野井先輩を見つけて、拍子抜けしてしまった。
彼女は首を前にさげて、ゆらゆらと小さく揺れていた。
眠ってる。
と、容易に気づく。
すると、カクンッと大きく揺れた。
テーブルに頭をぶつけるんじゃないかと思って、びっくりして駆け寄る。
しかし、彼女は目覚めることなく、ふたたび船をこぐ。
迷った挙句、先輩の隣に座る。
すぐに俺の右腕にひたいがぶつかった。ほんの少し体重をあずけてくる彼女は、まだ眠っている。
疲れてるんだろう。先輩はいつも頑張りすぎる。
どうしようか。
眠る先輩を眺めながら、そんなことを考える。
どうしようも何もない。
起こして、タクシーに乗せて帰せばいい。
簡単なことだ。
だけど、まだずっと一緒にいたい気持ちが俺にその行動を起こさせない。
こんな風に寄り添ってくれる先輩と過ごせる時間は、もう二度と来ないだろうなんて思うのだ。
左手で、グラスをつかんでワインを飲んだ。
赤い液体は、ゆるく喉の奥に落ちていく。思ったより俺は冷静だ。このまま彼女が目覚めなくても、約束を守る自信はある。
大丈夫と、息を吐いたそのとき、彼女の手が俺の袖をつかんだ。
さっきよりも体重をあずけてくる。
あどけない表情で眠る先輩を見ていたら、彼女は心を許せる人が欲しいんじゃないかと、勝手な思いが湧き上がる。
それが、俺だったらうれしい。
いや、待っているだけではダメなんだ。
彼女が癒しを感じてくれる場所を提供できる男になりたい。なるんだ。
そう、決意が膨らむ。
一気にワインを流し込んだとき、彼女の身体がハッと揺れた。
目が合った。最初は不思議そうに俺を見上げていた先輩は、辺りを見回し、俺の袖をつかむ自らの手を見下ろして、パッと身体を離した。
「先輩……」
「やだ、私。寝てた」
先輩は落ち着きなく髪をなでた。
ゆるく束ねた髪のおくれ毛が、やわらかそうに揺れて、色っぽさが増す。
ほおを赤らめてるのも、いい。
年上らしい気品と、幼さの残る可愛らしさを兼ねた彼女は、俺の知る女性の中でダントツにかわいい。
理性というものに感謝しながら、俺は咳払いする。
「疲れてるんですよ、先輩。今日は無理いってすみませんでした」
「あ、私の方こそ、ごめんなさい。緊張してないわけじゃなかったの」
「その言葉、うれしいです」
少なくとも、俺を男として意識してくれていると言ってくれた。
「この状況、普通なら誘われたって思います。俺じゃなかったら、お持ち帰りされてますよ。気をつけてください」
真面目な顔をして言ったら、先輩は真っ赤になった。もしかして、男を知らないのかもとか気づいたら、理性が飛びそうになる。だが、グッとこらえる。
「帰りましょうか」
「でも、まだ食事が途中……」
「いいんです。ゆっくり休んでください」
「……ありがとう」
先輩はそう言って、しばらく黙り込む。
そして、次の言葉で俺は心の中でガッツポーズする。
「お詫びといっていいのかわからないけど、また来週にでも食事しましょう? 遠坂くん」
洗面台で濡らした顔を上げる。鏡に映る俺は戸惑いを浮かべている。
顔を洗えば、すべて流せると思ってた俺をあざ笑う。
「結構、ショックなもんだな」
花野井先輩に好きな人がいるなんて、正直誤算だった。
恋愛とは縁遠そうな彼女だからこそ、押せば落とせるなんて、結構単純に考えていた。
浅はかだった。好きな人がいるから、浮いた噂がないことに気づけなかったなんて。
冷静になれ、俺。
と、ほおを叩き、気合いを入れる。
恋人がいるわけじゃないんだ。まだチャンスはある。
先輩がその気にさえなってくれれば……。あわよくば、なんて欲深な気持ちが湧いてくる。
その実、結婚願望があることは伝えてくれた。きっと、大切に思う人と結婚したいんだろうけど。
先輩の好きな男ってどんなやつだろう。
社内には、俺よりカッコいい先輩がたくさんいる。花野井先輩を狙ってる男もいる。そんな中で、彼女が無事に過ごしているのも、恋愛っ気のない雰囲気に男たちが尻込みしているからだ。
先輩が好きな男は社内にいないし、彼らよりもカッコいい男なんだろう。だから彼女は、社内の男たちに心乱されない。
「先輩ふるような男なんだもんな。カッコいいやつに決まってるよな」
ひとりごちて、レストルームを出る。
とにかく、次のデートの約束につながる何かを残さなきゃ。
そんなことを考えながら席に戻った俺は、ソファーにもたれる花野井先輩を見つけて、拍子抜けしてしまった。
彼女は首を前にさげて、ゆらゆらと小さく揺れていた。
眠ってる。
と、容易に気づく。
すると、カクンッと大きく揺れた。
テーブルに頭をぶつけるんじゃないかと思って、びっくりして駆け寄る。
しかし、彼女は目覚めることなく、ふたたび船をこぐ。
迷った挙句、先輩の隣に座る。
すぐに俺の右腕にひたいがぶつかった。ほんの少し体重をあずけてくる彼女は、まだ眠っている。
疲れてるんだろう。先輩はいつも頑張りすぎる。
どうしようか。
眠る先輩を眺めながら、そんなことを考える。
どうしようも何もない。
起こして、タクシーに乗せて帰せばいい。
簡単なことだ。
だけど、まだずっと一緒にいたい気持ちが俺にその行動を起こさせない。
こんな風に寄り添ってくれる先輩と過ごせる時間は、もう二度と来ないだろうなんて思うのだ。
左手で、グラスをつかんでワインを飲んだ。
赤い液体は、ゆるく喉の奥に落ちていく。思ったより俺は冷静だ。このまま彼女が目覚めなくても、約束を守る自信はある。
大丈夫と、息を吐いたそのとき、彼女の手が俺の袖をつかんだ。
さっきよりも体重をあずけてくる。
あどけない表情で眠る先輩を見ていたら、彼女は心を許せる人が欲しいんじゃないかと、勝手な思いが湧き上がる。
それが、俺だったらうれしい。
いや、待っているだけではダメなんだ。
彼女が癒しを感じてくれる場所を提供できる男になりたい。なるんだ。
そう、決意が膨らむ。
一気にワインを流し込んだとき、彼女の身体がハッと揺れた。
目が合った。最初は不思議そうに俺を見上げていた先輩は、辺りを見回し、俺の袖をつかむ自らの手を見下ろして、パッと身体を離した。
「先輩……」
「やだ、私。寝てた」
先輩は落ち着きなく髪をなでた。
ゆるく束ねた髪のおくれ毛が、やわらかそうに揺れて、色っぽさが増す。
ほおを赤らめてるのも、いい。
年上らしい気品と、幼さの残る可愛らしさを兼ねた彼女は、俺の知る女性の中でダントツにかわいい。
理性というものに感謝しながら、俺は咳払いする。
「疲れてるんですよ、先輩。今日は無理いってすみませんでした」
「あ、私の方こそ、ごめんなさい。緊張してないわけじゃなかったの」
「その言葉、うれしいです」
少なくとも、俺を男として意識してくれていると言ってくれた。
「この状況、普通なら誘われたって思います。俺じゃなかったら、お持ち帰りされてますよ。気をつけてください」
真面目な顔をして言ったら、先輩は真っ赤になった。もしかして、男を知らないのかもとか気づいたら、理性が飛びそうになる。だが、グッとこらえる。
「帰りましょうか」
「でも、まだ食事が途中……」
「いいんです。ゆっくり休んでください」
「……ありがとう」
先輩はそう言って、しばらく黙り込む。
そして、次の言葉で俺は心の中でガッツポーズする。
「お詫びといっていいのかわからないけど、また来週にでも食事しましょう? 遠坂くん」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
5
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる