砂色のステラ

水城ひさぎ

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リーヴァ編

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 レオナは鏡の中に映る自身の砂色の髪が好きではなかった。しかし、うねる髪にブラシが通るたびに絡んだ髪がほどけていき、ふんわりと広がるさまを見ると、好きになれそうな気がした。

「おまえの髪をこうやって梳くのは久しぶりだな」

 鏡に映り込むセリオスと目が合うと、恥ずかしいような気持ちになる。醜い髪を愛おしく思えるのは、優しく触れてくれる彼を信頼しているからだろう。

「は、はい。今日はメイドを呼ばないのですか?」
「必要ないと断った。王都へ出発すれば、おまえとふたりきりでいる時間はなくなるからな。今のうちに、おまえを独り占めしておきたい」

 ナイトドレスを着たレオナを悠々と抱きあげて、セリオスはベッドへ連れていく。彼が求めるものに気づいて、レオナはほんの少し緊張する。

「おまえに触れてない数日が、永遠のように長く感じるよ」

 数日も経っているだろうか。そんなよそごとを考えていると、セリオスはゆるゆるとほおをなでながら、口づけをしてくる。バルターを捕らえ、安心しているのか、いつもより優しい。

「バルター殿下を逃がしたという内通者は見つかったのですか?」

 レオナは気になって尋ねた。兵士が警備していた部屋からバルターが逃げ出せたのは、内通者がいたからだ。セリオスが今、その調査を進めているとベリウスは言っていた。

「ああ、捕まえた。気になるか?」
「もう大丈夫なのでしょうか?」
「心配してるなら話そう。バルターを逃がしたのは、監視の兵士だった」

 セリオスは苦々しく言った。

「なぜ、兵士の方が?」
「バルターが金を握らせたようだな。目的が達成できたあかつきには、王宮騎士の座を約束するとも。侯爵家に仕えていればよいものを、欲を出したんだろう」
「監視はひとりだったのですか?」
「いや、ふたりだ。ひとりは腹を下して持ち場を離れたらしい。ひとりになったときにバルターを逃がしたようだな」
「お腹を……」

 レオナがもじもじすると、セリオスはうっすら笑うが、すぐに真顔になる。

「兵士ふたりは当番の前に厨房に立ち寄り、寒いだろうとメイドが用意した飲み物を飲んだようだ」
「……まさか、その飲み物に何か入っていたのですか?」

 不穏な空気を感じて尋ねると、セリオスは髪を乱雑にかきあげ、息をつく。

「そう思ったんだがな。内通した兵士も飲んだらしい。しかし、腹を下したのはひとりだった。厨房にいたメイドの素性を念のために調べたが、内通者と懇意にするメイドはおらず、特に問題はなかった」
「では、もう安心ですね」
「しかし……」
「まだ何かあるのですか?」

 何やら考え込むようにセリオスは沈黙したが、すぐにあたまを振る。

「……いや、レオナは気にしなくていい。さあ、俺たちも体を冷やさぬようにしなければな」
「今夜もまだまだ寒いですね」
「レオナはいつも冷えているな。俺が温めてやろう」

 セリオスはナイトドレスをたくしあげると、素早く脱がせてかぶさってくる。

 明日には王都へ立つ。馬車の移動で10日ほどかかるらしい。途中、リーヴァほど大きな街はないが、小さな町に立ち寄りながらの旅になる。宿には泊まれるだろうし、抱き合える時間がまったく取れないわけではない。それでも、セリオスは何か急くように、レオナの肌に唇を落としていく。

「王都に着くまで、こうして過ごすことはありませんか?」
「ルカの護衛は続く。あいつは好奇心がありすぎる。バルターの裏切りを目にして、少しはおとなしくなるかと期待したが、危険を恐れて何もしないのはよくないとアメリアを困らせているようだ」

 レオナはくすりと笑う。

「ルカ様らしいですね」
「王になる男だ。そのぐらいがいいのかもしれんが」
「セリオス様も、小さなころは好奇心旺盛でしたか?」
「俺は今でもそうだ。おまえが知りたくてたまらない」
「何が知りたいのですか?」
「俺に抱かれながら何を思うのか、知りたいね」

 セリオスは唇の端をあげてにやりと笑むと、レオナの中に入り込んできた。彼の腹が波を打つたびに、レオナの頭の中は真っ白になっていく。何を思うのか……。そう問われても困る。ただひたすらに、脳がしびれるような快楽に身をゆだねるだけだ。

 時折、嬌声となる甘いため息を飲み込むようなキスをされて、レオナはセリオスの首に腕を回した。すると上半身を起こされて、視界が開けた。彼はシーツに背をつけると、レオナを下から突き上げた。はからずも、彼に馬乗りになってしまった。あまりにもはしたないのではないか。そう思ってしまい、レオナは両手で顔を覆った。

「恥ずかしがるな。俺はレオナに抱いてもらいたいのだ」

 手首をつかまれて、指をはがされる。真っ赤になっているであろうほおを、セリオスは親指でこすると、レオナの腰に手を添える。

「ゆっくり動いてみろ。イリスに乗る時のように」
「しばらく、イリスに乗っていない気がします……」
「そうだな。俺と同じように、イリスもさみしがっているだろう」
「……さみしいのですか?」
「ああ、さみしいね」

 セリオスはうっすら笑むと、ふたたび下から突き上げてきた。レオナは思わず背中をそらし、今までにない快楽に身体を震わせる。そうして、呼吸を合わせるように、セリオスの動きに合わせて身体を揺らす。不思議な一体感と気持ちよさがレオナから思考を奪っていく。

「ああ、それでいい。おまえに支配されて、俺は喜んでいるよ」

 セリオスを支配しているつもりなんてない。むしろ、彼の上で踊らされているようだ。胸を隠す長い砂色の髪を背中へはらったセリオスに、あらわになった胸をなでられると、やはり身体がチリチリとしびれる。レオナはずっと彼の手のひらの上に転がされているだけだ。それでも、彼が喜びを感じているのなら、素直にうれしかった。

「セリオス様とずっと一緒にいたいです」

 レオナはセリオスの胸に顔を伏してそう言った。大きな手にあたまをなでられると、ひどく安心する。セリオスはレオナにとって最大の保護者だと思っていたけれど、今はもう、何ものにも代えがたい愛する人だった。

「俺はその言葉だけで生きていける気がする」
「いつから……、私を好きでしたか?」

 顔をあげると、セリオスは優しい目をしてほほえんでいた。

「初めて見たときから……、というのは言い過ぎだな。おまえは気になる存在だったのだ。ステラサンクタだからではない。清らかで可愛らしく、王宮にはいない愛らしい娘だと思った」
「初めてお会いしたのは、セシェ島ですよね?」

 そう尋ねたら、彼はますます目を細めた。

 違うのだろうか……。レオナが小首をかしげたとき、部屋の外からセリオスを呼ぶ声がした。
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