あの日から恋してますか?

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どうして別れたんですか?

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 洗面台で濡らした顔を上げる。鏡に映る俺は戸惑いを浮かべている。
 顔を洗えば、すべて流せると思ってた俺をあざ笑う。

「結構、ショックなもんだな」

 花野井先輩に好きな人がいるなんて、正直誤算だった。
 恋愛とは縁遠そうな彼女だからこそ、押せば落とせるなんて、結構単純に考えていた。
 浅はかだった。好きな人がいるから、浮いた噂がないことに気づけなかったなんて。

 冷静になれ、俺。
 と、ほおを叩き、気合いを入れる。

 恋人がいるわけじゃないんだ。まだチャンスはある。

 先輩がその気にさえなってくれれば……。あわよくば、なんて欲深な気持ちが湧いてくる。
 その実、結婚願望があることは伝えてくれた。きっと、大切に思う人と結婚したいんだろうけど。

 先輩の好きな男ってどんなやつだろう。

 社内には、俺よりカッコいい先輩がたくさんいる。花野井先輩を狙ってる男もいる。そんな中で、彼女が無事に過ごしているのも、恋愛っ気のない雰囲気に男たちが尻込みしているからだ。

 先輩が好きな男は社内にいないし、彼らよりもカッコいい男なんだろう。だから彼女は、社内の男たちに心乱されない。

「先輩ふるような男なんだもんな。カッコいいやつに決まってるよな」

 ひとりごちて、レストルームを出る。

 とにかく、次のデートの約束につながる何かを残さなきゃ。

 そんなことを考えながら席に戻った俺は、ソファーにもたれる花野井先輩を見つけて、拍子抜けしてしまった。

 彼女は首を前にさげて、ゆらゆらと小さく揺れていた。

 眠ってる。
 と、容易に気づく。

 すると、カクンッと大きく揺れた。
 テーブルに頭をぶつけるんじゃないかと思って、びっくりして駆け寄る。

 しかし、彼女は目覚めることなく、ふたたび船をこぐ。

 迷った挙句、先輩の隣に座る。
 すぐに俺の右腕にひたいがぶつかった。ほんの少し体重をあずけてくる彼女は、まだ眠っている。

 疲れてるんだろう。先輩はいつも頑張りすぎる。

 どうしようか。
 眠る先輩を眺めながら、そんなことを考える。

 どうしようも何もない。
 起こして、タクシーに乗せて帰せばいい。
 簡単なことだ。

 だけど、まだずっと一緒にいたい気持ちが俺にその行動を起こさせない。

 こんな風に寄り添ってくれる先輩と過ごせる時間は、もう二度と来ないだろうなんて思うのだ。

 左手で、グラスをつかんでワインを飲んだ。

 赤い液体は、ゆるく喉の奥に落ちていく。思ったより俺は冷静だ。このまま彼女が目覚めなくても、約束を守る自信はある。

 大丈夫と、息を吐いたそのとき、彼女の手が俺の袖をつかんだ。
 さっきよりも体重をあずけてくる。

 あどけない表情で眠る先輩を見ていたら、彼女は心を許せる人が欲しいんじゃないかと、勝手な思いが湧き上がる。
 それが、俺だったらうれしい。
 いや、待っているだけではダメなんだ。

 彼女が癒しを感じてくれる場所を提供できる男になりたい。なるんだ。
 そう、決意が膨らむ。

 一気にワインを流し込んだとき、彼女の身体がハッと揺れた。

 目が合った。最初は不思議そうに俺を見上げていた先輩は、辺りを見回し、俺の袖をつかむ自らの手を見下ろして、パッと身体を離した。

「先輩……」
「やだ、私。寝てた」

 先輩は落ち着きなく髪をなでた。
 ゆるく束ねた髪のおくれ毛が、やわらかそうに揺れて、色っぽさが増す。

 ほおを赤らめてるのも、いい。
 年上らしい気品と、幼さの残る可愛らしさを兼ねた彼女は、俺の知る女性の中でダントツにかわいい。

 理性というものに感謝しながら、俺は咳払いする。

「疲れてるんですよ、先輩。今日は無理いってすみませんでした」
「あ、私の方こそ、ごめんなさい。緊張してないわけじゃなかったの」
「その言葉、うれしいです」

 少なくとも、俺を男として意識してくれていると言ってくれた。

「この状況、普通なら誘われたって思います。俺じゃなかったら、お持ち帰りされてますよ。気をつけてください」

 真面目な顔をして言ったら、先輩は真っ赤になった。もしかして、男を知らないのかもとか気づいたら、理性が飛びそうになる。だが、グッとこらえる。

「帰りましょうか」
「でも、まだ食事が途中……」
「いいんです。ゆっくり休んでください」
「……ありがとう」

 先輩はそう言って、しばらく黙り込む。

 そして、次の言葉で俺は心の中でガッツポーズする。

「お詫びといっていいのかわからないけど、また来週にでも食事しましょう? 遠坂くん」
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