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君の世界は森で華やぐ 〜1〜
あきらめたら終わり
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オムライスが運ばれてきた頃、電話を終えた柚原くんは戻ってきた。
「すみません。なかなか話が終わらなくて」
「全然。ちょうど来たところよ。冷めないうちに食べましょう?」
木製のカトラリーケースを寄せて、柚原くんを促す。彼はちょっぴりだけハッとして、スプーンを取り出す。
「なんか……」
「ん?」
「勢いで誘っちゃいましたけど、紺野さんって大人ですね」
柚原くんは改めてというように、私をまじまじと眺める。
「なに、急に」
「あの画家の人、紺野さんを信頼してるんだなって思って。俺はその、佳奈さんが好きだし、そういう心配はないですけど、フリーの人だったら、紺野さんに惚れちゃいますよ」
「大げさ」
そうは言ってみたものの、モテる自覚はあった。だけどそれはもう過去のことで、今の私とは違う私のことみたい。
「そんなことないですよ。すごく美人だし」
「あ、ねぇ、そんなことより、いつまでここにいるの? ずっとこのままってわけにはいかないでしょう?」
強引に話を変えると、柚原くんも困り顔をする。
「どうしようかなとは思ってるんですけど。面と向かって、あなた誰ですか、なんて佳奈さんに尋ねる勇気ないですし」
「だからって、室戸さんのうちに来ても何もわからないわよ」
わざと『室戸さんのうち』と言った。今は寛人さんのうち。私は森の家と呼んでるけど。柚原くんにとってはまだ、室戸さんのうちだろう。
「あ、室戸さん。俺、室戸さんに会って話がしたかったんです。あの画家の人と話すと調子が狂うんだよなぁ」
「そのことなんだけどね」
「はい」
「室戸さん……実は私もお会いしたことはないんだけど、亡くなったそうなの」
たどたどしく伝えると、柚原くんの細い瞳がゆっくりと見開かれていった。
驚きとショック、それ以外にも何か複雑な感情を抱いた目をする。
「画家さんに嫌な思いさせちゃったな」
「そんな風に言わないで。室戸さんを知ってる人に会えたのは迷惑じゃなかったと思うわ」
「あぁ、優しいんですね、紺野さんも」
寛人さんの心の中なんてわからない。想像だけで言ったことも、柚原くんには伝わって、その上で受け入れてくれたと思う。
「昔のボワのこと知ってる人、きっとほかにもいるわよ」
「そうですね。そうですよね。もうちょっと探してみます」
「気の済むようにしたらいいと思うわ」
「ですね。俺、簡単に佳奈さんのことあきらめられない気がして」
恥じるようにそう言うが、まっすぐな感情を持つ彼には好感がもてた。
「私でできることがあればお手伝いするわ」
皮肉にも、時間だけはある。
何より、白森にいられる理由を得たことは、私にとってうれしいことでもあった。
私と柚原くんは映し鏡みたいなもの。この地に心惹かれる何かを持つ者同士。彼がどういう形であれ、納得いく結果が出せるように、と応援したくなる。
それを、寛人さんはおせっかいだと笑うかもしれないけど。
「頼もしいなぁ。俺、今はあきらめませんから」
「うん」
「あきらめたら終わりですもんね。あきらめがつかないまま、好きでもない人と結婚しても後悔するだろうし、がんばれるだけがんばります」
「そうね。ほんとうにそう」
今の気持ちのまま、明敬さんとの結婚を承諾したら、きっと私は後悔する。
たとえ結婚する道を選ぶ未来が待っているとしても、無駄あがきするのも悪くないかもしれない。
「また一緒に来てもらってもいいですか? どうも佳奈さんを前にすると、言いたいことも言えなくて」
「え、ええ。いいわよ」
「じゃあ、必要なときは室戸さんちに行きますね」
森の家に私が暮らしてるとでも思ってるんだろうか。でも時間があるときはきっと寛人さんに会いにいくだろう。
「じゃあ、待ち合わせは森の家で」
「すみません。なかなか話が終わらなくて」
「全然。ちょうど来たところよ。冷めないうちに食べましょう?」
木製のカトラリーケースを寄せて、柚原くんを促す。彼はちょっぴりだけハッとして、スプーンを取り出す。
「なんか……」
「ん?」
「勢いで誘っちゃいましたけど、紺野さんって大人ですね」
柚原くんは改めてというように、私をまじまじと眺める。
「なに、急に」
「あの画家の人、紺野さんを信頼してるんだなって思って。俺はその、佳奈さんが好きだし、そういう心配はないですけど、フリーの人だったら、紺野さんに惚れちゃいますよ」
「大げさ」
そうは言ってみたものの、モテる自覚はあった。だけどそれはもう過去のことで、今の私とは違う私のことみたい。
「そんなことないですよ。すごく美人だし」
「あ、ねぇ、そんなことより、いつまでここにいるの? ずっとこのままってわけにはいかないでしょう?」
強引に話を変えると、柚原くんも困り顔をする。
「どうしようかなとは思ってるんですけど。面と向かって、あなた誰ですか、なんて佳奈さんに尋ねる勇気ないですし」
「だからって、室戸さんのうちに来ても何もわからないわよ」
わざと『室戸さんのうち』と言った。今は寛人さんのうち。私は森の家と呼んでるけど。柚原くんにとってはまだ、室戸さんのうちだろう。
「あ、室戸さん。俺、室戸さんに会って話がしたかったんです。あの画家の人と話すと調子が狂うんだよなぁ」
「そのことなんだけどね」
「はい」
「室戸さん……実は私もお会いしたことはないんだけど、亡くなったそうなの」
たどたどしく伝えると、柚原くんの細い瞳がゆっくりと見開かれていった。
驚きとショック、それ以外にも何か複雑な感情を抱いた目をする。
「画家さんに嫌な思いさせちゃったな」
「そんな風に言わないで。室戸さんを知ってる人に会えたのは迷惑じゃなかったと思うわ」
「あぁ、優しいんですね、紺野さんも」
寛人さんの心の中なんてわからない。想像だけで言ったことも、柚原くんには伝わって、その上で受け入れてくれたと思う。
「昔のボワのこと知ってる人、きっとほかにもいるわよ」
「そうですね。そうですよね。もうちょっと探してみます」
「気の済むようにしたらいいと思うわ」
「ですね。俺、簡単に佳奈さんのことあきらめられない気がして」
恥じるようにそう言うが、まっすぐな感情を持つ彼には好感がもてた。
「私でできることがあればお手伝いするわ」
皮肉にも、時間だけはある。
何より、白森にいられる理由を得たことは、私にとってうれしいことでもあった。
私と柚原くんは映し鏡みたいなもの。この地に心惹かれる何かを持つ者同士。彼がどういう形であれ、納得いく結果が出せるように、と応援したくなる。
それを、寛人さんはおせっかいだと笑うかもしれないけど。
「頼もしいなぁ。俺、今はあきらめませんから」
「うん」
「あきらめたら終わりですもんね。あきらめがつかないまま、好きでもない人と結婚しても後悔するだろうし、がんばれるだけがんばります」
「そうね。ほんとうにそう」
今の気持ちのまま、明敬さんとの結婚を承諾したら、きっと私は後悔する。
たとえ結婚する道を選ぶ未来が待っているとしても、無駄あがきするのも悪くないかもしれない。
「また一緒に来てもらってもいいですか? どうも佳奈さんを前にすると、言いたいことも言えなくて」
「え、ええ。いいわよ」
「じゃあ、必要なときは室戸さんちに行きますね」
森の家に私が暮らしてるとでも思ってるんだろうか。でも時間があるときはきっと寛人さんに会いにいくだろう。
「じゃあ、待ち合わせは森の家で」
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