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君の世界は森で華やぐ 〜1〜
きっかけのカフェ
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*
柚原くんとはボワの前で別れて、そのまま森の家へ向かった。
大和屋へ戻る選択がなく、ちょっと笑ってしまった。いつか義弟になる寛人さんに、こんなにも会いたいなんて、どうかしてる。
砂利道を進むたびに、暖かな風がほおをかすめていく。5月の昼下がり、穏やかで静かな時を過ごすのにはちょうどいい気候と時間帯。寛人さんは何をしてるだろう。
「おじゃましまーす」
声をかけて、玄関ドアを開く。
寛人さんはいつも返事をしない。勝手にあがり込んでも何も言わない。
誰にでもそうしてるのかはわからないけど、私が特別扱いされてるようにも感じない。
「寛人さん?」
リビングをのぞいてみるが、テーブルの上はキレイに片付いてるし、人の気配は感じられない。
部屋にいるんだろうか。彼の部屋には入ったことがない。どうしようか。迷いながらも、縁側を進む。
バサバサッと音がした。
なんだろうと足を止めたとき、開いた障子戸から飛び出してきた白い紙が、縁側に散らかる。
庭から吹き込む風で舞い上がった紙が、さらに私の足元へ滑ってくる。
それは、ひと目でビルとわかる建物がデザインされた、画用紙だった。
画用紙を拾いあげたとき、障子戸の奥から現れた寛人さんが私に気づく。
「ごめんなさい。勝手にあがり込んで」
「はやかったね」
「食事しただけだもの」
後ろめたいことはなんにもないと、誤解されないように言ってしまう私の心中なんておかまいなしに、寛人さんは散らばった画用紙を拾い集めていく。
「絵を描いてたの?」
見ればわかるよね、と寛人さんは口もとをゆるめるだけで、無言で部屋の中へ戻っていく。
迷いながらも、彼についていく。部屋に入ってほしくないなら、彼なら断るだろうと思った。
寛人さんはローテーブルに向かいつつ、たたみの上に広がる画用紙を寄せ集め、座布団を置いた。私に座っていいと言ってるみたい。
「ビルのイラストも描くのね」
座布団に座り、さっき拾った画用紙を差し出す。
「ビルを描くことが多いよ」
「そうなの? 意外」
「俺の絵、そんなに見たことないのに」
意外っていうほど知らないくせにって揶揄されたみたい。
「ボワで見たわ。ぬくもりの森って絵画。ああいうのをたくさん描いてると思ったの」
「あれ、見たんだ」
「佳奈さんが紹介してくれたの。あの絵画に描かれた建物は、実在するカフェよね?」
「たぶんね。カフェがどこにあるかなんて知らないけど」
興味がないのだろう。寛人さんは画用紙に視線を落とす。
「写真でも見て、あの絵画を描いたの? ほんとに寛人さんって想像力が豊かなのね。私ね、あのカフェを見て、建設会社へ就職しようと思ったの」
彼は返事しないで、画用紙にえんぴつを滑らせていく。
「邪魔?」
「邪魔だけど、かまわないよ」
飾らない彼の言葉にあんどする。どちらの気持ちも本当だから、むやみに傷つかなくて済む。
「邪魔を承知で話すけど……」
「聞いてほしいなら聞くって言ったから」
「そうね。聞いてほしいの」
そう言うと、彼はくすっと小さく笑ったが、耳は傾けてくれてるとわかるしぐさをする。
「私ね、大学生のとき、ひとりでカフェへ行くのが好きだったの。だから、ぬくもりの森に描かれたカフェが、雑誌に紹介されたときもすぐに行ったわ」
とても落ち着けるカフェだった。当時としては斬新な作りだったようにも思う。洋館のようなのに、優しい木のぬくもりが感じられる建物に、ひどく感動したことを覚えてる。
「春宮建設へ就職したのは、両親のすすめもあったからよ。いま思えば、祖母がここによく来ていたから、春宮さんのこと、両親も知ってたんだと思うわ」
寛人さんは無言のまま、消しゴムで消しては描いて、さらさらと下書きをすすめていく。
「入社してから、あのカフェを建てたのが、春宮建設だって知ったの。明敬さんがデザインした建築物だってことも」
ようやく寛人さんは手を止めて、首をひねらせて私を見る。
「春宮建設が手がける、一部の建築物のデザインは明敬さんのものなの。彼って、なんでもできちゃって、すごく優秀なの。兄弟そろって、こんなにも絵が上手って知って、驚いたわ」
「兄さんが優秀なのは知ってる」
寛人さんは画用紙をひっくり返すと、えんぴつを置いた。描く気分じゃなくなったのかもしれない。
「寛人さんもビルのイラスト描くなら、春宮建設のお手伝いもしてるの?」
「俺は思いついたものを描くだけ」
「描いてるだけ?」
そう尋ねるのに対し、寛人さんは会話に興味がなくなったように沈黙し、ふっと何かを思い出した表情をする。
「ああ、そうだ。紺野さんがいない間に羽山さんが来たよ。兄さんから明日、こっちに来るって交番に電話があったって」
柚原くんとはボワの前で別れて、そのまま森の家へ向かった。
大和屋へ戻る選択がなく、ちょっと笑ってしまった。いつか義弟になる寛人さんに、こんなにも会いたいなんて、どうかしてる。
砂利道を進むたびに、暖かな風がほおをかすめていく。5月の昼下がり、穏やかで静かな時を過ごすのにはちょうどいい気候と時間帯。寛人さんは何をしてるだろう。
「おじゃましまーす」
声をかけて、玄関ドアを開く。
寛人さんはいつも返事をしない。勝手にあがり込んでも何も言わない。
誰にでもそうしてるのかはわからないけど、私が特別扱いされてるようにも感じない。
「寛人さん?」
リビングをのぞいてみるが、テーブルの上はキレイに片付いてるし、人の気配は感じられない。
部屋にいるんだろうか。彼の部屋には入ったことがない。どうしようか。迷いながらも、縁側を進む。
バサバサッと音がした。
なんだろうと足を止めたとき、開いた障子戸から飛び出してきた白い紙が、縁側に散らかる。
庭から吹き込む風で舞い上がった紙が、さらに私の足元へ滑ってくる。
それは、ひと目でビルとわかる建物がデザインされた、画用紙だった。
画用紙を拾いあげたとき、障子戸の奥から現れた寛人さんが私に気づく。
「ごめんなさい。勝手にあがり込んで」
「はやかったね」
「食事しただけだもの」
後ろめたいことはなんにもないと、誤解されないように言ってしまう私の心中なんておかまいなしに、寛人さんは散らばった画用紙を拾い集めていく。
「絵を描いてたの?」
見ればわかるよね、と寛人さんは口もとをゆるめるだけで、無言で部屋の中へ戻っていく。
迷いながらも、彼についていく。部屋に入ってほしくないなら、彼なら断るだろうと思った。
寛人さんはローテーブルに向かいつつ、たたみの上に広がる画用紙を寄せ集め、座布団を置いた。私に座っていいと言ってるみたい。
「ビルのイラストも描くのね」
座布団に座り、さっき拾った画用紙を差し出す。
「ビルを描くことが多いよ」
「そうなの? 意外」
「俺の絵、そんなに見たことないのに」
意外っていうほど知らないくせにって揶揄されたみたい。
「ボワで見たわ。ぬくもりの森って絵画。ああいうのをたくさん描いてると思ったの」
「あれ、見たんだ」
「佳奈さんが紹介してくれたの。あの絵画に描かれた建物は、実在するカフェよね?」
「たぶんね。カフェがどこにあるかなんて知らないけど」
興味がないのだろう。寛人さんは画用紙に視線を落とす。
「写真でも見て、あの絵画を描いたの? ほんとに寛人さんって想像力が豊かなのね。私ね、あのカフェを見て、建設会社へ就職しようと思ったの」
彼は返事しないで、画用紙にえんぴつを滑らせていく。
「邪魔?」
「邪魔だけど、かまわないよ」
飾らない彼の言葉にあんどする。どちらの気持ちも本当だから、むやみに傷つかなくて済む。
「邪魔を承知で話すけど……」
「聞いてほしいなら聞くって言ったから」
「そうね。聞いてほしいの」
そう言うと、彼はくすっと小さく笑ったが、耳は傾けてくれてるとわかるしぐさをする。
「私ね、大学生のとき、ひとりでカフェへ行くのが好きだったの。だから、ぬくもりの森に描かれたカフェが、雑誌に紹介されたときもすぐに行ったわ」
とても落ち着けるカフェだった。当時としては斬新な作りだったようにも思う。洋館のようなのに、優しい木のぬくもりが感じられる建物に、ひどく感動したことを覚えてる。
「春宮建設へ就職したのは、両親のすすめもあったからよ。いま思えば、祖母がここによく来ていたから、春宮さんのこと、両親も知ってたんだと思うわ」
寛人さんは無言のまま、消しゴムで消しては描いて、さらさらと下書きをすすめていく。
「入社してから、あのカフェを建てたのが、春宮建設だって知ったの。明敬さんがデザインした建築物だってことも」
ようやく寛人さんは手を止めて、首をひねらせて私を見る。
「春宮建設が手がける、一部の建築物のデザインは明敬さんのものなの。彼って、なんでもできちゃって、すごく優秀なの。兄弟そろって、こんなにも絵が上手って知って、驚いたわ」
「兄さんが優秀なのは知ってる」
寛人さんは画用紙をひっくり返すと、えんぴつを置いた。描く気分じゃなくなったのかもしれない。
「寛人さんもビルのイラスト描くなら、春宮建設のお手伝いもしてるの?」
「俺は思いついたものを描くだけ」
「描いてるだけ?」
そう尋ねるのに対し、寛人さんは会話に興味がなくなったように沈黙し、ふっと何かを思い出した表情をする。
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