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君の世界は森で華やぐ 〜1〜
心とらえる絵画 4
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「紺野さん、何にしますか?」
いつのまにか、柚原くんはメニュー表を広げて眺めている。絵画から興味はすぐに冷めてしまったよう。私だったらずっと眺めていたいのに、と思う。
人の価値なんてそんなものだろう。ある人にはあるし、ない人にはない。そういうものだと思えば、気にする必要もないこと。
「おすすめランチって、キッシュだったかしら」
「そうですよ。キノコのキッシュです。美味しかったですよ」
「じゃあ、それにするわ。柚原くんは?」
「俺は日替わりランチにします。気になってたメニューはだいたい食べたんで」
彼は恥じるように笑った後、佳奈さんを呼んで注文する。日替わりランチはオムライスのよう。ボワのオムライスは大人気メニューで、日替わりランチにたびたび登場するらしい。
立ち去る佳奈さんの背中を眺めていた柚原くんは、彼女が厨房へ入っていくのを確認すると、口を開く。
「紺野さんはどう思います?」
「どうって?」
「だから、佳奈さんですよ」
「可愛らしい方だけど、柚原くんの持ってるイメージとは違う方な感じはするわね」
「ですよね。絶対、あの人は佳奈さんじゃないです」
じゃあ、彼女は誰なの?
そう思ったけど、語気を強めた柚原くんがやたらと気難しい表情をするから、勘違いだろうなんて言葉で一蹴できない。
「今の彼女も素敵じゃない?」
もしかしたら、柚原くんの知らない間に彼女の中で何かがあって、明るく振る舞うようになっただけかもしれない。
私だって、昔はもっとむじゃきだった。仕事で成長できなくなってきた頃から、ここが限界なんじゃないかと思うようになった。生きる世界から華やぎが消え、何かを変えたいと感じるようになってからの私は、昔の私を知る人から見たら、別人かもしれない。
「それはそうなんですけど。でもやっぱり、ひかえめな佳奈さんが好きです、俺は」
「失礼だけど、変な話。佳奈さんは佳奈さんなのに、柚原くんの好きなイメージからかけ離れちゃったからって、今の彼女を否定するのはよくないと思うの」
つい、本音をぶつけてしまうのは、私の悪いところだ。
柚原くんには柚原くんの想いがあるのに。私の価値感を押し付けてしまって後悔する。後悔するなら言わなきゃいいのに、いつも言ってから後悔してばかり。
「……あ、そうですよね」
「ごめんなさい。傷つける気はなかったの」
「紺野さんって素直なんですね。あっ、電話。……友だちからです。ちょっと外で電話してきます」
柚原くんはジーンズのポケットからスマホを取り出し、急いでカフェから出ていく。
ガラス張りの店内からは、電話する彼の様子がよく見える。あどけなく笑うその横顔は、大学生の若者らしく瑞々しい。
私のことなんて、説教くさいおばさんぐらいにしか見えてないだろう。
素直な人だなんてフォローしてくれたけど、やっぱり余計なことを言ってしまったと反省して、気落ちしてしまう。
「お待たせしましたー。キッシュランチになります」
不意に背後から声をかけられる。
木製のお盆を持つ佳奈さんは、目が合うと、にこっと微笑む。私たちが彼女を探りにきたなんて疑ってもないだろう。ますます罪悪感に襲われる。
彼女の笑顔がまぶしくて、思わず目を伏せてしまう。
「寛人さん、いい人ですよね」
「え?」
「口下手だけど、優しい人だと思います」
いきなりなんだろう。何が言いたいんだろう。
胸がドキドキする。
佳奈さんは寛人さんのこと、好きなんだろうか。
「朝、中学生の子が来てましたよね」
「キャッチボールしてた?」
「ええ、そうです。あの子、学校通えてなくて。寛人さんは何も聞かないから居心地がいいみたいで、よく遊びに来てはキャッチボールしてるんですよ」
「あ、そうなの。……教えてくれてありがとう」
余計なおせっかいをする前に、佳奈さんはやんわりと忠告してくれたのだろう。
ただただキャッチボールするだけの時間が、あの少年にとっては楽しい時間で、その時間を与えられる寛人さんはやっぱり優しい人。
「寛人さんも同じ境遇だったから、あの子の気持ちがよくわかるのかもしれませんね」
「彼も不登校だったの?」
佳奈さんは優しく笑んだ。それが答えのようだった。
合点がいく。寛人さんが両親と暮らしていない理由。それは、春宮家になじめないでいるから。だから彼は、室戸さんと暮らしてきた。その室戸さんももういない。これから先、寛人さんは誰とどう生きていくのだろう。
私がそばにいるのは、許されないんだろうか。
「寛人さんには、あなたみたいな人が必要なのかもって思っちゃいました」
「え、私?」
どきっとする。心の中を見透かされたみたい。
「はい。あなたが来てから、寛人さん、ちょっと変わったっていうか。なんとなくなんですけど、こんな風に楽しそうに笑う人だったかなって、今日改めて感じて。恋人じゃないっておっしゃったけど、寛人さんにとっては特別な方なのかなって」
「……なんていったらいいのか」
「あっ、ごめんなさい。変に詮索したりして、ご迷惑ですよね。寛人さんとは仲良くさせてもらってるので、どうしても気になってしまって」
「ほんとに私たちはなんでもなくて。でも、寛人さんにいい影響があるなら、うれしく思ってます」
素直に胸の内を吐露すると、佳奈さんは申し訳なさそうにしながらも、恥じ入るように赤くなって、ぺこりと頭を下げて立ち去った。
佳奈さんは寛人さんを好きかもしれないけど、その好意は私とは違うものかもしれない。ううん。私の持つ好意だって、いつか義弟になる人への好意かもしれない。
はやく帰って、寛人さんに会いたい。
そうしたら、この胸にある好意の正体に気づけるかもしれない。
いつのまにか、柚原くんはメニュー表を広げて眺めている。絵画から興味はすぐに冷めてしまったよう。私だったらずっと眺めていたいのに、と思う。
人の価値なんてそんなものだろう。ある人にはあるし、ない人にはない。そういうものだと思えば、気にする必要もないこと。
「おすすめランチって、キッシュだったかしら」
「そうですよ。キノコのキッシュです。美味しかったですよ」
「じゃあ、それにするわ。柚原くんは?」
「俺は日替わりランチにします。気になってたメニューはだいたい食べたんで」
彼は恥じるように笑った後、佳奈さんを呼んで注文する。日替わりランチはオムライスのよう。ボワのオムライスは大人気メニューで、日替わりランチにたびたび登場するらしい。
立ち去る佳奈さんの背中を眺めていた柚原くんは、彼女が厨房へ入っていくのを確認すると、口を開く。
「紺野さんはどう思います?」
「どうって?」
「だから、佳奈さんですよ」
「可愛らしい方だけど、柚原くんの持ってるイメージとは違う方な感じはするわね」
「ですよね。絶対、あの人は佳奈さんじゃないです」
じゃあ、彼女は誰なの?
そう思ったけど、語気を強めた柚原くんがやたらと気難しい表情をするから、勘違いだろうなんて言葉で一蹴できない。
「今の彼女も素敵じゃない?」
もしかしたら、柚原くんの知らない間に彼女の中で何かがあって、明るく振る舞うようになっただけかもしれない。
私だって、昔はもっとむじゃきだった。仕事で成長できなくなってきた頃から、ここが限界なんじゃないかと思うようになった。生きる世界から華やぎが消え、何かを変えたいと感じるようになってからの私は、昔の私を知る人から見たら、別人かもしれない。
「それはそうなんですけど。でもやっぱり、ひかえめな佳奈さんが好きです、俺は」
「失礼だけど、変な話。佳奈さんは佳奈さんなのに、柚原くんの好きなイメージからかけ離れちゃったからって、今の彼女を否定するのはよくないと思うの」
つい、本音をぶつけてしまうのは、私の悪いところだ。
柚原くんには柚原くんの想いがあるのに。私の価値感を押し付けてしまって後悔する。後悔するなら言わなきゃいいのに、いつも言ってから後悔してばかり。
「……あ、そうですよね」
「ごめんなさい。傷つける気はなかったの」
「紺野さんって素直なんですね。あっ、電話。……友だちからです。ちょっと外で電話してきます」
柚原くんはジーンズのポケットからスマホを取り出し、急いでカフェから出ていく。
ガラス張りの店内からは、電話する彼の様子がよく見える。あどけなく笑うその横顔は、大学生の若者らしく瑞々しい。
私のことなんて、説教くさいおばさんぐらいにしか見えてないだろう。
素直な人だなんてフォローしてくれたけど、やっぱり余計なことを言ってしまったと反省して、気落ちしてしまう。
「お待たせしましたー。キッシュランチになります」
不意に背後から声をかけられる。
木製のお盆を持つ佳奈さんは、目が合うと、にこっと微笑む。私たちが彼女を探りにきたなんて疑ってもないだろう。ますます罪悪感に襲われる。
彼女の笑顔がまぶしくて、思わず目を伏せてしまう。
「寛人さん、いい人ですよね」
「え?」
「口下手だけど、優しい人だと思います」
いきなりなんだろう。何が言いたいんだろう。
胸がドキドキする。
佳奈さんは寛人さんのこと、好きなんだろうか。
「朝、中学生の子が来てましたよね」
「キャッチボールしてた?」
「ええ、そうです。あの子、学校通えてなくて。寛人さんは何も聞かないから居心地がいいみたいで、よく遊びに来てはキャッチボールしてるんですよ」
「あ、そうなの。……教えてくれてありがとう」
余計なおせっかいをする前に、佳奈さんはやんわりと忠告してくれたのだろう。
ただただキャッチボールするだけの時間が、あの少年にとっては楽しい時間で、その時間を与えられる寛人さんはやっぱり優しい人。
「寛人さんも同じ境遇だったから、あの子の気持ちがよくわかるのかもしれませんね」
「彼も不登校だったの?」
佳奈さんは優しく笑んだ。それが答えのようだった。
合点がいく。寛人さんが両親と暮らしていない理由。それは、春宮家になじめないでいるから。だから彼は、室戸さんと暮らしてきた。その室戸さんももういない。これから先、寛人さんは誰とどう生きていくのだろう。
私がそばにいるのは、許されないんだろうか。
「寛人さんには、あなたみたいな人が必要なのかもって思っちゃいました」
「え、私?」
どきっとする。心の中を見透かされたみたい。
「はい。あなたが来てから、寛人さん、ちょっと変わったっていうか。なんとなくなんですけど、こんな風に楽しそうに笑う人だったかなって、今日改めて感じて。恋人じゃないっておっしゃったけど、寛人さんにとっては特別な方なのかなって」
「……なんていったらいいのか」
「あっ、ごめんなさい。変に詮索したりして、ご迷惑ですよね。寛人さんとは仲良くさせてもらってるので、どうしても気になってしまって」
「ほんとに私たちはなんでもなくて。でも、寛人さんにいい影響があるなら、うれしく思ってます」
素直に胸の内を吐露すると、佳奈さんは申し訳なさそうにしながらも、恥じ入るように赤くなって、ぺこりと頭を下げて立ち去った。
佳奈さんは寛人さんを好きかもしれないけど、その好意は私とは違うものかもしれない。ううん。私の持つ好意だって、いつか義弟になる人への好意かもしれない。
はやく帰って、寛人さんに会いたい。
そうしたら、この胸にある好意の正体に気づけるかもしれない。
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