君の世界は森で華やぐ

水城ひさぎ

文字の大きさ
14 / 32
君の世界は森で華やぐ 〜1〜

あきらめたら終わり

しおりを挟む
 オムライスが運ばれてきた頃、電話を終えた柚原くんは戻ってきた。

「すみません。なかなか話が終わらなくて」
「全然。ちょうど来たところよ。冷めないうちに食べましょう?」

 木製のカトラリーケースを寄せて、柚原くんを促す。彼はちょっぴりだけハッとして、スプーンを取り出す。

「なんか……」
「ん?」
「勢いで誘っちゃいましたけど、紺野さんって大人ですね」

 柚原くんは改めてというように、私をまじまじと眺める。

「なに、急に」
「あの画家の人、紺野さんを信頼してるんだなって思って。俺はその、佳奈さんが好きだし、そういう心配はないですけど、フリーの人だったら、紺野さんに惚れちゃいますよ」
「大げさ」

 そうは言ってみたものの、モテる自覚はあった。だけどそれはもう過去のことで、今の私とは違う私のことみたい。

「そんなことないですよ。すごく美人だし」
「あ、ねぇ、そんなことより、いつまでここにいるの? ずっとこのままってわけにはいかないでしょう?」

 強引に話を変えると、柚原くんも困り顔をする。

「どうしようかなとは思ってるんですけど。面と向かって、あなた誰ですか、なんて佳奈さんに尋ねる勇気ないですし」
「だからって、室戸さんのうちに来ても何もわからないわよ」

 わざと『室戸さんのうち』と言った。今は寛人さんのうち。私は森の家と呼んでるけど。柚原くんにとってはまだ、室戸さんのうちだろう。

「あ、室戸さん。俺、室戸さんに会って話がしたかったんです。あの画家の人と話すと調子が狂うんだよなぁ」
「そのことなんだけどね」
「はい」
「室戸さん……実は私もお会いしたことはないんだけど、亡くなったそうなの」

 たどたどしく伝えると、柚原くんの細い瞳がゆっくりと見開かれていった。
 驚きとショック、それ以外にも何か複雑な感情を抱いた目をする。

「画家さんに嫌な思いさせちゃったな」
「そんな風に言わないで。室戸さんを知ってる人に会えたのは迷惑じゃなかったと思うわ」
「あぁ、優しいんですね、紺野さんも」

 寛人さんの心の中なんてわからない。想像だけで言ったことも、柚原くんには伝わって、その上で受け入れてくれたと思う。

「昔のボワのこと知ってる人、きっとほかにもいるわよ」
「そうですね。そうですよね。もうちょっと探してみます」
「気の済むようにしたらいいと思うわ」
「ですね。俺、簡単に佳奈さんのことあきらめられない気がして」

 恥じるようにそう言うが、まっすぐな感情を持つ彼には好感がもてた。

「私でできることがあればお手伝いするわ」

 皮肉にも、時間だけはある。
 何より、白森にいられる理由を得たことは、私にとってうれしいことでもあった。

 私と柚原くんは映し鏡みたいなもの。この地に心惹かれる何かを持つ者同士。彼がどういう形であれ、納得いく結果が出せるように、と応援したくなる。
 それを、寛人さんはおせっかいだと笑うかもしれないけど。

「頼もしいなぁ。俺、今はあきらめませんから」
「うん」
「あきらめたら終わりですもんね。あきらめがつかないまま、好きでもない人と結婚しても後悔するだろうし、がんばれるだけがんばります」
「そうね。ほんとうにそう」

 今の気持ちのまま、明敬さんとの結婚を承諾したら、きっと私は後悔する。
 たとえ結婚する道を選ぶ未来が待っているとしても、無駄あがきするのも悪くないかもしれない。

「また一緒に来てもらってもいいですか? どうも佳奈さんを前にすると、言いたいことも言えなくて」
「え、ええ。いいわよ」
「じゃあ、必要なときは室戸さんちに行きますね」

 森の家に私が暮らしてるとでも思ってるんだろうか。でも時間があるときはきっと寛人さんに会いにいくだろう。

「じゃあ、待ち合わせは森の家で」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...